伯爵令息と子爵令嬢は待ち合わせる。
こうして俺は、伯爵家使用人一堂の期待を背負わされながら、ダンジョン攻略へと向かう羽目になった。
そう、一堂。侍女頭だけでなく。
先日サラ嬢と二人でお茶会をしていた時に感じていた、妙な熱量。
それは、侍女頭が抱え込んでいたものと同様のものだったらしい。
……いやわっかんねぇよ、なんでそんなに溜め込んでたんだよ!
とか言いたくはなったが、黙っておいた。どうせ俺が悪いだとか言われるんだ、俺は詳しいんだ。
ともあれ、そんな状況だったので、準備自体はめちゃくちゃ順調に進んだ。
むしろ俺が止めるレベルで。
「待て! この瓶、エリクサーじゃねぇか!
なんで伯爵家に三本しかないうちの二本を入れようとしてやがる!?」
「それはもう、坊ちゃまの御身を守るためにでしてね」
「一番に守らないといけないのは親父の身だろうが!?」
だとか。
「……なんで高価な身体強化ポーションを惜しげもなくバックパックに入れようとしてるんだ?」
「それはもちろん、若に活躍していただくためでして」
「いくら鈍い俺だって知ってるぞ、これ色んな意味で強壮作用があるやつだろうが!?
何考えてやがる、こんなもん持っていったと知られたら、サラ嬢からドン引きされるわ!」
「むしろマルグリット子爵令嬢様でしたらウェルカムではないかと」
「んなわけあるかぁ!」
なんてこともあった。
……いやその、ちょっと、もしかしたらそうかも、そうだったらいいなぁ、とか考えなかったわけではない。
だがしかし、こう、節度あるお付き合いをすべきじゃないか、健全な男女としては!
などと思ったりはしたが、口には出さなかった。
『このヘタレ』という目で見られるのが、俺ですらわかったからだ。
……おかしいな、俺、この家の嫡男、次期当主だよな……?
ともあれ、そんなこんなで何とか余計なものは排除しつつも、それでも過剰なまでに充実した物資が詰め込まれたバックパックを背負い、俺はサラ嬢と落ち合ったのだ。
二人で攻略するダンジョンの前に設置された管理棟で。
ちなみに、今日に限って言えば二人でというのがそのままの意味だったりする。
我がグロスヴァーグ家は言うまでもなくストロングスタイル。ダンジョン管理棟までお付が付いてくるなんてことはない。
むしろ、お付を付けてくるなど武門の名折れという文化。
そして、サラ嬢の家、マルグリット家も同じような考え方だったらしい。
……うん。
本当の意味で二人きりとか、ほんっとうに初めてなんだが!?
これが数か月前ならともかく、彼女のことを女性として意識し始めた今になって二人きりとか、凄まじく気まずい!
いや、気まずいとか思ったら、それはそれで失礼か?
やってきた彼女の顔を見た俺は、そう考えを改める。
彼女が身につけているのは、よく使い込まれたソフトレザーアーマー。
グレイが使っている物と似た系統の装備ではあるんだが、恐らくあちこちに隠しポケットが仕込まれているはず。
衣服はもちろん、動きを阻害することのないスラックスにチュニック。
ダンジョンアタックに臨むとあって、普段とは全く違うボーイッシュな装いがこれはこれで……って、いや違う!
邪な感情を抱きそうになった俺は、口の中で頬の内側をぎりっと噛む。
もちろん、血が出る程ではなく。それでいて、痛みで正気を取り戻す程度に。
この加減が無意識に出来るよう鍛錬するのがグロスヴァーグ流である。
怒りや恐怖といった感情を抱くようなシチュエーションに放り込まれ、そこで頬の内側を噛んで正気を取り戻す、最低限の冷静さを取り戻す訓練を何度も繰り返す。
もちろんこんな訓練を施されるのは一部の限られた人間ではあるが。
いくら武門の家とはいえ、こんな訓練についていける一般兵などそうはいない。
逆に、この鍛錬に耐えられた者はそれ相応の給与や待遇を与えるので、志願する人間もそれなりにいたりはするのだが。
ともあれ、そんな鍛錬をクリアしていた俺は、なんとか冷静さを取り戻した。
大丈夫、だ丈夫だ。俺は、ちゃんと対応できる。
と、思っていた時もあった。
「あの、すみません、お待たせしてしまいましたか?」
心の底から申し訳なさそうにしている彼女の顔を見た瞬間に、俺の心臓がドクンと跳ね上がった。
そして、何故か無駄に回転速度が上がった俺の脳が、余計なことを考え出す。
これって、ラブコメ漫画のテンプレじゃね? と。
慌ててやってきたのだろう上気した顔、少しばかり荒い呼吸。
……いや、数日分の物資を詰め込んだであろうバックパックを背負いながら走ってきて、その程度しか呼吸が乱れていないのは本当に流石としか言いようがないんだが。
わかってはいたが、今更ながらにサラ嬢がどれだけ普段から鍛えているのかがわかって……こう、女性に対して抱いていい感慨なのかはわからないのだが。
この人は、本当に鍛えている人なんだな、と改めて感じてしまった。
そして、やはりこの人だったら俺の背中を預けても不安がない、と思ってしまった。
数瞬後に、慌てて頭を振り、浮かれそうな感情を振り払ったりしつつ。
「いえ、俺も今来たところです。待ち合わせの時間よりも十分に早いですし」
……うん、わかってる。
何テンプレな返答してるんだ俺!?
っていうか、ってことは、俺は待ち合わせ時刻より大分前に着いていたわけで!
今になって気づいたんだが、大分浮かれてねぇか俺!?
そんな俺の内心を知ってか知らずか、サラ嬢はほっとした表情を見せた。
「そうですか、良かったです。その……最初の……デ、いえ、デュオ探索で遅刻したなどとなれば、父に厳しく叱責されるところでした」
「流石にそんなことは……え、本当にそうなんですか?」
サラ嬢の言葉を受けて、俺はそんなノリツッコミ的リアクションを返した。返せた。
よくやった、俺。
こういった方面には鈍い俺でもわかる。
今サラ嬢は、デートと言いそうになっていたのだと、妙に強い確信でもって理解していた。
そう理解して。
これで俺が、もっと男女関係にこなれていたのなら、もっと気の利いた返しもできていたんだろうが。
悲しいかな、前世でも今世でもそんな経験のない俺には芸の無い返答しかできない。
それはそれで悪くなかったのか、サラ嬢は気を悪くした様子もない。
「はい、そうなのです。私達の本業では、場合によっては数分のズレが生死を分かちますので……」
「な、なるほど……確かに、マルグリット家の職分を考えますと、それはそう、ですか」
切実さが滲むサラ嬢の顔を見て、俺も納得せざるを得ない。
うちが武門の家ならば、マルグリット家は諜報関係、御庭番的役割を担う家柄。
例えば情報の中継役が所定の時間にいなかったら、潜入などしていた密偵はその場に数分留まる羽目になってしまう。
もしも追手がかかっていた場合、その数分が致命的なのは言うまでもない。
だから、数分の重みを知っているサラ嬢だからこそ、そこまで気にしてしまうのだろう。
なら、俺はどう言えばいいのだろうか。
「なら、俺とのデュオ探索の時くらいは気にしないでください。いつも気を張ってばかりでは、疲れてしまうでしょう?
それに俺なら、数分どころか数時間だってなんとかできますから」
とか考えていた俺の口から出てきたのは、そんな色気のない言葉だった。
ただまあ、事実でもある。
ジョシュア達の護衛騎士的立場でもある俺の能力は、耐えることに特化、までは言わないが、それなりの割合が振られている。
そんな能力バランスで上級ダンジョンを一人で突破する程度の突破力を持つ程度に鍛えているのだから、我ながら大概だとも思うが。
ただ、サラ嬢に対しては、それなりに有効な言葉ではあったらしい。
「す、数時間、ですか?」
「ええ、数時間。それくらい戦線を維持するのがグロスヴァーグ家に生まれた男の責務……までは言いませんが。
……ええと」
威勢よくいいながら、俺は急に言いよどむ。
こんなことを言っていいのだろうか?
そんな躊躇は感じてしまう。
けれど、サラ嬢のどこか張り詰めたような表情を見ていたら、言わないといけない気もした。
だから俺は、その続きを口にした
「あなたが安心してくれるのならば、数時間どころが数日だって耐えてみせます。
耐えられると、思えてしまうのです」
……うん。
言った直後に、何言ってんだ俺!? とは思った。
だが、取り消す気にはなれなかった。
こういってはなんだが。
本心でもあったから。
……いかん、めっちゃ顔が熱くなってきた。
とか混乱している思考を顔に出さないよう苦労していた俺の目の前で。
「あ、あの、その……そう、なのですか……?」
とか、もじもじしながら、サラ嬢が初めて見る表情を見せていた。
その上、追い打ちとばかりに、いや、彼女にそんなつもりはないんだろうが、上目遣いでこちらを見つめてくるだなんてことまでしてくる始末。
「ええ、もちろん。嘘偽りなく」
そんな顔を見せられて、俺が返せる言葉なんて、それしかなかった。
いや、本当に嘘偽りそうではあるのだが。
くっそ恥ずかしいなこれ!?
っていうか、ダンジョンに入る前からこの空気って、色々と拙くないか!?
そんな、前途不安な様相を呈していながら。
不思議なことに俺は、全くこれっぽっちも、不安を感じていなかった。




