窃盗犯を追え
「本当に?」
アリシアは確かに、犯人が分かったと言った。
また嘘じゃなかろうか。
「本当ですよ。さて、まずは犯人ではないと断定出来る人間を除外しましょう。貴方です」
ガタイの良い男性を指差した。
「ったりめーだろ!」
男性は言うが、僕は釈然としない。
「何で?この人だけ左利きじゃないか」
ついでに一番ガラ悪いし。
「この方は、“一度も嘘を吐いていない”のです」
「……そうなの?」
「嘘を吐くなら、伏せるべきは利き手です。属性は誤魔化せません。嘘吐きは嘘が分かるんですよ、考える事が同じですから」
成程、道理かもしれない。アリシアが“嘘吐き探偵”である事も納得がいく。
「私も嘘を吐きました」
「え?」
全員が首を傾げた。
否、店員の女性だけは違った。
「これだけ容疑者の背格好がバラバラなんです、誰かが見ていたらすぐに特定出来るでしょう?私の出る幕など無く」
「まさかアリシア……!」
「はい、誰も見ていなかったんです。つまり、“犯人の利き手はデマ”です。ただのブラフに過ぎなかったのですが、犯人は見事にかかってくれました」
アリシアは右手をポケットから出し、人差し指を立てた。
「犯人は“利き手を誤魔化そうとした左利き”で、“火属性のアイテムが有用”な人物……それは、貴方です」
眼鏡の男性を指差した。
「ま、待って下さいよ。僕は土属性ですよ?」
「土属性だからですよ」
「あ、そっか。土属性は風属性に弱い、風属性に強いのは火属性だ!」
そう、犯人は火属性が使えるのではなく、火属性が必要な人間だったのだ。
「ぼ、僕は右利きだ!」
「それは嘘です。貴方は太ましいこの男性を左手で指差していました。そのミスに気付いた貴方は、両手で魔法を使いました。逆の手で使える程落ち着いていなかったのでしょう?」
「ぐっ……」
眼鏡の男性……否、窃盗犯が一歩下がった。
「逃がしませ……マスミ!?」
僕は直感で剣を抜き、アリシアの前に躍り出た。
「クッソォ!」
背中側に隠していたのだろう、窃盗犯が先程作った石の塊を投げつけた。
「!」
「はぁっ!」
僕は石を粉砕する。
「捕まってたまるか!」
窃盗犯が走り出した。
「待てっ!」
「良い度胸です」
僕とアリシアは同時に走り出した。
…
裏路地を走り回った挙げ句、行き止まりに辿り着いた。
「はぁ、はぁ……」
「鬼ごっこもこれで終わりだよ」
「もう逃げられませんよ」
窃盗犯の周りに、無数の石の塊が生まれた。
「だったらここで潰してやる!」
石の弾幕が僕達に襲いかかる。
「盾になって下さい」
アリシアが僕の後ろに回った。
「え?……ちょちょちょちょちょ!」
次々に襲い来る石を僕は片っ端から砕く。
難しい事ではないが、やはりバスタードソードを高速で振り回すのは消耗が激しい。
「ははは、お前の腕の体力が尽きた時がお前らの最後だ!」
どこぞの小悪党みたいな台詞を笑いながら言う窃盗犯。
……窃盗犯も小悪党だろうけど。
「くっ、どうすれば……ん?」
ふと気付いた。
弾幕にパターンがあった。てっきり術式を一発一発組み立てているのかと思ったが、一つの術式を繰り返し起動しているのだ。
パターンを覚えれば、無駄な体力を使わずに防御出来る。
とはいえ、キツいモノはキツい。
「どうするのアリシア!?」
僕が言うが早いか、僕のすぐ隣からアリシアが飛び出した。
背中が地面に対して水平に見える程姿勢を低くして、弾幕の中を駆け抜ける。
アリシアは最低限の動きで弾幕を紙一重で回避しつつ、加速していく。
「既にパターン解析してたんだ……」
「来るな!来るなーっ!」
窃盗犯が叫ぶが、アリシアは無表情のまま懐に飛び込んだ。
「てぃっ!」
低姿勢から一転、拳を突き上げながら真上に跳躍する。
「うごっ!?」
アリシアの全身の勢いが乗ったアッパーカットが窃盗犯の顎を捉えた。
アッパーの勢いで窃盗犯の身長くらいまで飛び、右足を振り上げた。
「やぁっ!」
「うぐぅっ!?」
かち上げられて真上に向いていた窃盗犯の顔面に踵が振り下ろされた。
「うわっ……」
顔面に踵落としはやり過ぎではないだろうか。ついでに言うと、スカートの内側が披露されていると思う。
僕は後ろから見ている訳だから確証は無いが。
「おまけですっ!」
滞空したまま回転し、こめかみに回し蹴りを叩き込む。
窃盗犯は悲鳴をあげる間も無く真横に吹き飛んだ。
「ふぅ」
アリシアは事も無げに着地した。
「やり過ぎだよ!」
「罪人には裁きが必要です」
「君は探偵であって裁きを下す役割じゃないよね!?」
裁きというには少し、いや、だいぶやり過ぎだ。
「おーい、君達!」
衛兵が走ってきた。
「窃盗犯がこっちに逃げたって聞いたんだけど、知らないかい?」
「あぁ、それなら……」
僕達は路傍でのびている窃盗犯を指差した。眼鏡はフレームごと割れており、鼻血も出ていた。
「こ、これは……!?」
「スカートの中を見られたので、つい」
「……えっ」
それはアリシアが踵落としなんてかますからだろうとは、僕は言えなかった。
「と、とにかく連行するね!協力感謝するよ!」
「いえ、探偵として当然です」
「……人の皮被った悪魔だ……」
僕はアリシアに改めて戦慄しながら、アリシアと帰路につくのだった。
…
「さて、夕飯にしましょうか」
家に着くなりそう言った。
一階が事務所、二階が住居になっている。
「そうだね」
「お昼はどうしたんですか?」
「カレン会長に学園を案内して貰った時に、食堂で奢って貰ったよ。思えば僕、お金無いし」
「……ふむ。考えておきましょう」
「え?」
「とりあえず夕飯です、すぐに作ります」
そう言ってキッチンに行ってしまった。
「どういう事だろう…」
…
出された料理は普通の家庭料理だった。
特筆して美味しいという訳では無いが、不味くは無い。
そんな何事も無かった夕飯の後の事だ。
「マスミ、これをどうぞ」
「え、何……?」
一見、財布だ。
中にそこそこのお金が入ってるし、間違い無く財布だ。
「……どういう事?」
「お小遣いです」
「………………」
「嘘です。報酬、ですかね」
アリシアが目を逸らした。
「今日は助けられたので、優秀な助手に……です」
僅かに耳が赤くなっている。
「そっか。有難う、アリシア」
そんなアリシアに、僕は少しだけときめいた。
「いえ……コホン!貴方にはロフトを貸します。ハンモックと毛布があるので、そこで寝て下さい」
「分かった」
…
シャワーを浴びてから、僕はロフトに上がった。
「……成程、掃除されてる。客室として使ってたのかな?」
服は僕が元々着ていた服しか無いが、明日になれば制服とその予備が支給されるらしい。
「明日から学園で暮らすんだよね」
ヴィロワールに吹っ掛けられた無理難題は何とかこなした。
昼食といい、カレンには恩返しをしたいところである。
本人は気にするなと言っているが、僕はどうしても気にしてしまう。
「僕は……何者なんだろう」
今の僕に分かるのは、魔法が使えない事、剣術が出来る事、東洋人である事。
そして“如月 真澄”である事。
ああ、それと、“嘘吐き探偵”が傍にいる事だ。
僕は明日からの事に思いを馳せつつ、眠りについた。
どうも、篠風 錬矢です。
結構強引な謎解きでしたね~……まぁ私は元々そっちは畑違いですし(黙
アリシアさんが魔法使ってくれるのはいつになるんでしょうかね?
安心して下さい、もうすぐです。
それではまた明日!До свидания!