6.罪①(恋する悪魔に操られた人間たちが、島ごと自滅していく話)
千六百年頃の日本のとある離島。
この島に暮らす茜は、この地とそこに縛られた自分の運命に不満を抱えていた。
ある日、島の破滅を望んでしまった彼女は、悪魔ベリアルを召喚してしまう。
ベリアルと仲間たちは、彼女の願いを叶えるため、「山の神様」として島民を洗脳し、お互いに殺し合いをさせる計画をたてる。
悪魔の、悪魔による、召喚者のための残酷劇、開幕!!
私は、浜辺を泣きながら歩いていました。ちょうど夕暮れ時、空が紫とオレンジ色のまだらになる時間帯でした。私は養父と喧嘩をして家を飛び出したのでした。喧嘩の発端は、我が家の玄関脇に生えたヨモギが、いつの間にか無くなっていたことについて、養父が「これは誰かが勝手に取っていったに違いない」と言い出したことでした。そして、私に犯人を見つけて借用書を書かせるように言いつけ、私が反抗したことで言い合いになったのです。
この島で生活して十五年、すでに私は親切なはずの養父とこの島の人々に、少しだけうんざりしていました。私の目の前には、夕日に照らされて波紋を白く光らせる大海が広がっています。この海の向こうには、私が生まれた大きな島があります。そこでは私の兄のように羽が生えた人とか、おそらくその他、色んな人がそれぞれの仕方で生活を営んでいるのでしょう。そしてその向こうには、さらに大きな島がたくさんあるのでしょう。
この島に対する私の不満は、年を追うごとに育っていました。解決の一番簡単な方法は、島を出ることです。しかしそれは不可能です。現実的にここから船を出していけるところは、隣の大きな島まででしょう。しかし事情があって私は、自分の故郷であるその地に戻ることはできないのです。
それに私は、すでにたくさんのものを養父や島の人々から施されています。身寄りのなかった私には、これらを受け取るしか生きる道がありませんでした。しかし受け取ったが最後、皆んなに一生をかけて、お返しをしなければならないのです。つまり島の人の勧めるがままに結婚し、この島を巨大テーマパークに作り替えるという、養父の夢に一生を捧げなければなりません。この島に住む人は皆んな、自分が受けた恩と与えた恩の両方を、山の神様に見張られているので、自分の借金を誤魔化すことはできないのです。
こうして自分の未来に思いをはせるたび、私は胃の中に重りを入れられたような気分になりました。しかし、今の私には、皆を裏切り、全てを捨てて一からやり直す方法も無いし、自分の不満を押し殺して、皆の期待に流される諦念も持てません。
つまりどっちに行っても行き止まりです。私は立ち止まりました。気がつくと、歩きすぎてとても足が疲れています。私は草履を脱いで、砂浜に倒れて仰向けになりました。潮の香りと穏やかな波の音。肌にまとわりつく砂の感触で、髪と着物が汚れてしまったことがわかり、ちょっとした解放感が広がりました。
私の中にある、私の制御できない黒い塊。これの扱い方について、私は一体誰に相談したらいいのでしょう。島の誰に相談したって「そんな考えは、おまえの本当の気持ちじゃない」とかなんとか言って、存在そのものを否定されるだけのような気がします。
これの扱い方を知っているのは、神のように私の全てを見通せる人だけでしょう。私は、私の一番汚い部分が、その人に見つめられるか、触れられるところを想像しました。彼の視線によって、それは初めてきちんとした形を与えられるのでしょう。その時私は、黒い塊そのものになるでしょう。
そうして罪そのものとなった私は、一体何をするのでしょうか。
私がこの島を出られない限り、することは一つしかありません。私がこの島からいなくなれないならば、私にとって不都合な人の方がいなくなればいいのです。つまり、島の人はみんな死んでしまえばいいのです。
私は自分の考えに驚いて、身を起こしました。誰かに見られているような気がして辺りを見回しましたが、橙色の浜辺には海藻が散らばっている他は、壊れた船が長い影を落とすだけで、誰もいません。私はため息をついて、また横になりました。
まもなく身体全体に、少し違和感を感じました。顔を横に向けると、自分の右腕から黒い煙が昇っていました。燃えてるようにも見えますが、全く熱くありません。気になって再び少し頭を起こすと、煙は全身から溢れているようでした。この不思議な出来事に対して、私はなぜか落ち着いていました。この煙とともに、身体の中の悪い物が蒸発していくような気がしたからです。私は視線を空のまだら模様に移して、黒い煙がそれを侵食していく様を眺めているうちに、いつの間にか少し眠ってしまいました。
目を開けると、逆さの顔が私を見つめていました。私が見つめ返すと、それは目を逸らして私の視界から引っ込みました。私は起き上がって彼の方を向き直りました。成人するにはまだ少し早いくらいの男の子でした。黒地に孔雀の羽の模様を散らした派手な浴衣姿で、はだけた胸元をみると、体の左半分に刺青の大きなムカデが這っていました。獅子のたてがみのように逆立った金色の髪。少しいじわるそうな切長の目に光っている瞳は、右は赤色でしたが、左は深緑と葡萄色が混じっていました。そして背中には右と左それぞれに、白い白鳥の羽と黒いカラスの羽を広げていました。
私が見つめていると、彼はすぐに顔を真っ赤にしてうつむいてしまいました。
「あなたは誰?」
彼はうつむいたまま、着物を指でいじりながらとても小さい声で何かを言いましたが、全く聞き取れません。
「あなたはこの島の人じゃないよね」
彼はうなずきました。
私は彼のことを、隣の大きな島から来た人だと思いました。私の兄のとは少し違いますが、羽が生えていることからも明らかです。そして、その大きな島から一人で来る人はだいたい、悪いことをしてこの島に追い出された人です。私の兄は、別のようですが。
「あなたは人を傷つけたことはある?」
彼はしばらく目を泳がせていましたが、やがてうなずきました。
「そのことで後悔したことは?」
彼は少し考えて、うつむいたまま、首を振りました。
一見すると派手で強気な風貌と、もじもじした態度、細く頼りないような身体を這う不気味なムカデ。
その時の私には、大きな島から追い出されて、おそらくこの島にも知り合いが一人もいないであろう年下の男の子が、世界から自立して、自由を享受している強い存在に見えました。
彼の手には、柄も鞘も真っ黒な漆塗りの日本刀が握られていました。それを使って、悪さをしてきたのでしょう。それが持ち主とともに浴びてきたであろう血を想像すると、私は気が遠くなりました。私はいつの間にか立ち上がって、彼の耳に自分の秘密を囁いていました。
「そう、あなたは素敵ね。私、この島が嫌いなの。感謝はしているけれど。もう、全部壊れてしまえばいいと思っているの」
彼は急に顔を上げました。相変わらず顔は赤いままでしたが、両目は輝いています。そして、ゆっくり片手を伸ばして私の頬に触れ、はにかんだような笑顔で私を見つめました。その手は、背中に悪寒が走るほど冷たいにもかかわらず、触れられているとみぞおちの辺りが熱くなりました。




