29話 夕暮れの広場
それからというもの、俺たちは早朝または夕方にイシュリーの特訓に付き合いながら調査を続けていた。
しかし、イシュリーの成長は著しい一方、調査の方は手詰まりだった。
それに騎士科の授業もあり、調査に割ける時間も随分限られていた。
「セベスちゃん、最近忙しそうだね~」
「姉さん、男はちゃんづけされたくないと思うっすよ」
「そうだな、ポールの言う通りだ」
「ええ~?良くない?ちゃんづけ」
橙色に染まった空の下、学院の端に位置するこぢんまりとした広場で俺たちは古びたベンチに座っている。
「もう一人は来ないのかしら」
イシュリーは俺の左側に腰掛け、剣の手入れをしている。
彼女の言うもう一人とはラヴェルのことだろう。
ラヴェルは最近朝早く起きては何処かへ姿を消し、夜遅くに帰ってくる。もちろん授業やイシュリーの特訓には顔を出すがそれ以外に顔を合わせるのは自室だけだ。
今日はもう、俺たちに顔を出すことは無いだろう。
「たぶん来ないな」
「ええ~?ルークちゃんの剣技、すごい面白かったからもう一回見せて欲しいのになあ」
ニコは両頬を手のひらで包み、口を窄ませて残念そうな声を上げた。
「言っても見せてくれない性格よ、あの人」
それはそうだろう。あいつが利にならないことを好まない性質であることは想像に難くない。
「そういえば、あと三日で騎士科の大会だけど、イシュリーちゃんはエントリーしたの?」
「もちろん、したわよ。これまでの成果を見せつける絶好の機会じゃない」
「そーっすよね、大会でいい成績を残せたら上級クラスへの昇進、間違い無いっすから」
どうやら上級クラスの生徒は問答無用に出なきゃいけないらしく、下級クラスは出場したい者なら出られるそうだ。
「大会は両親や親戚も来るし、五月蠅くなりそうでいやだなあ~」
「父さんも母さんも姉さんに期待してるんすよ」
「それが嫌なんだってば~お父さんの求める最優秀生徒になれる自信だって無いし……」
「……姉さん、姉さんが『ニコ』って名前になったのは男にも負けない強い女性騎士になって欲しいからって父さんから何度も聞いたっすよ」
青年は眉を下げて、遠慮がちに笑う。『ニコ』という言葉には昔、「勝利」という意味があったらしい。そう考えると、名前からしても期待の重さが十二分に伝わってくる。
両親からの重い期待は時に子どもにとっての呪いの枷となるだろう。彼女の過去はよく分からないが、幼い頃から付けられた枷は成長と共に皮膚を食み、その肉に同化する。いつの間にか呪いとなって身体に馴染み、体の内から食い尽くす。
彼女が既に枷を自分の手で外せているのならいい。だが、その枷に囚われたまま大人になったとき、いつか彼女は壊れるだろう。
「……でも姉さん、俺は姉さんに最強の騎士になって欲しいなんて思わないっす。姉さんが父さんたちの期待関係なく、やりたい事を、信じたい事を貫いてくれたら、それだけで嬉しいんすよ」
彼は自身と見た目がそっくりな姉の目をまっすぐ見て、丁寧に言葉を紡いだ。
きっと、彼は知っているのだろう。彼女の重荷とその呪いを。
「ポール……ありがと、いつも嬉しい言葉をくれるよね。あたし、あんたを養えるくらい立派な騎士になってみせるから!」
ニコは勢いよくポールに抱き着くとぎゅうっとハグする。
「うっ!いや養われたいなんて全然思ってねえっす!!」
今にも潰されてしまいそうなポールは必至でニコの腕を剝ぎ取ろうと藻掻いている。
なんだ、枷を外すのを手伝ってくれる奴がすぐそこにいるじゃないか。
自然と頬が緩み、眦が下がる。
「なにホッとした顔しているの?私が大会でちゃんと良い結果を残せるよう貴方にはもっと頑張って貰わないと困るのだけど?」
イシュリーは頬を膨らませてじとーっと半目で俺を見上げる。
「分かってるよ始めたからには最後まで付き合うさ。でもなんでそんなに必死なんだ?」
ここに来てからというもの、イシュリーの力を求める貪欲さは目を見張るほど著しいものだった。彼女のその意欲はどこから湧き出たものなのだろう。
その答え次第で、意欲が無いと言われてきた俺の辿るべき道が見つかるかもしれない。
たとえ、見つからなくとも、糸口を掴みさえすれば、自分を変えられるような気がする。
少しの期待と少しの不安が胸の奥で蠢いた。
「……実は憧れていた先輩がいたの、少し前に卒業してしまったのだけど、本当に優秀で、かっこよくて、優しい人だったわ。その人は首席でここを卒業して今は第2騎士団に入隊できたらしいの。先輩は魔法を使えない私に声を掛けて下さって、剣の腕を褒めてくれたわ、卒業する日に『魔法を使えないことは嘆くことじゃ無い。たとえ、それが他者との差を生もうとも、貴女が弱い存在である証明にはならない』と言って私を鼓舞してくれたのは、今でも鮮明に思い出せるわ」
眼を閉じて、夢を見るかのように恍惚と話す。
きっとイシュリーも、ニコと同じだったのだ。
たぶん、彼女の枷は魔法が使えないことであったのだろう。そして、その枷の外し方を教えてくれたのは、彼女の言う先輩だったという訳だ。
「そうだったのか、その先輩に随分励まされたんだな」
イシュリーは今回の大会を通して彼女の枷を外そうとしている。
証明しようとしている。魔法が無くとも、自分は強いのだと。
「ええ。で、その先輩はフィーリンって言うのだけど、」
「え」
その名前を聞いた瞬間、入団試験の記憶が呼び起された。
黒曜石のように艶やかな髪と勝利を掴もうとする意志が宿る瞳の女騎士。
彼女の鋭い剣筋がイシュリーと重なる。
「先輩を知っているの?」
「あー、いや知り合いに名前が似ててびっくりしただけだから」
「あら、そう」
不思議そうに首を傾げる。
まさか、イシュリーにフィーリンが関わっていたとは思わなかった。
フィーリンは真面目で真っ直ぐな性格だった。そんな彼女に、励ましの言葉を貰って、ここまで頑張れたというのなら、全くの納得だ。
みんな自分の枷に囚われながらも、精一杯に藻掻いている。誰かの手を借りながら、自分の足で立ち、自分の道を切り開こうと足掻いている。
それに対して、俺はどうだろうか。
衝動で騎士団に入ったが、まだ本懐を遂げられず、迷い続けている。
『なるほど貴方には向上心が無いのですね』
『恍けンなよ、コッチは分かってンだよ、お前の『異質な魔力』とかな』
『君を絶望させ、怒りを生み出したもののために君が起こす行動は何を君に残すのか?よく考えて行動することだ』
フィーリンの言葉も、ラヴェルの追究も、師匠の忠告も、どれも核心を突いていた。
踏み込んでほしくないことは遠ざけて、何かを失うことを恐れ、何もしようとしてこなかった。それなのに一丁前に、過去への怒りを抱えながら走り始め、だがそれを表に出す自信もない。
曖昧な自分。弱気な自分。怒りに身を任す自分。
考えれば考えるほど、自分が嫌になる。
見上げれば、夕陽は既に校舎に隠れ、空が夜に染まっていく。
あの月が出て来る。
忘れたくとも忘れられない卑しくも美しい月が。
空を睨みながら、唇を噛み締め、耳飾りに触れた。
……きっと、どうにかなる、そうじゃないと俺がここまできた意味が、価値が、無くなってしまう。
だから、きっと。
短編投稿しました。
そちらの方もどうぞよろしくお願いします。




