銀行海
散歩中の博美。壁に絵を描いている初老の男性が居る。絵に圧倒されて立ち止まる。
博美 おもしろい絵やね!
男 わっ! えっ? びっくりしました。
博美 ごめ~ん、 夢中になってるとこ。 こんなとこに描くんや?
男 ええ、 ここに住んでたおばあさんにお世話になりまして。
博美 描いてって頼まれたん?
男 いえ。
博美 そうなんや。 扉? 不思議、 なんかすごく大きいやん。
男 そう見えますか?
博美 めっちゃ大きい。 やけど、入れない感じ。
男 あなたも描きますか?
博美 え! いいの?
男 どうぞ。
博美 じゃあ、ちょっとだけ。 私は博美。 お名前は?
男 銀行海と言います。
博美 じゃあ行海って呼ぶで。
行海 はい。 博美さんも、、 不思議なものを描きますね。
博美 そう?
行海 とても広い空間です。 無限に広がるような、、
博美 お! 空間が伝わったね。
行海 球体と、、 小さく、ぼやっとある人影はあなたですか?
博美 へ〜 よく分かったね。 ハハ、 でも、私しかないか〜 行海みたいな発想ないし。
行海 寂しくはなかったですか?
博美 ん? どうなんやろ? もう覚えてないわ。 悪くはなかったと思うで。
行海 そうですか。 あなたは、、 とても美しい方ですね。
博美 あら、ありがとう。 これでも女神やからね、 ハハハ。
行海 なるほど。
博美 おばあさんには?
行海 ええ。 私は世界中を旅しているんですが、泊めてもらいました。 食事は、ほんとに美味しかった。
博美 そう、 良い時間を過ごしたんやね。
行海 そう、、 ですね。
博美 そうやで。 良い出会い、感動がたくさん。 慣れへんの?
行海 楽しまなければ良かったと思うことはたくさんあります。
博美 だから描くん?
行海 描きたいと思うから、、 描かずには居られないから、、
博美 幸せは感じやんの?
行海 どうなんでしょうか、、 分かりません。
博美 この絵は、 あなたの心が形になったもの?
行海 そうあればと思っていますが、、
博美 難しいんやね。
行海 博美さんの絵は、、 無限に広がる空間、、 いや、 無限なのはその球体ですね。
博美 そうやね。
行海 あなたは、そこには居ないんですね。
博美 ずっと一緒やったとは思うけどね。
行海 これからも一緒ですか?
博美 そうだといいかな。 ん? その子はどこに居るの?
行海 どこにも居ません。
博美 扉の前? 中?
行海 両方なのか、、 でも分かりません。 ただ、おばあさんはずっとこの子のことを想っていたようです。
博美 人間やから遅かれ早かれやけど、、 悲しいことがあったんや。
行海 そうですね。
博美 おばあさんは、 不幸やったん?
行海 どうなんでしょうか。 でも、幸せであってほしいと思います。 どう思いますか?
博美 人は最期の日が来れば全て無くなるよ。 その後のことは、、 私も分かんないね。
行海 女神のあなたにも分かりませんか?
博美 そうやね。 そういうのを分かりたいと思うのは人間やからちゃう?
行海 それは良いことなんでしょうか?
博美 どないやろ? 良い、悪いやないと思うけど。 でも、良いと思えばいいんちゃう? ハハ、 「いい、いい」ばっかやん。
行海 簡単ではないですね。
博美 そやね。 やけど行海もそんな一つ一つが自分の生き方になってるやん。 ずっと繰り返してさ。 やから、あなた達にとっては無くなることはないんよ。
行海 私もいつか終わりが来ますよ。
博美 あなたがしてきたことは残るで。
行海 そういうつもりでもないですが、、 それに、私はたまたま絵を描いていますが、何も残せない人も居ます。
博美 そんなことはないで。 人は生まれた時点で世界に刻まれるもんや。
行海 そう、、 なのかもしれませんが、、 やっぱり、しっくりきません。 世の中は理不尽なことがたくさんあるので。
博美 真実はちゃんと残ってるよ。
行海 真実だけが通る世界なら良いですが。
博美 それは人間では無理やね。
行海 矛盾を感じます。
博美 そう? 「人間では無理」というのはしっくりきたでしょ?
行海 そうですが、、
博美 「嘘を付く」ってのも真実の側面があるしね。
行海 そして、人の欲望にとって都合が良ければ、その嘘を通そうとするし、通ってしまう。
博美 そうそう。
行海 博美さんはそれでいいんですか? 正すことができるのに。
博美 できへんよ。 女神やからね〜
行海 私と話しているあなたが言いますか?
博美 うぐっ、 痛いとこ突かんといてくれへん。 神は理不尽なもんやの。
行海 本当にそうです、無責任極まりない。
博美 そやね。 でもさ、だからこそ行海みたいな人が居るんやんか。
行海 私がですか?
博美 うん。 あなたは絵で想いを発信してるやん。
行海 自分のためにしてるだけです。
博美 それが大切なんよ。 だから、人の心に届くんやで。
行海 一部の人だけですよ。 それこそ、誰かにとって都合が良ければ、私の絵も利用されるだけです。
博美 あらあら、えらいネガティブやん。 本当はたぎる気持ちをぶつけようと思ってるのに。
行海 そ、それは、、 いや、 でも悪いのはあなたです。
博美 え? 私?
行海 そうです。 気圧されるに決まってるでしょ。
博美 そ、そうか。 ごめんね。
行海 いえ。 フフ、
博美 どないしたん?
行海 いえ。 フフ、 おばあさんとは一年前に会ったんです。 がんになってたんですが、そう思えないぐらい元気で、頭が良くて。 いろいろな話をしました。 私の絵のことも、旅のことも楽しそうに聞いてくれたんです。 そして、息子さんを事故で亡くしたことを話してくれました。 1カ月前に娘さんから手紙が届きました。そろそろ限界だと、そして私に会いたがっていると。 私は駆け付けました。 おばあさんは穏やかでしたが、「目が閉じてくるんよ」と言いました。 それから、とてもゆっくりと、 だけど、こんなに淀みなく話すことができるのか、 私にもはっきりとおばあさんが見ている世界が見えるんです。 そう、 話を聞かせてくれました。 とても騒がしい女の子が出てきて、その子に連れて行かれるんです。 その子は、大昔に会ったいとこの子で、その時は煩い子だと思っていた、 嫌だったなと。 その子がどうして出てきたのかは分かりませんが、どんどん先に行きます。 すると大きな扉が出てきて、その先は光が溢れていて何も見えません。 気付いたら女の子は居なくなっていて、光の中に息子さんが立っていました。 「ああ、そんなところに居たんだ」 いつの間にかいつもの部屋に居ました。 娘さんは、「こっちに来たらダメって教えてくれたんやで」と言いました。 私も、そうだろうと思った。 こんなめちゃくちゃとも思える話ですが、何も変だと思いませんでした。 それどころか理路整然とすら感じたんです。 だって、私にもその景色が見えたんですから。 そこからは何も話しませんでした。 二日後、私が目を覚ました時には、おばあさんは亡くなっていました。
博美 そう。
行海 多分、死の間際には身体の機能がどんどん失われていき、刻まれた記憶が幻視のように目の前に広がるのかもしれません。 ただそれだけのことだったのかもしれません。 そして、私はおばあさんの話に魅せられた。 だから、この絵を描いているんだと思います。 利己的なだけなんです。 この絵に深い意味なんてない。 でも、おばあさんがどういう気持ちだったか、それが分かればと思います。
博美 私には分かれへんよ。 答えてあげたいけど、、
行海 フフ、
博美 なに? さっきから。
行海 答えてあげたいと、、 思ってくれたんですね。
博美 あ! なるほど、そういうことね。 調子が戻ってきたんや。 なかなかいやらしい攻め方やな。
行海 そう言われるのを嬉しく感じます。 一つ教えてくれますか?
博美 どうぞ。
行海 真実は残るというのは、どうやって残るんですか?
博美 ああそれね。 あなた達に説明するのは難しいな。 人は結果とか影響を考えるから。 私にとっては自然なんやけど。 要は、起こったことは変えられへんってこと。 あなたが今、私と話していることもね。 だからさ、良い生き方をしいや。 行海の心のままに。
行海 地球が保ちませんよ。
博美 そう思うなら変えたらいいやん。
行海 本当に理不尽ですね。 フフ、
博美 あなたもなかなか嫌味やで。
行海 博美さんの絵はとても素晴らしいです。
博美 そう?
行海 私には描けなかった。 おばあさんが行ったところはそこですよ。 一つだけあなたに訂正してほしいことがあります。
博美 なに? いじわるさん。
行海 「最期の日が来れば全て無くなる」と言いました。 でもね、それは違う。 無くなりませんよ。 おばあさんは天国へ、 いや、幸せな世界に行ったんです。
博美 そう、 そっか。 それはめっちゃ素敵なことやん。
(自宅で無限との会話)
無限 なんか有名な画家の絵が見つかったってニュース出てるけど、これお姉ちゃんの話してたやつやろ? すごいな〜 ハハ、 壁に描いてたことなんて全く問題にされてへんし、現金なもんやで。 あ! 横の絵のことボロクソに言ってる。 ほんま適当なこと言うもんやな。
博美 間違いでもないで。
無限 ん? へ〜 うん、そやな。




