語られる事実
沈黙が、場を支配している。
元々シシツキは、騒がしく話すタイプではないので、沈黙には慣れているはずが、この時ばかりは重苦しく感じてしまう。
それもそのはず。
廊下の淵に腰掛けるシシツキの隣には、亡くなった養父が腰掛けているのだから。
「んぁー、どこから話したもんか…」
どこから取り出したのか分からないが、御猪口で酒を飲むその姿は、シシツキの見慣れた父の姿そのものだ。
シシツキとは正反対で、沈黙に慣れていないナナホシが、なんとか場を繋ごうと奇声を発しているが、それも効果がない。
「あー、そういやぁ、お前ら”兄弟の盃”を交わしたんだって?」
「そう、だよ」
「ふはっ、あんだけ喧嘩してたギンとアカツキがねぇ」
「今でも時々喧嘩してるよ」
懐かしい気持ちを嚥下するように、ナナホシは酒を一口飲み込んだ。
いつまでものんびりとしていられない。
理を超えるものは、それ相応の代価が必要になる。
もうこの世の者ではないナナホシが、この場に長居する事は出来ない。
「さて、場が解れたとこで…」
「解れて無いけど」
「おい、父さんだって泣くぞ?」
真顔でぶった切られたナナホシは、よよっとわざとらしく目に手を当てた。
それを白けた目で見るシシツキは、かつての日常を思い出した。
家族6人と度々家に転がり込んでいたアカツキの7人で、騒がしくも平和な日常を甘受していたあの頃。
しかしあの日以降、シシツキ達兄弟の生活は一変した。
シシツキの姉は、教会に強制的に連れていかれた。いや、強制的などとは生ぬるい。
脅されたのだ。彼女が一番大切にしていた家族を人質にして。
その過程で父ナナホシと末っ子のヒナタが、命を落とした。
シシツキは生死の境をさまよい、背中には、大きな傷痕が残っている。
「俺は、あの日の恨み言が言いたくて、お前の前に現れたんじゃない。俺は、お前に伝えなくちゃいけねぇ事があるから、こうして時間を貰ったんだ。よく聞け」
そう言うナナホシの表情は、いつになく真剣なものだった。
シシツキは、無意識に背筋を伸ばした。
「俺は、あの日なにが起こるか知っていた」
それは、この衝撃の一言から始まった。
◇
ナナホシはいや、七星は日本のどこにでもいる普通の男子高校生だった。
そんな七星のハマっているものは、ゲームだった。
特にお気に入りは“異世界から君を待ち焦がれる”という、異世界召喚系のRPGだった。
このゲームは、異世界に召喚された主人公が、魔王に攫われた聖女を救うというありふれたものだった。
しかし、このゲームが人気を博したのは、ストーリーの王道性ではない。
細部まで徹底的に作り込まれたその世界観が、評価された。
例えば、どのNPCにも名前があり、職業もバラバラで、冒険には関係ないNPCも多くいた。
しかし、話しかけるを選択すると、ランダムで仕事の内容から愚痴、更には家族構成までがしっかりと作り込まれていた。
だから、一通り冒険を終わらすとプレーヤー達はこぞってNPCに話しかけた。
それに、上手く応答すると、サブクエストが出てくるのだ。
こういったやり込み要素が、七星のお気に入りで、学校を終えるとスグに自宅に走り、いそいそとゲーム機器を起動させていた。
転機が訪れたのは、“異世界から君を待ち焦がれる”をやり始めて半年経った頃だ。
この日も、毎日のようにゲーム機器を起動させ、黙々とNPCに話しかけていた。
すると、目を見張るほど美しく描かれた黒髪の美少女を見つけ、七星は迷いなく話しかけた。
『あら、ごきげんよう』
彼女のセリフはここから始まった。
『あなた、勇者様ね。ご苦労さま。ところであなたは、神様って信じるかしら』
選択肢が浮かんできた。
七星は質問から、少女が教会の関係者であると睨み、はいを選択した。
『嬉しいわ』
やっぱりこっちであっていたか。
七星は、そっと胸を撫で下ろした。
こんな可愛いNPCなんて、滅多にお目にかかれない。
『では、もうひとつ質問よろしいですか?』
NPCが2回も質問するなんて珍しいと思いながら、七星は次へ台詞を進ませた。
『あなたは、英雄になりたいですか?』
この質問に、七星は戸惑った。
このゲームの主人公は、勇者であって英雄ではない。
今までこのゲームで、英雄なんて単語は見聞きしなかった。
それなのになぜこのNPCは、勇者ではなく英雄と言っているのだろうか。
制作時のバグがそのまま残っているのかと、結論づけて、七星は改めて画面をみた。
美しい少女は、画面の向こう側で、返事を今か今かと待っていた。
七星は、迷わず“はい”と選択した。
こんなカワイイ子のお願いを断れるはずがないのだ。
『ありがとう。きっとあなたは、いい英雄になれるわ。お願い、私たちの世界を救ってっ!!』
悲痛に染まったボイスが、七星の部屋に響く。
ようやく、サブクエストの始まりかと、七星はコントローラを握り直す。
七星はこの時の違和感に気がつけなかった。
画面から彼女以外の人物が消えていることを、彼女の名前が表示されていないことを。
そして何より、画面が七星を飲み込もうとするように、部屋いっぱいいっぱいまで拡大している事を。
こうして気がつけば、七星は見知らぬ草原に立っていたのだ。




