第三十一話 りんのすけくんといっしょ。
白い無地のTシャツと紺色の短パンを借り、着替える。
りんのすけも、部屋着に着替えた。グレーでスウェット生地の半袖と、裾がゴムになっている同じ生地の長ズボンだ。
そして、ベッドに入る。りんのすけは漫画を一冊取り、ベッドの横にある椅子に腰掛けた。
「何読んでるんだ?」
「念を使って戦うバトル漫画だ。新刊が出たので、最初から読み直している。」
りんのすけは、ページを捲る。
「アレ、新刊出るの不定期だもんな。俺も内容忘れて読み返す事ある。」
「ああ。二つ前くらいから読み返せば良いんだが、久しぶりに読み返したくなった。何回読んでも面白い。」
「わかる。流れる様に次の話へ行くし、読み返した時に新しく発見する事があるから良いんだよな。」
「つかさ、寝ないのか?」
「寝るよ。りんのすけは眠くないの?」
りんのすけは、顎に手を当てて少し考え込む。
「眠いかも……。」
「なんで、眠気に自信ないんだよ。一緒に寝るか?」
俺は隣にたくさん空いているベッドのスペースを、ポンポンと叩いた。
りんのすけは、漫画を片付けベッドに入る。
しばらく、沈黙が続く。
「つかさ、一つ聞いて良いか?」
りんのすけは、天井を見上げたまま言う。
「ん?」俺も天井を見上げたまま言った。
「この前の、その、事故の事だ。」
「事故って、何かあったっけ?」
「四月末、学校で合った事だ。流石に、覚えているだろう?」
りんのすけは、少しずつ声が小さくなった。
「あ。偶然、ぶつかってしまったアレか。」
俺は思い出して恥ずかしくなった。忘れるわけが無い。
「そうだ。あれは、僕のファーストキスとして数えるべきなんだろうか。」
「え?りんのすけもファーストキスだったの?」
俺は寝返りを打って、りんのすけの方を見た。
「なんだ、つかさもか。」
りんのすけは、耳を赤くして、ぶっきらぼうに言った。
「うーん。数えるべきかどうかはわからないな。偶然起きた事だし。やっぱり、真剣にした時に数えるんじゃ無いか?あ、でも高校生の間に彼女出来なかったら、キスすらした事ない男として見られるのは、嫌だな。うーん。」
俺はまた天井を見上げて、目を閉じて悩んだ。
「つかさは、彼女が欲しいのか?」
「彼女がいた事のない俺からしたら、無いものねだりなのかも知れないけど、欲しいよ。普通に。」
それを聞いたりんのすけは、寝返りを打ち俺の方を向いた。俺のTシャツの胸元を掴む。
「彼女、作らないでくれ。」
俯いていて、りんのすけの表情はわからなかった。
「作って欲しくないの?」
「そうだ。」
「理由を聞いても良いか?」
「……。僕と遊ぶ時間が減るからだ。」
りんのすけは、Tシャツを掴む力が強くなる。
「まあ。確かにそれはあるな。」
俺は、Tシャツを掴む手を、優しく包んで、寝返りを打ち、りんのすけの方を向く。
「わかったよ。物凄ーい恋に落ちない限りは、作らない。」
それを聞いてりんのすけは、俺に抱きついた。俺の胸にりんのすけの頭がすっぽりと収まる。
「お前は、僕のものだ!」
「いやいやいや。違うから。俺は俺のものだ。」
「それは違いないな。」
りんのすけは、顔を埋めたまま笑った。
「ぶはっ。そのTシャツ、ずっと押入れに仕舞っていたせいで、押入れ臭い。」
俺から離れて仰向けになった。
「その部屋着は臭くないのか?」
俺はなんとなく聞いた。
りんのすけは、胸元を引っ張り自分の鼻に付ける。
「これは臭くないな。よく着るから、洗ってくれたのかも知れない。」
俺はりんのすけに近づいて、一番近い右胸辺りを嗅いだ。
「本当だ。何か良い香りする。」
「そうだろう?オーガニック洗剤のハーブの香りだ。僕が選んだ。」
俺はりんのすけから離れ、仰向けになる。
「俺が着てるこの服達も、洗ってくれないかな。これから急に泊まる事があったら、また借りたい。」
「来客用のパジャマやジャージもあるが、それで良いのか?」
「うん。これが良いな。着やすいし。」
「そのまま持って帰れば良い。」
「いや、それはいい。りんのすけの家に来た時の俺専用にしたいんだ。」
「わかった。使用人に伝えておく。そこまでこだわるのは、少し意外だな。」
確かに、俺は何でこんな事を言ったんだろう。何で鼓動が激しくなるんだ。頭が混乱して来た。
「自分で自分の事がよくわからない!」
俺は自分の頭を両手で抱えた。
「ふぁーあ。悩みがあるなら聞くぞ。……後でな。」
りんのすけは、仰向けのまま目を閉じる。しばらくすると規則正しい寝息が聞こえて来た。
俺もウトウトして、瞼が重くなる。そして、そのまま眠りに落ちた。
昼寝から目が覚めると夕方だった。
家に夕飯の用意がされていたため、制服に着替え直して、お土産のチーズケーキを受け取り、りんのすけの家を出た。
家に帰り、母親にチーズケーキを見せたらとても喜んでいた。
「今度りんのすけ君の家行く時に、何かお返ししなくちゃね。」
母親は、頬に手を当てた。
「土日は使用人がいないから、また今度りんのすけの家に行ったら、料理を振る舞いに行くよ。」
「あら。何だか通い妻みたいじゃない?」
「意味わかって言ってないだろ?」
俺は呆れた顔をした。
「うん、よくわかってない。」
母親は苦笑いした。
「でも、やっぱり何か持って行って欲しいわ。今度の土日でも、金曜日でも良いから、りんのすけ君の家遊びに行きなさい。それまでに買っておくから。」
俺は適当な返事をして、自分の部屋に戻った。
今度の土日は、お祭りに行くから丁度良いな。と、俺はぼんやり考えた。
土曜日の15時。そろそろ、りんのすけと七夕祭りへ行く支度を始める。
お祭りは午前中から夜までやっている。いつ行っても良いが、昼間は暑いため、夕方に着く様に集合時間を調整した。
他の人も誘ってみたが断られた。ひゅうがは練習が遅くまでかかるため行けず、和田は塾、進一は人混みNGらしい。
「つかさ、今日りんのすけ君の家に泊まってあげたら?」
母親は、俺の部屋まで来て言った。
「え?何で?」
「そりゃ、お祭りの後の寂しさってあるでしょ?一人暮らしなら寂しさも大きいはずよ。」
「アイツ、寂しいとか思う事あるのか?」
ふと、りんのすけの言った言葉が、頭をよぎった。
(……。僕と遊ぶ時間が減るからだ。)
俺は軽いため息を吐く。
「わかった。そうするよ。」
お祭りの開催場所である商店街まで、電車で向かう。商店街の最寄駅に集合という事になっている。
電車の中には、浴衣や甚平を着ている人が老若男女問わず居た。俺も例外ではない。
去年買った紺色の甚平に、下駄を履いている。つまり、浮かれた格好をしていた。それに加えて、背中には着替えの入ったリュックを背負っている。
この格好のまま、一人で電車に乗るのは少し恥ずかしい気がしたが、実際は同じ様に浮かれた人達が多くて安心した。
駅を降りると、既に沢山の人が居た。
目印になる物がないため、合流出来るか心配だったが、無用だった。
女の子達がキャーキャー言っている声がすぐに聞こえたからだ。その視線を辿れば、ほら居た。
浴衣は、白地に細いグレーの縦ストライプに、朱色の帯。真っ黒な下駄を履いたりんのすけだ。いつものセンター分けではなく、1:9くらいの割合で分けている。少し大人びた髪型のせいか、顔がよく見えるせいか、いつもより美しく見えた。
「ごめん。待たせた。」
俺はりんのすけに駆け寄った。
「いや、僕も今来たところだ。良い格好だな。色も似合っている。」
りんのすけは顎に手を当てて、俺の上から下まで見る。
「ありがとう。りんのすけも、いつもと雰囲気違ってて良いな。綺麗すぎて隣を歩くのが申し訳ないくらいだ。」
俺は首の後ろを掻きながら、壁や天井を見る。
「何を言っている。僕の隣を歩ける人間は、つかさしかいないぞ。今のところな。」
「え?」
「行くぞ。」
りんのすけは、くるりと向きを変え歩き始めた。
二人で、カランコロンと下駄の音を鳴らしながら歩く。
商店街の中に入ると圧巻だった。
大きな七夕飾りが、天井から吊るされている。人気のキャラクターや富士山など、バラエティー豊かなカラフルな飾り付けだ。
「つかさ、ちょっと止まれ。」
りんのすけは、俺の袖を引っ張って止める。
振り返ると、りんのすけがスマホを構えていた。
「あ、写真撮るのか。」
りんのすけは、何枚か写真を撮る。その後、俺に近づいた。
「撮るぞ。」りんのすけは自撮りを構える。
俺はニッコリピースをした。りんのすけも、今回はしっかり笑顔を作った。
「俺のスマホでも撮って良いか?」
「無論だ。」
俺も自撮りを構えて、りんのすけとツーショットを撮った。
「最後に、りんのすけ単品で撮っても良い?」
「何でだ。また西条寺か?」
りんのすけは腕を組んで、疑いの眼差しを向ける。
「違う。記念だ。ただの記念。」
俺はそっぽを向いて言った。
「それなら、別に構わないよ。」
りんのすけは、堂々とただ立っている。それだけで絵になった。
「OK。ありがとう。」
スマホを仕舞い、二人で並んで歩きながら、俺は聞いた。
「大人になった時に、この写真を見返したら、りんのすけはなんて言うんだろうな。」
「さあな。……でも、また行きたいねって言えたら良いな。」
りんのすけは、少し寂しそうな顔で言った。
俺はその顔を見て、絶対に楽しませてやる、と言うやる気が爆発した。
「りんのすけ、お面買おう!お面!」
俺はりんのすけの手を引っ張る。
「なぜお面?」りんのすけはキョトンとした顔で言う。
お面屋さんには、ひょっとこやオカメ、有名なキャラや特撮キャラ等のお面が並んでいた。
「りんのすけって、特撮作品見た事ある?」
「いや、見た事ないな。シリーズが長いから手を付けられない、敷居の高いイメージがある。」
「そうか?意外と大人向けな内容が多くて面白いぞ。それじゃあ、この中で知ってるキャラいる?」
「うーん。そうだな。この白い猫にリボンをつけたキャラは流石に知っているぞ。」
「すいませーん。これと、これ下さい。」
俺はお面屋さんのおじさんに、お金を渡して、お面を受け取った。
「色違いにしちゃった。」ニヒヒと笑いながらりんのすけに渡す。
りんのすけは赤のリボンで、俺は青のリボンの白猫だ。
「これを付けろって言うのか?正気を疑うぞ。」
りんのすけは、恥ずかしそうにお面を睨みつけた。
「まあまあ。お祭りって言うのは、形から入るのが作法なんだよ。その方が何倍も楽しめる。」
俺は力説して、お面を頭の左横に来る様に斜めにつけた。
りんのすけは諦めた顔をして、お面を頭の右横に来る様に斜めに付ける。
その後、ヨーヨー掬いに金魚掬い、射的、ひもくじと遊び尽くした。
ポイが破れて一緒にガッカリしたり、小さな駄菓子の景品をゲットして大喜びしたり、夢中になって楽しんだ。
混んでいて座る所がないため、高架下の柱に寄りかかって休む。
俺はりんのすけを待たせて、焼きそば、たこ焼き、フランクフルトを両手に抱えて戻った。
「ソースの物が多いな。」
りんのすけは、茶色い食べ物達を見つめて言う。
「やっぱり、祭りに来たらソース掛かってるもん食いたくなるら?」
あ、つい訛ってしまった。
「ハハハ!つかさが訛ってるの、初めて聞いた!」りんのすけは楽しそうに笑う。
「静岡弁ってつい出ちゃうんだよな。まあ、しょんない。」
俺はフランクフルトに齧り付く。
「しょんないってどう言う意味だ?」りんのすけは首を傾げた。
「えー!意味なんて考えた事なかった。ちょっとググる。」
スマホで意味を検索する。
「仕方がない、だってさ。意外とそのまんまだったな。」
「ほう。面白い。もっと静岡弁で話せ。」
りんのすけは目を輝かせた。
「いやー、静岡弁言えって言われると難しいな。津軽弁とか熊本弁みたいに分かりやすい訛りじゃないし。うーん。ぶしょったいとかか?」
「何だ、ぶしょったいって?」
「ぶしょったいは……。待って、ググるから。あ、だらしないって意味らしい。」
「凄いな。全然意味がわからない。」
りんのすけは、たこ焼きを口に入れた。
「っつ!!!」アツアツのたこ焼きがりんのすけを襲う。
「はは!そりゃそうなるだろー。気をつけろよ。」
楽しい時間はあっという間だ。辺りはとっくに暗くなり、バラバラと人が帰り始めた。
食べ終えた後、ゴミをひとまとめにして、ぼちぼち駅に向かう。
合流する前に泊めてほしいと伝えておいた。そのままりんのすけの家に帰ろう。
昼間の暑さを残した、夜の気温、湿度。ソースの匂い。綿菓子の匂い。夜の虫の鳴き声と、雑踏が混ざり合う。後片付けをするテキ屋を横目に、祭りの終わりを感じた。
二人だから、そこまで寂しくなかった。




