プロローグ 九条皐月
俺には使命がある。
世界を守ることだ。
一介の高校生に世界を守れだなんて、冗談にしても笑えない。
俺だってそう思う。
できることなら友達と馬鹿騒ぎして、放課後は好きなことをして、いつか可愛い女の子と恋をする。
そんな平穏な青春を謳歌したかった。
ところが、人生とはままならないものなのだ。
出会いと苦難の果てに、俺は世界の命運を背負う羽目になってしまった。
入学早々青春を棒に振ることになるとは。
なんとも先が思いやられる。
……おっと、肝心なことを説明していなかった。
なぜ俺がそんな大それた使命を背負うことになったのか。
話は、入学式の帰り道に遡る。
その日、俺は一人の女子と出会った。
それはもう、絵に描いたような美人だった。
道端でばったり出会っただけというのに、思わず見惚れてしまったほどだ。
そんな彼女が、俺に向かってこう言ったのだ。
「助けてください! 狙われてるんです! 命を!!!」
美人との運命的な出会い。
そこまではいい。
問題は、その出会いがどう考えても穏やかではなかったことだ。
もちろん、俺だって見捨てるつもりはなかった。
困っている人がいれば助ける。
それくらいの良識は持ち合わせている。
しかし、彼女の背後を確認しても怪しい人物は見当たらない。
ならば狙撃でもされてるのか。
そう考えた俺は、物陰に身を潜めながら慎重に移動することにした。
二人揃って頭を低くして、ブロック塀に身を隠した。
結果、何もなかった。
おかげで、本来なら五分で着くはずの帰り道に一時間もかかった。
入学式初日から、なんという無駄骨。
俺の青春は一体どこへ向かっているのだろうか。
……まあ、ここまでは可愛いものだ。
百歩譲って、困っている美人を助けたということで納得しておこう。
問題は、その後だ。
なんやかんやあって、彼女は俺の家で匿うことになった。
詳しい経緯を説明すると長くなるので割愛するが、その過程で、俺は一つの絶対的なルールを知ることになる。
彼女が死ぬと、世界が滅ぶらしい。
意味が分からない。
どういう理屈でそんなことになるのか。
超能力も魔法も手品も曲芸も何もできない俺にはさっぱりだ。
そもそも彼女が命を狙われているという話だって、結局のところ犯人らしき人物は見つかっていないのだ。
しかし、もし本当だったらどうする?
彼女の話を信じず、万が一世界が滅んでしまったら。
そんなことになれば、後悔どころの話ではない。
……いや、後悔している暇もないか。
信じて何も起こらないなら、それでいい。
疑って世界が滅ぶくらいなら、信じておいたほうがマシだ。
かくして俺は、彼女のボディガードを務めることになった。
やることは単純明快、しかしスケールは壮大。
彼女が死なないように四六時中つきっきり。
困ったものだ。
入学式の帰りに普通そんな状況に陥るかね?
せめてもの救いは、彼女がやはりとんでもなく美人だということだろうか。
悲観的な運命も、隣にいる彼女の横顔を眺めていればなんとかなるような気がしないでもない。
……いや、ならないか。ならないよな。
そんなわけで、俺の平穏な青春は入学初日にして終了したのである。
さて、話は戻してその翌日。
俺は早くも、世界を守るという使命の厄介さを思い知らされることになった。
どういうわけか、彼女は入学二日目にして転校してきた。
俺の横の空席に座ったのだが、なぜそこが都合良く空席になっていたのだろう、とはもう考えないことにした。
オリエンテーションが始まって、ようやく彼女の名前を知ることになる。
悔しい話だが、昨日は妹と彼女の扱いについて話し合っていて、結局寝る前のおやすみくらいしか言葉を交わしていないのだ。
それで肝心の彼女の名だが。
聞いて目を見張るものでもなく、特にこれといったこともない普通の名前だった。
何かあるとすれば、綺麗な名前だとちょっぴり思ってしまったくらいか。
「私の名前は九条皐月。 変な形で入学することになりましたが、どうぞよろしくお願いします」
拍手喝采と男子のどよめきの中。
おう、よろしく。
なんて、その時はまだ悠長に思えたものである。




