第19話 魔女と黒猫と師団長1
火災から数日が経過した。
俺は今回の顛末を報告するために、人材派遣局の局長室を訪れた。
「この度はご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした」
姿勢を正し、深く頭を下げる。
「オリハルト課長、頭を上げてください。事情は各方面から伺いました」
「恐れ入ります」
局長が机から立ち上がり、応接用のソファーへ移動した。
俺にも座るように促す。
秘書がコーヒーを淹れてくれた。
「リリアさんの状況は?」
「二日間ほど入院しました。現在は自分自身に治癒魔法をかけたことで元気です。意識が戻った際に、私にも治癒魔法をかけてくれました」
「そうですか。それは良かったです。しかし、巨大魔法を使ったのですよね?」
「はい。申し訳ございません」
メイド課への異動時に、リリアに巨大魔法を使わせないように注意を受けていた。
それには理由がある。
市街地で巨大魔法の使用は法令違反だ。
「今回の巨大魔法は、リリアさんが上手くカモフラージュしたことで、大雨として隠せています。しかし、水面下で魔法師団から問い合わせがありました」
「え? 魔法師団ですか?」
「ええ、巨大魔法の使用がバレました」
「し、しかし! あれは火災の消火のためです!」
「理由がどうであれ、市街地で巨大魔法を使ったことは追及されます」
もし、市街地で巨大魔法を使用する場合は、事前に魔法師団へ申請し、許可が必要となる。
今回はそれを行っていない。
しかし、リリアは犯人を取り押さえ、街の火災を消している。
それを罪にされるのであれば、俺は断固抗議するつもりだ。
「課長、そう構えないでください。君の部下を想う気持ちは理解してます」
局長がコーヒーを口にする。
表情からは、何を考えているのか全く読み取れない。
「今回の件は、魔法師団も状況を把握していますし、犯人は魔法師団に関係する人物ということで、先方も負い目を感じています」
「そ、そうでしたか」
「お互いの妥協点を探りまして、今回は不問にしていただけることになりました」
局長と魔法師団長による、取引があったということだろう。
内容は分からないが、相当な駆け引きがあったと思われる。
「ただし、一つだけ先方から条件を提示されました」
「条件?」
「はい。課長には、ある人物と会っていただきます」
「私が? 人と会うんですか?」
「ええ、そうです。それが不問の条件です」
「それでリリアが不問になるのであれば、お任せください」
局長がコーヒーカップを手に持つ。
僅かに表情が曇ったような気がした。
「ここだけの話ですが、気をつけてくださいね」
「え? それは危険があるということですか?」
「いえ、そうではありません。先方は人をとても観察する方なので、飲まれないように注意してください」
「わ、分かりました」
俺は今回の顛末書を提出して、局長室を後にした。
――
仕事を終えた俺は、馬車に揺られ指定された場所へ向かう。
目的地は、第一街区の中心地に近い最高級のレストランだ。
店内に入ると、給仕が洗練された所作で出迎えてくれた。
俺はこれほどの高級店に入ったことがない。
心臓が口から飛び出しそうなほど緊張している。
「す、凄いな……」
炎の魔石で照らされた廊下を進む。
真紅の絨毯は柔らかく、まるで新雪の上を歩いているようだ。
壁には高級そうな絵画がかけられている。
廊下の最奥にある個室に案内されると、一人の女性がテーブルに座っていた。
ワイングラスを片手に、微笑みながら俺に視線を向けている。
「あなたがメイド課の課長さん?」
「は、はい。オリハルト・ヴァラゼルと申します」
「ごめんなさいね。先に飲んでいたわ」
「とと、とんでもないことでございます」
給仕が椅子を引く。
俺が着席すると、給仕は一礼して退室した。
俺はこの女性を知っている。
いや、王都に住んでいて、知らない者はいないだろう。
「ほ、本日はお招きいただき……」
「そう緊張しないで、課長さん。ふふ」
「そ、そうはいっても……」
「あらあら、そちらの局長さんに何か言われたのかしら?」
「い、いえ……」
早くも見抜かれたようだが、俺は必死に他の理由を考えた。
「これほどの高級店は初めてで、とても緊張しています。それに、恥ずかしながら私はテーブルマナーを知らなくて……」
「大丈夫よ。そのために個室にしたんだから。気にしないで。ふふ」
「あ、ありがとうございます」
白いドレスを纏い、妖艶な笑みを浮かべる女性。
青髪の長髪が優雅に流れる。
名はアドリアーヌ・オレームという。
王国の数ある軍隊の中で、最強と呼ばれる魔法師団の団長だ。
『ヴァルストの魔女』と呼ばれ、この国どころか、世界的に見てもオレーム様以上の魔法使いはいないと言われている。
それほどの人物が、なぜ俺に会おうと思ったのだろうか。
疑問に思っていると、給仕が入室しグラスにワインを注ぐ。
そして、食事が運ばれてきた。
オレーム様と乾杯をして、しばらく食事を楽しむ。
当初は緊張して味なんて分からなかったが、徐々に緊張が解けてきた。
「う、旨い!」
「あら、良かったわ」
「あ! 失礼いたしました!」
「ふふ、普通に食事を楽しみなさい」
王都のレストランで最高と格付けされているだけあって、どの料理も信じられないほど旨い。
俺はこれほどの料理を食べたことがなかった。
「美味しそうに食べるのね。ところで、オリハルト課長。私に何か質問はあるかしら?」
「質問……ですか?」
俺を呼んだ理由を聞きたいところだが、さすがにそれを聞くのは失礼だろう。
それ以外となると、犯人の状況が気になっていた。
「オレーム様、犯人はどうなりましたか?」
「アドリアーヌでいいわ」
「アドリアーヌ様……」
「さんでいいわよ。あなたとは仲良くしたいの」
「か、かしこまりました」
「犯人はね、元魔法師団の者だったわ」
「え?」
「規律違反を繰り返す団員だったのよ。それでも魔法使いは貴重だから、何度か更生のチャンスを与えたわ。でも調子に乗ったみたいでね。最終的に懲戒処分にしたわ。その際に魔力制限もかけたのよ」
「魔力制限ですか?」
「そうよ。私の力で魔法を使えないようにしたの。ほんとバカよね」
「そ、そんなことが……。あ、申し訳ございません」
できるのかと口にするところだった。
魔法師団長に対して失礼すぎるだろう。
できるからやった。
それだけだ。
「あなたは真面目ねえ。私にだって、それくらいできるわよ?」
私にだってというか、そもそも他人の魔力に制限をかけるなんて聞いたことがない。
それに俺が入室してから、ずっと俺の目を見ている。
その視線は俺を観察しているようだ。
この人、怖い……。
なんとなくエリザベータさんと同じ匂いがする。
アドリアーヌさんがワインを口にした。
「犯人は現在取り調べ中よ。大量の炎の魔石は、魔法師団から盗んだものだった。取り調べが終わったら、犯人の死罪は確定ね。死者が出ている放火だもの。それに被害が大きすぎる。一族も責任を追及されて、裁かれるでしょうね」
「そうですか」
今回の放火事件は相当な被害が出たそうだ。
騎士団が後処理を行っている。
「ねえ、オリハルト君」
「なんでしょうか?」
「あなたは、リリアちゃんを守ってくれたんだって?」
「え? ま、まあその……部下ですし」
アドリアーヌさんが姿勢を正した。
「本当に、ありがとうございました」
そして、深く頭を下げる。
この店に来て、アドリアーヌさんが初めて俺の目から視線を外した。




