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先生は勇者と共に…  作者: 朱音
第1章
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先生の逆鱗

サブタイ程、怒ってはないと思われます…。

 

「そう、アンドウさんだけ決まらなかったのね…」

「一応、興味のあることや、やりたいことはないかって聞いたけど、分からないって」

「あら、重症ね」


 シシツキの書いた、汚いけど丁寧な報告に目を通しつつ、学園長はいつも絶やさない笑みを浮かべたまま、困ったように頬に手を当てた。


「きっと、他の勇者達より、長く異世界に居たから、あっちの常識に囚われているのね」

「まあ、仕方ないでしょ。俺だって、異世界に喚び出されて、あなたは何になりたいですかって聞かれたら、分からないって言うだろうし」

「そうですね。仕方ありません。アンドウさんと、なるべく進路相談を進めておいてください」


 そうは言われても…と、学園長室を退出したシシツキは、長い廊下を歩きながら、肩を落とした。

 昨日は、何を聞いても、やりたいことは無いの一点張りだったのだ。

 教師は、助言はできるが、生徒の未来を決めることは出来ない。

 つまり、本人にやる気がなかったら、どうしようも無いのだ。

 そのやる気を出させるのも、教師の役目なのだろうが、如何せん、人との交流より、研究を優先させてきたシシツキだ。

 こういうことは、不得手だと自覚している。


「元々俺は、こんな事で、悩むタイプじゃなかったんだけどな…」


 もとの、平穏な研究生活の日々を返して欲しい。

 シシツキは最近、めっきり減ってしまった研究時間を思って、さらに項垂れた。

 そんな哀愁漂うシシツキの背中にかけられた声は、お世辞にも、いいとは言えないものだった。


「おい、下民」


 こっちも不愉快になるから、わざわざ声をかけないでほしいと、シシツキが 不機嫌丸出しの顔で振り返ると、案の定、そこにはスズカが蔑んだ目でこちらを見ていた。


「…なにか用?」

「わざわざ、私が声をかけてやったというのに、なんだその態度は」


 シシツキの機嫌は、更に地面にのめり込む勢いで、急降下した。

 自然とそれに連れて、声音と視線が冷たくなる。

 いつもなら、ハイハイと受け流す所なのだが、シシツキは今、虫の居所が悪い。

 いつもの飄々としたシシツキとは打って変わった、剣を突きつけられているような鋭い空気に押され、スズカは無意識に一歩下がった。


「用がないなら、もう行くよ?」


 振り返った体勢のまま、言い放ったシシツキに、スズカはハッと我に返った。


「貴様、勇者がたったの5人とはどういう事だ?」


 それは、勇者達の進路に、物申す事だった。

 シシツキはやれやれとかぶりを振った。

 スズカの話を要約すると、聖女を有する教会が、31人召喚したのに、たったの5人()()勇者にならなかったことに、不満を抱いているらしい。


「5人()勇者になってくれただけ、ありがたい事だよ。過去の勇者は、最高で3人。それに比べたら、多いでしよ」

「31人召喚したのなら、31人全員が、勇者になるべきだ」

「それは、こちら側の押し付けだよ。勇者達は、まだ子供だってこと忘れてない?精神面でも身体能力の面でも、全員に勇者になれなんてそんなこと、いえるはずない」


 シシツキの瞳に、怒りがチラつく。

 シシツキの感情に引っ張られるように、シシツキの持つ魔力が、体の中で渦巻くのが、わかった。

 自分が正しいと思い込み、意見を押し付け…いや、強制する教会に、シシツキは嫌悪感を隠せない。

 もはや、表情に浮かぶのは、教会に対しての怒りのみだ。

 怒りに任せて、スズカに掴みかからないようにと自制のためにと握られた拳は、強く握りすぎて、血が滲んでいる。


「それなのに、何勝手なこと言ってるの?勇者になるべきだなんて、あの子達に、そんなこと押し付けないで」


 過去に、シシツキは大切なものを2つ、教会に奪われた。

 そんな教会に、自分を慕ってくれている若い勇者達の未来が、決められて許せるはずもない。勇者達の道を決めるのは、あくまで勇者達自身であるべきなのだ。

 しかし、目の前の男は、シシツキと正反対の考えのようだ。


「何を言っている?私達、貴族がそうしろと言ったら、そうするべきだ。これは、貴様らに、選択肢をやっている訳ではなく、決定事項を告げに来ただけだ」

「勇者達には、それぞれの道を決める権利を保証する。これ、王様と勇者達が交わした契約だよ。ここには、何者も、勇者達の道を強制してはならないって。お前達教会は、それを破るの?」


 広い学園と言えども、シシツキとスズカが口論している場所は、比較的生徒も多く通る道だ。

 生徒達は、声を荒あげている訳では無いが、険悪な空気が流れる2人を、遠巻きながらちらりと視線を向けている。

 自然と人垣が出来てくるのをみて、スズカはシシツキにしか聞こえない位の音で小さく舌打ちをした。


「ここでは、場所が悪いな。よく考えておけ。教会を敵に回すのか否か」


 そう言い捨てて、スズカは立ち去った。

 その場に残ったシシツキは、スイッチを切り替えるように一度強く目を瞑る。

 そして、シシツキが再び目を開けると、そのには先程までの刺々しい雰囲気が、さっぱりと消えたいつものシシツキだ。

 そして、人垣が崩れ去るのよりも早く、その場を後にしたシシツキは、いつも通り、自分の研究室へ足を向けた。


「先生、その霊力、抑えてくれませんか?」

 

 前言撤回。いつものシシツキでは、無かったようだ。

 どことなく辛そうに顔を顰めたシキに、シシツキはコテンと首を傾げた。

 研究室に戻ったシシツキを迎えたのは、アイカとシキといういつものメンバーだ。2人はいつも通り、ソファに座り、口論を繰り広げていたが、シシツキが帰ってきたのを視界に捉えると、満面の笑みを浮かべ、そして、放たれた言葉が、シキそれである。


「霊力を抑える?」

「はい、今の先生は、なんというか…禍々しいオーラが漂っているというか、アレだ!戦闘態勢を取っている感じ!」


 ほら、以前僕もやらかしてたでしよと、シキに言われ、確かに以前、シキの体を黒い霊力が包み込んでいたのを思い出した。今回のシシツキは、それの一歩手前の段階。

 なるほど、霊力を感じられる人間には、自分の感情の起伏がダイレクトに伝わってきてしまうのだなと、シシツキは反省した。


「これって、どうやったら、収まるの?」

「基本、感情のコントロールだから…」


 うんうんと唸りながら霊力のコントロールをして、どうにかシキの合格が出たところで、シシツキはようやく一息ついた。

 ドサリとシキの隣に座り込んだシシツキの目の前に、人肌にまで温められた水が差し出された。もちろん、用意をしたのは、アイカだ。


「シシツキ先生が、そんなに感情を乱すのは、珍しいですね。学園長室で、何かありましたか?」


 アイカがそう尋ねると、シシツキは一瞬話すべきか迷って、伝えておくべきかと、口を開いた。

 報・連・相はしておいて、損は無い。

 シシツキはスズカと会った時の話を、かなり要約して、アイカとシキに伝えた。


「…ちょっと絞めてきますね」

「いや、ここは僕の出番でしょ…」


 不穏な空気を漂わせるアイカとシキをドウドウと宥めているシシツキに、ドアをノックする音が聞こえた。まさに、渡りに船。

 シシツキが、急いでどうぞと声をかけると、相変わらずオドオドとしたテルアキが、顔を覗かせる。

 彼は、チラリと研究室を見回して、シキがいることに対して、一瞬目を見張らせた。


「アンドウくん、こっちに座って」


 そんなテルアキを、シシツキは自分の向かい側のソファへ誘うと、チラリと隣見た。先程まで、シシツキの隣を陣取っていたシキは、シラーと後ろの本棚から、本を探しているふりをしている。時折、興味深そうに本を開いていることから、振りというわけでも無さそうだが。

 シシツキの向かい側に、座ったテルアキの前に、コーヒーの入ったカップが差し出された。


「あ、ありがとうございます…」


 小さくお礼を言ったテルアキに、アイカは微笑んで、いつも通り、シシツキの後ろに控えた。


「どう?1日考えてみて。何か、自分のやりたいことは、思いついた?」


 シシツキがそう聞くと、テルアキは少し間を置いたあと、視線をあちらこちらにさ迷わせながら、何とか言葉を振り絞った。


「元の世界に帰ることは出来ないのですか…?」


 テルアキの言葉に、シシツキは何とも言えない顔をした。

 アイカは、驚いたように目を見張って、シキは上の方の本に伸ばした手を、ピクリと揺らした。

 その三人の反応に、テルアキはガックリと項垂れた。


「やっぱり、無理なんですね」

「うん。誤魔化してもしかたないから、ハッキリと言うと、今のところ、元の世界に戻れる手段は存在しない。でも…」

「やっぱり、戻れないんだ…。ああ、どうしよう…」


 シシツキの言葉を遮って、テルアキは頭を抱えた。

 カタカタと小刻みに震えるテルアキに、シシツキは怪訝そうな顔をした。


「や、今までの勇者が、帰りたいって言わなかったから、研究されてないだけで…」

「僕はっ…!!帰らないといけないんです」


 そう叫んで、研究室を飛び出してしまったテルアキを、3人は呆然と見送った。


「帰らないと()()()()?」


 使命感が漂うテルアキの言葉に、引っかかりを覚えながらも、こればかりは、本人に聞くしかない。

 シシツキは、それを明日に持ち越すことにして、研究をするために、ソファから立ち上がった。


「あ、シキ。ちょっと付き合いなさい」

「えー…」


 視界の隅で、アイカがシキを連れて出て行ったのを捉えつつ、シシツキは今日も、立ちはだかる問題の山に、頭を抱えるのであった。

お粗末さまでした。

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