食欲バンザイ
いえ~い! オタクくん、みってる~?
食堂に戻ってきた俺は、ジルケアに組み付かれて首を絞められていまーす!
チョーク・スリーパーって言うんだっけ、こういうの。息苦しくて実況してる場合じゃねぇや!
「ギブ! ギブ!!」
「うんうん、そうだね。追加でもう一分くらい耐えようか。意識を落とさず、喉元を圧迫されてる不快感だけを与えてあげるから」
「ぬぐぉぉお! ケーキの体のままだったら潰して脱出できたのにーッ!!」
俺は手足をバタバタと暴れさせてもがく。
今のジルケアの外見は、可愛らしい人魚ちゃん。
俺とサソリ娘との追いかけっこによって、距離が開いてしまったせいで、変身用のデータがリセットされたらしい。
魚の部分は赤い鱗のアコウダイ。
頭には、みつあみを巻いたお団子ヘアが、飛び出した目玉のようなシルエットを作り出す。
そして、特筆すべきはその香り。
醤油と生姜で魚を煮込んだ、めちゃくちゃ美味しそうなあの香りが、俺の全身を包み込んでいる。
チョーク・スリーパーによる息苦しさのせいで、空腹は二の次になってるけどなァ!
ジルケアが組み付いてくるまではマジで、空腹を掻き立てるこの良い匂いでヨダレが出ちまってたんだぜ!!
うっかり「美味そう!」って口走ったら、「インキュバス相手に食欲を募らせるな、バカ野郎!!」って首を絞められて今に至るワケなんだがな、アッハッハ。
これめっちゃ地雷だったらしい。サソリ娘もそうだが、俺にわかるかよ、そんなこと。
ちょっとムカつくので、オタクくんにもコイツの外見をもっと詳しく説明してやろう。
ジルケアと言えばの仮面は変わらずつけたままだが、肌の色味はやや褐色に染まっている。
お腹に十字の傷痕があって、まさに赤魚のお煮付けだ。
エルシーとして生きてきた十数年では一度も食べることの無かった醤油の風味が、頭の中で色鮮やかに蘇る。
光を反射して輝く煮汁が、とろみを帯びた餡の形へと再構築され、水棲魔族の体を乾燥から守る粘液として滴り落ちる。
ジルケアの腕はしっかりと俺の首に回されたまま振りほどけない。
掴んで引っ張ろうにも、粘液のせいで俺の指先がぬるりと滑る。
俺の背中には、やわらかな胸の感触も伝わってくるが、それ以上に首への攻撃による不快感と本能的な警鐘の嵐がやかましくってそれどころじゃない。
ジルケアは腕に力を込めたまま、不服そうに話し始めた。
「オレの変身内容が食い物だったのは、良いんだよ? そういう嗜癖の人間も意外と数が多いから。
でも、それを見て食欲を満たしたくなるってのは、すっげープライドが傷つくの。『そのために変身してねぇよ!』ってな」
「ならすぐ変身を解けばいいだろぉ⋯⋯!」
「はぁ? ふざけないでくれよ。こちとらエディス様のご神命により、キミのもてなし大臣してるんだからね。
キミがオレのサービスに大喜びしてくれる、って絵面にならなきゃ困る」
「なら尚更に、首を絞めるのは逆効果⋯⋯っ」
「はいはい。そうだね、オレが悪いね。うんうん、わかるよ。じゃ、力いれるね」
ジルケアの腕が圧迫感を増す。
落ちる落ちる、そんなに強くやられたら俺の意識が落ちる!
これのどこが歓待なんだよ! こんなに酷いことされてるってのに、他の信者に世話されるよりはマシって本当か!?
俺はジルケアの腕をバンバン叩いて降参を示した。
これが俺の望んでた、人外ちゃんとのイチャイチャ生活? いやいや、オタクくん、冗談キツいよ!!
どう考えても、そんなワケ無いって!
コイツの魂は男だし、チョークスリーパーはハグじゃねぇ。デートもその先も何もかも、やれてないんだから違うって!
息苦しさで意識が朦朧とし始めた中、俺はぼんやりと思う。
別にジルケア相手なら魔法で一発ぶん殴っても良かったんじゃないか?
信者が一人傷ついたところで、神罰を下すような神様じゃないよな、エディスは。
⋯⋯まあ、今更そんなことを考えても、もう遅い。思考が酸欠で眩み始めた。
もしも、次の機会があるのなら、その時はもっと華麗に抵抗をしてみせよう⋯⋯。
そんなリベンジの誓いを立てながら、俺の意識は闇に沈んだ。




