08.好きな事…とは?
おねえしゃま~まってぇ~~~
もうっれおはほんとうによわむしねっ
だってぇ……
しょうがないわね。わたくしは、“おねえさま”だからいいけど、そんなよわむしじゃおんなのこにきらわれちゃうんだからっ
う……ぅえ~~~
ああもうっなかないの!
「仕方のない……弟なんだから…………」
朝。天井の装飾を見て、瞬きをしても涙は出ていなかった。
ただ胸元が涼しいような、違和感があるような、懐かしい感触がした。
これは……ああ、そうだ。
これは、子供の時の父親参観の時感じた、やるせない…………
『微かな寂しさ』だ。
顔を洗って気分を一新し、ジャージに着替えて外に出ると、門に守衛さん以外の人影が見えた。
「遅いんだけど?」
ムスッとした弟が門に凭れ掛かっている。
その顔が年齢以上に幼く見えて、夢で見た鼻たれ坊主が思い出されて笑いそうになった。
「待っててくれたんだ?」
「べ、別に! そういう訳じゃないけど!!」
お、これ漫画で読んだことあるぞ。
『ツンデレ』ってやつがよく言うセリフなんだよな?
なるほど、弟はツンデレだったのか。
「最近この辺で誘拐事件があったとかで、あんたみたいなのを誘拐するとは思えないけど、一応、念のために、気を付けてやってくれって、荒巻さんとかに言われたから仕方なくだよ!」
ちなみに荒巻さんとは、西園寺家の家の事を取り仕切っている人だ。要は家の中で一番偉い人だな。
俺の記憶には無いが、彩華も玲音も小さい時からお世話になっているせいで頭が上がらないらしい。荒巻さんを前にすると背筋が伸びるのは、彩華の記憶だと思う。
閑話休題。
立ち話をしていても仕方ないので、軽く走りながら話す事にする。
「誘拐事件ですか。物騒ですね」
元貧乏人の育人では、あまり縁が無かったが、今は金持ちのお嬢様だから身近な恐怖だ。
「あ~、誘拐かどうかは分かんないけど」
「ん? 誘拐じゃないんですか?」
分からないとは?
「ここ一週間で、近隣の名門私立高校の女生徒が立て続けに3人家に帰ってないってだけで、身代金請求とかは無いんだよ。だから家出の可能性もあるって」
「なるほど」
多感な年頃の子ともなると、家出の線もあり得るって事か。
でも名門私立の女生徒ともなると、勝手な想像だがキッチリしてそうと思ってしまうが、この辺は貧乏人の男の想像に過ぎないのか。ちょっと残念だ。
「本当はあんたなんかよりも、先輩のガードに付きたいのに……そうだ、これを口実に登下校を一緒にするって手も…………」
先輩とは多分ヒロインちゃんの事だろう。
わが弟ながら、恋に夢見る青少年って言うのは暴走しがちだな。
「玲音、登下校を一緒にしたいのは分かりますが、決してアポなしで突撃したり、待ち伏せしたりするんじゃないですよ?」
下手したらストーカー認定食らうぞ。
「わっ!わわわわ分かってるよそんな事!!」
やっぱり、しようとしてたなコイツ。「驚かせたくて」とか言って。
中庭で見た感じでは仲は良さそうだったけど、ヒロインちゃん、鹿乃ちゃんの事は皇紀も東里も狙ってるんだろう?
皇紀はよく分からないがとりあえず顔が良いし、同じ部活だ。
東里は男の俺から見ても面倒見が良いいい奴だし、同じ庶民同士鹿乃ちゃんとも仲良さそうだ。
この調子では、コイツは一歩どころか二歩三歩出遅れているんじゃないのか?
「仕方のない弟なんだから……」
彩華お姉ちゃんはため息を吐いちゃうよ。
「っ! それ……」
「え?」
急に玲音が立ち止まったので、俺も遅れて立ち止まって振り返る。
迷子の子供みたいな目をした弟が、俺を見ていた。
「? 何ですか」
問いかけると、一度口を開いて何か言いかけたが、結局閉じて走り出した。
「……何でもない」
「? おかしな子」
訳が分からないが、俺は首をかしげながらも玲音の後を追って走り出した。
◇◇◇
「さぁ、部活に行きましょう!瑠璃子さん、千里さん!」
授業が終わり、合流した千里ちゃんと瑠璃子ちゃんを元気いっぱいに誘うが、今日は瑠璃子ちゃんは家の用事があるらしい。
「申し訳ございません、彩華様」
「あ、ううん。家の用事大事ですものね。ごきげんよう」
「………ええ。ごきげんよう、彩華様」
瑠璃子ちゃんはそう言って綺麗に笑って、颯爽と下校していった。
帰りまで赤いリボンに一寸のよれも無かった。これがお嬢様クオリティなのか。
何はともあれ、今日は千里ちゃんと2人で馬術部で馬の世話をして基礎体力作りをした。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「お疲れ様です、千里さん。最初より体力が付いてきましたね」
膝に手を置き、うつむいて肩で息をする千里ちゃんは、本当に最初よりもかなり体力が付いた。
そして俺も!筋肉痛になる箇所も減ったし、日々の鍛錬の賜物である。
「はい、良かったらどうぞ。
アイスレモンティーです」
差し出すと、礼を言って受け取ってくれた。
調子に乗って、おやつも出してみる。
「ヨーグルトゼリーですが、食べます?」
これなら彩華でも食べれる、サッパリ系でトレーニング後の栄養補給にも最適のおやつである。
「あ……え……こ、これは彩華様が…………?」
「いえ、ほとんどうちのコックが作って、私はほとんど何もしてません」
「えっと……」
迷ってるようなので、待っている間に自分の分を食べる。
うん、サッパリしている中にも酸味とフルーツの甘みがあって、ツルンといた舌触りも美味しい。
もう1個いけるか……いや、俺は食えるが、彩華のリハビリ中のか弱い胃腸に無理させちゃいけない。瑠璃子ちゃんの分は玲音の食後に出してやろう。
「い、いただきます……」
なんて考えているうちに、千里ちゃんが決断したらしい。
おずおずと手を出し、小さなスプーンの、更にちょっぴりを掬って口に運んだ。
「あ……美味しい……」
思わずといった風に千里ちゃんが零したので、俺は勢い込んで返事をした。
「でしょう? うちのコックはとても腕が良いのです!」
コック長は彩華の為に拒食症についても調べて、栄養のある消化の良い美味しい物を作ってくれる。このヨーグルトゼリーもその一つだ。
リハビリ食とは思えない、角切りのフルーツ綺麗に乗せられ、ソースで彩られた,
お嬢様が持っていても違和感を感じない、女子力の高いスイーツとなっていた。
「あ、あの……先日のカップケーキは…………」
「ああ、あれならうちのメイド達に差し上げました」
「!」
「結構好評でしたのよ?」
笑って話すが、千里ちゃんの顔色は悪い。
体力がついてきたと思ったが、まだしんどかっただろうか?
「千里さん?顔色が……」
「だ、大丈夫です……っ」
慌てて手に持っていたタオルで顔を覆ってしまった千里ちゃん。
鼻水でも出たのかな?
ふと、千里ちゃんの持っているタオルに描かれた絵に目がいった。
カラフルな色合いで、可愛らしい鳥たちが合奏をしている刺繍だった。随分と手が込んでいる……高いんだろうなぁ。
「千里さんのタオル、とても可愛らしい刺繍ですね」
思わずそう感想を言ったら、千里ちゃんが勢いよく顔を上げた。
「…………っ」
と思ったらまたうつむいた。
しかし真っ赤な耳は見えている。
「こ……これ……………私が刺繍したんです…」
絞り出すような小さな声が、どうにか俺の耳に届いた。
「え!?」
この刺繍を!?
6羽もいる鳥が楽器を持っている細かい刺繍を!?
「す、すごい!!!」
「え……っ」
いやマジスゲーよ!プロかよ!!
俺も貧乏時代は繕い物くらいはしたけど、刺繍はさすがにやった事ないし、こんな細かいの出来る気もしない。
「すごいすごい!千里さんは、すごく器用なんですねぇ!」
もっとよく見たいと、タオルに近付いて俺は興奮して千里ちゃんを褒めたたえた。
うわ、この鳥ちゃんとバイオリンの弓を羽根で握ってるよ。どんだけ細かいんだ。
あ、そういえば千里ちゃんのカバンに小さいぬいぐるみのキーホルダーが付いてたな。
「もしかして、あのバッグのキーホルダーも手作りなんですか?」
顔を上げると、いつの間にかタオルから顔を出してたみたいで、真っ赤な顔が至近距離にあったので、そのまま問いかけると、目をうろうろさせた後、右下を見ながら小さく頷いた。
「へぇー! すごい! 千里さんは何でも作れるんですねぇ!」
「な、何でもは作れません……。
でも、手芸は……好きで……………」
なるほど、千里ちゃんは手芸好きの大人しめのお嬢様だったんだな。
あれ?でも
「この学校、手芸部ありましたよね?
入らないんですか?」
生徒手帳で確認したのではあったはず。
「部活は……一般の生徒もいますし……部活に入らなくても、手芸は一人でするものですし…………」
「え? 部活は同じものを好きな人で集まって、楽しくするものじゃないんですか?」
「え……?」
学校の部活って、その為にあるんじゃないのか?
俺も生前は部活で大会とかにも出たけど、一番は仲間とバカやりまくった思い出が思い出される。
そもそも好きな事を部活でするんだから、同じものを好きな人しか周りにいない訳で、そんなもん楽しくない訳がない。
「そ……そんな事考えた事無かったです……」
呆然と呟く千里ちゃんに、俺はニッコリ笑った。
「そうなんですか。じゃあこれから考えたら良いんじゃないですか?」
まだ二年生なんだから、これから部活に入っても別段問題はないだろう。
千里ちゃんが手芸部に入るとしたら、馬術部のお手伝いには来れなくなっちゃうけど、何をするにも体力があるに越した事は無いから、体力作りにはたまに誘おう。
その日の夕食は、玲音のデザートには余ったヨーグルトゼリーが出て、玲音は美味しそうに食べた。
そして三日後、千里ちゃんは手芸部に入部した。
城森千里
2年C組
彩華の取り巻きの一人。派手な外見だが、周りに合わせているだけで気が弱く流されやすい性格。
趣味は手芸。