淑女たちのお茶会
「ごきげんよう」
久しぶりに友人宅に誘われて、ちょっとしたお土産を持ってやってきた。今日は攻略対象の婚約者たちの集まりである。もちろんここでゲームの記憶があるのはわたしだけなので、皆は普通の貴族令嬢だ。
第5王子の婚約者、公爵令嬢アイリス。
魔法師団長の息子の婚約者、伯爵令嬢ブランカ。
騎士団長の息子の婚約者、伯爵令嬢ローズ。
ゲームの中ではさほど仲が良かったわけではなかった。だけど興味あったし、一度は声をかけてみようとこちらから接触した結果、とても仲良くなった。
年齢も近くて、社交界で顔を合わせることが多かったから侯爵家の跡取りであるわたしが声をかけるのは難しいことじゃないからね。
初めは探り合いながらだったけど、今では定期的に親しい間柄のお茶会を誘い合うようになっている。
今日はアイリスが主催のお茶会だ。彼女の開くお茶会は新しい情報が沢山出てきてとても面白い。
「マリアンヌ、いらっしゃい。待っていたわ」
「わたしが一番遅かったみたいね」
すでに席についている他の3人を見て、もう少し早く出ればよかったとちょっとだけ後悔する。出かける前にユリアンとばったりと会ってしまって、話しているうちに出発予定時間を少しだけ過ぎてしまったのだ。
「いいのよ。今が一番楽しい時期でしょう?」
揶揄うようにローズが言う。何のことだろうと、思わず考え込んでしまえば、ローズがとんとんと自分の首筋を叩いた。
「ここ、ついているわよ」
「ついている? 何が?」
「うふふ。赤い印。婚約中から一緒に住めるなんて羨ましいわ」
そう言われて、出かける前にユリアンがキスをしたことを思い出した。なんであんな所に、と不思議に思っていたがどうやらキスマークがついているようだ。
恥ずかしさに真っ赤になれば、微笑ましいといった温かいまなざしを向けられる。
「ユリアン様の独占欲、とても可愛いらしいわね。わたしの婚約者だったらそんな可愛いもので済まないわ」
「え、そうなの?」
「そうよ。アイリスの所は特に過激で……」
「あら、ブランカの所よりはいいと思っているけど?」
3人はそれぞれ自分の婚約者の方がましだと口々に言い始める。その内容がとてもじゃないけど、昼間からするような内容ではなくて、固まってしまった。
「え、え、え? わたし、それ初めて聞くのだけど」
「そりゃあ、婚約していると言ってもピュア道を走っているあなたにこんなこと、話せないわよ」
口をそろえてそんなことを言われてしまった。ユリアンを健康にすることしか考えていなかったので、そう言われてしまうとその通りなのだけど。この貴族社会で婚約者とどこまでの関係が許されているのか、細かいところに疑問が出てくる。
一応前世もあるし、ある程度の知識は頭に入っている。恋人同士でするあれこれなんて、ユリアンとの触れるだけの行為よりも過激なはずで。
「今度、また教えてあげるわ。色々な性癖が聞けて、とても楽しいわよ」
ローズがそう言って、悪戯っぽくウィンクした。
「性癖!? そんなところまで話してしまうの?」
「もちろんよ。新しい情報を仕入れて色々試して仲を深めていくのよ」
ローズがけろっとした顔で爆弾を落とすので、卒倒しそうだった。人様に言えないようなプレイが多かったらどうしようと、内心慄いた。
でもここはゲームの世界だし、確かR18指定じゃなかったはず。だからきっと言葉ばかりで、実際はそこまでのものではない……と信じたい。
「あまり脅しちゃだめよ。マリアンヌはまだまだお子様なんだから」
「恥じらっているところを見ると、つい教えてしまいたくなるのよ」
ブランカが窘めると、ローズが肩を竦めた。アイリスが空気を変えるように、手を小さく叩いた。
「そのお話はまた今度ね。今日はね、これについて意見を聞きたくて来てもらったの」
アイリスがそう言って一人一人に紙袋を渡した。どうやら今日は最新のファッションについての相談らしい。
「新しい生地か何か?」
「新しいというよりも、昔流行していた衣服のデザインと生地を変えてみたの。殿下に着てもらったのだけど、とてもよかったから」
「開けてみてもいいかしら?」
ローズがそわそわしながら紙袋を開けようとする。
「まだ見てはダメよ。婚約者に着てもらって、初めて見た時にどう思うかを知りたいの」
「そうなの? なんだか手が込んでいるわね」
ブランカががっかりしたように呟く。わたしも大いに頷いた。アイリスがそこまで言うのであれば、きっととても流行るはずだ。でもアイリスは使っている布や形を教えてくれるが、開けていいとは言わない。
何とかして引き出そうとしても、アイリスは笑ってかわしてしまう。次第に新しい服の話から婚約者の話になり、4人でころころと話題を変えながら、時間いっぱいまで会話に花を咲かせた。
◆◆◆
「どんな衣装が入っているのでしょうね?」
屋敷に戻る馬車の中で、ヘレンがわたしの手に持った紙袋に好奇心いっぱいの目を向けていた。アイリスは定期的に新しい流行の品を渡してくることを知っているので、ヘレンも気持ちが抑えられないらしい。
今、貴族たちが着ている衣服は細身のパンツにロングブーツを合わせる。フリルシャツにベスト、そして腿の中ほどまで隠れるほどの長い上着を合わせるのが主流だ。それをどう手を入れたのか。魔改造なのかプチ改造なのかも気になる。
「色々、聞き出したけど結局わからなかったわ。20年ほど前の流行したものだから斬新というよりも、懐かしい気持ちになるようなことを言っていたけど……」
20年と言えば、マリアンヌが生まれたあたりだ。確かスキニーパンツのようなぴったりとしたズボンと先の尖った靴が流行ったと記憶している。上着は普通に腰が隠れる程度の長さで、豪華な刺繍が人気だったはずだ。
両親の肖像画を思い出したが、父である侯爵が奇抜な服を着ていた覚えはない。それなりにかっこよかった気がする。
アイリスのセンスは人とは違うので、彼女の中の基準のレトロ感であって、普通の人が見たら魔改造なのかもしれない。それでも想像がつかなくて、うーんと唸った。
「……よく考えてみたら、びっくりするようなものではないかも。夜会にも着ていけると言っていたし」
「そうでしたね」
二人で無難な結論にたどり着く。
そんな会話をしているうちに、馬車が屋敷に着いた。出迎えた使用人達への挨拶もそこそこにユリアンの部屋へと突撃した。
「ユリアン、ただいま!」
「お帰り、マリアンヌ。少し早かったね」
立ち上がって出迎えたユリアンに抱きつくと、その頬にキスをした。ユリアンも抱きしめてキスを返してくれる。
「熱烈だね。楽しかった?」
「ええ、とても。そこでね、アイリスからこれを試して感想を教えてほしいって言われて」
そう言って手に持っていた袋をユリアンに渡す。ユリアンは不思議そうに袋を受け取った。
「アイリス様と言えば服飾関係だろう? 僕が着るもの?」
「そうみたい」
「マリアンヌは中のものを知らないの?」
「これを着て初めて見た時の感想が欲しいそうよ。だから、お願い。着て見せて?」
ユリアンを下から見上げる様にしてお願いする。ユリアンはふんわりとほほ笑んだ。
「いいよ。ちょっと待っていて」
快く引き受けると、ユリアンは衣裳部屋へと消えていった。どんな服を着て出てくるのか、とても楽しみだ。気持ちが落ち着かずに行ったり来たりを繰り返す。
「楽しみなのはわかりますが、もう少し落ち着いてください」
「だって」
「お茶を用意しますから」
ヘレンが呆れたように座るように促した。長椅子に座ってみたものの、落ち着かなくて体が揺れてしてしまう。
ヘレンは手早く部屋の片隅にある道具を使ってお茶を淹れ、わたしの前へと差し出した。暖かな湯気が立ち上り、香りが広がる。
「どうぞ」
「ありがとう」
出されたお茶をゆっくりと飲む。先ほどまでの高ぶった気持ちは次第に落ち着いたものになっていく。飲み終わった頃、かちりとドアの開く音がした。
「マリアンヌ」
名前を呼ばれてぱっと顔を上げた。現れたユリアンはどこか着心地が悪そうな顔をしていて。不安そうに自分の格好を何度も確認している。
「着方のメモが入っていたけど、これできちんと着ているんだろうか……」
「……!」
アイリスの用意した衣装を着たその姿に釘付けになってしまった。言葉が上手く出てこなくて、息が苦しくなる。だが目はユリアンから少しも離れない。
かっちりとした白を基調とした詰襟、華やかな金糸で刺繍を施された上着の丈は腰のあたりまで。
腰には深みのある黄色の太めのサッシュが結ばれており、足はぴったりとした白のズボンに膝まである黒の長ブーツ。
問題なのはズボンだ。
これはズボンなのか??
たるむことなくぴんと張った布は寄り添うようにユリアンの引き締まった足を包み込んでいた。スパッツとはちょっと違う質感の、某量販店のヒートテックタイツ(極厚)のような、しなやかなぴったり感。
絶句しているわたしをよそに、ユリアンはくるりと後ろも見せた。ユリアンの引き締まった小さなヒップが現れる。
ぜい肉なんてまったく存在しない、神の手で作られたようなその美しい盛り上がり。
目を極限まで大きく開いた。女性とは違う男らしいヒップから目が逸らせない。瞬きもせずに、ユリアンのヒップだけ見ていた。
ナニコレ。
ヒップの形が丸見えじゃない。
ユリアン、一体いつ体を鍛えていたの?
男らしくなったとは思っていたけど、筋肉質なのが丸わかりになるぐらいに鍛えていたなんて……。腕とか胸筋とか腹筋とか背中とかもそうなのかな。見てみたいけど、それはやっぱりちょっと変態っぽくなるような気がして仕方がないが思考は止まらない。
違う、そうじゃない。今はそっちの興味じゃなくて。
こんなぴっちりムチムチタイツを履いて外に出したら、絶対にダメ。
こんな魅力的な格好していたら、絶対に変な虫が湧く。ユリアンのヒップはわたしだけが知っていればいいのよ。そうよね、それが正義よね。絶対に正しい。
「後ろはこんな感じになっているんだ。サッシュが太くてうまく結べていないと思う」
そう言いながら、ユリアンは腰のサッシュを結び直してほしいとわたしの方を見た。
「マリアンヌ! 鼻血!」
「え?」
ゆっくりと鼻に触れると、ぬるりとした赤い物が指先に付く。
この衣装は却下だ。素敵とか魅力的とか似合っているとか、そういう次元の話じゃない。婚約者のヒップの素晴らしさはわたしだけが知っていればいい。
アイリスには申し訳ないけど、仕方がないわよね?
Fin.
これで番外編は最後です。
どうしても15世紀あたりの男性衣装が面白過ぎて、書きたかったのです。くだらない話が最後になってしまいましたが、ここまでお付き合い、ありがとうございました。
また誤字脱字報告、ありがとうございました。
皆様の愛に感謝を(*´ω`*)