第37話 メイド課の休日5
◇◇◇
「こいつは悪魔だ」
「いや、死神だ!」
「命を吸い取られるぞ!」
「殺せ! 殺せ!」
逃げる少年に向かって、石を投げつける大人たち。
「ま、待ってよ! 僕は何もしてない! 痛い!」
血を流しながらも、頭を押さえて逃げる少年。
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
殺意が刃となり、言葉で斬りつけられる。
少年は大人たちに囲まれた。
そしてついに、本物の刃が振り下ろされる。
◇◇◇
「はっ!」
俺は目を覚ました。
「はあ、はあ」
夢を見たようだ。
恐ろしい夢だった。
「うなされてたけど、大丈夫かしら?」
「え?」
女性の声が聞こえた。
聞き覚えのある声だ。
「エ、エリザベータ……さん?」
「目が覚めたようね」
どうしてベッドに寝てるのか分からない。
ここはどこだ?
「そうだ! 狩りに出てハルファスに遭遇したんだ!」
「そうよ。君が私を逃がした後、みんなを連れてすぐに戻ったわ。そしたら、オリハルト君とハルファスが重なり合うように倒れていたのよ。君の腕の怪我は本当に酷くて、肉がえぐれ骨が見えていたほどよ」
「傷……、そうだ!」
左腕に目を向けると、包帯が巻かれていた。
血は染まっておらず、肉のえぐれもない。
「リリアの治癒魔法よ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「リリアにお礼を言いなさい。もう少し遅れていたら、君は死んでいたわ」
「ところで、ここはどこですか?」
「古城の医務室よ。君は二日間寝ていたわ」
「二日も!」
「そうよ。局長には事情を話してあるわ」
俺は左腕を押さえながら上半身を起こした。
腕を動かしてみるが、痛みは一切ない。
リリアの治癒魔法は強力だ。
あれほどの怪我だったが、見事に完治している。
「ねえ、オリハルト君。どうやってハルファスを倒したの?」
「それが、無我夢中で分からないんです」
「ハルファスに外傷はなかったわ。君は素手だったのに、外傷もなくどうやって狩猟したのよ?」
「そ、そう言われましても……」
俺の力は説明してはいけない。
「やっぱり隠してるわね」
「そ、そんなことありません」
「言えないのかしら?」
きっとエリザベータさんに、ごまかしは通用しない。
もう話せないことを正直に伝えるしかない。
「あの、すみません。どうしても言えないんです」
「やっぱりそうなのね」
「でも、それはみんなを裏切ってるわけではなくて……」
「いいわよ。言えないってことが分かればいいの。誰にだって秘密はあるもの。私も詮索はしないわ」
「え?」
「内容は言わなくていいわ。だけど、私たちに隠し事だけはやめなさい」
エリザベータさんの意図が、今はっきりと理解できた。
俺が無理に隠すから不信が募っていただけなんだ。
言えないことがあると知っていれば追及しない。
俺のことを知りたいというわけではなく、メイド課を守るために俺を詮索していた。
「エリザベータ、申し訳ありませんでした。ありがとうございます」
「ふん」
俺は頭を下げた。
「あー! 課長が起きてる!」
リリアが叫びながら部屋に入ってきた。
「やあ、リリア。治癒魔法をありがとう」
「ううん。お礼はエリちゃんに言って。エリちゃんがいなかったら、課長は死んでたんだから」
「聞いたよ。エリザベータさんがみんなを呼んでくれたって」
「それだけじゃないよ。二日間、寝ずに看病していたんだから」
俺はすぐにエリザベータさんへ視線を向けた。
「リリア!」
「別にいいじゃん! ふふ」
エリザベータさんが頬を紅潮させ、声を荒らげながらリリアを睨みつけている。
こんな姿は初めて見た。
「エリザベータさんが俺を看病?」
信じられないが、リリアの話しぶりとエリザベータさんの動揺具合から、本当のことだと思う。
「あの、エリザベータさん。ありがとうございます」
「わ、私のせいだもの。……これくらいは……当然よ」
徐々に声が小さくなっていったエリザベータ。
湯気が立ちそうなほど紅潮した顔を、天井に向けていた。
怖いと思っていたが、きっとエリザベータさんは優しい。
仲間への思いが人一倍強いのだろう。
だから、俺のような経歴もない若造が突然課長になれば、警戒するのも当たり前だ。
それらを乗り越えて部下の信頼を得ることが、局長が俺に課した課題だったのだろう。
「課長! 大丈夫ですか!」
「無事か?」
「目が覚めたんですね。良かったあ」
「ずっと心配してたんです」
シェリーナ、レオリア、フィローラ、アリッサさんが姿を見せた。
窓の外を見ると、空は夕焼けに染まっている。
終業時間は過ぎているのに、わざわざ来てくれたのだろう。
「みんな、ありがとう」
正直嬉しい。
メイド課に来て、ようやく打ち解けたような気がする。
――
翌日から俺は仕事に復帰。
さっそく局長と面談して、状況を説明した。
事件は休日のこととはいえ、寝込んだことで仕事に迷惑をかけたことは事実だ。
ただし、状況が状況だけに、不問にされることになった。
もちろん顛末書の提出は必要だが、寛大な処置には感謝しかない。
「さて、先に顛末書を片付けよう」
俺が倒れた後の状況は、すでに聞いている。
ハルファスを狩猟して倒れた俺は、リリアに治療された。
そして、エリザベータさんが清掃課に連絡して、俺とハルファスを回収。
俺は人材派遣局の医務室に運び込まれた。
無傷のハルファスは大変貴重ということで、国家機関である生物局へ引き渡された。
俺には狩猟者として、相応の金銭と素材の提供があるという。
「課長、コーヒーです」
アリッサさんが、机に淹れたてのコーヒーを置いてくれた。
湯気が立ち、香ばしい匂いが広がる。
「ありがとうございます、アリッサさん」
「顛末書ですか?」
「はい、そうです。休日でしたが、みなさんを危険に晒してしまいましたからね」
「でも、あれは不可抗力です。あんなところにネームドのハルファスが姿を見せるなんて、想像できませんから」
「生物局の職員に話を聞いたところ、ハルファスは大爪熊の二頭を追ってきた可能性は高いとのことでした」
「あ、そうか。大爪熊が先に狩られたことで、すぐ近くにいた課長とエリザベータさんに襲いかかったんですね」
「そういうことになりますね」
その後も書類を書いていると、フィローラが小さく手を挙げた。
「課長、あの時に狩った肉は冷凍保存しています。またみんなでキャンプしましょう」
「いいですね! ぜひお願いします!」
俺はふと思い立ち、ペンを止めた。
「あの、みなさん。ハルファスを討伐した報奨金が入るんです。結構な金額になるので、今度のパーティーで使いましょう」
全員が猛烈な勢いで、俺に顔を向けた。
「私、七人分は食べますよ?」
「パフェをたくさん買おうよ!」
「うむ。高いワインだな」
「お魚もいいですよね」
シェリーナ、リリア、レオリア、アリッサさんが喜んでいる。
すると、フィローラが微笑みながら、エリザベータさんを見つめた。
「じゃあ、朱百足もまた獲りますね」
「嫌よ、私は食べないわよ?」
眉間にシワを寄せるエリザベータさん。
俺はそんなエリザベータさんに向かって、いつもの仕返しを企てた。
「朱百足の素焼きは本当に美味しいですよ。ご馳走します」
「はあ? 調子に乗んないでくれる?」
強烈な殺意を感じる……。
「あ、い、いや……。あの……。す、すみません……」
結局返り討ちだ……。
少しだけ打ち解けたような気がしたが、やっぱりエリザベータさんはエリザベータさんだった。
みんなの笑い声がメイド課に響き渡る
そういえば、みんなの笑い声を聞いたのは、メイド課に来て初めてだ。
「わあ、いい風!」
窓から心地よい風が入ると、シェリーナが声を上げた。
俺は席を立ち、窓枠に手をかけ外を眺める。
「本当に気持ちいい風だな」
ごまかしているつもりだが、背後から感じるエリザベータさんの殺意は止まらなかった。




