自己紹介 さらに続き
自己紹介、6人目。
俺は、前原誠。
1968年生まれ。
年表の蒼いエメラルド、平和な時代がおびやかされる。
え?どういう意味かって?だってさあ、
人間の歴史は、年表を見てみると、ほとんど戦争をやってきた歴史だから。
戦争が無く、平和だった時代は、たとえば日本史では、平安時代と、江戸時代、それと、第二次世界大戦が終わった後の、今の時代。それだけだとか。
その平和な時代が、今まさにおびやかされようとしている。
大森南大君には、実は会うのはこれが初めてではないようだ。
俺が戦隊に出演していた頃、どこかの遊園地の
ヒーローショーに出ていたことがあったんだ。
ヒーローショーで、悪者たちを撃退した後に、
子供たちと握手をする機会があった。
「君たち!ヒーローショーで、僕と握手!」
なんてことを言っていた。
中には、元気良く自分の名前を言ってくれるような子供もいてね。そのうちの一人が、大森南大君だったんだ。
「君、名前は?」
「大森南大!」
いつもは、親と出かけるときは、ぐずっていたというのに、なぜかこのヒーローショーの時だけは、元気よく握手をしてくれたのを、今でも覚えている。
あの時の、ヒーローショーに来てくれていた少年が、立派に成長して、同じ職場で、同じ釜の飯を食うことになるなんて、そのときはまだ、思いもしなかったことだ。
時を経て、今また、このような形で巡り会えたということは、まさに運命の導きといえるかもしれない。
あの頃はまだ、戦隊も羽振りが良かった。
日本もまだ、元気だった。
正義というものを、はっきり正義として信じられた頃だった。
スーパー戦隊シリーズが作品数を重ねていくとともに、俺も年齢を重ね、新たな後輩に知り合う機会にもなった。
だから、スーパー戦隊シリーズが終了すると聞かされた時は、ショックを受けた。
何年の戦隊の年に、自分はその頃何をしていたかを振り返る基準、道しるべの意味もあった、俺にとっての青春、いや人生そのものといっても良かった。
さらにショックだったのは、俺が特撮俳優としてぺーぺーだった頃に、特撮俳優としてのイロハを叩き込んだ、あの先輩俳優が亡くなったことだ。
ウルトラマンが60年、仮面ライダーが55年、スーパー戦隊が50年。
特撮の歴史は、それほどの長い歴史を刻んできたわけだ。俺もその、一端を担った一人だ。
特撮の歴史、戦隊の歴史をテーマにして、
いつか書きたいな。
さて、広域調査隊には、いろんな車両や、鉄道の車両や、軍用ヘリや、自家用ジェット機、船舶、クルーザーまであるという。
予算が足りるのか?燃料が足りるのか?
という疑問があるだろう。
それにしても、これらの車両とか機械とかの動力源は、何なんだ?
ここに入ってからずっと、気にかかっていた。
もしかして、これってタイムマシンなのか?
そのことに最初に気がついたのは、前原誠だった。
自己紹介、7人目。
俺は、小田切武男。
1955年生まれ。
俺には、別れた妻との間に、娘がいる。
娘とは、趣味や、価値観が合わないと感じることが、多々ある。
しかし、こんな娘でも、娘を失うこと以上の最悪なことは無い。
どんな相手を選ぼうが構わない。少しくらい羽目をはずしたっていい。
理不尽に命を奪われるよりは、マシだ。
俺の役割は、ベテラン参謀。指示役だ。
いつか、食文化の歴史についても、書きたいなと思っている。
広域調査隊の年代編成
オジサングループ
北野みちお
小田切武男
前原誠
大森南大
オジサンメンバーが4人って、金子奈美ちゃんは、オジサン趣味なのか?
いや実際に、ジジ殺しなんて言われるだけの魅力がある。彼女は。
若手グループ
金子奈美
山野桃
魔野えりな
伊藤卓志
それにしても、これらの車両とか機械とかの動力源は、何なんだ?
ここに入ってからずっと、気にかかっていた。
さてと、俺の大好きなプリンまんじゅうでもいただいて、一息つくとするかな。
自己紹介は、ひととおり終了。
あとは、ジジ殺しの、あの人だけだ。
ようやく、自己紹介完了。




