グド島
灼熱の太陽に焼かれながら、さとうきびの世話をしてやる。
成長するにつれ、人間の背丈を超えるほどの高さになるこの作物は、下の方から徐々に葉が枯れていき、それが害虫の温床となるため、人の手で丁寧に取り除いてやる必要があった。
その他にも、状態を見てやりながらの水やりや肥料の投与など、やらねばならぬ作業は数多い。
丸一日、大の人間たちが、草っきれの世話へ翻弄されている内に、気がつけば夕陽が昇っている……。
配属された農場により、多少の違いこそあるものの、それがこのグド島に送り込まれた罪人たちの暮らしというものであった。
過酷な作業を終えた後の救いは、自由時間が与えられていることだろう。
咎人としてこの島に流され、過酷な労働へ従事させられている彼らであるが、では、行動の自由がないのかといえば、そのようなことはないのである。
住居とされているのはタコ部屋であるが、別段、外から鍵をかけられるようなことはなく……。
ばかりか、労働の報いとして、ささやかながら毎月賃金が与えられるため、罪人たちはそれで英気を養うべく、町へと繰り出すのだ。
これは、いわゆる飴とムチ的な考えからなる施策である。
このように、一定の自由と快楽を与えた方が、束縛し過ぎるよりもかえって労働効率を高めるものであり……。
また、そもそもの話として、このグド島自体が流刑地であり、一つの監獄であることから、かように開放的な待遇がなされているのであった。
本国の貴族には、グドで労働する罪人たちを指して、「放し飼いの鶏」と呼ぶ者もいるという……。
そんな鶏たちの休まる止まり木となっているのが、町にいくつか存在する安酒場であり、『ベンの店』はその代表格であるといえるだろう。
開業したのは、入植一世である現店主の父親であり、以来、現在に至るまでこの地に根を張り続けている。
名物はフィッシュアンドチップスで、これは先代が、故郷オルダーの味を再現したものだ。
熱々の揚げ物に、ビネガーをかけてやると、これが――たまらない。
揚げ物で舌が疲れるのを酸味が防ぎ、過酷な労働で体が油を求めているのもあって、無限に食べられそうなのであった。
酒として供されているのは、ただ一種類……。
ラム酒である。
島内で栽培されたさとうきびを、同じく島内で加工し生産されているこの酒は、本国へ輸出するばかりでなく、こうして主たる酒精として活躍していた。
高く甘い香りの酒を一口煽れば、喉の奥がかあっと焼けていくようであり……。
労働で火照った体に別の熱を与え、疲れを内側から焼き焦がしてくれるようなのだ。
今は遠く、帰還することもかなわない故郷の味に舌鼓を打ちながら、異郷で自分たちが育んだ作物の酒で、喉を焼く……。
それこそが、この地へ流刑に処された罪人たちにとって唯一の癒やしであり、今日も店は汗臭い男たちによりごった返しているのであった。
「おい、ハル!
いつまでも遊んでないで、店の方を手伝ってくれ!」
だから、入植二世である店主が、自分の愛娘にそう呼びかけたのは、当然のことであっただろう。
「……はあい」
父親が、遊びと断じた行為……。
ハルにとっては、亡き祖父と自分をつなぐ神聖な演奏に水を差され、ややふてくさりながらも立ち上がる。
家族が、休憩や食事に使っている部屋……。
客たちが飲んで騒いでいる店内と壁一つ隔てたそこに並んでいたのは、いくつかのコップであった。
テーブルの上に置かれたコップは、それぞれ異なる水位で水を入れられており……。
ハルは、それらを棒で軽く叩きながら、発される音を楽しんでいたのである。
店に出るべく、エプロンを身に着けた。
そうした入植三世娘の姿は――美しい。
島外においてはどうだか分からぬが、少なくとも、このグド島においては一、二を争うだろうそれである。
年齢は、十六歳。
この島においては珍しい金色の髪を、うなじの辺りで二つ結びにしており……。
顔立ちは猫科の幼獣じみていて、かわいらしさの中にも気品を感じさせた。
こういった身体的特徴は、祖父から受け継いだものである。
今となっては、本当かどうか確認しようもないが……。
祖父はかつて、本国の貴族であった身らしい。
それが、いかなる理由によってか身分を剥奪され、罪人としてこの島に流れ着いたのだそうだ。
まあ、もしその話が本当だとしても、料理を得意としているような人だったのだから、そう大した爵位だったわけではあるまい。
気を取り直して、店に出る。
さほど広くもない店内は、汗臭い男たちでごった返しており、なるほど、ハルの他にも雇われている給仕の娘だけでは、これは回しきれまい。
「おお、ハルちゃんじゃねーか!」
「今日も待ってたぜ!」
「相変わらず、かわいいな!」
「どうだ!? おれっちの刑期が終わったら、嫁さんにならねえか!?」
「はいはい、考えとくね」
早速にも声を欠けてきた男たちに軽く答えながら、さて、何から手を付けたものかと考え込んだ。
この『ベンの店』に、テーブルはあれど椅子は存在しない。
少しでも多くの客を収容し、また、酔いが回ったならさっさと追い出すべく、立ち飲みの形式を取っているからである。
――とりあえず、空いている皿を下げるか。
そう思い、カウンターからトレーを取ったその時であった。
「おいおい!
おいおいおい!
あんた、マディ・フレイ・キュリーじゃねえか!
どうして、あんたみたいな大物がこんな所に居やがるんだあ!?」
一人の酔漢が、そのような叫び声を上げたのである。
人の店をつかまえて、こんな所呼ばわりとは、大した度胸であるが……。
ひとまず、ハルも声のした方を注視した。
果たして……。
店の入り口に立っていたのは、このグド島ではそうそうお目にかかれない出で立ちをした男だったのである。
身にまとった真紅の装束は、確かフロックと呼ばれる代物であり、島を訪れた船の船長など、本国においてもそれなりの地位にいる者しか着ていない。
亜麻色の髪は野性味を感じる形に整えてあるが、顔立ちといい、どうにも育ちの良さを隠しきれていなかった。
右手で肩がけにしたズタ袋はともかくとして、もう片方の手が剥き出しのまま持ったそれは……。
「髪型は変えてるけどよ!
その真っ赤なフロックもそうだし、左手のヴァイオリンは見間違えるはずがねえぜ!
それ一個が、ここいいるおれら全員の年収を合わせたよりも高いって代物だからな!」
酔った勢いというものもあるだろう……。
興奮した男が、マディなる青年に次々と言葉を浴びせかける。
――やっぱり、あれはヴァイオリン!
一方、ハルの方はといえば、目にした弦楽器へ胸を高鳴らせていた。
島を訪れた楽団員が手にしているのを、見たことはある。
だが、そういった者たちが立ち寄るのはもっと高級な店であるので、この距離まで接近して楽器を見るのは初めてのことであったのだ。
「なあ、おい!
そうなんだろう!?
あんた、あのマディなんだろう!?
答えてくれよ!」
問い詰める酔漢のみならず、店中の視線を青年が集める。
矢のように突き刺さるそれへ、青年は物怖じすることなく……。
ばかりか、ニイッと口角を上げてこう宣言したのだ。
「どうやら、俺のことを知っている奴もいるようだな……。
その通り!
俺の名は、マディ・フレイ・キュリー!
お前たちを、あっと言わせてやる男だ!」
そう言い放つ彼の笑味は、実に楽しげなものであった。