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ハルミヒトセと願いの叶う薬  作者: 白梅つばめ
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エピローグ-2(完)

「ピアノ、聞きに来てくれて嬉しかったわ」


 願いの叶う薬の一件から1週間を経て先週末。合唱部は誰ひとり欠けることなく無事にチャリティーイベントで演奏をすることができた。


 クロエは勿論ヒトセに招待状を渡し誘ったがその際にはインにも声をかけた。


 招待状を嬉しそうに眺めるヒトセに背を向け、ペンを握る手に招待状をねじ込めば、短く

「ライリーくんは?」

とだけ言う。


「おばあさまの『テイルの草結び』が出張出店するのを手伝いに」

「ああ」


 そのときのクロエとインの思うところは1つだった。校外の賑わいの中をヒトセ1人で歩かせてはなるものか、と思っていたのである。


「ヒトセ、私も招待状をもらってしまった、一緒に行かないかい」


 そうインに誘われて目に見えて喜んだヒトセに複雑な気分になりつつも、そうしてクロエは心置きなくヒトセに演奏を見に来てもらうことができたのである。


「授業で魔法楽器について少しは習ったものだけれど、なんだか、クロエが弾いていたからかしら、ずっと特別なものに見えたわ」


 広いホールの中でクロエが大きなピアノを弾きはじめ、室内なのにも関わらずちらちらと雪が舞いはじめた様子はとても、とても幻想的だった。


 触っても決して冷たくなく、ぱ、ぱ、と消えてしまう雪は、ああ、魔法なのだと濡れない手のひらのかわりにじわりと感動を沁ませた。


 魔法楽器は楽譜を呪文の代わりにして魔法を扱う。ピアノを音楽のように鳴らすそのことだけで大変そうなのにさらに魔力を操っているのだと思うと不思議で素敵でヒトセは白い息の出ない雪景色に短くほう、と息をはいた。


 スポットライトを一身に浴びながら、その白くて細い指を踊らせるようにピアノを弾くクロエと、舞う雪と、クリスマス・ソング。ヒトセは夢見心地でうっとりとしながら胸を高鳴らせた。


「そう?他の演奏では随分はしゃいでいたじゃない」


 作業をするヒトセの背にクロエの少しむっとしたような声が刺さり、ヒトセは小さく笑う。


「あの雪景色の中大喜びで拍手していいのは赤ちゃんだけよ」

「それもそうね」


 クロエの演奏に続いた合唱部の歌は、声が揃っているだとか綺麗だとかそれも勿論あったのだろうけれど、ホールを包む歌声がオーロラのようにひらひらと降り注いではホールに吊られた飾りをキラキラとさせ、夢ならこんなにも美しくはない、という具合なほど圧巻の景色であった。余計な拍手なんてする隙はない。言葉もため息も全て飲み込むような魔法の景色だったのだから。


 それから、合唱部はそんなおごそかな空気を弾け飛ばすような賑やかなクリスマス・ソングを歌い上げ、盛大に場を盛り上げてから退場していった。


 その後も演奏や出し物は続き、ヒトセは大いに驚き、感動して、楽しみ、明日は手のひらが腫れているでしょうね、というほどはしゃいだ。帰り道、手のひらが痛むたび恥ずかしくなっては頭を振って悶えたものだけれど、ヒトセは横にいたインが時折自分の横顔を盗み見ては嬉しそうにするのがなんだか嬉しくって、ついつい余計にはしゃいで過ごしたのだ。


「私が覚えたのは貴女の弾いた曲だけよ」


 手を叩いて大喜びする機会がなかっただけで、クロエの弾いたそれらを口ずさめば雪景色やオーロラを思い出すほどに印象に残っているのだ。その後の演奏も出し物も素晴らしかったというのに、ヒトセの頭の中の中心ではどうしてもクロエが演奏している姿が思い浮かんでしまうものだから、ヒトセはすっかりクロエの弾いた曲ばかりを憶えてしまった。


「ヒトセったら、私を喜ばせるのが上手いのね」


 なによ、それ、なんてクスクスするヒトセを見つめながら、クロエは程まさに自分の弾いた曲をヒトセが口ずさむのを聞いたのを思い出して、勝手に吊る口角を手で覆って足を組み替えながらそれらを誤魔化した。


「まじない屋の本物のルイさん、今戻ってきているそうなの」


 今回の騒動におけるまじない屋は被害者とされ、偽物のルイ……ディエゴのことに関しても、オリビア、ルイ本人が公的には何の咎もないものだとしたため、まじない屋は何かの罪に問われることはなかった。だけれど、オリビアが子どもたちを危険に晒したのは確かだ、としばらくはお店を閉めているらしい。


「それで、よ。オリビアさんがお詫びと感謝の気持ちだ、とルイさんと偽物のルイさん……ディエゴさんが作ったお菓子を私達に送ってくれたの」

「あら……」


 ヒトセが思わず手を止めて振り向くと、考え事をしているような神妙な表情をしているクロエと目があった。


「大きなケーキを4つ。それと、きっと窯に入れれるだけ焼いたくらいのお菓子よ」


 大きな、と言いながらクロエの手が描いた円は本当に大きくって、その真剣な表情も相まってヒトセは思わず笑みをもらした。あの日オリビアの家の前にいた4人に1人1つずつ、ということだろう。しかしその1つは4人で食べても多そうだ。


「これ、研究会と私達で分けたいと思っているのだけれど」

「いいと思うわ、何よ、あんまり真剣な顔をするから何事かと思ったわ」

「ここからも真剣なのだけれど、聞いてくれる?」


 ちょうど作業を切り上げたヒトセはええ、と頷いて長椅子に座るクロエの前まで歩いて行くと、横に座った。


「コップス先輩が研究会の集まりに参加してくれるとは思えないから、ケーキの1つはコップス家の分としてライリーに託そうと思うの」

「お兄さんは甘いがお好きだそうだし、喜ぶでしょうね」

「ええ。その、それなら、私とヒトセも2人で1つのケーキ、でいいんじゃないかしら、と思って」

「そうね、そうすればお菓子とケーキ2つを研究会の皆さんに渡せるわね」


 クロエの先程の口ぶりからすればお菓子もかなりの量のようだ。そのわけ方であれば大きな不平等もなさそうでいい考えだわ、とヒトセは納得しながら頷いた。そのままクロエを見つめれば、さらりと落ちた髪を耳にかけながら、じ、とクロエもヒトセを見つめ返してくる。目線はそのままにクロエは隣のヒトセに囁くようにして言う。


「その1つのケーキ。私の部屋で一緒に、食べない?」


 クロエがヒトセの部屋に来たのは2度。例の惚れ薬入りのフルーツケーキを持ってきたときと、願いの叶う薬の手紙が届いたとき。逆にヒトセがクロエの部屋に行ったことはない。

少しドキドキはするけれど、寮の1人部屋は柱の位置などで多少の違いはあっても作りは殆ど一緒であるし、クロエ・ホワードの部屋にはお化けが出る、なんて噂もない。ヒトセはそんなに緊張して言い出すようなことかしら、と思いながら答えた。


「いいわよ。断ったりなんてすると思っていたなら私のこと、もっと注意深く見ているべきね」


 口ではそんな言い回しをしたものの、一緒にケーキを食べることを楽しそうに思いながらヒトセはすっかり表情を明るくしていた。


「さらに続きがあって」

「続きがあるのね」


 ちょっと喜ぶのが早かったみたい、とヒトセが言うとクロエは小さく笑う。そのうちに緊張していたクロエの頬は緩んでいつもの表情になっていった。


「そのあと、パジャマパーティーがしたいの」

「ふ、2人なのだけれど…?」


 ヒトセの中のパーティのイメージといえば大人数でわあわあ賑やかにするものであったので、パーティというには小規模ではないか?とヒトセは首を傾げた。


「2人でもパーティになるの」


 そんなヒトセの様子があまりに想像していた通りの反応だったものだから、クロエはにんまりとしてしまう。


「一緒に夜更かししていつもより沢山喋りたいの」


 そう言いながらそ、とクロエがヒトセの手をとれば、クロエの手の中でヒトセの手が小さく震えた。


「汚れるわ」

「あとで洗うからいいの」


 そう汚れていないように見える手をそろりと引っ込めようとしたのを柔らかく止めてやれば、作業をしていたからだろう少し冷たいヒトセの手は、もう逃げずにクロエの手の中でじっと落ち着いた。


「休暇前だからか休暇中の課題以外の課題は出なくなっているし、夜更かしくらい構わないわよ」


 クリスマスの後は新年が明けて暫くの間まで授業はない。けれど、授業がない分寂しくならないように、という先生方の真心なのか授業によってはかなりしっかりとした課題が出ている。

 授業のない期間は帰省する生徒も多いらしく、休暇中の課題のためにだろう、ここのところは図書館がいつもよりも随分賑わっていた。


「ドレスコードなのだけどね」

「ドレスコードがあるの?」

「あるの」


 パジャマパーティーとやらは想像よりも格式高いものらしいな、とヒトセは少し真剣な気持ちになってきた。参加をしたい気持ちはあるけれど、正直制服以外の服の持ち合わせは殆どないと言っていい。どんなものがドレスコードなのかしら、とヒトセは次のクロエの言葉を待った。


「私の用意したパジャマを着て欲しいの」

「待って、どれだけこのパジャマパーティーに力を入れているの?」

「かなり」


 まさか用意までされているとは思わなくって、ヒトセは笑う他なくなった。だけれど、そんなクロエのあまりの力の入れようを見ていたら、なんだかもう彼女の全部思ったままを叶えてあげたくなってきてしまう。


「いいわ、着るわ」


 ヒトセの言葉にクロエは花が咲いたようににこりと笑う。


「あとで届けるわ」

「ええ、そうしてちょうだい」


 ヒトセのその返事を聞くと手は繋いだまま、クロエがヒトセを引っ張るようにしながら立ち上がった。


「とても嬉しいわ。寮の部屋に友達を呼ぶの、ヒトセが初めてなの。ヒトセと私の部屋で夜更かしして遊ぶだなんて楽しみ」


 ヒトセが手を引かれたまま立ち上がれば、あとほんの少しで頬が擦れ合うほどの距離にクロエの満面の笑みがあった。


「手、洗いましょ」


 そのまま手を引かれていく冷えていたヒトセの手はすっかり暖かくなっていた。


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