6.罪②
ベリアルが召喚されたことを知った悪魔たちは、彼の恋を叶えるため、協力することにした。
五臓六腑(地獄)。
第六腑にある広場では、三名の悪魔が鐘楼の前に広げた敷物の上に座り、柱に寄りかかって、会話をしていた。
「……あー、暇だ……誰か召喚してくれないかな……」
一人があくびをしながらつぶやいた。
「できれば、お菓子屋さんに召喚されたい」
「なんでお菓子屋さんなのよ」
緑の髪をした悪魔が尋ねた。
「だってそうしたら毎日、お菓子が食べ放題じゃないですか」
「なんだ、その人間の五歳児みたいな発想は」
メガネをかけた悪魔が、思わず会話に入った。
「それなら私は、着物屋さんに召喚されたいわ。毎日、いろんな着物が着放題じゃない」
緑の髪をした悪魔は、同調した。
「おまえもかよ」
「アムドゥシアスさんは、何屋さんに召喚されたいですか」
自称、現実主義のメガネの悪魔は、すぐには乗せられなかった。
「俺は無いよ。そんなの。だいたい召喚されたってことは、俺たちはその人間に好きになってしまったってことだぞ。実際、おまえらは、好きになってしまった人に、毎日お菓子を食わせろとか、図々しい要求ができるのか?」
一瞬、もっともなことを言われた二人は黙った。しかし、最初に話題を持ち出した悪魔は、負けじと反論した。
「そんな夢の無いこと言わないでくださいよ。もしかしたら、向こうも呼び出してすぐに、僕のことを好きになってくれて、こっちから言わなくても僕になんでもしてくれる、みたいなことだって起こらなくもないじゃないですか」
「そんな都合のいい悪魔召喚があるか」
「空想するだけなら、タダです」
「そうよ、アムドゥシアスは毎日、目一杯やってみたいこと、本当にないの? 言うだけ言ってみなさいよ」
「そうだな……」
改めて尋ねられたメガネの悪魔はしばらく、腕を組んで考えた。
「……それなら俺は、『河原の石をすべすべに磨く屋さん』に召喚されたい」
「……何なの、その商売」
緑の髪をした悪魔がつぶやいた時、広場の一角に靄がかかった。この靄は、悪魔が人間の世界から戻った時に起こる現象である。そして、人間の世界へ行ったということは、すなわちその悪魔は召喚されたということである。
やがて、白鳥とカラスの羽を持つ少年の姿の悪魔が姿を現すと、その場にいた悪魔は一斉に立ち上がって彼を迎えた。誰かが人間に呼び出されたというのは、刺激の無い地獄の生活において、数少ない話題である。
「ベリアル、召喚されたんだ……」
「おかえり。どうだった」
「なんか嬉しそうじゃないですかー。まさか召喚者に話しかけることができたんですか」
童顔で中性的な顔立ちの悪魔が、ベリアルと呼ばれた少年の悪魔の顔を覗いた。彼の名はデカラビアという。お菓子屋さんに召喚されたい悪魔である。
「……」
帰ってきたばかりの少年の悪魔は、返事をせずに目を反らして小さく唸った。
「ベリアルは、声と話術で相手の意思を操る呪いをかけることができるのに、好きな人を目の前にすると、緊張しちゃって一言も口をきけないという、難儀な性格だからな。
だから次に召喚される時は、糸電話を持ってけって言ったのに。それなら十分離れて会話できるできるだろ」
額に一本角を生やした、色白で青白い髪の男性の悪魔は、常に少し皺の寄った眉間に乗せた伊達メガネを人差し指で直した。彼の名前はアムドゥシアスと言って、ユニコーンの悪魔である。『河原の石をすべすべに磨く屋さん』に召喚されたい悪魔である。
「……いや……現れて早々、糸つきのコップを渡してくる悪魔ってどうなのよ……」
波打った艶のある緑色の髪をした、少女のような姿の悪魔がつぶやいた。この悪魔の名前はアンドレアルフス(通称アンドレ)という。身体は孔雀のオスだが、心は皇帝ペンギンのメスという特徴がある。着物屋さんに召喚されたい悪魔である。
「ここは、やっぱり俺たちが、ベリアルと召喚者の仲を取り持つしかないな」
ユニコーンの悪魔は、もう一度眼鏡の位置を直した。
「なんか楽しそうだし賛成です」
デカラビアがこの提案に応じた。
「さて、どうしましょうか」
三人は腕を組んで、考えはじめた。
黙って聞いていたベリアルは、たまりかねてようやく声を上げた。
「……まて……たしかに俺は今度も、会話ができなかった。だがこれは俺の問題だ。一人でどうにかする。勝算はある。彼女は、秘密を打ち明けてくれたんだ……彼女は、自分の住んでる島の住民が皆いなくなればいいと思っているらしい。これを叶えてあげれば、俺のことを好きになってくれるに違い無い……島の調査はだいたいしてきた。あの規模なら、俺一人で一刻もあれば、無人島にできるだろう」
「待て待て待て」
ユニコーンの悪魔は、踵を返して人間の世界に戻ろうとするベリアルのうなじに手を伸ばして、襟をつかまえた。
「そんな無味乾燥したやり方じゃ、人間の心は掴めないだろう。例えば、おまえの家の周りある、『処分しなきゃなあ』と思っていたゴミを、黙々と片付けてくれたやつがいたとする。おまえは、そいつのことを、ただちに『こいつ俺に恋してるな』って気づくのか。もっと慎重に作戦を考えた方がいい。俺が手伝ってやる」
「いい。一人でどうにかする」
「だめよ。好きな人にプレゼントしたり、親切にしたりする時は、もっとロマンチックに演出しなきゃ、私に相談しなさいよ」
「いや、一人で大丈夫だ。ありがとう」
「二人とも、おせっかいですね〜。ま、僕も同じですけど」
ベリアルの返事を待たずに、悪魔たちの話し合いは続いた。
「で、おまえら、どうしたらいいと思う? ただ悪魔が直接手を下し、島をきれいにしてプレゼントするだけじゃそっけないわけだから、あえて島民同士で殺し合いをさせて、ベリアルとその子が燃える町を高いところから、二人で眺めるとかどうだ」
「いいですね、人間に思い通りのことをさせるなんて、言葉によって相手の意思をあやつるベリアルさんの呪いがあれば、簡単ですし」
「でも、ベリアルの呪いって、相手と一対一で向き合わないと、効果が薄いじゃない。島民一人ひとりに呪いをかけてまわるのは、大変じゃない?」
「大勢を一度に相手にすると、効果が薄いといっても、まったく無いわけじゃないでしょ。事前に、島民全員が洗脳される下地を作っておけばいいんですよ。下地があれば、拡声器を使ってベリアルさんの号令を島中に聞かせれば、洗脳は完了です」
「人間どもが共同体を作っている時、そこには必ず共通の思想ってもんがあるはずだ。それが無いと、秩序を保てないからな。ベリアルの言葉をすんなり、受け入れさせるには、その思想ごと揺るがせておいてやるのが、一番てっとり早い」
「共通の思想って、例えば宗教だとか? ベリアル、何か思い当たるものある?」
自分抜きで、勝手に話し合いが進んでいくのを聞きながら、このままそっと抜け出して一人で離島に戻る機会をうかがっていたベリアルだったが、急に話しを振られて、もう諦めてみんなに任せようと思った。
「……帰ってくる前、島を一通り視察して回った。どうやらあの島は『山の神様』への信仰が、住民共通の思想として、根付いているらしい」
「それだな」




