異変の狼煙
二日後、学園はパニック状態になっていた。
朝起きると、敷地内が大騒ぎになっていたのだ。
「何事?」
朝の自主トレを終えて戻ってきたアレッドに寝ぼけ眼で問う。
「それが、学園長が行方不明らしいんだ!」
「何だって!?」
眠気が吹っ飛んだ。
僕は急いで制服に着替えた。
「今日は臨時休校にする、って学園長代理が言ってた」
「僕ちょっと行ってくる!」
僕はテーブルの上のレーションを口に押し込み、剣を掴んで飛び出した。
…
「学園長……!」
ヴィロワールとあんな話をしたばかりだ、嫌な予感しかしない。
僕は中央棟に着いた。
「遅かったですね、お仕事ですよ」
「アリシア……」
アリシアがいつもと変わらぬ様子でそこにいた。
「貴様ら、ここは立ち入り禁止だ!」
六十は過ぎてそうな男性が立ち塞がる。
「ゲイル ブライナー代理です」
アリシアが僕に耳打ちした。
「ここは私と生徒会で捜索する」
資料室がある以上、無闇に人を入れたくないのだろう。
特に今なら、どさくさに紛れて資料室に侵入し、極秘資料を盗む事も可能かもしれない。
「私は探偵です、学園長執務室だけでも見せて下さい」
アリシアが食い下がる。
「黙れ嘘吐き娘が!」
ああ、この人もグレーディアと同じなんだ。
「学園長代理、私が見張りましょう」
中からカレンが出てきた。
「カレン会長!」
「流石生徒会長、話が分かりますね」
「むぅ……貴様がそう言うなら仕方あるまい」
ゲイルが苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「では君達、私についてくると良い」
…
「で、何か手掛かりはあったか?」
カレンが問うものの、執務室の中は特に争ったり物色されたりした形跡は無かった。
「僕にはさっぱりだよ、っていうか何も無いでしょ」
「役に立たない助手ですね」
しれっと毒を吐くアリシア。
「なっ……じゃあアリシアはどうなのさ!」
「喧嘩は良くないぞ」
声を荒げる僕をカレンが遮る。
「何もない、正解です。でもだからこそ分かることがあるんです」
無から有を得ろとでも言うのかこの探偵は。
「何も無い、という事は賊が押し掛けてきて強引に連れ去られた訳ではない。事件が起きたと仮定しても、それは外だ。ここに手掛かりは無い」
すらすらと言ってのけるカレン。
「流石生徒会長です、正攻法しか思い付かないとは」
「……何だと?」
「喧嘩は良くないよ」
睨み付けるカレンを僕が遮る。
「内部犯の可能性を見落としていますよ」
「内部犯?」
僕とカレンは顔を見合わせた。
まさかアリシアは、学園内の人間がヴィロワールを拉致したとでも言うのか。
「流石の学園長も、学園の人間であれば多少は警戒を緩めるでしょう。そこに封魔の術式を使えば、いくら最強の魔術師といえど恐るるに足りません」
「な、成程……」
「待てアリシア。この中央棟は気軽に入れるモノじゃない。一階にある図書室は誰でも入れるが、二階より上にいくには基本的には許可が必要だ。昨日は許可申請が一件も来てなかったぞ」
二階より上に許可無く入れるのは、逆に呼び出された場合だ。
前回の僕が具体例である。
そう考えていると、アリシアがニヤリと笑みを浮かべた。
「教員と生徒会役員はわざわざ許可取らなくて良いんですよ?」
「!」
「君は私を疑うつもりか!?」
アリシアの発言は、教員と生徒会役員を容疑者として候補に挙げた事になる。
生徒会長たるカレンが声を荒げるのも仕方無い。
しかしアリシアは動じない。
「事実から推理した結果でしょう?統括者がいなくなった今、この学園内の全てを疑ってかかるべきです」
「……それは極端だと思うが、仕方あるまい。君も平静を装ってるに過ぎないのだろう?」
「私はいつでも冷静ですよ、取り乱したところで無益なだけですから」
確かに、アリシアの様子はいつも通りだ。
「それは頼もしいけどさ、内心のところ違うよね」
「私の嘘にこなれてきましたね、マスミ。確かに流石の私も焦っています」
まぁ、慣れなきゃやってられないだろう。
「すまないが、そろそろ引き揚げてくれないか?あまり長居されると私が見張っていたか疑われてしまう」
「……分かりました」
「そうだね、有難う」
カレンに促され、僕達は中央棟を後にした。
…
「さて、厄介な事件が起きたモノです」
食堂でサンドイッチをつまみながらアリシアは言った。
僕もレーションだけじゃ足りなかったので、早めの昼食としている訳だ。
「そうだね。それで、アリシアは見当つけたのかい?」
「犯人の事ですか?さっき言った事で全部ですよ。まず学園長を拉致する理由が分かりませんし、そもそも人為的なものであるかも確信がある訳じゃありません」
「まぁ、外出先で何かあったと考えるのも自然だよね」
「それは無いんじゃないかしら」
後ろから聞こえた冷たい声がきっぱりと否定する。
「エリン、そっちはどうでした?」
「え?」
「ああ、エリンにはちょっとおつかいを頼んでいたんですよ」
「……そうね、まず第一に、学園長はここ二日間外出してないわ。衛兵全員に訊いたから確かよ」
アルカディア魔法学園には、全ての区画に通じるように門が八つあるのだ。
因みに、“シルフ区”に通じる門が正門で、“風の門”と呼ばれている。
「となると、やはり内部犯の線が強いかな?」
「そうですね、ここからは私一人でやります」
アリシアの言葉に僕とエリンは耳を疑った。
「何言ってるのさ、僕は助手なんでしょ?」
「アリシア一人に、負担をかけたくないわ」
「嘘ですよ、勿論お二人にはこれからも私に使われて貰います」
どうしてこんなところで嘘を吐くのか。
「とはいえ、ある程度絞り込めたので捜査は私一人で十分です。お二人にはサポートに回って貰います」
「……了解」
「うん、分かった」
取り敢えず方針を決めた僕達は、食事を再開した。
…
翌日には、事態はある程度沈静化していた。
勿論解決などしていないが、授業は再開している。
ゲイル代理の手腕があってこそだろう。
聞けば、捜索の指揮も彼が執っていたそうだ。
事件は、更にその翌日に起こった。
「ただいまー」
「お帰り」
朝の自主トレから帰って来たアレッドを僕は制服姿で迎えた。
「ん?珍しいなマスミ、寝起きじゃないなんて」
「まぁね、ちょっとアリシアのところに行ってくる」
ヴィロワールが行方不明になる直前、僕に言った事を僕は誰にも言っていなかった事を思い出したので、アリシアに言っておこうと思ったのだ。
「気を付けろよ、いつもより人が異様に少なかった」
「早朝だからじゃないの?それに、今は学園長いないから皆不安だろうし」
「そう思ったが、昨日より少ないんだ。何か嫌な予感がする」
「そっか、有難う。それじゃ、行ってくるね」
「おう」
…
成程、確かに人が少ない。
不自然なくらい静かだ。
僅かにいる学生達も、不思議そうな顔をしている。
そんな中、聞き込みをしているアリシアを見つけた。
「アリシア!」
「マスミ?おはようございます。いつもより早いですね」
「うん、おはよう。アレッドに人が少ないって聞いてね。それと、言い忘れてた事があるんだ」
そう言って、僕は学園長に言われた事を伝えた。
「……何故、もっと早く言わなかったのですか?」
アリシアの声が低くなった。
「それは……」
僕の危機意識が足りていなかったからだろう。
僕が言葉を詰まらせていると……
「グガァァァァ!」
何かの咆哮か轟いた。
「何!?」
「召喚施設の方です!」
アリシアが指差した方向を見ると、巨大な翼が生えたドラゴンが飛んでいた。
「アレは…!?」
「飛竜が何故こんな所に!?」
魔物の中でも、飛竜は特に恐ろしいとされる部類だ。
学園にいて良い存在ではない。
「魔物が入ってこれないよう、学園の城壁には結界が張られています……」
「じゃああの飛竜は何!?」
言葉ではそう言ったものの、僕も理解していた。
「何者かが、施設を利用して呼び寄せたのでしょう、恐らく軍用に調律されたレベルの個体を……っと、マスミ、構えて下さい」
「え……?」
気が付くと、僕達は囲まれていた。
「何の冗談ですか?」
アルカディアの学生達だ。
しかし、目が正気じゃなかった。
「狂乱、してる……?」
「どちらかというと洗脳ですね、敵味方の区別がついています」
「いやついてないでしょ、何で僕達が狙われなきゃいけないのさ」
「事件を暴こうとしてたからじゃないですかね?ついでに、彼らの首を見て下さい」
「首?……ってうわっ!?」
男子生徒がいきなり剣に炎を纏って斬りかかってきた。
僕は紙一重で回避しつつ、首を確認する。
首輪がついていた。
他の学生達も同様だ。
「何これ?」
剣を抜いて学生達の攻撃を捌きながらアリシアに訊いた。
「動物や魔物を制御する為の魔道具です。人間に使われないのはあくまで精神力の問題なので、洗脳なり催眠術なりかけておけば人間も操れます」
素手で捌きながら答えるアリシア。
「何その物騒な道具!?」
「だからもう製造も禁止された筈なんですがね……てぃっ!」
うなじに手刀を叩き込んで首輪を破壊した。
首輪を破壊された女子生徒は、制御から外れてその場に倒れた。
「首輪壊せば良いのか……よし!」
僕は切っ先で男子生徒の首輪を切断した。
その男子生徒は気絶した。
「リスキーな技を使いますね、一歩間違えれば首飛んでますよ」
「そうだね」
僕達は襲ってくる学生達を全員倒した。
「グガァァァァ!」
「飛竜がこっちに来る!」
「厄介ですね……」
対空攻撃が出来ない以上、打つ手が無い。
「仕方ありませんね、〈邪閃光〉!」
「グガッ!?」
アリシアが指先から闇属性のレーザーを放つが、飛竜は間一髪で回避した。
「アリシア、闇属性だったんだね」
「えぇ、まぁ」
闇属性は竜属性に強いので、飛竜に対して優位に立てる。
「グガァァァァ!」
紫色の炎を吐いてきた。
“竜の息吹”、飛竜が恐れられる要因の一つだ。
だが、アリシアはものともせずに闇の壁を展開した。
「〈暗黒障壁〉」
紫色の炎はアリシアの魔法にあっさりと防がれた。
「グガァァァァ!」
その事に飛竜は激昂する。
「いつまでも爬虫類に構ってなんかいられないんですよ!〈獄魔雷〉!」
「グガァァァァ!?」
アリシアが放った漆黒の雷撃が飛竜を焼き尽くし、一撃で絶命させた。
骸となった飛竜は動かなくなり、落下していった。
「はぁ、はぁ…」
「大丈夫?随分強力な魔法使ってたけど」
「大丈夫です……流石に消耗が激しいですが」
肩で息をするアリシア。
「飛竜が落ちたぞ!」
「こっちからだ!」
何処からか、見た事の無い兵士達が現れた。
顔を布で隠している。
「何なのさ、君達は……うっ!?」
頭痛がした。
「マスミ!?」
僕は……彼らを知っている……?
「“世界”と“月”がいたぞー!」
増援を呼ぶ兵士。
世界と月、一体何の事なのか。
「何故、私の第二魔法体系を……!?」
「え?」
「私の第二魔法体系の名は“真実を嗤う月”……とすれば、世界とは恐らく貴方の事ですよ、マスミ」
「分からない……けど、突破しよう!」
頭痛が収まった僕は剣を構えた。
槍を持った得体の知れない連中に何処まで出来るか分からないが、やるしかない。
「……そうですね、〈闇剣錬成〉」
アリシアは魔力で闇の剣を編んだ。
「捕らえろー!」
兵士達が襲い掛かってくる。
「どうやって入ってきたのコイツら!」
「考えるのは後です!」
僕達は槍の穂先を切断した上で敵を斬り伏せていく。
「このままじゃまずいな……」
「こうなったら私の魔法で……!」
アリシアが詠唱しようと構えたその時だった。
「伏せなさい!」
「えっ!?」
聞こえたその声に、僕達は慌てて地面に身を投げ出した。
「〈金剛氷吹雪〉」
「ぐぁあっ!」
煌めく氷塊を孕んだ吹雪が、兵士達を吹き飛ばした。
「氷の魔法……まさか」
予想通り、エリンが走ってきた。
「エリン、無事でしたか」
「えぇ、そっちは大丈夫?」
心配そうにアリシアに問う。
僕は無視ですかそうですか。
「〈獄魔雷〉までさっきの飛竜に使ってしまいました。正直キツイですね、一旦撤退します」
それには僕も賛成だ、冷静になって考える時間が欲しい。
「分かったわ……まだ戦えるかしら?」
エリンの視線の先には、兵士達と操られた学生達が迫ってきていた。
「……あの数は難しいと思う。記憶が中途半端に蘇ってきてるのか、また頭痛がしてきたよ」
「私も、魔力の消耗が大きいので……エリン、申し訳ありませんが、時間を稼いで貰えますか?」
僕達が満足に戦えない以上、それが最尤の手かもしれない。
追い詰められた時点で、最良の手など無いのだ。
エリンの魔法は広範囲攻撃が可能であり、氷で障壁も作れるとしたら、時間稼ぎにはうってつけだ。
「……アリシア、一つ確認しても良いかしら?」
エリンは周囲に氷塊を生成しながら訊いた。
「何ですか?」
「時間を稼ぐのも良いけど、別に彼らを倒してしまっても構わないわよね?」
不敵な笑みを浮かべて言った。
「エリン……ええ、遠慮は要りません。思いっきりやって下さい」
「じゃあ、期待に応えるとするわ。〈氷塊隔壁〉」
僕達が下がると、僕達とエリンを分かつように巨大な氷の壁が現れた。
エリンの背中は頼もしかったが、何故か僕は胸騒ぎがした。
「必ず……助けに戻ります!行きますよマスミ!」
「うん!」
僕達はエリンにその場を任せ、学園から撤退するのだった。
どうも、篠風 錬矢です。
ついに事件が起きましたね!
そして、見事なまでのフラグ発言をしたエリンさん……明日の投稿をお楽しみに!
それではまた次回!До свидания!