初クエストだ!
前回までのあらすじ
オリバーは街で迷子になり、ギルドに向かう途中で陰気な女の子と、彼女のボディガードに出会った。彼らと仲良くなった後、一緒に冒険者ギルドに入り、冒険者登録をしようとしたところで、逸れていたメリアと合流。正式に冒険者登録の手続きを始めた。
一方、サボンは城に向かい、代理王にデハーマ帝国での任務を報告していた。帝国では民から金を巻き上げており、何より魔族と組んでいるという情報が、王国にとって脅威となっている。
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そして、オリバーたちの冒険者登録カードが完成した。
受付嬢から「次に説明会へ行って待っていて」と言われ、彼らは2階の一番目の部屋へ向かった。
そこはまるで教室のような部屋だった。壁には黒板があり、机と椅子が整然と並んでいる。それぞれが自分の席に座り、誰かが来るのを待っていた。その間、オリバーはメリアと話していた。
「すごいなぁここはまるで教室みたいだな」
「そうね」
と話していたところ、扉が開き、茶髪の女性が入ってきた。彼女はメガネをかけ、袖のない薄いピンク色のセーターと黒いスカートを身に着けていた。
「はーいそれじゃ説明会を始めます」
「皆さん初めまして、今日の説明会を担当するアリスです」
彼女は続けて言った。
「今日説明するものを机の中にあるノートにメモして持ち帰りなさい」
オリバーは机の中からノートを取り出し、メモの準備を始めた。タツミも同様にノートを手に取り、アレックスは自分のノートに書こうとしていた。メリアはオリバーの肩に乗っていた。
「まずは冒険者には原則の三つルールがあります」
「一つ目はクエストに出る時は複数人で出る必要がある」
オリバーはそのルールに疑問を感じ、手を挙げて質問した。
「はい!先生、どうして一人でクエストしてはダメなんですか?」
「コホン、まず私は先生ではありませんし、理由は――昔はソロ冒険者の方が多かったですが、一人で死ぬ確率が高く、死体の回収に手が回らないことがありました。そのため、ギルドではグループ行動を重視するようになったのです」
「そうなのか」
(というかあの見た目で先生じゃないの?)とオリバーは内心で思っていた。
「そして二つ目のルールは、一般人に被害を出すこと。被害の大きさによっては、冒険者ギルドから永久に追放されます」
「三つ目は、冒険者同士での暴力や嫌がらせなどの行為。これは厳しく注意され、場合によっては資格の剥奪があります」
「わかりましたか?」
全員「はーい、わかりました」
「それと、あなたたちに冒険に役立つ本をあげます」
アリスは薄い冊子を配り始めた。タイトルはどれも癖が強かった。
『馬鹿でも分かる冒険者ブック』
『勝てると思っているのか? この本がお前を手伝うぜ』
『怪我するあなたへ 治療しなさい今ここで』
(何よ、この煽りが多い本は)とメリアは心の中で思った。
「それと、君たちに最初のクエストをあげます」
アリスは黒板の前に置かれていたバケツを手に取り、説明を続ける。
「このバケツが薬草でいっぱいになるまで回収しなさい」
全員(えっ! 普通のバケツよりデカいんだけど)
「それと、薬草は明るい緑をしているもの。君たちにあげた本に載っているから、ちゃんと見て取るように。はい、解散!」
そして、オリバーたちは外に出て本を読んでいた。
タイトルは妙だったが、中身はしっかりしていた。
全員が思った。――「めっちゃわかりやすい!」
メリアは本を読みながら、薬草のよく生えている場所を確認していた。
「うん、西の方の森に生えてるみたいだね。行こう、オリバー」
「おう、行こう」
オリバーは本をバッグに片付けようとしたとき、ふと気づく。
(あっ、サボンの針……まだ返してなかったな)
――(後で彼女に返すか)
西の森にて
「もう疲れた、もうダメだ。どうやら俺はここまでのようだ……ガクッ」
オリバーが冗談を言うと、メリアはすかさずツッコんだ。
「もう目的地に着いたよ」
「そうか、ここに薬草が生えてるんだな」
「オリバーさん、水飲みますか?」
「ありがとう、タツミ」
オリバーは休みながら水を飲んでいたが、ふと気になることに気づいた。全身鎧のアレックスが、まったく息切れしていなかったのだ。
「すげぇなアレックス、全然疲れてないな。……ヘルメットは外さないのか?」
タツミは少し驚いた様子で、アレックスのことを誤魔化そうとしていた。
「あっ、あっ、それはね……」
理由を考えている間に、オリバーはアレックスにヘルメットを外すよう頼んでいた。アレックスは承知してヘルメットを外す。彼の顔はまさに外国人風で、金髪で整った美形だった。年齢は20代くらいに見える。彼はノートに「ちょっとだけ熱くなりました」と書いた。
「(割とイケメンじゃないの)」と、メリアもオリバーも思っていた。
そして少し休憩したあと、薬草を集め始めた。
オリバーはタツミと一緒に草を取りながら話していた。
「なあ、タツミは日本でどこに住んでいた?」
「白熊県に住んでたよ。……オリバーも、どこに住んでたの?」
「俺は花びら県に住んでたぜ」
オリバーは続けて質問する。
「白熊県で、普段何してた?」
「私は……アルバイトしてたよ」
タツミは目を逸らしながら震え気味に答えた。
(言えないよ……自分が自宅警備員してたなんて)
「そうか、働いてたのか。俺は学校のあと、ずっとゲームばっかやってたよ」
「ゲームしてたんだね。どんなゲーム?」
「まあ、あれだよ。銃でモンスター倒したり、格闘ゲームとか……」
(実は俺、格ゲーはあんまり得意じゃないけど)
タツミは少し間を置いて、こう聞いた。
「ねぇ、オリバー……どうやってこの世界に来たの?」
「あっ……俺は……ただ、死んだ。それだけだよ」
オリバーは刺される前の出来事を思い出し、悲しみで顔が寂しげになる。
「君は?」
「私は……トラックにひかれて……」
「そうか……」
オリバーは少し罪悪感を覚え、話題を変えようと考えた。
手に持っていた草を見つめながら思う。――あっそうだ花だ。母さんが昔「女の子は花が好き」と言ってたな。
「なあ、タツミ。花とか好き?」
「あっ……花は好きよ」
「そう。俺はたんぽぽが好きだよ」
「たんぽぽ?」
(たんぽぽが好きなんて人、初めて見た……)
「君は何の花が好き?」
「私はスミレが好きよ。花言葉が好きで」
「スミレ?」
(スミレって何?……え、聞いたことないんだけど。墨に関係ある?)
「オリバーは、なんでたんぽぽが好きなの?」
「名前が好きなんだ。ポルトガル語だと『ライオンの牙』って名前でさ。かっこいいだろ? それと、たんぽぽを“ふーっ”って吹くのも好き」
タツミは微笑んだ。
(ちょっと幼稚な彼に)
オリバーはその表情を見て少しドキドキしていた。しかし同時に、心に痛みが走る。過去の傷がまた開きそうで、何かを思い出しそうで――でも、思い出さなかった。
気持ちを切り替えようと、薬草取りに集中する。バケツに入れようとした瞬間、ふと辺りを見渡す。
森の中から、何かの音がした。――馬だった。
馬の上には女の人が乗っていて、ものすごい勢いで駆け抜けていった。
その後すぐに、鎧を着た兵士たちも馬に乗って追いかけていく。
(……何かあったのかな)
「あっ……!」
取ろうとしていた薬草が、すべて踏み潰されていた。
(ガーン!)
「大丈夫!? オリバー!」
「ああ、俺は大丈夫……だけど、薬草は大丈夫じゃないけどな」
一方そのころ――
メリアとアレックスは少し離れた場所で薬草を取っていた。
《この草ですか、メリアさん》
アレックスはノートにそう書いてメリアに見せた。
「うん、それだよ。その調子で集めてね」
メリアはまだ妖精の姿のまま、空中から薬草の場所を見渡していた。
同時に彼女は気づいていた。――アレックスは人間ではない、と。
(デスクワークの仕事で見た、転生者の能力に似てる……。
あの能力は“英雄の召喚”に近いけど、本来は人間ごと呼べる。
でも彼女の能力は、人形に英雄の姿と能力、装備まで完全コピーできる。そして多分、性格も反映されてる。
……それにしても、すごい能力だな。タツミは)
そして皆は薬草を回収し合流した。
バケツは八割ほどしか満たされなかった。
「ああ……さっきのあの人たちのせいで、薬草が台無しになっちゃったよ」
メリア「その人たちって?」
「さっき薬草を取ってたら、森の方から馬に乗った女の人と兵士がすごい勢いで通ってさ。
それで、取ろうとしてた草は全部、馬に踏まれたんだ」
メリア「……まあ、うん。どんまい、オリバー」
アレックスはノートに「どんまいです」と書いていた。
タツミ「と、とりあえず今日は帰りましょうか。もうに夕方になりますから」
――そして、オリバーたちは街へと帰っていった。
そしてオリバーたちはギルドに戻ってきた。
待っていたのはアリスと、いつもの受付嬢だった。
「うーむ、八割か。まあ、合格ね」アリスが腕を組んで言う。
「はーい、報酬ご用意してますよー」受付嬢は笑顔で言いながら、小さな袋を差し出した。
中には銀貨が20枚入っていた。
「おおおぉ!これがこの世界の金なのか!すごい、ピカピカしてる!」オリバーは目を輝かせた。
「はいはい、じゃあ分けるよ」メリアが落ち着いた様子で言って、銀貨を分配する。
タツミとアレックスに5枚ずつ、そしてオリバーには――2枚。
「……あ、ありがとう」タツミは遠慮がちに言い、アレックスはノートに「ありがとうございます」と丁寧に書いて見せた。
だが、オリバーは眉をひそめる。
「ん?ちょっと待てよ、メリア。なんで俺だけ2枚なんだ?」
「それはね、貯金するためよ」メリアはきっぱり言った。
(資料にはオリバーが金の管理に関して音痴って書いてあったし……ここは彼のために貯金させておこう)とメリアは内心思っていた。
「えー!なんでだよ!」オリバーが文句を言う間に、メリアは魔法で残りの銀貨を自分のバッグに収納してしまった。
「ていうか、銀貨ってどれぐらいの価値があるのかも分かんないんだけど?」
「そうね……だいたい一枚500円くらいかしら。スープとパンのセットが買えるわよ」
「えー、それだけ?」オリバーはがっかりした顔をした。
気づけば、外はすっかり夕方になっていた。
タツミたちは「また明日な」と言って帰っていった。オリバーは手を振って見送る。
「なあ、メリア。今日は宿に泊まる?」
「ううん、泊まらないよ」
(またか……宿に泊まりたいな。でも転生前もホテルなんか泊まったことなかったし……!)
「とりあえず、君がもっと金を集めたら泊めてあげるよ」
「そ、そう……なあ、宿って一泊でどれくらいかかるんだっけ?」
「うーん……結構前のことだから覚えてないわ。これからクエストこなして、貯金して、後で一緒に泊まれたらいいじゃない」
オリバーは困った顔をしながら、これからのことを少し考えていた。
道沿いの店は片付けを始めていて、開いている店も残りわずかだった。
気づくと、メリアは身長を少し変えて、隣を歩いていた。
「あっ、そうだ。あそこに武器屋があるよ。見に行く!」
「おっ、マジで? 一緒に見に行こうぜ!」
店に入ると、感じのいい店員が本を読みながら「いらっしゃい、好きに見てってね」と軽く手を挙げた。
店内には鉄の剣、斧、槍、鎧、棍棒など、いろいろな武器が並んでいる。
ふと周りを見ると、メリアが皮のバッグをじっと見つめていた。
「何見てるんだ? メリア」
「ああ、これ? マジックバックを見てたの」
「へー、何がマジックなんだ?」
「これはね、ある程度の荷物をたくさん入れられるのよ」
「たくさん?」
「だいたい……サッカーボール8個分は入るかな。膨らまないでね」
「8個分⁉︎ うーむ……」
(食料とかいっぱい入るのか。すげーな)「冒険に使えそうなバッグだな……で、いくら?」
「おっ、金貨1枚か。思ったより高くないじゃん」
「いや、高いよ。銀貨1000枚分の価値あるから」
「えっ!? マジで!? ……ほえー、高ぇな……」
「あっそうだ、剣を買うんだったよ。誰かさんがくれた脆い刀のせいでな!」
オリバーは鉄の剣の値段を見て、あっさり諦めた。
値段は銀貨25枚。所持金は2枚。まだまだ遠い道のりだった。
「足りねーな……帰るか」
「欲しくないの? 代わりに買ってあげるよ」
そう言って、メリアは銀貨25枚で鉄の剣を買ってくれた。
「貸しにしとくよ」
オリバーはありがたく受け取りながら、25枚の借りを作ってしまった。
「ありがとう、メリア」
(でも……この剣、ちょっと重いな)
鉄の剣には鞘もセットで付いていた。
「そろそろ帰るか」メリアが言った。
「もう遅いしな」
オリバーとメリアは店を出て、歩道を歩きながら話していた。
「今日の晩御飯、何にする?」
「そうね……うーん、肉じゃがはどう?」
「いいね! それと、メリアにデザート作るよ。色々と世話になったし」
「ふふ、楽しみにしてるよ」
一方その頃
デハーマ帝国の宮殿、薄暗い会議室では三人の人物が顔を合わせていた。
灯りはほとんどなく、重苦しい空気が漂っている。
謎の人物1「……それで、死体は見つけたか」
机の前には、二つの木製の人形がじっと立っていた。
そのうちの一体が、ゆっくりと口を開く。声は低く、冷たく、陰をまとっていた。
人形1「……まだ発見していない。だが、使えそうな死体はいくつかはあったよ。」
謎の人物1「わかった。見つけたら連絡してくれ。」
目線をもう一体に向ける。
謎の人物1「……それで、君は?」
二体目の人形が、今度は明るく跳ねるような調子で答えた。どこか女のような口ぶりで、雰囲気は一変する。
人形2「本当にごめんよ~。金と材料が足りなくなっちゃったよ!」
「それと、研究の成果は順調よ!」
謎の人物1「わかった。後で送るよ。」
――こうして、デハーマ帝国では、謎の人物たちによる不穏な陰謀が、静かに動き始めていた。