21 断罪Ⅱ
ラトリッジ公爵夫妻が別室に去ると、入れ替わりに入ってきたのはレスター侯爵夫妻とエリオットだった。彼らとアルフレッドとリリエッタが、それぞれソファに座を占めると、サーキス伯爵夫妻とトラヴィス、そして、カルキン子爵夫妻とエリカが呼び込まれた。
サーキス伯爵夫妻がまず深々と頭を下げて不始末を詫びる。
「トラヴィスは、娘を救う一助になったと聞いている。とはいえ、トラヴィスが選んだ女が許されないことをしたのだ。責任は共にとってもらう」
レスター侯爵の言葉に、今度はカルキン子爵夫妻が顔色を変えて頭を下げた。下級貴族の彼らが侯爵と言葉を交わす機会など早々ない。
「こ、この度は娘が大変申し訳ないことを致しました。あの、ト、トラヴィス様の件も重ね重ね申し訳ございません」
隣に立つエリカの頭も押さえつけるようにして頭を下げさせる。
「娘がお前になにをした。なぜ執拗にわが娘を傷つけるのだ」
レスター侯爵が厳しい視線を向けると、カルキン子爵夫妻は膝をつかんばかりにさらに深く頭を下げた。その父親の手を振り払って、エリカは頭を上げ、侯爵に向き合った。
「公爵様、リリエッタ様、どうかゆるしてください。他に選択肢がなくて、私も必死だったんです」
止めようとする両親の手から逃れながら、必死で訴える。黙らせようか、と目線で尋ねてくる父にリリエッタは首を振った。どうせなら、彼女たちが一体何をどのように考えてこんな人を痛めつけるようなことをしようとしたのか、聞いてみようと思った。
レスター侯爵が軽く頷くと、カルキン子爵夫妻は娘から手を離し、また深く頭を下げた。その横でエリカは両手を胸の前で握り締めて自分の無罪を訴えた。
「トラヴィスが私に振り向いてくれて、伯爵夫人になれるかもしれないって思って嬉しくって。それなのに、トラヴィスはうちに婿入りすることになって、トラヴィスには継ぐ爵位もなくて、貴族でいられなくなると言われて、とても怖かったんです。貴族じゃない生活なんて考えたこともなかったのに。それで、モーヴ様に相談したら、言うことを聞けば私たちが貴族でいられるよう守ってくださるとおっしゃるから。そもそも、うまくやればトラヴィスを奪えるなどと言って、私をその気にさせたのもあの方です。すべて悪いのはあの方なんです。私はうまく使われただけ……いいえ、ええ、私のような子爵家の娘は侯爵家のご令嬢に逆らえませんもの」
「わが娘も侯爵令嬢だが」
トラヴィスを奪ったことで女として下に見ていました、という心が一瞬泳いだ目線から透けて見えた。
足を組んで、その腿を叩いていた侯爵の指がぴくりと止まった。しかし、そんなことはリリエッタも分かっていた。彼女のリリエッタに向ける視線や漏れ聞こえてくる二人の会話はリリエッタに対する優越感で満ちていた。それもリリエッタを苦しめたものの一つだ。
「エリカ、侯爵家の方々に失礼だ。もう黙ってくれ」
エリカを止めたのは意外にもトラヴィスだった。しかし、エリカは歯牙にもかけなかった。
「だって、弁明しなきゃいけないんでしょ。貴族でいたかったら自分で自分の身を守らなきゃいけないのよ。トラヴィス、しっかりして」
「エリカ、やめてくれよ。君はそんな人じゃなかったはずだろ」
「トラヴィス、あなたって本当にばかね。いつも控えめで、つまらないあなたの話も笑顔で聞いてくれる女なんているわけないじゃない。まだ気づいていなかったの?」
エリカがトラヴィスをせせら笑う。
その瞬間、トラヴィスの顔から表情が消えた。
ああ、トラヴィスは気づいていなかったのだ、とリリエッタは思った。あまりかかわりのないリリエッタでも、次第にただの優しい少女ではないことに気づいたのに。トラヴィスは植物園での出来事の後、サーキン伯爵家を出され、今はカルキン子爵家で同居していると聞く。それなのに、トラヴィスはまだ気づいていないのだ。それは実に、物事ときちんと向き合おうとしないトラヴィスらしいとも言えたけれど。
リリエッタに復縁を持ちかけた時も、エリカを選ぶか捨てるかを決めるのは自分だと考えている節があった。爵位が上で、婚約破棄という痛手を負ってもエリカを選んだ形になった自分は、エリカにとって価値ある男だと思っていたのだろう。そこに強い愛があると。しかし、自分が打算でエリカと付き合ったように、エリカも打算で自分を選び、選ばれるよう自分を装ってきたのだということに、もしかしたら今、トラヴィスは気づいたのかもしれない。
自分が招いた結果、と思う一方でほんの少しだけ、リリエッタの心に同情が湧いた。互いに愛情を持たないことに気づいてしまった二人が、互いに求めていたものを二度と手にできない状況でこれから先の長い一生を送っていかなければならないのだから。
やがて、トラヴィスは表情を取り戻すと、姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした。リリエッタ嬢にもお詫びします。これまでの僕の行動も、今回彼女がしてしまったことも」
これまでのトラヴィスとは違う、真摯な謝罪だった。
余計な言い訳もなく、ただわが身を反省する言葉はまっすぐにリリエッタに届いた。そう、この人は本当はこうして間違っていたら謝ることのできる人だった。リリエッタは幼いころの二人を思い出した。
いろいろあったけれど、最後は助けてくれた。そして、こうして詫びてくれた。もうこれでいい、とリリエッタは思った。これからは別々の人生を生きるのだ。最後の思い出は良いものであったほうがいい。
「お詫びを受け入れます。助けを呼んでくださったこと、感謝します。どうぞお元気で」
リリエッタ自身、最後に礼を言えてよかったと思う。そうでなければ、ずっと悔いが残っただろう。リリエッタの言葉を聞くと、トラヴィスはさらにもう一度深く頭を下げた。
エリカはなお、自分の罪を人になすりつける言葉を吐き出そうとしていたけれど、それ以上はレスター侯爵が口にすることを許さなかった。
レスター侯爵の口から、あらかじめラトリッジ公爵との話し合いで決められていた処分が伝えられる。
カルキン子爵は責任をとって、爵位を嫡男に譲ることとされた。トラヴィスに残されていた宮廷官吏になるための試験を受ける機会も奪われ、二人はすぐに結婚し、カルキン家の籍からも外されて平民となることが命ぜられた。当然、カルキン子爵家からもサーキス伯爵家からも援助をすることが禁じられた。ただし、今回はトラヴィスがリリエッタを救ったことから、平民としての住居と仕事は準備されることとなり、準備期間として、やはり十日の猶予が与えられた。
また、エリカには、王都の貧民街にある救貧院で一年間下働きとして働くことも課せられた。
エリカは、狂ったように何かを叫んでいたけれど、カルキン子爵夫妻とトラヴィスに抱えられるようにして退出させられた。
男爵家の二人の男へは、男爵家からの除籍ののち、マリアの父が治めるティアニー公爵家の所領にある鉱山での二年間の強制労働、そのあとも生涯王都とラトリッジ公爵領への立ち入り禁止という処分がロドリックの口から伝えられた。かれらを二度とリリエッタに近寄らせないという、アルフレッドの強い意志が働いたのだった。
また、すべての関係者に緘口令が命ぜられ、違反したものはさらに処分を受けることが示された。




