ダンジョンの主
1ヶ月も空いてしまいましたね。お待たせ致しました。楽しんでいただけたら幸いです。
「別れは済んだかのぅ」
煌々と光る月を見上げていたシシツキの背に、嗄れた穏やかな声がかけられた。
ゆっくりとその声の主を振り返ったシシツキは、彼を見ると、ひとつ頷いた。
80年ほどの年月を刻んだであろう、深い皺が刻まれた顔を、破顔させながら、彼はシシツキを手招いた。
「部屋でゆるりと話をしよう。そろっと、君の仲間達が、それぞれの試練を終えて、ここに来る頃合いじゃ」
「試練?」
「そうか、おぬしは知らなんだな。よいよい、それも含めて、ぬしが気になっていること全てを話そう」
シシツキは暗闇に姿を溶け込ませようとする老人の後ろを、小走りで追いかけた。
◇
「がんばれ〜」
気の抜ける応援の言葉に、顔を緊張で強ばらせていたコウメはホッと肩の力を抜いた。
力だけでは勝てない。
今までの戦いから、その事は分かっていたはずなのに、ついつい力んでいたようだ。心の中でシキョウに感謝しつつ、コウメは志翠に剣先を向けた。
もう、何時間戦ったのだろうか。
常に全力を強いられ、既に剣先が定まらない程、コウメの体力は底が見えていた。
それに対し、志翠は涼しい表情のままだ。
「こういった体力が無くなって辛い時に、今までの癖が出るのよ。良いも悪いもね。ほらほら、足がお留守よん」
足払いの要領で、動きが止まりがちなコウメの足を刈ろうとする志翠にコウメは、大剣を地面に突き立てることで応戦した。
刈りにいった足が、突然鋭い刃に変わったことで、志翠はふり抜くはずだった自分の蹴り足を急いでブレーキをかけるしか無かった。
志翠の体勢が崩れる。
普通ならば、体勢が崩れるというのは戦いの場では致命的だ。
しかし、志翠は焦らなかった。なぜなら、コウメの攻撃手段である大剣は、地面にがっちりと突き刺さっていて、易々と抜けそうに無いからだ。
逆に、コウメに隙が出来た。
そう思っていたのだ。
正直、志翠は慢心していた。
何時間とコウメと剣を突き合わせた経験が、志翠に致命的な油断を産んでいたのだ。
コウメの体が持ち上がる。大剣の柄を利用して、ポールダンスを踊るように、コウメが舞う。深々と地面に刺さっている大剣は、コウメの体をしっかりと支えている。
「おおっ!」
それは思わずシキョウの口から、感嘆の言葉が漏れてしまうほど、奇抜な動きであった。だからこそ、有効な手段でもあった。
コウメの足は、寸分の狂いもなく、志翠の顔に吸い込まれていく。
体勢を完全に崩している志翠に、それを避けるすべなどない。
「ちょっと、乙女の顔は狙わない……へブシ」
胸に諦めと賞賛と口に願望を携えた志翠は、大人しく自身に向かう足を受け入れた。まあ、願望は完全に無視されたのだが。
体を振り抜いた衝撃を利用して、地面に突き刺さった大剣を抜いたコウメは、頬を押さえて立ち上がる志翠をみた。。
「もう、お転婆なんだから。まあ、一撃もらったのは事実だし、合格よん」
その言葉を聞いて、気の抜けたコウメは体力の限界もあり、地面にへたりこんだ。
「やっと、終わったねぇ…」
「おつかれ、コウメ姐さん!」
トコトコとシキョウはコウメに近づく。その手には、水とタオルが握られている。
それを有難く受け取ったコウメは、とりあえずタオルで顔を拭った。正直、服も汗を吸って重くなっているので、着替えたいくらいだ。
「じゃあ、主の所に戻りましょうか。そこに、あなた達の仲間も一緒にいると思うわ」
「なんだい、案内してくれるのかい」
「もちろんよ。それに、みんなより早く着かないと、着替える時間無くなるわよん」
はっとコウメは、志翠をみた。それに、バチコーンと効果音が付きそうなウインクをした志翠は、コウメの心境を汲み取っているらしい。
「乙女は、いつでも綺麗でいたいからね。さて、落ち着いたら出発するわよん」
敵か味方か。当初はそんなことを考えていたのだが、そんなことどうでも良くなったコウメは、志翠に苦笑を返したのだった。




