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COMIC-MAN  作者: ゴミナント
39/75

過去と真実と悲しみと

この物語はフィクションです。実際の人物、団体とは一切関係はありません。そこの所よろしくお願いします。

「そこぉ!!」

 俺の我儘を通して仕入れた剣道の防具と竹刀を装着し、水城さんの指導のもとで正しい竹刀の握り方から降り方などを学ぶ。ヒーローやってんだから、ある程度の基礎は出来てる、なんて予想は一瞬で打ち砕かれ、今まで取材のときに聞きかじった程度の技術しか持っていなかった俺は水城さんに叩きのめされ続けていた。

 決死の覚悟で撃ち込んだ竹刀は軽々と打ち払われ、そのまま反撃の胴が直撃。十本目の竹刀と防具が嫌な音を立ててぶち壊れ、俺は脇腹が抉られるような錯覚にとらわれる。

「踏み込みが足りんっ!!なんてね。それよりも、どう?一番手加減できたと思うんだけど」

「ああ。竹刀が脇腹を抉ってないからな。かなりの進歩だろ。痛いのには変わりないけどな」

 砕けた防具を外し、二人で晴れた日のアスファルトに落ちた水滴のように消えていく痣を見ながら呟く。ナノマシンの自己修復機能様々って奴だ。

 この時ばかりはこの異常な体に感謝しつつ、俺は壊れた防具を積み上げた残骸の山に投げ捨てる。まだ竹刀と防具を壊す癖は直り切っていないが、目に見える形で進歩した水城さんはご満悦の様子。

「本当に良かった。血なんてもう見たくないし…」

「最初は内臓まで見えちまってたしな」

「言わないでよ。夕食が食べられなくなるじゃん」

 思わず出た冗談に、水城さんは本気で嫌そうな顔で肩を竦める。まあ、女子高生が血やら人の内蔵なんか見たくも無いわな。次回作はもうちょっとグロテスクな表現を抑えよう。

 内心そう思いながら新しい防具を身に着けて水城さんと相対する。まだ一度も傷つけられていない防具に身を包みながら、真新しい竹刀を構えて真っ直ぐ俺を見据える。その視線からは、以前呟いていた『良かった』の言葉の意味は分かりかねない。

「次行くよ!!また葦原から打ち込んできなよ!!」

「いいのか?こう見えても、実戦の経験なら水城さんよりも遥かに上なんだが」

「剣道の試合の経験なら足元にも及んでないっつーの。だからほら、早く来なさい。私が教えた通り、腕全体じゃなくて持ち手と肩の力で振って」

「こうか?とりゃっ!!」

「やっぱり甘ーい!!」

「どふぇっ!?」

 言われた通りに振ってみたつもりだったが、水城さんはさっきまでと同じように軽々と避け、そして強烈な突きを叩き込んできた。一瞬呼吸が止まるも、今度は水城さんが握りしめる竹刀が折れることも、俺の皮膚を竹刀が突き破ることも無くすんだ。その代わり、吹き飛ばされた俺は壁に背中を叩きつけられてしまったのだが。

「や、やった!!今度は竹刀も折れてない!!やったよ私!!」

「そいつは良かった…」

 人並み外れたパワーであることには変わりないが、それでも彼女はこれなら一般人でも即死することは無いだろうと言う所まで制御出来る所にまで来ていた。たった一日でここまで来るとは思っていなかったけど、やっぱり日常生活や剣道部に復帰させられるほどにまでは達していない。

 まあ、そっちはいずれ俺が『JACK』とやらを潰してナノマシンを無力化させればいいんだが。

「今日はこれくらいだな。流石にこれ以上はお互い辛いだろ」

「うーん。ま、それもそうカモ。じゃ、これで終了っと」

 今までと比べて随分とフランクな口調になった水城さん。心を開いてくれたはいいが、今までの優等生っぷりは一体どこに行ってしまったのか。まあ、ヒカリも似た様なもんだけど。

 お互いに防具を全て外し、少し離れて座りペットボトルのスポーツドリンクを飲む。冷蔵庫から取り出したばかりで冷えているはずだが、投げ渡された速度がいつも通り普通なら目に留まらないほどの速度だからか、摩擦熱で若干暖かくなっていた。

「にしてもさ。私、まだ信じられないよ。秘密結社だとか、怪人とか、ヒーローとか」

「実際にその目にしても、か?まあ、分からないでもないな」

「そうだよ。漫画やアニメじゃないんだから」

「ああ。どっちかって言うと特撮の世界の話だ」

「いやそう言う話じゃなくてさ…まあ、別にいっか」

 水城さんはそう言って乾いた笑い声を上げながら腰かけているベッドに背中から倒れ込む。隣にヒーローやってるとは言え健全な男子高校生が居るとは思えない行動だ。剣道着の懐やらの隙間から見える健康的な素肌から頑張って目を逸らしながらぬるいスポーツドリンクを飲む。何だか、俺の周囲ってやたらと男子への警戒心が薄い女子が多い気がする。

「ねえ、戦うのって辛い?」

 暫くの間そうしていると、水城さんが不意に口を開いた。

「辛いってか…まあ、しんどいって思うときは多いかな」

「やっぱり?」

「ああ。痛いし、疲れるし、寝れないし。何より何時どこから襲われるか分かんない様な生活だぜ?俺じゃなかったらとっくに折れてるね」

「すっごい自信…」

「事実だからな。何より、俺を信じてくれてる奴が居るんだ。たった一人の期待に応えるだけの度量が無くて、漫画家の夢が叶うかよ」

 いつかプロデビューした時、全国に居る何十万、何百万を超える読者の期待を一身に背負って書かなくてはいけないんだ。その時の予行演習と思えば、たった一人なんて軽いと思えないとな。

「夢かぁ…」

「ああ。親父を越える漫画家になるのが俺の夢だ。『JACK』とか言う奴らがその障害になるってんなら、全力で叩きのめしてやる」

「そっか。君は凄いね。ちゃんと自分で決めた未来があって」

 水城さんはふとそう呟き、寂しげに笑いながら手元に置いていた竹刀をへし折った。

「…剣道部。辞めたいのか?」

 その様子を見て、俺はずっと気になっていたことを口にする。前の暴走の直前、剣道部に戻れないかもしれないと言われて、確かに彼女は良かったと呟いた。

 水城さんの経歴は以前にチラッと調べているから知っている。中学で剣道部に所属する前から、実家にほど近い剣道場で小さい頃から剣道の英才教育を施されて来たらしい。

 そこで何かあったかは知らないけれど、剣道部でそれ程の実績のなかった天川学園からの誘いに応じて実家からわざわざ遠く離れたこの街に来たのは、それなりの理由があったのではないのかと想像していた。まあもしかしたら、ただ都会に来たかったってだけかもしれなかったのだが。

「私ね、物心ついた時からずっと剣道付けの毎日だった。父も母も、おじいちゃんもおばあちゃんも皆で私をあの剣道場に引きずって行って…」

「嫌だったのか?」

「うん。だって、皆と遊びたかったし」

「ああ…そりゃ仕方ないな」

「でしょ?小学生の頃なんか、まず朝起きたら道場に行って朝練。学校に行く時間になったら解放されて、それで学校が終わったら入り口に必ず父か母かどっちかが待ってるの。皆と喋っている暇も無くて、その後はずっと剣道場。宿題も休憩の間に片付けてた」

 寂しそうに笑う水城さん。文字通り、家では剣道以外の全てをシャットアウトされて生きて来たのだろう。だが、この情報化された一歩外に出るだけで莫大な情報を頭に叩き込まれてしまう社会でその教育が成立するのは不可能だ。

「私は皆と一緒がいいって、何度も皆に言ったけど…聞いてもらえなかった。私の家は皆、警察とか自衛官とかでさ。おまけに全員体育会系の根性論者ばっかり。お前は女だけど、いつか公僕として生きるんだから、せめて剣道で一番にならなきゃ受け入れられないってさ」

「んなアホな。時代錯誤だろ、それ」

「そう言うことを信じてる家系なの。反抗すれば家族総出で朝まで怒鳴られたなぁ。親の言葉を素直に聞けないのかって」

「流石に訴えたら勝てるだろ…それ」

「民事不介入じゃない?それに、役場の人とかは見て見ぬフリだったし」

「…」

 あっけらかんと言い放つ水城さん。その顔には諦めとか、絶望とかも感じられない。ただただ淡々と、最早他人事のように彼女は自分の過去を語っていた。

「小学生の頃はずっと孤立してたなぁ。ずーっと一人で、楽しくも無い剣道だけをやらされて…」

「そうだったのか…」

「でもね?中学からは変わったの。部活が強制だったから、剣道部に入ることになって…大会じゃ一年でかなりいい所まで行ってね。学校中の皆に初めて褒めてもらえた…嬉しかったな」

 初めて見せる笑顔。話を聞く限りでは、実家ではどれだけ剣道に撃ち込んでも褒められることなんてなかったんだろう。どれだけやったとしても、彼女の家族たちにしてみれば当然のことだったんだろう。

「初めて剣道やってて良かったって思えた。だから目一杯努力して、大会で優勝したら…この天川に来ないかって誘いが来た。スポーツ特待生扱いで、こっちの生活の面倒も見てくれるって聞いて飛びついちゃった。親には学歴でも箔を付けたいからって言い訳してまで入学したけど…」

「ここに来てスランプに陥ったってわけか」

「うん。今から考えてみたらだけど…もしかしたら、初めての自由に戸惑ってたのかも…」

 そう言いながらも自分で首を傾げる水城さん。その姿を見て俺も確信した。きっと、スランプには他に理由があるのだろう。だけど本人もそれに気づいていない。だが果たしてその理由は何なんだろうか。今教えてくれた過去にそのヒントがあるのか。

 しかし、その答えはそう簡単に見つかる様な物じゃない。二人して黙り込んで考えていたが、やがて水城さんが眠たそうな欠伸をした。もうだいぶ遅い時間だった。

「今日はもう帰るよ。教えてくれてありがとうな。このことは…」

「私は気にしないから、彼女さんに教えてあげてもいいよ。秘密って訳でもないしね」

「…実際のところは彼女じゃないんだけどな。でも、他人がベラベラ喋る内容じゃないだろうに」

 また来るよ、とだけ言い残して隔離室を出る俺。何重にも重ねられた防護扉を開けて出ると、そこにはヒカリが待っていた。

「ずっと居たのか?」

「うん」

「そうか。ま、遅くなっちまったし…早く帰ろうぜ」

 そう言って手を伸ばす俺。ヒカリはちょっと迷うような顔をしたけど、すぐに俺の手を握りしめて来た。

「夕食はどーするかな。もう店も開いてないだろうし…」

「ここの社員食堂なら空いてるよ。私達用に専用スペースも作ってあるらしいから、そこで今日の成果の報告会だね」

「そーだな。じゃあ、行こうか」

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