第七十話 俺の青春。
始業式。二年生になって、最初の登校日だ。
学校へ続く緩やかな坂道を登る時、ヘリコプターの梯子から飛び降りて来たりんのすけの事を思い出す。
校門の近くにある、大きな桜の木が花を咲かせている。
「おっはよー!」
後ろからひゅうがが飛びついて来た。
「おはよう!」俺は挨拶を返す。
「おはよう。朝から元気だな。」
珍しくりんのすけはひゅうがを押し返さなかった。
「朝練はなくても、自主トレはあるからね!」
ひゅうがは嬉しそうにニコニコと笑う。
「睡眠時間短かっただろ?大丈夫なのか?」
俺は心配になってひゅうがの顔を覗き込む。
ひゅうがは顔を赤くして、一歩後ろに下がった。
「だいじょぶ!始業式の日は午前中だけだし!」
「無理はするなよ。」りんのすけは珍しくひゅうがを気遣った。
「おう!」ひゅうがは親指を立てて返事をした。
俺はりんのすけとひゅうがを交互に見る。
「お前ら、何かあっただろ?」
「べ、別に何も無いよな?な!」
ひゅうがは目を見開いてりんのすけを見ながら言った。
りんのすけは目を細めて見つめ返した後、小さく溜息を吐いて言う。
「一年一緒に居たら、仲良くもなる。」
「え、そう言う事……?」
俺はまだ疑いが晴れないが、仲良くなるに越した事は無い。気にするのを止めた。
校舎に入り階段を上ると、ひゅうがは二階の廊下を進もうとした。俺は腕を引っ張って止める。
「今日から二年生だぞ!三階だ、三階。」
「あ!そうだった!えへへ。」
ひゅうがは照れながら階段に戻る。
三階に着くと、廊下に人集りが出来ていた。
「あー、クラス発表か。あれ、今更だけど何で春休み前に発表されてないんだろ?」
俺は首を傾げる。
「うちの元担任がすっぽかしたらしい。あのお爺さん先生の仕業だな。」りんのすけはやれやれと肩をすくめる。
「そう言うとこテキトーだよなあ。この学校。」ひゅうがは呆れた顔をした。
ひゅうがは女子を警戒しながら人集りに近づく。俺はひゅうがの手を握った。
「皆んな一緒だから、大丈夫。だろ?」
その後りんのすけは黙ってひゅうがの手を握る。
「つかさ。それ、おれが心霊スポットで言ったやつ。」ひゅうがは照れて顔を伏せた。
背伸びをして、クラス分けの表を覗き込む。
「え!やったぞ!!」
俺は嬉しくて大声を上げる。
りんのすけは何故かドヤ顔をしていた。
「ねえ、どうだった?おれ全然見えないよお。」ひゅうがは繋いでいる俺の手を引っ張って聞いた。
りんのすけが答える。
「三人同じクラスだ。」
「うっそ!マジで!!やったー!!」ひゅうがは飛び跳ねて喜んだ。
「りんのすけ、そこからだと見えないはずだよな?お前、まさか……。」
俺はりんのすけに疑いの目を向ける。
「さあ、何の事かな?教室に入るぞ。」
りんのすけは手を繋いだまま歩き出す。
ひゅうがはよく分かっていない顔で引っ張られるまま歩き出す。俺は呆れた顔でりんのすけの後頭部を見つめて、後に続いた。
二年三組。今日から一年お世話になる教室だ。
中には、進一と和田、川島も居た。
絶対、やってるな。アイツ。
黒板にマグネットで止めたプリントがある。そこには席順が書かれていた。
「りんのすけ、これも何かやっただろ?」
「いや、これに関しては完全に偶然だ。」
「“これに関しては“って、クラス替えはやりましたって言ってるようなもんだけどな。」
「ふん。」
りんのすけは鼻で笑った後、席に着く。
俺の席は、右から三番目の一番前だった。去年は一番後ろだったから、黒板が近くて違和感がある。
後ろの席はまたしてもりんのすけだ。苗字的にここが隣接するのは理解出来る。
りんのすけの隣の席は、ひゅうがだった。
「わーい!皆んなと固まってる席サイコー!良い一年になりそう。」
ひゅうがは席に座りながら上機嫌になっていた。
「これだけ前の席なんだ。授業中に寝るなよ。」りんのすけは腕を組んでへの字口で言う。
「んー?」ひゅうがはすっとボケてそっぽを向いた。
俺は川島と進一、和田に挨拶周りをした。
人見知りの進一も、このクラスにはかなり満足しているらしく、少し表情が明るかった。
和田は、体育祭でのパワーバランスが崩れると要らない心配をしていた。確かにその通りではあるが、まあ、何とかりんのすけの不正は誤魔化せるだろう。
川島は文芸部の女子達と別クラスになったらしい。何だか申し訳ない気持ちになったが、川島的にはあまり気にしていない様子だった。
ホームルームが始まると担任の先生が入って来た。まさかのスガッチ先生だ。
「おわ!オカ研全員集合かよ!やりにくー。」
スガッチ先生は嫌そうな顔をして、教室を出ようとする。
りんのすけは座ったままスガッチ先生を睨みつけた。
「逃げるな。馬鹿タレ。」
「おっと!手厳しいねえ、こりゃ。」
スガッチ先生は嫌々教卓に立ち、黒板に名前をが書いた。
「えーと。授業で顔合わせてるから知ってるだろうけど一応な。スガッチ先生でーす。一年間よろしくなあ。はい、終わり。」
黒板に書いた名前を直ぐに黒板消しで消し、またしても教室を出ようとする。
「えー!クラスメイトの自己紹介しないのお?」ひゅうがは机に肘をつきながら言う。
「あー、それなあ。帰りのホームルームでやろうぜ。ちょっと一服してくるわ。お前ら、始業式遅れるなよお。」
スガッチ先生は掌をヒラヒラと振りながら出て行ってしまった。
俺は後ろに体を向けて小声で言う。
「ブレないなあ。」
「全くだ。呆れた奴だよ。」りんのすけはへの字口で言う。
「おれらのクラスだけ暇になっちゃったな。」
ひゅうがは頬杖をついて頬を膨らませる。
俺は立ち上がって二人に言う。
「今のうちにトイレ行ってくる。」
「おー。いってらー。」ひゅうがは笑顔で手を振ってくれた。
廊下に出ると他のクラスから声が聞こえる。自己紹介をしている様だ。
始業式までまだ時間がある。
俺はのんびり歩きながらトイレに向かい、のんびり手を洗って、のんびり戻った。
すると、りんのすけとひゅうがが何か話をしていた。
「じゃあ、今度の日曜日な!」
「ああ。よろしく頼む。」
俺は席に座って、二人に聞いた。
「何の話してたんだ?」
ひゅうがは分かりやすく目を泳がせる。
「今度、ひゅうがと二人で遊ぶ約束をした。」
りんのすけは真顔で言った。ひゅうがは慌ててりんのすけに向き直る。
何か言おうと口がモゴモゴするが、何も言い返さなかった。
「俺も一緒に遊びたい。」俺は二人を見ながら言う。しかし、りんのすけは厳しい顔で言った。
「駄目だ。ひゅうがと二人で遊びたいんだ。」
俺はショックの余り項垂れる。
「何でだよー。ひゅうがは部活で忙しいから、遊べる時に遊びたいのに……。」
ひゅうがは口をへの字に曲げて、困り眉毛になる。ギュッと目を瞑って言う。
「それは、おれも同じ気持ちだよ!」
りんのすけは顎に手を当てて考え、口を開く。
「ひゅうが。次の日曜日以外で部活が無いのはいつだ?」
ひゅうがはブレザーのポケットからスマホを取り出して確認する。
「えっと、四周目の日曜日は午前だけだ。」
「つかさ、その日は空いてるか?」
「うん。空いてる。」
俺の言葉にりんのすけはニヤリと笑った。
「四周目の日曜日は三人で遊ぶぞ。これは決定事項だ。」
ひゅうがは万歳して喜ぶ。
「良いのか?」俺は身を乗り出して驚く。
「無論だ。僕もひゅうがも、つかさを除け者にしたい訳では無い。ふむ、そうだな。ファンクラブがある物同士の愚痴大会の様なものを次の日曜日に行うだけだ。」
りんのすけは腕を組んで言った。
「なーんか、二人とも怪しいんだけど。」
俺は二人を交互に見つめる。
「気にするな。僕は何があってもつかさの味方だ。」りんのすけは微笑んで言った。
「うんうん!おれも、ずーっとつかさの味方だぞ!」ひゅうがは太陽の様な笑顔を俺に向ける。
俺は少し照れ臭くなり、前を向いて座り直す。
「まあ、それなら、良いんだけど。」
高くなる鼓動。顔が熱くなる。また、変な症状が出ている。
俺は片手で自分の両頬を挟んでムニムニと動かす。
思い返せば、この二人が居なかったら、俺の学校生活は物凄くつまらなかっただろう。
「そろそろ時間だな。行くぞ。」
りんのすけが立ち上がり、俺の背中を叩いた。
「つかさ。ボーッとして変な顔になってるぞ。」ひゅうがは俺の顔を覗き込んでニシシと笑った。
「ああ、考え事してた!置いてくなよー。」
俺は立ち上がって二人の背中を追いかけた。
高校生活は三年間しか無い。楽しければ楽しいだけ、あっという間に終わってしまう。
でも、この二人との関係はいつまでも続く様な気がする。いつまでも続いて欲しいと、俺は切に願う。
死にそうになる事もあったし、訳の分からない状況に陥る事もあった。でも、どんな時も助けてくれる人達が俺の周りには沢山居た。助けたいと思える人達が沢山居た。
この先、壁にぶつかったり、思い通りにならない事が待ち受けているだろう。悔しい思いや悲しい思いもするだろう。果てしない未来に漠然と不安になったり、自らを理解出来ずにもがき苦しんだり。
それでも、近くにいる大切な人達を見失わず、恩を忘れずに生きていけば乗り越えられる。
俺にとっての青春の形は、これが良い。
これにて、最終回です。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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