王
静まり返った会場、ドヤ顔でシシツキをみるスズカ、面倒くさそうな表情を隠そうともしないシシツキ。
まさに、カオス。
そんな静寂を打ち破ったのは、スズカだ。
別に、この空気を変えようとしてのことではない。
むしろ、トドメをさしにきた。
「ほら、どうした?さっさとこの場を去れ。教師でないお前など、この場に要らないだろ」
シッシと猫を追い払う様な仕草に、シシツキ大好きっ子のシキは我慢ならないというように、前1歩足を進めた。
その瞬間、隣からの圧倒的な怒気に、その足を引っ込めることになった。
カタカタと震え、冷や汗を垂らしながら、怒気を放つ主へ目を向けると、そこには、無表情でスズカを見つめるカレンの姿があった。
目が死んでいる。いや、道端の石ころを見るような目…でもない、人ってこんなに他人を見下せるんだなという瞳をしていた。
「さっきから聞いていれば、あなた…」
「カレンくん、待って」
シシツキに止められ、不服そうにしながらも、口と足を止めたカレンに、会場中がホッと安堵の息を吐いた。
それほど多くの人が、カレンの怒気に当てられ冷や汗をかいたというのに、当のスズカは何も感じていない様だ。
逆にすごい。と、シシツキが思わず感心した所で、ガチャリと会場の入口が、開く音がした。
「んん?何があった?」
軽いノリで、そう問いかけたのは、高価なタキシードを無造作に着崩した青年だ。
着崩していても、だらしなさそうに見えないのは、彼の風貌がそうさせるのか。
見事な金髪は乱雑に切られ、跳ねているのかセットしたのか分からないが、所々飛び出た髪の房が、シャンデリアの光を反射してキラキラと輝いている。更にシシツキの瞳よりも明るい水色の瞳は、子どものようにキラキラと輝いていた。
街中でナンパでもしていそうなやんちゃな青年と言った容姿だが、その身に容易に逆らえない様な空気を持つ、不思議な青年である。
彼を見て、唖然としていた貴族達が動いた。
彼に向かって、一斉に跪いたのだ。
それと同時に、シシツキと隣にいたサクヤもスズカから視線を外し、跪いた。
若干、反応が遅れたものの、スズカも皆と同じように跪く。
青年はそれを見て、ニカッと笑顔を浮かべる。
「よいよい、面を上げて楽にせい」
年寄りの様な口調で、告げられた言葉に従い、貴族達が頭を上げた。
その間に、青年は軽い足取りでシシツキの目の前にやって来た。
そして青年は、まさに適当に乗せましたーと言わんばかりの斜めになっている王冠を手で抑えながら、シシツキの前にしゃがんだ。
「この状況は、なんじゃ?」
問いかけられたシシツキは、面倒臭いと呟く内心を全く悟らせず、事の顛末を口にした。
シシツキの話をふむふむと頷きながら聞いた青年は、立ち上がり、クルリと振り返ってスズカの方を見た。
「スズカ・センジ伯爵、その者が言うておる事に、相違はないか?」
「はっ、恐れながら陛下、私は…」
「しかし、おかしいのう…。我はまだ新しい学園長が決まったとは、聞いておらんがのう」
王である自分が、知らないはずは無いのだがと追い打ちをかける王に、スズカは顔面を蒼白にした。
「い、いえ、それは…」
アタフタと言い訳を口にするスズカに、周りの貴族の冷たい視線が突き刺さる。
「もう良い。そもそも、スズカ・センジ伯爵。そちは、今月で学園教師を退職して貰うことに決まっている」
王の言葉に、スズカはピシりと硬直した。
それとは反対に、遠慮がちに歓喜の声が主に平民の生徒達から上がる。
彼らも、スズカの横暴な態度に痺れを切らしていたのだろう。
ザワザワとざわめき始めた会場を、柏手2回で静めた王は、こんな所で発表したするつもりは無かったのだがと前置きした。
「このようなめでたい場には、不似合いな内容なのじゃが…。このままにしておくと、気になった勇者達が、旅に出てくれなさそうじゃからな」
シシツキの後ろで、怒りの眼差しをスズカに向ける勇者達を見て、王は冗談交じりの言葉をこぼしつつ、懐から1枚の紙を取り出した。
「これは、前学園長から我に届いた物じゃ。この中には、お主が起こした問題の数々が書かれておる。例えば…」
つらつらと書類を見ながら述べられたのは、平民の生徒への差別的な発言や、貴族の生徒に対する贔屓に始まり、数々の問題発言や行動、更には研究と評してお金を掠め取ろうとしていた事まで。
話が進むに連れ、スズカの目には絶望が色濃くなっていった。
「ふむ、これだけの事をしておいて、学園長になるじゃと?」
「そ、それは、前学園長の戯言です!大体、証拠はあるのですか!?」
スズカの言葉を遮る様に、1人の令嬢が、シシツキの隣に歩み寄り、王に頭を垂れた。
「お話に割り込んで、申し訳ありません、陛下。サネミヤ公爵家の娘、コハクと申します。恐れながら、学園の生徒として、申し上げたいことがあります」
「ふむ、申してみよ」
それではと、コハクと名乗った少女の顔を見て、シシツキは何処かで見た顔だな…と首を傾げた。
実は彼女、魔族と戦っていた時、シシツキが庇っていた2人の生徒の内の片割れなのだが、あの騒動の最中、ちゃんと顔を見ていないシシツキは、正解に思い至らないまま、本人をそっちのけで進んでいく話をボウと聞いていた。
「スズカ先生の贔屓や差別は確かにありました。そして、残念な事に、私達貴族の生徒は、彼を見て見ぬ振りをしてしまったのです」
少女から告げられたのは、スズカのこれまでの事を裏付けることばかり。
探せば、しっかりとした証拠が出てくると考えられるものばかりだ。
「…以上です。これまで、平民だと差別に加わってしまった事、非常に反省しております。シシツキ先生」
「ふぁっっ…。はい」
人に隠れて、欠伸をしていたシシツキは、突然名前を呼ばれたことに驚いて、変な声が上がりそうになったものの、何とか堪えた。
若干、王の肩が揺れているから、アウトなのかもしれないが。
コハクはそんなシシツキに、軽く苦笑したが、直ぐに表情を引き締め、深々と頭を下げた。
「先の学園襲撃事件の際に、魔族から私達を庇って守って頂き、ありがとうございます。どうか、これまでのご無礼の数々に対して謝罪を…」
「それは要らないよ」
反射的に口から出た言葉に、会場がざわめいたのを聞いて、流石言葉足らずだったかなと、シシツキは言葉を足すことにした。
そうでないと、目の前の少女が、絶望から立ち直ってくれなさそうだからでもあるのだが。
「申し訳ありません、言葉足らずでした。私達教師は、生徒達の成長を手助けする存在。若者の間違いは、必要以上に責め立てるつもりはありません。それに、今回は本人がしっかりと反省しているのです。だから、その過分な謝罪は要りませんよ」
シシツキの優しい声音に、コハクは言葉が出てこず、ただ深々と頭を下げた。
いい話だ。と、ホンワカと心が現れた貴族達に、それを打ち消すほど不愉快な声が、けたたましく響いた。
「おかしい!!なぜ、その平民がっ!!そいつは、勇者の1人アンドウ・テルアキの教育に失敗し、前学園長を死なしてしまったのですよ!それが何故っ…。王よ、お答えください!!」
テルアキの名前が出た瞬間、シシツキは苦虫を10匹いや、それ以上噛み潰したような苦々しい表情をした。
勇者達もバツが悪そうに、俯いた。
間違いなく、それは勇者の教師として任命されたシシツキの落ち度であった。
王は、必死に抵抗しているスズカを見て、そうじゃのうと、口を開いたのだった。
あと1話で、1章終了(出来ると思います)




