先輩警察官の誘惑
今日、この御琴南交番にある警察官が転属してきた。当職より階級の高いその警官は、きちっと制服を着こなし、肩の上で綺麗に切りそろえられた髪を耳にかけ、その鋭い目を私に向けた。
「本日よりこの御琴南交番でお世話になる天野雪巡査部長です。よろしくお願いします」
そんな声が交番の空気全体を揺らすと、瞬間、空気が張り詰めるように感じる。
「ってことだから、これからはこの4人で頑張ろう」
ハコ長の優しい声と同時に、当職と一ノ瀬は天野に敬礼をする。
ハンドルを握る当職は、この上なく運転に集中している。なぜか、それは意識をそらせる原因がいないからだ。本日の巡回連絡は天野と行くことになった。
「…」
「…」
社内の沈黙に押しつぶされそうになりつつも、巡回連絡を済ませていく。
「神谷くん、ですよね?」
赤信号に引っかかると同時に、相変わらず無愛想な声と、無愛想な表情で、天野が口を開く。
「はい、神谷怜巡査長です」
当職が名乗ると、数秒の沈黙。その沈黙を破ったのは、天野の意外な言葉だった。
「私と結婚しませんか?」
「は!?」
当職が声を上げるのと同時に信号が青に変わる。
「す、すみません、聞き違いをしてしまいました」
「では、もう一度。私と結婚しませんか?」
「は、はは、面白い冗談ですねぇ…」
「冗談じゃないんだけど」
「…、なぜ私なんですか」
「人を好きになるのに理由は必要?」
「私は理由もなくプロポーズしてくる人とうまくいく気がしませんが」
いや、そもそも当職は…。
「そう、ならかっこいいから」
「…、だとしても、お断りさせていただきます」
「なんで?他に好きな人でも?」
心拍数が上がる。いやいない。好きな人なんていない…。
「警察にとって、色恋は色々不便ですから。ただでさえ人員が少ないのに、色恋で強制異動なんて嫌です」
「なら、こっそり付き合おう」
「それもお断りします」
交番に戻ると、天野は流石に大人しくなり、書類の整理をし始めた。
「先輩、巡回連絡お疲れ様です」
一ノ瀬がお茶を淹れてくれた。なんだろう、すごく落ち着く感じがあるが、おそらくお茶のおかげだろう。
「先輩、先輩のペアは私なんですから、忘れないでくださいよ」
そう言って微笑む一ノ瀬を見ると、耳のあたりが暑くなる。最近少し暑いからな。
「一ノ瀬、いつもありがとう」
「はい?」
「何でもない、仕事を続けるぞ」
当職はいつものように一ノ瀬の隣で仕事を再開した。




