近づく決断の時
何事もない日常とは素晴らしい。
いや、勇者達の担任をしているという点で言うと、今感じている日常の素晴らしさは、非日常への素晴らしさとなるのだろうか。
しかし、勇者達は、今はただの学生。
それなら、これは日常と言っても過言ではないだろう。
つらつらと、そんな取り留めのないことを考えながら、シシツキは数日前、ダンジョンでシシツキの夢に入り込んだ、自称初代勇者の裕次郎について、改めて調べていた。
つまりは、初代勇者についての資料を掻き集めていたのだ。
その結果、シシツキを中心に広がる、紙の渦が完成された。
しかし、初代勇者について確かな史料は無く、シシツキの周りに散乱している資料の殆どが、研究者の憶測でしかない。
「ユウジロウという名前すら残って無いんだよね・・・」
シシツキは、手元にある資料に視線を転じた。
ただの憶測でしかないこの資料は、シシツキにとっては紙切れ以下。直ぐに興味を失った。
「先生」
行き詰まり、机に突っ伏したシシツキに、アイカが声をかける。
アイカの声に反応して、顔だけそちらを向けたシシツキは、成果が得られなかったからか、徹夜で作業をしたからか、半目になっている。
アイカは、そんなシシツキに内心で悶えつつ、声音は変えないまま、先程連絡用の魔具に届いた文書を読み上げた。
「学園長が、今日の18時に学園長室へ来るようにとの事です。今度遅れたら…分かってますね?というメッセージ付きです」
「うわぁ…。行きたくないな…」
シシツキは率直な感想をこぼしつつ、ノロノロと体を起こした。
行かないと後が怖いのは、経験済みだ。
2度目の半日説教コースは、たまらない。
「ちなみに、今何時?」
「17時45分です」
この学園は、とても広い。これこそ、シシツキの研究室から学園長室まで、10分程歩かなければならないほど。
「…やばい」
シシツキはガタリと椅子から立ち上がった。
その拍子に、いくつかの資料が、雪崩を起こして、机から崩れ落ちる。
しかし、シシツキにその事を気にかける余裕はない。
十分に間に合う時間なのだが、早いに越したことはないだろう。
「部屋は、私に任せてください」
「えっ、あぁ、お願い。それ終わったら、先帰ってて」
「わかりました」
素直に頷いたアイカに、軽く手を挙げてシシツキは、慌ただしく部屋を出ていった。
何とか、五分前に学園長室に着いたシシツキは、フゥと息を吐いて、学園長室のドアをノックした。
「どうぞ」
「失礼します」
怖々と顔を覗かせたシシツキに、学園長はふふふと笑った。
とりあえず、シシツキをソファに座るように促して、学園長もシシツキの向かい側のソファに腰を下ろした。
「お久しぶりですね。早速ですが、時間が無いので、本題に入らしていただきますね」
「うん」
「勇者達に、進路相談をして頂きたいのです」
学園長の言葉に、シシツキはとうとうかと、感慨深い顔をした。
元々、人数が多すぎるため、当代の勇者達には、希望者だけが、魔王討伐に向かい、その他のものは、国の支援の元、各々の人生を歩んでもらうと言うのが、国の方針だった。
そして、勇者達が旅立つ日が近付いてきたのだ。
「分かった。いつまでに全員の進路を決めたらいい?」
「王宮からは、最低でも1週間以内と」
「短いでしょ。もう少し、時間をとってあげられなかったの?」
今後の自分の人生を決める選択なのだしと、言い放つシシツキに、学園長は嬉しそうに笑みをこぼした。
「…何?」
「いえ、ちゃんと、先生をしているのだなと、思いまして」
やはり、あなたを担任にして良かったと、嬉しげに語る学園長から、シシツキは顔を紅くしてそっぽ向いた。
要するに、照れている。
シシツキは、微笑ましく見てくる学園長そ気をそらそうと、無理矢理話を戻した。
「それより、1週間しか時間が取れないなんて、どういうこと?」
明らか、話題を逸らしたいのだなと、分かる態度だったが、学園長はそれを甘んじて受け入れた。
これ以上からかって、拗ねてもらっても困るのだ。
「王宮は、焦っているのですよ。魔族の活性化に。ダンジョンの魔物の急激な変化に、昨日の新聞に載っていた、この事件」
学園長が取り出したのは、”魔族襲来!?クルマ村壊滅”と大きく見出しに書かれた新聞だった。
シシツキほ、数分、黙り込んだ。
そして、ゆっくりと口を開いた。その眉間に深いしわをつくり、不愉快であると、顔にデカデカと書きつつ。
「なるべく、早く返事するって言っておいて」
「すみません。お願い致します」
頭を下げる学園長に、シシツキは何も言わず、学園長室を退出して、大きくため息を吐いた。
「どうして世間は、優しくないんだろう…」
面倒な役割を持ってしまったと、肩を落とすシシツキは、トボトボと研究室へ戻った。
そして、勇者達にどんなふうに伝えようかと、頭を悩ませながら、研究室の扉を開けたシシツキの目に飛び込んできたのは、綺麗に片付けられた部屋と、威嚇しながら向かい合うアイカとシキの姿だった。
「…なにしてるの?」
シシツキがこぼした問いに、威嚇しあっていた2人は、バッとシシツキを見た。
そして、何故かそれぞれの腕には、子猫と子犬が抱えられている。
「おかえりなさい、ところで先生。猫はお好きですか?」
「いや、犬だよね」
ずいっと白い子猫を抱えたアイカがシシツキに詰め寄れば、それを押しのけて、子犬を抱えたシキが詰め寄る。
可哀想に、巻き込まれた子猫と子犬は、怯えきっていて、シシツキに助けを求める視線を送っていた。
シシツキはため息をついて、子猫と子犬をどちらとも受け取った。
「俺は、どっちも好きだよ。それより、2人ともまだ帰ってなかったの?」
シシツキは子猫と子犬を抱えたまま、先程まで紙の渦の中心になっていた椅子に座った。
アイカとシキは、まだお互いに威嚇しつつも、シシツキの問いにはちゃんと答えてくれた。
「私は、片付けが終わって、帰ろうとしていたのですが…」
「僕は、先生に話したいことがあって、研究室に来たら…」
「「そしたら、コイツがいたから…」」
声を揃えてシシツキに訴える、アイカとシキにとりあえず、呆れ顔をしたシシツキは、確信を持って言葉を紡いだ。
「実は仲いいでしよ、君たち」
「不名誉な事言わないで下さい」
「先生、冗談でも怒るよ?」
この2人、会う度にこのような下らない喧嘩をしているのだが、喧嘩するほど仲がいい部類だとシシツキは思っている。
実際、2人のこの仲の悪さは、アイカはポッと出の勇者にシシツキを取られそうな焦りから、シキは唯一心置き無く話せるシシツキとの時間を邪魔されたくないという独占欲から出るものだ。
どちらが、シシツキと過ごす時間を多く確保するかで、先ほどのような、口論をくりかえしている。
傍から見ると、幼い姉弟が喧嘩しているようにしか見えないため、微笑ましいのだが、当事者になると、ただ対応が面倒だ。
しかし、この2人に肩の力が抜けたというのも事実。今回ばかりは、2人に感謝だ。
シシツキは、未だ騒がしい2人から視線を外して、自分の膝の上でくつろぎ始めた子猫と子犬に視線を落とした。
どちらとも撫でると、気持ちよさげに目を細めるのを見て、シシツキも自然と表情が緩む。
「「尊いっ…!!」」
「ねぇ、やっぱり、仲いいでしよ」
同時にシシツキを見て、膝から崩れ落ちたアイカとシキに、シシツキは再び呆れた表情を見せるのだった。




