↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

第1話 事故チュー




 アズロ学園、略してアズ学の中庭にある四阿の下。

 新入生の侯爵令嬢のフィオナ・アレリールは四阿の長椅子に横になり涎を垂らして眠りこけていた。

 他でもない。先ほどの新入生歓迎会と称するお茶会で彼女の境遇『エンデール公爵令息の婚約者』に嫉妬した他の令嬢方が飲み物に睡眠を促す薬を仕込んだ所為だ。


 家同士の政略的婚約ではあったが少なくともフィオナにとってはそれだけの関係ではなかった。

 彼女は幼馴染である婚約者のリナルトにずっと片想いしていたのだから。


(う―ん。この状況で不用意に飲み物を口にしてはいけなかったわ)

 自分が嫉妬の対象になるなんて思いもしなかったフィオナは猛省した。

 もし自分がリナルトの婚約者じゃなかったら、当然嫉妬に狂って薬盛ってたと犯人に対して理解を示す。

 

(それにしても、眠い。——なんか変な味……がするとは……思っていたの……よね)

 フィオナは眠りしなにそんなことを思いながら瞼を閉じた。


*

 

 目が覚めたのは、耳に入ってきた衣擦れの音と頬に触れられた感覚の所為だ。

 

(……ん……?触られた?)

 頬に触れられた感触がして、慌てて手探りで何かを引っ張って寝返りを打つとフィオナはゆっくりと意識を浮上させていく。その瞬間、唇にフニッと柔らかい感触がして口の中に何かが入ってきた。


(え!ま、魔物?)

 思わず手を離して動揺している間に入ってきたそれはすぐに離れ、同時に長椅子がギシリと軋んだ。

 それでも目を開けなかったのは、フィオナが魔物に襲われた経験があったからだろう。

 魔物から襲われたら死んだフリをするのがいいと小さい頃から言われていたし、現にそれによって助かったことがあるのだ。


 フィオナはその気配が少し遠ざかったような気がして、ゆっくり、そぉっと目を開けた。


 ぼんやりとした視界に入って来たのは、整った配置の目・鼻・口、王家が持つ金髪に碧い瞳だった。


 視界がはっきりとしてくると、目の前にいるのが誰かすぐに分かって、慌てて起きあがろうする。

(やっばぁ……第二王子!!)


 彼はこの国、アズロプロフォンドの第二王子でアズ学の卒業生であるアレン・グランドヴェルである。

 フィオナの婚約者リナルト・エンデールとは親が兄妹で、二人は従兄弟にあたる。

 アレンとリナルトは従兄弟ながらよく似ていたので違っているところから言った方がわかり易い。

 二人の違いは髪色と長さ、そして目の色だ。アレンは王家の色と言われる黄金色の髪を伸ばしていて、碧い瞳をしている。

 

 それとは対照的に、リナルトは黒髪の短髪に茶色い瞳である。色と長さは違えど、本当に二人はよく似ていた。それぞれのパーツの形状・配置・大きさどれを取っても同じようだった。


(なんで!なんで殿下が目の前にいるの!?)

 立ち上がったフィオナは何とか落ち着き払ってカーテシーをするが、動揺は隠しきれない。


(さ、さっきのはき、キス!?で、殿下と!?)


「やぁフィオナ嬢。こんなところでうたた寝なんて危ないよ」

 長い金髪がキラキラと風に靡いて笑顔も華やかだ。

(はぅ!笑顔が眩しすぎるぅ!リナルトと同じ顔の造作なのに表情の使い方がこんなに違うのね!でも私は)


 リナルトは穏やかに笑うので、フィオナには二人の違いが表情でも区別がついたし、その穏やかなリナルトの微笑みがフィオナは大好物だった。

 だから第二王子殿下の笑顔に興奮したものの、そこに恋愛感情はない。


(とにかく今は失礼のないように、この場から引き下がらなければ。き、キス……のことは、落ち着いてから考えましょう)

 フィオナはなんとか動揺を心中に押し留めようとしながら考えた。

 

「申し訳ございません!お見苦しいところをお見せ致しましたぁ!」

 フィオナは慌てて再度カーテシーをするとすたこらとその場を退くことにしたが、しっかりとその動揺はダダ漏れていた。

 

「あ……」

 第二王子はフィオナの後ろ姿に手を伸ばしながら声をかけようとしていたが、そんなことは例え気づいていたとしても気づかないフリ。

 フィオナは早々にその場から姿を消した。


*


 誰にも見られていなかったはず。

(——なんて。そうは問屋が下さなかったー)

 

 翌日、フィオナは学校の玄関前に貼り出されていた壁新聞を前に、突っ伏していた。


 登校して、すぐに状況は把握した。

 アズ学敷地内、入ってすぐ近くを歩いていた生徒たちからは気づいた瞬間に遠巻きにされ、ヒソヒソと噂されていたのだ。

 

 歩いて学校前まで来ると、校舎の壁際に人集りができている。その人集りに何事かと思ってかき入って、その前まで来て納得したのだ。

 

『侯爵令嬢が浮気!?お相手は婚約者似の美貌の第二王子!?』

『公爵令息憔悴!一週間引き籠り!』

『婚約破棄も秒読みか!?公爵令息着々と準備中!』


 フィオナは地面に突っ伏したまま、その見出しを反芻していた。

 

 この壁新聞を作ったのは、我が校の十余りある委員会組織の中で生徒会に次ぐ活動頻度を誇る広報委員会。

 広報委員会は三年生二人、二年生四人、一年生四人の少数精鋭で運営しているらしい。

 ある侯爵令息を委員長兼編集長に据え、新聞の内容は彼に決定権があり、記事の作成、写真撮影、印刷までを行っているそうだ。

 ちなみに印刷は魔導具が開発されていて、壁新聞程度の枚数、十枚程度出力可能な小型のものが学校内にあり、基本的には隔週で発行されていた。

 

 ——で、この見出し。

 ゴシップ紙ばりにいくつも踊っている。

 そしてしっかりと現場を押さえられていた。


 最近開発された魔導具『魔導撮影機』で撮影された写真付きだ。

 その写真を見れば、間違いない。写っているのは————。


(うん。私だな——)

 その写真は殿下の右斜後方から写したような角度で、その殿下の手首をしっかりとフィオナが掴んでいる。それは見方によってはフィオナが殿下に迫って彼を引き寄せキスを誘っているように見えたのだ。


 そうキス待ち顔。

(うっわ。めっちゃ恥ずかしい!)


 でも記事の中にある写真だけで言えば、誘っているように見えるだけで、お互いの口は触れてはいないからしていないと言えばそうとも思える。写真からはそこまでしか察することはできない。

 

 写真はフィオナの顔にピントが合っている所為か彼女の顔しっかり見えているものの、殿下の顔まではハッキリとは見えない。


 それでもこの壁新聞を作った広報委員会の人たちが第二王子だと判断した材料は、この写真にしっかりと押さえられていた。


 その美しい金髪と王族のみが着ることを許されているその服装だ。

 

(違う!違うのに!私が好きなのは第二王子じゃない!)

 フィオナは暫くぐったりとしてその場から立ち上がれないでいると、誰かが腕を掴んで立ち上がらせようとしてくれる。


(あ、親友——!!)

 顔を見れば、クラスメートで仲良しの男爵令嬢のシェナ・ミルディアであった。

 

 シェナも過去に広報委員会にしてやられた口である。

 

 彼女の入学前、最近流行りの小説に擬えて『噂のヒロイン系美少女。とうとうご入学!!』とか『ヒロイン系に注意!耐魅了のすすめ』『ピンクブロンドへの恋心から婚約破棄!』と、色々騒がれていた。


 事実、彼女は入学前から美少女であることが話題になっていた。

 そのピンクブロンドの髪やそのふんわりとした柔らかい雰囲気を持つ姿で人を魅了しているところがその小説のヒロインと同じだったのだ。

 彼女に対する記事は、今のところ落ち着いているようではあるが、彼女の周りはその頃からいつも賑やかだ。

 もともと人に好かれやすいタイプではあるので、こうして人に囲まれているのは彼女にとっては普通なのだ。


 性格は容姿の雰囲気とは正反対なのだが。


「あぁ、次の標的はあんただったのね。ご愁傷様」

「ほんと、事実無根ではないところが切ない」

「まー、詳しくは教室で聞かせてよ」


 フィオナはシェナに手を引かれ、ようやく立ち上がった。

 

 その拍子に視界に入ったのは壁新聞の写真に映り込んでいるもの。

 フィオナが掴んでいる殿下の手首、王族のみが着ることを許されるその衣服の袖口からチラリと大きめの石が埋め込まれたバングルが見える。

(ピントが合ってないからボヤけているけど、このバングル……見たことあるような)

 ふとそんな既視感に襲われながら、フィオナはトボトボと教室に向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。