20 断罪
リリエッタに対する卑劣な行為は許せるものではない。しかし、正式に処罰されることになれば、リリエッタの名誉を傷つける。内々での処分を望んだラトリッジ公爵は、その裁量での処分を国王に願い出、特別に認められた。そして、人々の口の端にのぼることのないよう、その日のうちに速やかに対処することになったのだった。
王宮の一室が準備され、部屋の中央に置かれたソファにはラトリッジ公爵夫妻が並んで座っていた。
アルフレッドの問題があってから、疎遠になったものの、それでも妻の実家に対する敬意からそれなりの対応をしていたラトリッジ公爵が、今は座ることも許さず、プライス侯爵家の四人を目の前に立たせていた。リリエッタがモーヴと顔を合わせることを慮って、アルフレッドとリリエッタは隣の小部屋で様子を聞くことになった。
モーヴははじめ何も知らないと言い張ったが、エリカ・カルキンの証言や最終的には男のひとりが保険として、今回のことについてやり取りをした手紙を持っていたことでようやく自分のしたことを認めた。
プライス侯爵家の実権は侯爵夫人が握っており、侯爵はほぼ何も知らなかった。関わりと言えば、サーキス伯爵家の息子が爵位を継げなくなったことに関して、貴族籍に残れるように宮廷官吏試験の担当者に働きかけすることを娘に頼まれたくらいだった。嫡男である息子は、本当になにも知らなかったようで、顔を白くさせ今にも倒れそうな様子だった。
リリエッタを陥れようと考えたのはモーヴだが、プライス侯爵夫人も言うことを聞いてくれそうな男爵家の男を探すなど協力を惜しまなかったらしい。以前のことも含めて、なぜ、どうしてアルフレッドをそんなに苦しめるのかと涙ながらに尋ねた公爵夫人に対して、
「わたくしはあなたの姉なの。あなたはわたくしの言うことを聞いていればいいの。幼いころからそうだったでしょう。あなたがわたくしよりも上の立場に立つということが間違っているのよ。その間違いを正そうとしただけです」
プライス侯爵夫人は、今回はもう言い逃れしようとせず、悪びれもせずに言い放った。
侯爵家の長女で結婚した相手が家を継ぐ、という状況で育てられた。妹はいずれ家門の一つに嫁ぎ、いつまでも自分の支配下にあると考えていたのに、ラトリッジ公爵に見初められ、公爵家に嫁いだことから狂いが生じたのだ、と侯爵夫人は言った。別格の公爵家だけれど、その夫人は自分の妹、ならば公爵家も自分が管理していいのではないか、などと考えたということが、プライス侯爵夫人の独白からは聞き取れた。
以前の件も、妹が己の言うことを聞いてモーヴをアルフレッドの妻として迎えいれるのが当然と考え、そのときのために、早々にアルフレッドを自分の支配下に置こうとしたのだ、という真相が侯爵夫人の口から零れ落ちた。アルフレッドが自分の娘の言うことを聞くようにしつけようとしたのだ。そうすればいずれモーヴがラトリッジ公爵家の支配者になる。妹が自分よりも格上の、別格の公爵家の人間になったことで狂った自分と妹の関係を正そうとしたのだと、平然とした顔で侯爵夫人は言った。
そんな自分勝手な理由でアルフレッドを虐げ、幸せを奪おうとした姉を公爵夫人は声を荒げて非難したが、果たしてその声は届いたのか。
「あの時、もっときちんと話を聞き、罰を与えておくべきであった」
妻の肩を慰めるように抱いたラトリッジ公爵は、人外のものを見るような目を向けて呟いた。
「アルフレッド様、大丈夫ですか?」
リリエッタも心配になってアルフレッドを見上げた。先刻、もう恐れないと言った通り、アルフレッドは落ち着いた顔で自分を気遣うリリエッタに感謝するようにその手を握った。
「私は大丈夫だ。今はもう愚かな人と思うだけだ」
次に俎上に載せられたのはモーヴだった。
なぜこのようなことをしたのかを問う公爵に、モーヴは怒りを感じさせる視線を向けた。
「幼いころからお母様は、アルフレッド様はわたくしに従うわたくしのものだとおっしゃっていました。それなのに、以前、リリエッタ様がわたくしがアルフレッド様と楽しく過ごしているのを邪魔した日から、アルフレッド様はわたくしの元に来なくなってしまわれました。時折、姿を見るアルフレッド様はどんどん男らしく美しくなられて、それなのに昔のようにわたくしの言うことを聞いてくださらなくなりました。それどころか、ひどく冷たくされて。アルフレッド様はわたくしのもののはずなのに、わたくしが公爵夫人になるはずなのに」
「侯爵、少し娘を落ち着かせろ」
話しているうちに気持ちが高ぶってきたのか、ヒステリックに言い募るモーヴに、公爵がその母親を見るのと同じような薄気味の悪いものを見る目を向けた。慌てて侯爵と息子で宥めるもののなかなか興奮は収まらず、モーヴは大声を出した。
「リリエッタ様が、わたくしとアルフレッド様の邪魔をなさった。だから、わたくしもリリエッタ様と婚約者の邪魔をほんの少ししようと思っただけですわ」
「それで、エリカ・カルキンをたきつけたのか」
「その通りです。ですが、あの子がトラヴィス卿と話をした後で、高位貴族の令息と結婚したいと話しているのを聞いて、応援すると言っただけです。そして、二人で会う機会を提案したり、二人のことを噂したりしただけです。まさか婚約破棄などするとは思わないでしょう。そのくらいの嫌がらせ可愛いものではありませんか」
「それなのに、婚約破棄になった」
「それはわたくしも驚きました。ちょっとしたいたずらなのに、そんな大げさなことをなさるなんて思いもしませんでしたもの」
「そのいたずらが原因になって、アルフレッドがリリエッタ嬢と婚約することになって焦ったのか」
「……どこまでわたくしとアルフレッド様の邪魔をするのかと思いましたわ」
「だから、あんなひどいことをしようとしたのか」
アルフレッドが聞くべきではないという風にリリエッタの手を引いた。リリエッタは黙って首を振る。その間もモーヴの告白は続いた。次第に落ち着いて、まるで大したことでもないように。
「ええ。公爵家に嫁ぐことなどできない身体になってしまえばいいと思ったからです。あの愛想のいい笑顔も、男たちが褒める綺麗な声もみんななくなってしまえばいいのです」
アルフレッドがぴくりと肩を震わせた。リリエッタにここにいるように呟くと隣の部屋に飛び込んでいこうとする。リリエッタは咄嗟にその腕を掴んだ。
「アルフレッド様、わたくしも参ります」
「しかし、顔を合わせたらあなたがもっと傷つくことがあるかもしれない」
「わたくしも、あの方たちをおそれないと言ったでしょう。ですからわたくしもご一緒に」
アルフレッドは、ひとつ呼吸をして気持ちを落ち着けると、リリエッタに手を差し出した。
二人が姿を現すと、モーヴは怒りの矛先をリリエッタに向けたようだった。けれど、今の状況では何もできない。悔しさから裂けるほどに唇をかみしめていることが分かった。
「なぜ、あなたがそれほどリリエッタに執着するのかずっと考えていた。私のことは確かにきっかけになったのだろうが、それだけではないだろう」
アルフレッドの問いかけに、モーヴははっとした表情になった。
「同じ年齢の同じ侯爵家の令嬢。二人とも兄がいて、二人とも金髪で蒼い瞳。二人の境遇は一見よく似ている。だから、よく比較されてきただろう。私もよくそんな話を耳にしたことがある。リリエッタ、あなたもだろう?」
リリエッタはこくんと頷いた。その通りだ。だから、モーヴに嫌がらせをされても、似たような立場だから敵対心を持たれているのかしら、程度に考えていた。
「リリエッタは早くに婚約をしていたし、わが公爵家と縁があることを考慮すればあなたに分があるはずだ。それなのに、リリエッタに婚約者がいることを惜しむ声は多く聞いたが、あなたに求婚者が集まっているという声は聞かない。それはなぜだろう」
「それは、わたくしはあなたと結婚することを皆さまが承知なさっているからですわ」
「そんなこと信じている者はいないよ。婚約をしているわけでもないのだから、あなたへの求婚の妨げにはならないだろう。実際、リリエッタに婚約者がいなくなったときは、求婚者が次々に現れた。本当に結婚したかったら、男はそれなりの行動をする」
「失礼ですわ、アルフレッド様。わたくしはプライス侯爵家の娘、ラトリッジ公爵家に嫁いでも恥じることのない人間ですわ」
「そうやってリリエッタに劣る自分を慰めてきたのだろう。リリエッタがいなければ、自分がリリエッタのかわりに人々に選ばれる人間になれると思ったのか」
「アルフレッド様、もうおやめになって」
「私もリリエッタを選んだ。それはリリエッタが魅力的だからだ。それに引き換え、あなたは何を持っている? 幼いころ、私にしたことを思い出すといい。それでもわからなければ、私があなたに欠けているものを教えようか」
「アルフレッド様、おやめなさい」
この裁きの場で、裁かれる側が、さらに爵位の低いものが命令するなどありえない。それでも、モーヴは叫んでしまった。
リリエッタに対する劣等感こそが、この場でモーヴのもっとも隠しておきたかったものだった。それをよりによってアルフレッドに暴かれたことで自尊心が折られたのか、モーヴはそれ以上何一つ言葉を返すことをしなかった。
「人を傷つける言動は、いつか自分に返ってくるものだ。いい加減、そんな当たり前のことに気づくべきだった。いずれにせよ、リリエッタを傷つけたあなたを私は決して許さない」
俯いたモーヴに冷たく言葉をかけると、アルフレッドはラトリッジ公爵に向き直った。
「出過ぎた真似を致しました」
「ああ、おまえにも長いこと辛い思いをさせた。改めて詫びる、すまなかったな、アルフレッド」
「父上と母上の心遣いは分かっています。それに、今の私にはリリエッタがいますから」
その言葉に、ラトリッジ公爵は武骨な顔をゆるめた。
そして、表情を改めてプライス侯爵家の人々に向き直った。
プライス侯爵は、即日爵位を嫡男に譲って領地に蟄居。侯爵夫人とモーヴは、それぞれ戒律の厳しいことで有名な別々の女子修道院に送られることになり、侯爵家から修道院への援助も制限された。そのため、修道院での暮らしは彼女たちにとってはかなり厳しいものになるだろう。そして、生涯そこで祈りの日々を送ることになるだろう。修道院へ入ることを拒む二人を十日以内に修道院に送ることが、爵位を譲られた嫡男の最初の仕事となった。




