Ep08_よく見かけないパーセントオフセール01
冒険者にとって大河を渡る術が用意されているのは非常にありがたい話である。機動性重視で軽装を好むレンジャーならまだしも、重量のある鎧や武器を持つ冒険者が橋も足場もない河を歩いて渡るのは非常に難しく、ましてその深さが大柄の男性の二倍異常ともあればいよいよ不可能である。
おまけにそういった水深が深く整備も行き届いていない河ともなれば危険な水棲魔族の巣窟と化すことも多く、冒険者や各地を旅する商人たちを悩ませる。
「困ったな……まさかラクレーンの街に続く橋が壊れているなんて」
白を基調としたどこか聖職者を彷彿とされるローブと装飾が施された銀の鎧に身を包む男性はやれやれと目の前の惨状に悪態をついた。
目の前を流れる水の流れは陽の光を浴びてキラキラと輝いているが、橋をあてに来た者にとって状況は暗い。河を渡るはずの橋が両岸の支柱に近い部分を残し忽然と消えているのだ。いや、"何者かによって壊された"とみるのが自然だろう。
「自然に壊れたというよりは何か強い衝撃が橋の両端に与えられたとみるべきかな? 何か大きな鈍器のようなもので橋の支柱が強く殴られた形跡がある……岸辺に砕けた破片が転がっているのもその証拠だ」
「そんなことよりどうすんのよこれ? 一度ヴァチカの村に戻る? それとも……他に道あったっけ?」
「森の中なら川幅も縮まってもしかしたら渡れる場所、あるかもしれませんね~」
「いやいや、このまま"魔植種"がひしめく森の中に入ったら流石にまずいでしょ」
「そうだね。"ブラックブラッド"の連中が先日リトカーダンジョン付近の沼から引き返した際にアイルプラントの群生地に出くわしたと言っていた。そもそも森を迂回する気でいたから手持ちの状態異常への抗薬の類が心許ない。森の行軍は避けるべきだろうね」
眼前に広がる広大な河を前に冒険者と思しき男女3人が腕を組み頭を悩ませている。その3人から少し離れた場所で真逆の方向、河を背にする形でもと来た道を無言のまま眺めている大柄の男性。彼もまた纏った重量級の鎧や俗に巨大斧と呼ばれる大きな両刃の斧を背負っていることから冒険者であると思われる。
「……小さいのが大きいのを背負ってこっちにくるぞ?」
「どういうことよ……あ、察し。てか何よあれ?」
草原の海にかけられた橋のようにも見える土がむき出しの地面。そこを歩いてくるのは小柄な少女のなりをした……大柄の男性でも担がないような大きなカバンを背にした女性。
「何やらお困りのようですね? というか橋……壊れてるんですか? それは私も困りましたね……」
困るという割にはさして表情に曇りもなく、むしろ何の感情も浮かばぬ顔で悩んでいるかのように首をかしげたルーシャ。
「あんた誰よ? というかその馬鹿でかい鞄はなんなのよ? あんたの倍以上はあるんだけど?」
「夢と希望と需要品が詰まってるからこそのこの大きさですよ。そしてここで会ったのも何かの縁。何か買っていきませんか? きっとお役に立ちますよ」
「はぁ……?」
四人の冒険者の中で黒髪の女性が小さく舌を打ち、手にした銀の短杖の先端をルーシャに向け睨みつける。
「橋が壊れてて立ち往生しているところに急にやってきていきなり商売……疑うな、という方が無理な話なんだけど?」
「おいおい、やめないか"フィスティー"。いきなり武器なんか構えて」
「甘すぎでしょ"セイギ"。この子が人魔種じゃないって言い切れないでしょ? 最近流行ってるみたいだから? 人魔種の事件?」
セイギと呼ばれた男性の静止にもめげず杖の先を微動だにルーシャの前から動かさず、かえって表情を硬くしていくフィスティー。
「ふむ……人魔種ですか」
「なによ? 自分の種族を当てられて少しは焦った?」
「よせったらフィスティー!」
「そうですよ~、"フィス"」
そばにいたもう一人の女性も間延びした声で加勢し、なんとかフィスティーの武器と怒りを納めさせる。だが芽生えた不信感は収まる様子もなく、フィスティーは地面を蹴るような荒々しい足取りで離れて立つ大柄な男性のほうへと歩いていく。その背を見てルーシャは不思議そうに首を傾げる。
「なんだかお呼びでない感じでしたか?」
「悪い悪い。彼女は少しヒステリックなとこがあってさ。普段はあそこまで強く当たらないんだけど、あいにく今は長かった依頼を終えてようやくトラスティンに戻ろうと
した矢先だったからさ。そこにこの橋が無い……だろ?」
「なるほど……それは散々でしたね。でもこれはいよいよ勝機に商機ですね」
眠たげにも見えたルーシャの瞳がどこか爛々と輝く。それとは対照的にセイギと横にいた女性が今度は首を傾げる。
「お役立ち商品を今なら色々と取り揃えていまして……しかもただいまセール中です
よ?」
少しだけ声の音量が上がった……かもしれないという声量でぐいぐいとセイギと女性の眼前に顔を寄せるルーシャ。
「あ、あははそうなのかい? せっかくだから何か見せてもらおうか。なあ、"テンネ"」
「そ、そうですね~」
驚きと愛想笑いが混じった微妙な表情で少し引き気味にルーシャの提案を飲む二人。ルーシャは意気揚々と地面に置いた鞄をよじ登り、その口から何かを手に戻ってくる。
「それは……ブーツ?」
ルーシャが手にしているのはもこもことした暖かそうなブーツ。ただし色合いは凍土を彷彿とさせる氷のように透き通った青色。その素材が何なのか見ても見当がつかないようで、二人はどこかそのブーツを身に着けることに警戒心を覚える。
「ただのブーツと思っていると痛い目を見ますよ?」
「というと?」
「このブーツを履くとなんとなんと? 装備中体重が50パーセントオフになります」
「えええっ!? それは女性としては欲しいです~」
ルーシャの売り文句にテンネの中の警戒心は秒で氷解し、瞳が一瞬で興味津々とばかりに光る。その食いつきぶりにセイギは苦笑を浮かべたまま少し気圧されたのか後ずさる。
「こちらおいくらですか~?」
「普通なら銀貨5枚……なんですけどただいま在庫撲滅セール中なので桁を下げて小銀貨5枚でのご提供ですよ?」
「撲滅? 一掃とか処分でなく? あと値段がいきなり90パーセント値引きって……売り文句と価格間違えてないかい?」
「間違いありませんよ? 安心してください、私も商人の端くれですから。損な取引はしませんよ。あとそのブーツ履くとスタミナも50パーセントオフですしノープロブレムですよ」
「そうか……待って、最後なんて言った?」
ルーシャの答えにセイギの表情がひきつる。
「お値段以上の価値とバッドステータス?」
「オッケー、呪いのアイテムの類だよそれ? テンネ、そのブーツはやめておけ」
「う~、全女性の夢の効果がついてるのに~」
「失礼ですね。呪われていませんよ? 装着自由ですよ? いつでも脱げますよ?」
「いや、どうせ履いた後に脱いでも減ったスタミナは回復せず疲れたままなんでしょ?」
「そこはアフターサービスも徹底していますからご安心を。今ならそちらのブーツを購入でもれなくこちらの靴下をセットでご提供ですよ?」
ルーシャはどこからともなくそっと純白とは真逆という形容がふさわしい真っ黒な靴下を手にふんすと鼻を鳴らす。
「あー……なんだか深淵というか暗黒というか……まあそういった表現を欲しいままにしていそうな色合いなんだけど」
「なんとお洒落な骸骨の刺繍入りですよ?」
「装備する者に洒落にならない身の危険を感じさせるデザインだね」
ルーシャは手にした靴下のデザインをあらためて眺め、不思議そうに首を傾げる。
「お気に召しませんでしたか? このデザイン」
「悪いけどそのデザインを見て喜ぶ人はそうそういないと思うんだ」
「ちょっと!? 何よそれ!? え? それも売り物なの?」
「いたわ……身近に」
存在しないはずの理解者の登場が自身のパーティからということもあり、セイギは残念そうに大きくため息をついた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




