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二つ目の指示

周辺図

挿絵(By みてみん)

南部広域地図

挿絵(By みてみん)




六日前

ディットラー領 領都



アタシはソファーに座り、親父殿と一緒になってテーブルの上に広げた絵図を睨み付けていた。

問題はない…と、思う。

親父殿率いるオルターニア南部方面軍の主力がこのディットラー領を発てば、ノイマール側はどうしたって反応せざるを得ない。

北部戦線が敵を突破できれば、なおのことだ。

親父殿の進軍速度にも依るだろうけど、ハズラン伯爵領辺りに防衛線を引くと思う。


親父殿が本気の進軍だって姿勢を見せれば、今王都に集まっているはずの戦力を相当数引き付けることができるだろう。

その間に、アタシ達が南周りで王都を攻める。

預けられた二千じゃちょっと苦しいかも知れないけど、ゴルダ領の兵を加えられれば四千にはなるはずだ。

うまく行く可能性は十分ある。


「ノイマールにしてみれば、サラテニアが叩かれたのは痛かろう」


不意に、親父殿が呟くようにそう言った。

アタシは、親父殿に頷いて返す。


「南部四領をサラテニアに明け渡したのは、こっちの進軍を妨害する狙いがあったからってことだよな?」


アタシが言うと、親父殿は少し嬉しそうな顔つきで首肯した。


「それだけではないとも思うが、主な狙いではあっただろう。サラテニアが十分な戦力を維持していた場合、王都に向けてザルダー街道を攻め上ろうとすれば、南部でもノイマールとサラテニアを一度に相手にしなければならなかった。しかし、サラテニアはヒルダナ男爵領で手酷く叩かれ、再編のために前線からだいぶ兵を引いた。今なら、押し通っても抵抗は薄かろう」


「ノイマール側がサラテニアの敗戦を聞いて備えている可能性はないかな?」


「無いとは言い切れん。だがな、どこで備える?王都から南下しようとすれば必ずゴルダ領へと至る。そこにはノーフォート子爵ら解放軍が滞陣しているのだ。前に出るなら、それなりの覚悟をせねばならんが…この戦況で戦線を広げることの利は薄い。それこそ、ゴルダ攻略に力と時を割いている間にこちらに攻め込まれかねん」


親父殿意見に、アタシは頷いて返した。

その通りだと思う。

万が一ノイマール側が南部からの侵攻を警戒するなら、ゴルダへ向かっている部隊に増援を向かわせる形にするのが一番だ。

それなら、用兵次第で打ち破ることだってできないことはない。


作戦に漏れはないと思う。

そりゃぁ、ノイマール側だってこっちが動きを見せればそれなりの対応をしてくることは確かだ。

それでも、ノイマール側の有効打を潰せるだけの想定ができていた。

なんだろう、全く実感がないけど…不思議と、負けなさそうだって感じがする。


「見通しは立ったな?」


親父殿の言葉に頷こうとして、不意に体が硬直した。

そう、負ける気はしない。

しないんだけど…でも、本当に大丈夫だろうかという想いが胸を締め付けていた。


「…できそうだ…とは、思う」


そう何とか絞り出したアタシに、親父殿は笑い声をあげた。

アタシを嘲っているんじゃないことくらいは分かる。

でも、その反応に、なんだか身がすくむ思いがした。


だけど親父殿は、優しい「父上」の笑みを見せてくれる。


「それはお前の美点だな、ティアニーダ」

「美点…?」


意図が汲めなくて、アタシはそう聞き返してしまう。

すると親父殿はコクリと頷いた。


「このようなとき、指揮官や帥に必要なものが三つある…と、俺は思っている。一つは勇猛果敢であること、もう一つは何物にも縛られないこと、そして最後が、臆病であることだ。それぞれに良い面と悪い面がある。臆病さは過信を防ぎ、敵をよく見ようという心がけになる。だが、過剰になれば身を縛り、正常な判断を失わせる」


まぁ、分かる。

怖がって身が竦むなんてことは、想像しやすい。


「勇猛果敢であるということは、軍を率いる上では欠かせん。だが、それも過ぎれば兵を無駄に損耗する。自由な発想も戦略には重要だが、現実離れしすぎては机上の空論になり得る」


うん、これもまぁ、分かる。

特に兵を無駄に損耗させるってとこなんか、特に…


「この三つは、それぞれがそれぞれの手綱を握っている。その三つの手綱をうまく操ることが、帥にとって重要な要素だ」


親父殿はそう言って、「分かるだろう?」って表情でアタシを見てきた。

さすがに、何を言いたいのかが分かった。


その帥ってのをやるんなら…慎重だってことは悪くない、って言いたいんだろう。

悪い気はしない…励ましてくれてるんだからな。


「うん、分かった…忘れないようにする」


アタシが言うと、親父殿は満足そうに頷いた。

それから、ふと何かを思い出したようにハッとした顔つきになり、アタシに視線を向けてくる。


「そう言えば、手綱を握るという話だがな」


そう言いながら、親父殿はテーブルの上のワインのジョッキを持ち直すと、くつろぐ様子でソファーの背もたれに体をもたせ掛けて続けた。


「アレクシア嬢とのことが、どうなのだ?」


思わぬ質問にちょっとびっくりして、何の気もなく口に含んでいたワインが変なところに入ってしまう。

アレクのことって、どういうことだ?

「どうなのだ?」って、何を聞きたいんだ?

アタシは自分の顔がカッと熱くなるのを感じて、思わず身を縮こまらせてしまう。


そんなアタシの様子をみて、親父殿が可笑しそうに笑った。


「なるほど、好いておるのか?」

「…そりゃぁ…まぁ…」

「そうか、まぁ、そうだろうな」


アタシが答えると、親父殿はまた笑みを浮かべる。

でも、そんな表情の親父殿から出てきたのは、ちょっと想像していなかった言葉だった。


「今のまま傍に置いても、あの娘は幸福にはなれんだろう…いずれ、お前と彼女の関係は破綻する」


さすがに、ちょっと聞き捨てならない。

アタシとアレクが、そのうち仲違いするとでも言うんだろうか?


「どういうことだよ、親父殿?」


アタシが聞くと、親父殿はふむ、と息を漏らせて身を乗り出してきた。


「お前、アレクシア嬢のひととなりをどう見ている?」

「どうって…立派だと思うよ。アレクは、強くて、気高い人で…常に自分を律してる。貴族家の一員としての責任感があって、民の暮らしのことも考えてる…アタシも、ああいう騎士に憧れる…いや、憧れてた」


アタシが答えると、親父殿はまた、ふむ、と息を吐いてソファーに背中をもたせ掛けた。

その表情は…ちょっと不満げに見える。


「えっと…どういうこと?」


アタシが聞くと、親父殿は少し考えるようなそぶりを見せてから、低い声で言った。


「あれはな、獣だ」


…獣…?

アレクが?

アタシが最初に感じたのは「あり得ない」って想いだった。

アレクは、立派だ。

どんなに感情が揺さぶられそうになっても自分を律し、周囲の状況や戦況に目を向け、自分の責任を一心に果たそうとするような人物だ。

もちろん、気を抜いているときは愛嬌があって、ちょっと皮肉っぽいところもあるけど、本質的には思いやりが深い。

自分だって大変なのに、アタシのためにあれこれと気を揉んでくれる、そういうヤツなんだ。


でも。

アタシは、親父殿の言葉に思い当ることが一つだけあった。

ヒルダナ男爵領での野戦の直前、サラテニア軍がアタシの部隊員の死体を掲げているという報を聞いて怒ったアレクを見て、アタシは感じたんだ。


―――人間の手には負えない未知の獣、だと。


「……思い当るところは、ある」


アタシがそう言うと、親父殿は安心したように息を吐いた。

ワインのジョッキを傾けて喉を潤した親父殿は、ゆっくりとした口調で言う。


「俺はアレクシア嬢とお前の一騎討ちしか見ていなかったが、今日、もう一度会って確信した。あれの本性は、獣に違いない。確かにあの娘は、自らを律する力が強い。お前がその本性に気付けぬほどなのだから、相当なものだろう…それとも、目を逸らしていたか?」


親父殿の言葉が、アタシの胸の内の何かに触れた。

次第にそれは痛みになって、アタシの心を締め上げてくる。


そう、アタシはアレクに「憧れていた」んだ。

自分を律し、責任を背負い、兵と民のために先頭に立つ騎士として。

今なら分かる。

アタシは…騎士でも、貴族家の娘でもない、アレクシア・ノーフォートを、多少でも気にしたことがあっただろうか?


「関係が破綻する、というのが少しは分かるな?」


親父殿の問いかけに、アタシは頷く他になかった。

そんなんで、良く好きだなんて言えたもんだ。

アタシはアレクの見たいところだけしかみていなかったくせに…

そんなんで一緒に居たって…うまく行くはずがない。


しかし、そんなアタシの様子を知ってか知らずか、親父殿は上機嫌だ。


「そこで、だ。アレクシア嬢の幸福を願うのなら、手綱を握る必要がある、という話だ」

「手綱を握る…」


そう、そう言えば、そんな話だった。

それはつまり…アレクの手綱を握れと、そういうことなのか?


「確かに、アレクシア嬢は自律の心が強いのだろうな。彼女がどのように育ったのかを俺は知らんが、貴族としての教育をしっかりと受けたことは間違いないと思う。その中で、相当苦い思いをしてきたということもな」

「苦い思い…?」

「そうだ。彼女は…家族の期待に応えようと懸命だったのかもしれん。優秀な姉の力になるために努力したからかもしれん。貴族家の一子としての器に収まろうとすれば、身の内の獣なぞ、邪魔なだけだ」


親父殿の言葉には、身に覚えがあった。

アタシは自分を律するなんて方向の発想はなかったけど…家族のために、と思う気持ちがあったのは本当だ。

そう思い込みすぎて、自分を追い詰めてしまっていた。

そのことを相談できないってのが、どんなに辛いことかも身に染みて分かっている。


「親父殿…アタシは、アレクのために何をしてやればいい…?」


気付けばアタシはそう聞いていた。

親父殿は頷いてくれた。

自分で考えろとは言わなかったし、呆れたりもしていない。

ただただ、ゆっくりと、落ち着いた口調で、アタシの疑問に答えてくれた。


「お前の傍では獣に戻っても良いのだと、アレクシア嬢に分からせることだ。そのためには、お前が彼女の身の内の獣を御せるのだということを、彼女自身に示す必要があろう」

「つまり、手綱を握る…」

「そう、そういうことだ」


アタシの言葉に、親父殿は満足げにそう言って頷く。


親父殿がくれた言葉は、湯気を掴むようなことではあった。

でも、何を言いたいかは十分に分かる。

そこから先は自分で考えるべきことだ。

それがアタシのためになるからだし、何より、アレクのためにアタシ自身が考えなきゃいけないことなんだと思えた。


それが、親父殿の二つ目の指示。

アレクの幸福のために、アタシはアレクの獣と…本来のアレクシア・ノーフォートと向き合うんだ。




♢   ♢   ♢




ソトスの子爵様のところを出発して一日と半分。

アタシ達はソトス子爵様の領地を出て、ファスター子爵領へと至っていた。

今日中にはバサラ領に入れるだろう。

そこで一日野営をして、明日の昼間にはゴルダ領にたどり着くはずだ。


天気は良い。

空は快晴だし、日も十分照っている。

けど、寒い。

特に風が冷たいんだ。

肌がキンキンとして、思わず外套の中で身を縮こまりたくなる。

これがノイマールの冬なんだな、と実感した。

もっとも、これからもっと寒くなるんだろうけど…


「なるほどね…」

「そのようなお話をされていたんですか」


馬にまたがりながら、「二つ目の指示」の話を聞かせたミーアとジーマがそれぞれにそんな感想を漏らす。

ちょっと…いや、かなり照れ臭かったけど…まぁ、聞いておいてほしかったっていうのが正直なところだ。

ソトス子爵様のところでは、伝令が入ったり準備があったりで忙しかったから、話が途中で終わっちゃってたしな。


「しかし、そのようなこと、自分が聞いてよろしかったので?」


そんなことを思っていたら、ジーマがアタシにそう聞いてきた。

アタシはそんなジーマに笑って返す。


「あんたは道連れだって言ったろう?これからは多少状況に沿わない命令を出すかもしれないけど、知っといてもらえれば納得してくれるかと思ったんだ。あ、他の連中には絶対に内緒だからな」


アタシの言葉を聞くなり、ジーマは馬上で礼を取る。


「ご信頼頂き、ありがたく」

「頼みにしてる、ジーマ」


アタシもジーマに礼を返しつつ、そう答える。

実際問題、アタシの意を汲んどいてもらった方が、あれこれと説明を省けるから楽だろう。

負担を掛けちゃうことにはなるかも知んないけど。

ちなみに、周囲には“夜鷹”が数人、警護目的ですぐ近くにいるけど、こいつらに関しては情報を外に漏らすようなことはないから問題ない。


「伯爵様のおっしゃったことは、なんとなく分かるかなぁ」


アタシ達の会話の合間を縫って、ミーアがそう声をあげた。


「どの部分が?」


アタシがそう聞いてみると、ミーアは宙を見据えつつ


「うーん、全部?確かにアレクって底が見えないっていうか…芯の部分が見えないところはあったと思う」


と言い、それからチラっとアタシを見やって


「ティアはティアで、アレクを守りたいっていうか、気を遣ってるっていうか、そういうところがあって、近いようでちょっと離れてるみたいなそんな感じがあったし」


と付け加えた。


彼女の言葉がチクっと胸に刺さる。

皮肉を言ったわけでも、非難がましく言ったわけでもないのは分かる。

でも、アタシにとってはちょっと痛い話だ。

まぁ、それはそれとして…


「…やっぱり、ミーアにもアレクって分かりづらかったのか?」


アタシはそう聞いてみる。

ミーアは、アタシ以上に人を良く見ている。

いや、見極めるように鍛えられてるんだ。

“夜鷹”として、必要だからな。


「うん、正直ね…もちろん、悪意を持ってる、って感じはないし、基本的に善人だとは思うよ。でも、本音っていうか、生の感情って言うか、そういうものをあんまり見せないよね」

「そうだよな。そういうところあるよな」

「じゃあ、南部四領でアレクにノーフォート領を奪回しなくて良いのかって聞いてたのも、それのせい?」

「あぁ、うん、そうだ。本音を引き出したかったんだけど、うまく行かなかったな…まぁ、もしかすると、本当にあんまり奪回したいとは思ってなかったのかもしれない」


アタシの言葉にミーアは頷く。

それから


「そう言う意味では、ソトス子爵様のところでムキになってティアに怒ったのも、良かった、と思うべきなのかもね。正直、ちょっとびっくりしたけど」


と肩を竦めた。

そう言えば子爵様のところでアタシが人質になるって言ったら、怒り出して食って掛かってきたアレクをミーアが宥めようとしてたっけ。

アタシは親父殿と話をしてたから驚かなかったけど、ミーアにしてみたらそうもいかなかったんだろう。


「だよな」

「でも…もし伯爵様が言った通りなら、あそこでアレクに『指揮官としての役目』なんかを理由にしたのは良くなかったんじゃない?」

「あぁ、それな…」


ミーアの言葉に、アタシは頷く。

確かにミーアの言った通りだ。

アレクは責任感や役割を守るって意識が強いから、感情を表に出さない。

アタシのあのときの返答は、せっかく出てきたアレクの感情を、またその役割で無理矢理に抑え込ませるようなことだったのは確かだろう。


「アタシも…あれが正解だったのかは、正直分からん」

「分からんって…」


アタシの言葉に、ミーアは渋い表情を浮かべる。

まぁ、そんな反応するのは当然かもしれない。

でもあの返答は、アタシなりに考えがあってのことではあるんだ。


「…ミーア、アレクの目的ってなんだと思う?」


アタシは、ミーアに聞いてみる。

抽象的な質問だったけど、ミーアは意図を汲み取ってくれたらしい。

一瞬何かを言い掛けたけど、スッと息を吸って何かを考え始めた。

そして、訝し気な様子で口を開く。


「例のことだよね、たぶん…出撃前に話してた…」


そう言いつつ、ミーアは微かにジーマに目を向ける。

ジーマはその辺りの話は知らないはずだし…アレクに無断で話して良い内容でもないからな。

そこは話題に出さないにしても、アタシもミーアと同意見だった。


「うん、それだ。アレクは、王に対して強い憎しみがある」


アタシの言葉にミーアは頷く。

ジーマも頷いたが、少し曖昧な様子だ。

でも何かを察してくれているのか、特に何も聞いてはこなかった。


「…アレクは、王を殺すつもりだ」


アタシは、そう言った。

自分でも気が付かなかったけど、かなり低い声になっていた。

ミーアとジーマは、僅かに表情を変えた。

ミーアは少し苦し気に、ジーマは…ちょっと訝し気に。


「…それに、何か問題が?」


先に口を開いたのはジーマの方だった。


「我々の目的は、ノイマール王政の打倒。王族を撃ち倒すのが、我々の任務のはずです」


そう、ジーマの言っていることは正しい。


「そうだ。王族の一切を族滅させるってところまで必要かどうかはこれから考えるけど、少なくとも現王は討たなきゃならない。でもな、それはあくまでも政治的で…戦争の中での話だ…けど、アレクのは違う」


そう、アタシは続ける。


「アレクが憎しみで王を殺そうとするんなら、それはもう戦争じゃない…私怨の人殺しだ」


戦争だって、人殺しには違いない。

自分で手を下さなくても、兵を動かして敵を殺すわけだしな。

アタシだって、緒戦で何人も手に掛けている。

自分の手がきれいなままだと言うつもりはない。


でも、アレクのやろうとしていることは違う。

親しかった人の仇を討つ、自分を傷付けたことへの報いを与える…それが、アレクの目的なんじゃないか。


「なるほど…『獣』、ですか」


ジーマが呟くようにそう言った。

その表情には、何か確信めいたものが見える。

アタシはジーマに頷いて返した。


「アレクの気持ちだって分かる。殺したいだろう、できるだけ無残に…痛めつけて」


アタシは、ヒルダナ男爵領でサラテニア軍に掲げられた隊員達の姿を思い返していた。

あれだって同じだ。

アタシはサラテニア軍を恨んだ。

でも結局は、アタシはただ後方の本陣にいただけだ。

敵を殺すこともなければ、兵の指揮すら執っていない。

あのとき、アレクがどれだけアタシのことを考えてくれてたのかは、想像する他にない。

ただ単に、無茶をしでかしそうなアタシの身を案じていただけかもしれない。

もしかしたら、今のアタシとおんなじことを考えたのかもしれない。


どういう意図があったかは分からないけど…一つ確かなのは、あそこで前に出て、怒りのままに敵を殺していたら、アタシは…大事なものを失っていただろう。

それが何かは分からないけど…たぶん、一度失ったら、二度と取り返すことのできない何かだって気がした。


「アタシは、そんなことをアレクにはしてほしくないんだ。アレクを…アレクシア・ノーフォートを、人殺しにはしたくない…」

「ティアの言っていることは、分かるよ…でも、それだって、結局はアレクの気持ちを押さえつけることになるんじゃないの?」


アタシの言葉に、今度はミーアが口を開いた。

そうかもしれない、って想いもある。

でも、そうじゃない、と思う部分もある。


「…そうかもしれないな。きっとアレクは怒ると思う。でも…それでいいんだと思う。アレクが感情を表に出して、アタシはそれを受け止める…アレクが自分の気持ちを自分の中で押し殺すよりよっぽどいい」


はぁ、とアタシは息を吐いて、空を仰いだ。


「…アタシは…アレクに、もっといろんな気持ちをぶつけて欲しいって思う。王への恨みつらみも憎しみだって同じだ。アタシはそれを受け止めるけど、王を殺すことなんて認めない。もしかしたらアレクはアタシを恨むかもしれない。ちょっと想像できないけど、子どもみたいに泣きながら駄々をこねて、『殺させてくれ』って言ってくるかもしれないな」


そう言って空笑いしてみると、ミーアが神妙な面持ちをアタシに向けた。


「アタシのことを恨もうが、駄々をこねようが、それも全部受け止める…できれば、正しい方向に気持ちを向けてやれると良いんだけど…アタシだって今も迷ってばっかりだ、そこまでできるかは分からない…でも―――」


脳裏に、アレクの姿が浮かんできた。

それは、アタシの知っているアレクじゃなかった。

気分屋で、我がままで、感情的で…どこか子どもみたいなところのある、そんなアレクシア・ノーフォートだ。


「その方が、ずっとずっとアレクらしいって、そう思うんだ」




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