夢枕
俺はフローラの家にあった魔導書のページを捲り始めた。
この家にある魔術道具の種類からして、これはきっと中級者向けのネクロマンシーの魔導書だ。
だったら、きっと、アレについても解説があるはず⋯⋯。
⋯⋯おっ、あったあった!
魂の檻の使い方! 設置に適した場所がイラスト付きで説明されてる!
「フローラ、これだ! これを読んでくれ!」
俺は魔導書のページを叩いて、フローラにアピールした。
ここだ、このイラストのとこ! 読め!
俺はくるくると腕の先を回して、図解を何度も囲んでみせる。
「⋯⋯なに? ここを読めばいいの?」
フローラは仕方無さそうに、開いた本を拾い上げた。メグエラも一緒になって覗き込む。
「ええっと。素材となる幽霊が現れる場所⋯⋯、人の枕元⋯⋯?」
「もしかして、今からフーちゃんのママが夢枕に立ってくれるの?」
「嘘。ありえない。そんなこと今まで一回も無かった。会いになんて来てくれなかった」
フローラが拗ねたような顔で言う。
少し離れたところから様子を見ていたレイチェルさんが、申し訳なさそうに答える。
「⋯⋯ご、ごめんなさい。私、自分が幽霊になってるって、知らなかったら⋯⋯。
いつも通りに、こっちのテーブルの横で寝てたのよ⋯⋯。ごめんなさい⋯⋯」
レイチェルさんが娘に謝る。
しかし、この件の真相も謝罪も、霊感を持たないフローラの耳には一切入ることが無かった。
彼女は母親からの言葉を無いものとして、メグエラとだけ会話をし続けている。
見えないところで、いくら謝ったとしても、届かなければそれは無意味だ。
俺はレイチェルさんのことを見上げる。
「レイチェルさん。今のままじゃ、レイチェルさんの声はフローラさんに聞こえない。
彼女の夢枕に立って、彼女の心に、会いに行くんだ」
「心に⋯⋯、会いに⋯⋯?」
「そう。フローラさんは、レイチェルさんがいなくなって、すごく寂しかったんだ。
危ないことをしようとしてたのを叱るのも大事だと思うけど⋯⋯。
そうしたくなるほど追い詰められてた彼女の心をそのまま『ひとりぼっち』にしてたら、フローラさんはきっと、いつまでも幸せになれない」
俺はフローラの母親に、そう語りかけた。
⋯⋯昔の俺は、オタクくんと友達になれて、寂しさを手放すことが出来たけど。
フローラはそこで、悪魔の甘言に捕まってしまった。
彼女を利用しようとしていた悪魔は、相手のことなんて、ただの餌だとしか思わない。
都合良く利用するために、恩だけ売って、根本的な部分は放置だ。
だから、レイチェルさんにはそこをどうにか救って欲しい。
今更、親として優しくしたとこで何よ、と反発されるかもしれないが⋯⋯。
フローラは、お母さんのことが大好きで、「もっと一緒にいたかった」って思ってネクロマンシーに手を出すような女の子だ。
まだ、手遅れにはなってないと信じたい。
「レイチェルさん。フローラさんの考えてること、一回ちゃんと受け止めてあげてくれないか?
レイチェルさんとフローラさんなら、きっと⋯⋯。二人で一緒に、この問題に向き合えるはずだ」
「⋯⋯あなた⋯⋯」
レイチェルさんが何かを言いかけて、止める。
彼女はひとつ頷いて、気弱さの消えた笑みを浮かべた。
「⋯⋯ええ、わかったわ。私、あの子の心に会いに行く」
「ありがとうごさいます、レイチェルさん」
「お礼を言うのは、私のほうよ。
私、幽霊になってから、ずっと娘とすれ違ってて⋯⋯。自分では会いに来てたつもりでも、全然向き合えてなかったのね」
レイチェルさんは、ふわりと宙に浮かび上がってベッドのほうへと飛んでいく。
これで、一歩前進だ。
俺は、フローラのほうを見た。
「⋯⋯フーちゃん。ネクロマンシーなんてしようとしたのは、一番は、お母さんに会いたかったからだよね?」
「そうとも、言えなくもない、けど⋯⋯」
「だったらさ。これからは、お家じゃなくて夢の中に来てもらったら良いんだよ。
お喋りするのが、晩ごはんの時間から寝てる時間に変わるだけ。わざわざ蘇生なんてしなくても、これでほとんど元通り! ね!」
「は? なにそれ。⋯⋯メグちゃんって、ホント夢見がちだよね。
でも、まあ、さっきの煙で、ママが実際に来てたのはわかったよ。私に霊感が無いってこともね」
「じゃあさ、夢の世界でお母さんに会いに行こう! 大丈夫、喧嘩になっても、後でアタシが愚痴聞いてあげるから!」
「⋯⋯修行でずっと留守にしてたクセに、よく言うよ。⋯⋯でも、ま、幼馴染みがそこまで言うなら、私も一回くらいは頑張ってみるよ」
フローラが仕方無さそうに笑う。
こちらも、一歩前進だ。
ここから暫くの間、俺に出来ることは、何も無い。
この先は、親子が二人で話し合って、寂しさを埋める方法を色々と探って試していく段階だ。
もしかしたら、ここから二進も三進もいかなくなってしまうことも、あるかもしれないが⋯⋯。
その行き詰まりの苦しさに、もしもまた悪魔がやってきたなら、その時はメグエラや、その他の村人たちの出番だろう。
「⋯⋯俺は、ずっと側にいてやれるワケでもないし、いつでも駆けつけてやれるワケじゃない。
だから、後はお前に丸投げさせてもらうぜ、メグエラ」
俺は床に座り込んで、メグエラを見上げた。
ここまで首を突っ込んどいて丸投げか、と俺の脳内で凄く呆れた声がする。薄情だなとは、俺も思う。
⋯⋯でも。
ここで笑い飛ばして、「その通り! 俺は非道いヤツなんだぜ!」ってあっさり切り捨てるのが俺だ。
俺が理想とした生き方だ。
俺が一番大切にしたいのは、カワイコちゃんたちを魅了してハーレムを作りたいって夢だ。
いつかは人間の敵として、この近辺を濁流で丸ごと押し流す、なんてことあるかもしれない。
助けておいて、我欲のために見捨てる日が来るのかもしれない。
今回、俺がやったのは、一貫性がまるで無い、気まぐれすぎる人助け。
俺の脳内の声はぐちゃぐちゃで、エルシーとしての教導意識とか、ぱっと浮かんだ正論の言葉とか、今も色々とこんがらがってる。
どうせ俺の人生なんだから、子供の頃みたいに、また本末転倒に行き着いてしまうんじゃないかって。前例のフラッシュバックもちらつく。
おかしいなぁ。俺ってばラッキーボーイだから、なんでも上手くいくはずなのに。なんで弱気になっちゃってんだろ。
エルシーのほうの人生観に、心が引っ張られてるのかなぁ。
⋯⋯何のために、こんなに非道でダサくて曖昧な選択肢なんか選んでるのかなって疑問まで湧いてきやがった。
そういう肩肘張った問題を、見捨てて楽になりたかった筈なのに。気づいたらこんな無意味なことをついつい考えてしまう。
「あー! もう止め止め! そういうの面白くないし! 俺はもっと軽率でいいの!!」
なんか暗くなっちゃって、ちょっと、らしくなかったな!
ハハハ、と苦笑で誤魔化しながら、俺はぬいぐるみへの憑依を解いた。
⋯⋯帰ろう。道草は、ここまでだ。
淡く光る魂が、壁の穴から空へと走る。
動力を失った布の体が、ぱたりと床の上に倒れた。
「天使様⋯⋯?」
メグエラが振り返る。
彼女は動かなくなったぬいぐるみを何度かつついて、穴の向こうの夜闇を見遣った。
「⋯⋯はい。後はアタシが引き継ぎます。
エクソシストとして、この家に二度と悪魔が寄りつかないように、立派な結界を張っておきますね!」
メグエラが笑顔でぬいぐるみを抱き締める。
「うるさいよ、メグちゃん。眠れないでしょ!」とフローラの言う声が遠くに聞こえた。




