第1話:夢
それは不思議な夢だった。
場所はどこかの森の中であろうか。
木々が生い茂り、地面に生えた草はまばらでところどころ苔むしていて、一面には枯れ葉の絨毯が敷かれていた。
日中のようだが枝葉の隙間から差し込む陽の光はやや頼りなく、周囲を薄っすらとした霧に包まれていることもあり、その場所はどこか寂しげな印象を抱かせる。
そんな薄暗い森の中を、幼女と言っても差し支えないような幼い少女がたった一人で歩いていた。
歳の頃は五、六歳といったところか。
麻布で作られたと思しきくすんだ淡い色の衣服には泥汚れが目立ち、他にも古ぼけた緑色のマフラーや、子供が使うには少々大きすぎるようにも見える革製の肩掛け鞄を身に着けていたが、中でもとりわけ目を引いたのは少女の髪であった。
少女は綺麗な水色の髪をしていた。
綺麗とは言ってもところどころ泥で汚れていて、あまり手入れはされていないのか、肩ほどまで伸びたその髪はボサボサな有り様であった。
そんな幼い少女がどういうわけか、泣きじゃくる様子もなくたった一人で森の中を歩いている。
少し沈んだその表情から、とてもハイキングやピクニックを楽しんでいるようには思えない。
もしや森の中で道に迷い、途方に暮れながらさまよっているのであろうか?
少女がふと立ち止まる。
木の根元あたりにしゃがみ込み、何やら調べているようだ。
視線の先にあるのは蔓草で作られたくくり罠。
ただし獲物はかかっておらず、罠が作動した形跡は見られない。
少女は少しだけ残念そうな顔をしてから、黙ってその場を後にした。
場面は切り変わり、別の場所のくくり罠では野兎がかかっていた。
兎は罠から逃れようとジタバタ暴れていたが、少女はそれを逃すまいと両手で地面に押さえつける。
少女は押さえつけていた片方の手を離し、手のひらを上へと向けた。
すると何もないはずの空間から、少女の手の上にパッとナイフが現れた。
少女は手の中のナイフを握り直すと兎の首元にそっと刃を当て、顔をそむけながらその手にグッと力を込める。
獲物を仕留め終えた少女は血のついたナイフを手品のようにパッとどこかへ消し去ると、今度は事切れた兎に手をかざすと、その兎もいずこかへと一瞬にして消え去ってしまう。
少女は次に木板を出現させた。
開いたノートほどの大きさのその木板には、何やら少女が炭で描いたと思しき絵がいくつも描かれている。
描かれているものは器に釣り竿、桶に衣服とあまり統一感はなく、多少デフォルメされつつも、それらが何の絵かははっきりと伝わった。
少女の年齢を考えれば、画力は同年代の子供よりもかなり高いほうであろう。
少女は先の尖った木炭を手の中に出現させると、空いた余白に兎の顔を描き足した。
またも場面は切り替わる。
今度のくくり罠は荒らされていた。
付近の落ち葉に血痕が残されている様子から、恐らくかかった獲物を他の野生動物が持ち去ってしまったのであろう。
ふと落ち葉を踏み歩く音が聞こえ、少女がそちらに目を向ける。
視線の先には一頭の狼がいた。
それも普通の狼ではない。
狼の額には小さな一本角が生えていた。
角の生えたその狼は鋭い眼光で辺りを見回し、獲物がいないか探っているようであった。
そんな危険な生き物がほんの三メートルほど離れた距離にいるというのに、不思議なことにその狼は少女を見ようともしなかった。
少女のほうも狼を一瞥しただけで、驚きもせず、怯える様子もなく、用はないとばかりに自然な足取りでその場を去った。
次に映った光景は、どこかの洞穴の中だった。
少女は焚き火の前に置かれた石に腰掛け、兎のものと思しき肉を食べている。
焚き火の上には鉄鍋がかけられ、鍋には残りの肉とわずかばかりの山菜だけがスープの中に浸されていた。
焚き火の炎が洞穴の中を淡く照らすが、岩肌に映る人影は少女のものしか見当たらない。
そして最後に見せられた光景は、少女が焚き火のそばで毛皮にくるまり、一人ぼっちで寂しく眠る姿だった。
その日、地球という星の日本という国に住む一般庶民の井手亮吾は、なぜだかそんな不思議な夢を見た。




