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『MEMORIA WAR ―記憶戦争― 信長・武蔵・ジャンヌ――歴史の英雄と名もなき者たち』  作者: 130
第一章 無名軍

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第1話 選ばれていない男

歴史上の偉人たちと、名もなき人々が“記憶”を武器に戦う物語です。


 午前二時四十七分。


 コンビニの自動ドアが開くたび、冷たい夜気が店内へ流れ込んできた。


「ありがとうございましたー」


 朝倉湊は、ほとんど反射だけでそう言った。客が出ていくと、店内に残ったのは冷蔵ケースの低い唸りと、どこか間の抜けた店内放送だけだった。


 レジ横の時計を見る。あと十三分。


 今日も、何も起こらなかった。


 もちろん、それでいい。事件なんて起きない方がいいし、ドラマみたいな人生を送りたいと思ったこともない。


 ただ――。


「……俺、何やってんだろ」


 誰にも聞こえない声が漏れた。


 二十四歳。定職も資格もなく、これといった趣味もない。


 学生時代に何かで全国大会へ出たわけでもなければ、勉強ができたわけでもない。夢を聞かれても困る。子供の頃には何かあったような気もするが、それが何だったのかさえ、もう覚えていなかった。


 午前三時になり、交代の店員が来た。


「お疲れさまでした」


 挨拶をして、湊は店を出た。


 十月の夜は思っていたより冷え込んでいた。ポケットからスマートフォンを取り出す。画面の右上には大きなひびが走っている。二年以上使っているスマホだった。


 何度も買い替えようとは思った。それでも結局、そのまま使い続けている。


 新しい機種を調べるのが面倒だったのもある。それ以上に、写真や動画や昔のメッセージが消えるのが嫌だった。


 別に大したものではない。昔食べたラーメン、誰かと行った海、学生時代のどうでもいいグループメッセージ、ピンぼけした花火、雨の日の道路。自分ですら、なぜ撮ったのか覚えていない写真もある。


 そんなものが何千枚も入っていた。


 容量不足の警告が出るたび、「あとで整理しよう」と思って、そのままにしている。


 湊は歩きながら画面を見た。


 午前三時六分。


 そのとき、見覚えのないアイコンが目に入った。


「……ん?」


 黒い背景に白い円。その中に、一本の縦線が引かれている。


 アプリ名は――《MEMORIA》。


「何これ」


 入れた覚えはない。昨日まではなかったはずだ。


 指で長押しして削除しようとしたが、消えない。もう一度試しても同じだった。


「ウイルス?」


 ネットで検索しようとした瞬間、通知音が鳴った。


 ――ピン。


 スマートフォンからではなかった。


 頭の中で聞こえた。


 湊は立ち止まった。


「……え?」


 イヤホンはしていない。周囲を見ても誰もいなかった。街灯に照らされた住宅街の向こうを、車が走っていく。それだけだ。


 すると、もう一度、今度ははっきりと声が聞こえた。


 女とも男ともつかない、感情のない声だった。耳からではなく、直接頭蓋骨の内側へ流れ込んでくる。


 ――参加資格照合を開始します。


「……は?」


 湊は思わず声を出した。


 ――対象者情報を確認。


 ――氏名、朝倉湊。


 背中に冷たいものが走った。


「なんで俺の名前……」


 スマートフォンを見ると、画面が真っ黒になっていた。その中央に、文字だけが浮かんでいる。


《IDENTIFICATION》


 数字が高速で流れた。


 0.01。


 0.02。


 0.03。


 そこで止まった。


 ――適合率、0.03パーセント。


 数秒の沈黙のあと、再び声が響く。


 ――参加資格、不適合。


「…………」


 湊は瞬きをした。


 意味は分からない。それでも「不適合」という言葉だけで、少し安心した。


「何だよ……」


 悪質なゲーム広告か何かだろう。


 そう思って再び歩き出した瞬間、声が続いた。


 ――再照合を実行します。


「もういいって」


 ――再照合。


 ――ERROR.


 湊の足が止まった。


 画面に赤い文字が浮かぶ。


ERROR


 ――生体照合失敗。記憶情報照合中。


「……生体?」


 ――ERROR. 再試行。


 ――ERROR. 再試行。


 ――ERROR.


 画面が激しく点滅した。


 そして突然、すべてが静かになった。


 暗い画面の中央へ、一行だけ表示される。


《EXTERNAL MEMORY DETECTED》


 ――外部記憶領域への接続を確認。


「外部……記憶?」


 ――通常認証を中断。例外処理へ移行します。


 湊はスマートフォンを投げ捨てそうになった。


「やめろよ」


 ――参加者登録、強制実行。


「待て!」


 画面から白い光が溢れた。


 街灯も、道路も、家も、すべてが白に飲み込まれていく。


 その中で、ほんの一瞬だけ、さっきまでの無機質な声とは違う声が聞こえた。


 とても小さな、どこか懐かしい声。


 ――……やっと。


「え?」


 次の瞬間、世界が消えた。


 最初に感じたのは風だった。


 冷たい夜風ではない。乾いた、砂の匂いが混じった風。


 続いて、人の声が聞こえてきた。何百、いや何千もの声が重なり、ざわめいている。


 湊はゆっくり目を開けた。


「…………何だよ、ここ」


 巨大な広場だった。


 周囲には見たこともない建物が立ち並んでいる。西洋の城、高層ビル、石造りの塔、古い日本家屋。それらが滅茶苦茶に混ざり合っていた。


 まるで、いくつもの時代を切り取って、一つの都市へ無理やり押し込んだような景色だった。


 そして広場は、見渡す限りの人で埋まっていた。


 制服姿の高校生、スーツ姿の男、主婦らしい女、老人、外国人。中には甲冑を着た者までいる。


「どこだよ……」


 誰かが叫んでいた。


「スマホが繋がらない!」


「警察呼べ!」


「これ撮影だろ!?」


「誰か説明しろ!」


 悲鳴と怒号が飛び交う中、湊もスマートフォンを確認した。圏外だった。時刻表示も消え、代わりに《MEMORIA》だけが起動していた。


 そのとき、空が暗くなった。


「……?」


 湊は周囲の人々とともに顔を上げた。


 空そのものに、巨大な文字が浮かび上がる。


SEVENTH MEMORIA WAR


 その下に、日本語が表示された。


《第七記憶戦争》


 広場から声が消えた。


 全員の頭の中へ、同時にアラートが響く。


 ――参加者登録を完了しました。遺想具認証を開始します。


「遺想具……?」


 周囲で次々と光が生まれた。


 ある男の手には剣が、別の女の手には古い指輪が現れる。少年の前には野球ボールが浮かび、老婆の手には一冊の絵本が収まった。


 それぞれの人生に結びついたらしい物が、光の中から姿を現していく。


 湊は自分の手元を見た。


 何も起こらなかった。


「……俺は?」


 数秒遅れて、頭の中へ音声が響いた。


 ――対象者、朝倉湊。遺想具を検索。


 それきり、声が途切れる。


 ――検索中。


 待っても、何も現れなかった。


 周囲の人間が、こちらを見始める。


 ――検索中。


「何だあいつ?」


「エラー?」


 誰かが笑った。


 ようやく音声が変わる。


 ――遺想具を確認。


 湊の手が光った。


 何かが現れる――と思った。


 しかし、それはすでに手の中にあった。


 ひび割れたスマートフォン。


 それだけだった。


「…………は?」


 ――遺想具、スマートフォン。


 近くの男が吹き出した。


「スマホ?」


 別の誰かも笑う。


「それでどうやって戦うんだよ」


 湊自身も同じことを思った。


 剣や銃、謎の道具ならまだ分かる。だが、スマートフォン。しかも、画面の割れた古いスマートフォンだ。


 続いて、評価が始まった。


 ――初期遺想能力強度。


 ――LEVEL 1。


 笑い声が少し大きくなる。


 ――危険度。


 ――E。


「最低じゃねえか」


「終わったな、あいつ」


 湊は何も言えなかった。


 自分でもそう思う。


 やっぱり、ここでも俺は何も持っていない。


 しかし、最後の認証だけ、なぜか音声が止まった。


 ――希少度。


 長い沈黙が続いた。


 ――照合。


 ――ERROR.


「……また?」


 ――再照合。


 ――ERROR.


 周囲の笑い声が、少し静まった。


 そして、音声が告げた。


 ――希少度、UNKNOWN。


 湊はスマートフォンを見た。


 黒い画面に、一瞬だけ何かが映った。


 写真。


 女の子。


 古いカメラ。


 笑顔。


「……?」


 瞬きをしたときには、消えていた。


「今の……」


 確かめる暇はなかった。


 広場全体へ、それまでより遥かに大きな警告音が鳴り響いた。


 ――全参加者の認証を完了。


 空の文字が変わる。


5 ARMIES


7 CORES


1 VICTOR


 ――これより、第七記憶戦争を開始します。


 数千人が息を呑んだ。


 湊は、ひび割れたスマートフォンを見下ろした。


 参加資格は不適合だった。それなのに強制登録され、生体照合にも失敗した。


 外部記憶領域。


 希少度UNKNOWN。


 そして、一瞬だけ現れた見知らぬ少女。


 分からないことばかりだった。


 ただ一つだけ、はっきりしている。


 朝倉湊の平凡だったはずの日常は――この瞬間、完全に終わった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』は、“記憶”と“歴史”をテーマにした異能バトル長編です。


少しでも続きが気になった方は、ぜひ次話もお読みいただけるとうれしいです。


『MEMORIA WAR ―記憶戦争―』の漫画版をaimangaで公開しています。

小説とはまた違った形で描かれる、湊たちの物語も楽しんでいただけたら嬉しいです。


漫画版はこちら:

【https://a-i-manga.com/series/T0sv47QH】

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