22 体育授業〜サッカー対決・1
ほんの少しの体調不良に見舞われたが、なんとか持ち直した冬華は午後の授業に出席した。
午後は2限使っての体育だ。正直運動はやる気がないので気乗りはしないが、本気さえ出さなければ疲れないし目立たない。
冬華は生まれ持っての身体能力が高く、スポーツ全般は世界大会・・・・・オリンピック選手並みにできる。それをやってしまうと物凄く目立つので、いつも体育など変に目立つ授業にはのらりくらりと受けている。
本日の体育は女子テニス、男子サッカーだ。しかもこの体育は2クラス合同で行われているのでいつもより人数が多い。
女子は比較的少人数だが、男子の方は1クラス辺り20人はいるのでサッカーにはもってこいだ。
現在試合は1限使って冬華のクラスのAグループと相手クラスのAグループの試合が行われている。
グラウンドの休憩スペースからぼんやりと眺めていると隣に座っていた春正が声をかけてきた。
「体調、問題本当にないのか?」
「大丈夫だ。あの時は心ここに在らずって言う状態なだけだったからもう心配ねぇよ」
「そりゃよかった・・・でもお前、ズボンの方忘れたのか?」
「・・・・ああ」
「お前、体動かして熱くなる前は長ズボン履くのが当たり前だったのに珍し」
「うっかりすることだってある」
忘れたと言うよりはエリカに貸しているのがまだ返ってきてないだけなのだが。
学校が休みのうちに返してもらうつもりだったのだが、エリカが強情にもきちんとクリーニングに出すと言うのだ。しかも一緒に貸したパーカも。
そこまでする事ないと言ったのだが、頑なに聞き入れなかった為、やむなくエリカに任せる事にしたのだ。
からかいながら春正はにやにや笑い、冬華を肘で小突いてくる。なので仕返しとして思いっきり背中を叩き返しておく。「いってぇ!」と呻く春正を放っておいて今やっている試合に目をやる。
試合を見ながら少しだけ冷える足を擦る。まだ動いていないから身体が冷えていて少しだけ寒い。まぁ授業を受けていれば自然と暖かくなるから何の問題もない。
「「「神谷君頑張って〜〜〜!!!」」」
もう時期試合が終わるだろうという時間の頃、テニスをやっている女子側から黄色い声援が湧き上がった。
何事かと思うと答えはすぐ出た。相手チームが3点目を決めたのだ。誰が決めたかは視線を素早く移動させて探すまでもないので、誰なのかは分かる。
冬華の視線の先には1人の男子生徒に向けられた。
彼はこの学校に通っていて知らない生徒はいないだろうと思うくらい有名人だ。
赤みがかった茶髪とワインレッドの瞳、綺麗で整った顔立ち、走れば髪は風でなびき、汗で滴る顔は尚のこと綺麗で映える。イケメンと呼ばれるのはああいうのだと心底思う。
今注目されている男子生徒は神谷雷神。サッカー部とゲーム部のアウトドア、インドアの両方の部活を兼部している。
何故ゲーム部なのかはとある女子生徒が聞いた時、『俺、ゲーム好きだから』と答えたそうだ。本当か嘘かは分からないが。
因みに名前の由来はギリシャ神話の最高峰の知名度を誇るゼウスが由来とされている。
彼の親も中々凄い名前を子供につけるものだ。一番なってほしいとでも願ったのだろうか。
そうだとしたら十分に名前に反しない人間になっていると思う。
サッカーの方では中学生の頃からスカウトの声が上がっている程でポジションはFWとDFだ。昔からFW一本でやっていたそうだが、伸び悩んだ末に一時期DFに転向しDFでも名をあげていた。
中3の頃にまた本格的にFWに戻り、今や攻めも守りもできるし性格も顔もイケメンと崇められている。
エリカに男子のファンクラブがあるように、雷神にも女子のファンクラブがあり、エリカと同じように二つ名がある。
その名も【無敵の王様】。なんとも、らしいと言えてしまう二つ名で、彼の友人ではない冬華ではあるがつい馬鹿にしたように嘲笑してしまう。
嘲笑したのは別に雷神を馬鹿にしたわけでなく、単に冬華と似ている部分があって皮肉で笑ったのだ。
別に同じイケメンである、などと器の小さい男が思う嫉妬から来るものでは無く、冬華は生まれて物心が着く頃からずっと初代の王の生まれ変わりと言われ続けていた。
それが嫌で堪らなくなることの方が多く、【初代王の再来】、【王子として生まれた運命の子】などという分不相応な呼び方をされていて、呼び名は似ているが対局にある存在であるから似ていると思うのだ。
それに王様と王子ではどうあっても差がある。人間的に出来ている雷神とダメ人間として育ってきた冬華とでは比べるまでもないだろう。
もしも、今の自分よりもう少し力も人間としても立派な魔術士ならば、レイナだって救えたはずなのに。
そんなもしもを考えていても意味もないことだから仕方がないと納得し、キャーキャー言われている雷神の試合を眺める。
「おーおー。あっちすげぇな」
「な」
「こっちもすげぇよ感想が一文字って。お前ああいうのに興味ねぇよな」
「俺は神谷みたいにイケメンじゃないし、積極的にモテたいと思うイケメンの気持ちは分からん。まぁ神谷はモテたくてモテてるわけじゃないと思うけど」
「お前らしい感想だな」
アニメや漫画でお馴染みのイケメンキャラの特徴として、自分は他より優れてるからモテて当然、学校のマドンナも堕とせると自負し自分の力を過信しすぎるあまり空回りし結局こっぴどく振られる、というものだろう。後はイケメン男子の家柄は多かれ少なかれ裕福な人間が多く、それを武器に女を誘うというのもよくある手口だ。
それに着いていくのは余程人を見る目のない女くらいだ。
だが、イケメンと呼ばれる雷神にはあまりこういうイメージは当てはまらない。冬華から見た雷神の印象は、性格はおおらかで真っ直ぐで優しいという印象が強い。成績はエリカには一歩劣るも三十位くらいには入っている。
クラスが違うので話す機会は全くないが、遠目で見る分には友人は多いと思う。休み時間や昼休みにはよく男子生徒と話しているのを見た事がある。
彼女はいないと本人談で、隙あらば狙っている女生徒ばかりいる。
そんな彼なので、周りの男子生徒からは羨望と嫉妬の眼差しでいつも見られている。
(羨むくらいなら努力しろよ)
冬華はイケメン、美少女の類に興味がない。エリカの場合は仕方がなかったとは言え雷神の場合は話すことは殆どないだろう。例え話しをしたとしても一瞬だ。
「羨ましいとか言わないあたり冬華らしいよ」
「別に言わないだけで羨ましいと思うくらいはする」
「それは自分に無いものを他人が持ってたり技術的なもので出来て凄いな〜っていう憧れの羨ましさだろ?イケメンとか見て毛嫌いはするけど俺もイケメンに生まれたかったな〜とか言わないって話だよ」
「イケメン興味ないし。それに魔術士やってたら自分の力不足を嫌ってほど思い知るからなんでも出来る魔術士見てると力に対して羨ましいとは思うかな」
自虐を言って自分を追い詰めるのは悪い癖だと思う。けれど、癖というか冬華の性格がそうさせるのでどうしようもない。
「ここにはレベチな魔術士なんて早々いねぇだろ?それに実力は三流でも冬華以上の魔術士なんて異常レベルの人間除けば、見たことねぇよ」
「春・・・」
春正は親友の自虐に文句を言わず直接的ではなく、少しわかりづらく慰めてくれるので、冬華は自分の親友に感謝しつつグラウンドを見渡す。
6限目の体育最後の試合は冬華のグループと雷神のグループとの試合だ。正直勝てる気がしないがやるだけやってみようと思う。
憂鬱そうに周りを見渡すと、試合をしているグラウンドの外で休憩している女生徒の中に見慣れた人影がいた。
エリカだ。一応体操服には着替えているが授業には参加せず見学している。足の捻挫と擦り傷などがひどいから当たり前ではあるが、完治するまで運動は控えるようにと口酸っぱく言っておいたので忠告を聞いてくれてるようで安心した。
ほんの数秒眺めていたせいでエリカと目が合う。顔が赤くなるのを抑えつつ、逃げるように目を背けつつ、気づかれないようにエリカを見るとイタズラっぽく笑っていた。
そのイタズラっぽい笑みも愛らしく思ってしまう前に視線を試合に向き直す。
その行動がどう映ったのか分からないが、面白がっているように今度は分かりやすく口に手を置いて笑っていた。
見るんじゃなかったと後悔したのも束の間、両サイドから歓喜の怒号が沸いた。
「おい!今、妖精様が俺に頑張れって笑顔を向けてくれたぞ!」
「それお前の妄想すぎないか?お前じゃなくて俺だろ」
「何言ってんだ、俺様に決まってんだろ!」
「妖精様の視線上に居たのは俺なんだ!俺に対しての笑顔に違いない!」
「これはチャンスだ!よしお前ら!王様だけにいい格好させるな!王様をボコボコにして、俺達よカッコいい所を紅野さんにアピールするぞ!」
「「「おおおおおーーーー!!!!!」」」
冬華が1人で葛藤と後悔をしている最中、クラスメイト達の勘違いにより、クラスの男子達が一致団結するという状態になってしまった。
流石は妖精様だ、笑顔一つで恐ろしいことだ。
しかし、笑顔一つであそこまでやる気に満ちるとは凄いことだ。
「「現金だなぁ・・・・ん??」」
横で全く同じ事を口にしていた春正の顔を見る。春正も全く同じことを言った冬華に驚いたのか目を見開いて驚いていた。数秒顔を見合わせて笑った。
「あれ凄いよな。たった一つの美人の笑顔であーなるもんかね?」
「まぁ気持ちは分からんとは言わんし、内申点にも響くから俺達も真面目に取り組まなきゃな」
「お?なんだなんだ?お前も紅野さんにいい所見せつけようって魂胆か?」
「そう思っててくれ」
我ながら他の男子生徒の事は言えないなと溜め息混じりに心中で思う。何せ先程よりかはやる気に満ちているからだ。
何故なら、冬華には一つの確信があった。あのエリカの笑顔が数多の男子生徒に向けた妖精様としての笑顔ではなく、目が合った冬華に対しての笑顔だと知っているからだ。
例え圧倒的な実力差や戦力差があったとしても、戦い方を工夫し続ければ自ずと勝てる。レベル一のプレイヤーでもダメージが一でも与え続ければいつかは勝てるのだ。
体の奥で勝負師の炎が燃えたぎっているのが分かる。
冬華は上のジャージーを木下に脱ぎ捨て立ち上がる。
「おっ、珍しく本当にやる気みたいだな。んじゃま、俺も本気出しますかね。パスよこせよな」
「おお、任せろ」
「と〜君!春正!頑張ってね〜!」
一体何処から現れたのか、幼馴染の美妃の声援を背中で受けて気合い十分で試合に臨む。
冬華は先祖の生まれ変わりで【王子】と呼ばれ、雷神は【王様】と呼ばれている。
言うなればこれば【王様vs王子】の対決である。