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魔導戦記 蒼穹のヴァルギア -Valgia of the Azure-  作者: たーびゅらんす
第一部 帝国編

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第一章 白き空の檻

本作はエブリスタ・カクヨムにも掲載しています。

制作過程でAIを補助的に活用していますが、物語の設定・構成・展開・最終的な本文調整は作者自身が行っています。

最初に感じたのは、熱だった。


 肌の内側を、見えない炎が這っているような熱。喉は焼けつくほど渇いていて、胸の奥では心臓とは別の鼓動が脈打っていた。


どくん、どくん、と、不規則に。血の流れではない。

もっと異質な、何か別の力が体の中を巡っている。


 エレナは重いまぶたを押し上げた。


 天井は白かった。無機質な白。清潔というより、最初から感情の入り込む余地を削ぎ落としたような、冷たい白だ。

鼻に刺さる薬品の匂いと、耳の奥で小さく鳴り続ける機械音。細い管が腕から伸び、寝台脇の透明な瓶に繋がっている。

瓶の底には、淡い青白い液体がわずかに残っていた。


 その色を見た瞬間、喉の奥がひきつった。


 思い出せない。けれど、これは自分の中に入れられたものだと、理屈ではなく理解した。


「覚醒を確認。瞳孔反応、安定。魔力循環、臨界値を突破後に固定」


 声が聞こえた。


 白衣を着た男が二人、寝台の脇に立っていた。どちらも表情が薄い。

患者の目覚めを確認した医師の顔ではない。

道具の作動試験が成功したことを確かめる技師の顔だった。


「……ここ、は」


 掠れた声が、自分のものとは思えないほど弱々しく響く。


 男のひとりが手元の記録板を見下ろしたまま答えた。


「アルヴェルン帝国、中央魔導兵器開発局医療棟だ。君はセラフィン投与に適応した」


 適応。


 その言葉の意味を、エレナはすぐには理解できなかった。

ただ、男の口ぶりに喜びも安堵も含まれていないことだけは分かった。


「成功率は想定を下回っていたが、今回は当たりを引いたらしい」


 もうひとりが言った。


 当たり。


 まるでくじ引きだ、とエレナは思った。けれど、笑えるはずもなかった。

喉の渇きはますますひどくなり、胸の奥の異様な脈動が強くなる。

空気を吸うたびに、何かが肺の奥から血へ溶け込み、そのまま全身へ広がっていくようだった。


「水を」


 男は無言でコップを差し出した。手を伸ばそうとしたエレナは、自分の腕が小さく震えているのに気づいた。

熱のせいだけではない。指先の奥にまで、細かな光の粒のようなものが満ちている感覚があった。


 水を飲み干すと、少しだけ呼吸が楽になる。


「説明を行う」


 男は一歩前へ出た。


「君は本日付で、アルヴェルン帝国戦術魔導兵連隊所属の戦略兵器個体となる。空中マナ吸収、魔力障壁展開、飛行機動、高密度砲撃、いずれも適性が確認された。近く基礎訓練後、実戦配備される」


 エレナはしばらく何も言えなかった。


 言葉の一つ一つは理解できる。だが、それが自分のこととして結びつかない。

戦略兵器個体。実戦配備。まるで人の人生に向ける言葉ではなかった。


「わたしは……」


 口を開いて、次の言葉が出なかった。


 わたしは何だ。患者か。兵士か。囚人か。実験体か。


 男は淡々と続けた。


「管理番号は第三十七号。以後、各種検査・点呼・配備命令においてはその番号を使用する」


 第三十七号。


 自分の名前ではない番号が、自分のものとして置かれた瞬間、胸の奥にざらりとした不快感が走った。


「……名前があります」


 気づけば、口にしていた。


 男たちは顔を見合わせもしなかった。初めから聞く価値のない言葉として扱われたのだと分かった。


「識別上、名前は不要だ」


 短い返答だった。


 エレナは何も言えなくなった。


喉の奥に、怒りとも悲しみともつかないものが引っかかる。けれど、まだそれをうまく形にできない。


「起立可能なら移動する。戦闘服の調整と初期測定を行う」


 その言葉で、寝台の脇に掛けられていた黒い布が目に入った。


 服だった。


 いや、服と呼ぶにはあまりにも心許ない。

胸元、肩、腹部、太腿。防御のために隠すよりも、何か別の都合で露出を前提に作られている形状。

装飾性ではなく、機能性でそうなっているのがかえって不気味だった。


「こんな……」


 思わず言葉が漏れる。


「空中マナ吸収効率の最適化のためだ」


 男はまるで、工具の形状説明でもするように言った。


「皮膚表面の露出率を一定以上確保した方が、出力維持に有利になる」


 エレナは服を見つめたまま、指先に力を込めた。羞恥が遅れてやってくる。

けれどそれ以上に強かったのは、自分の身体が自分のものでなくなっていく感覚だった。


 どこまで奪えば気が済むのだろう。この人たちは。


 立ち上がろうとすると、膝がわずかに揺れた。だが倒れはしなかった。

足裏が床に触れた瞬間、冷たさと同時に、床の下を走るわずかな魔力の流れまで感じ取れてしまう。

世界が近すぎる。空気が重い。いや、重いのではなく、濃いのだ。見えない何かが満ちすぎている。


「慣れる。適応個体は皆そうだ」


 男の声に、別の声が重なった。


「皆、って言うほど、残ってるのかしら」


 低く、よく通る女の声だった。


 入り口に、一人の少女が立っていた。


 エレナより二つか三つ上だろうか。銀灰色の髪を後ろで束ね、帝国の黒い外套を肩にかけている。

顔立ちは整っているのに、どこか冷えた印象があった。

怒っているわけでも笑っているわけでもない、静かすぎる目。

けれど研究員たちのような無関心ではない。相手を“対象”ではなく“相手”として見ようとする視線だった。


 外套の肩口には、帝国軍章。その下に、銀糸で小さく縫い込まれた文字が見えた。


 第十二号。


 その数字を見た瞬間、エレナは先ほど自分に与えられた番号を思い出した。

第三十七号。名前ではなく、番号。目の前の少女もまた、同じように管理されているのだと理解する。


 白衣の男が記録板へ目を落としたまま言う。


「第一中隊所属、第十二号個体。新規適応個体の引き取りを」


 その呼び方に、少女はほんのわずかに眉を動かした。

嫌悪とまではいかない、ごく小さな不快。見落としそうになるほど一瞬のものだった。


 少女は研究員たちにはほとんど目も向けず、エレナの前まで歩いてきた。それから、一拍置いて口を開く。


「アルヴェルン帝国戦術魔導兵連隊、第一中隊所属。リゼット・クローネ少尉」


 そこでほんの少しだけ口調が硬くなる。


「……それが、わたしの名前」


 その言葉は研究員に向けた小さな反発にも聞こえたし、エレナに向けた名乗りにも聞こえた。


「立てる?」


「……たぶん」


「なら来て。ここは、長くいる場所じゃない」


 それはたぶん、この部屋に対してだけの言葉ではなかった。


 エレナは戦闘服を抱え、ぎこちなく歩き出した。リゼットに続いて廊下へ出ると、医療棟の冷えた空気の向こうから、思いがけず少女たちの声が聞こえてきた。


「だからあれ絶対おかしいって! なんであんなに肩のとこ開いてるの! 寒いし落ち着かないし!」


 真っ先に飛び込んできたのは、弾けるような明るい声だった。


 少し先の待機区画で、小柄な少女が椅子の背にもたれながら大げさに両手を広げている。

柔らかい茶色の髪が肩口で跳ね、表情はくるくる変わる。年相応の、明るさそのものみたいな顔だ。


 彼女が身じろぎした拍子に、外套の肩口がずれた。


 帝国軍章の下に、小さく縫い込まれた番号が見える。


 第十七号。


 それが彼女の識別番号なのだと、エレナはすぐに分かった。


「うるさい、ミリア。今さら騒いでも形は変わらない」


 低く返したのは、壁際に立つ長身の少女だった。鋭い目つきで腕を組んでいる。突き放したような言い方なのに、その手元には整備中らしい外套が二着あって、片方はさっきの小柄な少女のものらしかった。


 第十七号。


 ミリア。


 二つの呼び名が、エレナの中でぎこちなく重なった。


 壁際の少女の肩口にも、同じ位置に番号があった。


 第十八号。


 鋭い目つきと荒い口調。少年のようにも聞こえる低めの声。けれど、よく見ればその顔立ちは間違いなく少女のものだった。短めに整えられた髪が頬にかかり、その視線だけが刃のように鋭い。


 彼女はノエルと呼ばれていた。


 第十八号。

 ノエル。


 エレナは、番号よりも先に、その名前を覚えようと思った。


「ノエルは慣れすぎなんだよー。あんなの恥ずかしくないの?」


「恥ずかしいに決まってるだろ。だから騒いでも無駄だって言ってんだ」


 言葉のわりに、ノエルの耳がわずかに赤い。


 そのやり取りの横で、金に近い明るめの茶髪を肩のあたりで揺らした少女が、困ったように微笑んでいた。穏やかな声で場をなだめる。


「ミリア、声が大きいわ。廊下まで聞こえてる」


「だってセリナだって思うでしょ? こんなの、もうちょっとどうにかならなかったのかなって」


「……それは、そうだけど」


 柔らかく笑った少女――セリナも、そこで少しだけ言葉を濁した。否定しないあたり、本心では同じことを思っているのだろう。


 セリナ。


 ミリアがそう呼んだことで、エレナはようやくその名前を知った。


 彼女の肩口にも、やはり番号があった。


 第二十号。


 穏やかな声と、困ったような微笑み。そこに刻まれた冷たい数字の響きが、どうしても結びつかなかった。


 一方、少し離れた位置には、背筋をきちんと伸ばした金髪の少女がいた。整った姿勢、乱れのない服装、無駄のない目線。

年齢はエレナとそう変わらないはずなのに、そこだけ空気が張り詰めているように見えた。


 彼女の肩口に縫い込まれていたのは、第二十一号。


「待機中の私語は慎むべきよ。特に服装についての不満を廊下まで響かせるのは感心しないわ」


 声は硬いが、怒鳴るでも責め立てるでもない。規律として言っているのが分かる。


「また始まった、クラリスの規律講座」


 ミリアが頬をふくらませる。


「規律は必要よ」


「はいはい」


 クラリス。


 第二十一号。


 名前と番号が、またひとつ増える。


 けれどそのやり取りには、言い争いというより慣れた日常の温度があった。


 さらに奥から、ぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。


「新しい子!?」


 顔を出したのは、年下らしい黒髪の少女だった。大きな瞳を輝かせ、好奇心を隠そうともしない。黒い髪は肩口で軽く揺れ、まだ戦場の匂いよりも、年相応の無邪気さの方が強く残っているように見えた。


「ほんとだ、かわいい……あ、えっと、あたしフィオナ! あなた何番――」


 そこでセリナが小さく「フィオナ」とたしなめる。


 少女ははっとして口をつぐんだ。


 彼女の肩口には、第十九号。


 けれど、フィオナはその番号を口にする代わりに、少し気まずそうに笑った。


「……名前、聞いてもいい?」


 その問いに、エレナは一瞬だけ答えを失いかけた。


 番号ではなく、名前を聞かれたことが、思っていた以上に胸に刺さったからだ。


「……エレナ」


 そう名乗ると、フィオナはぱっと表情を明るくした。


「エレナ! よろしくね!」


 その無邪気さに、エレナは少しだけ目を見張った。


 こんな場所なのに。こんな格好をさせられて、兵器として扱われているのに。どうしてこの子たちは、こんな普通の少女みたいに笑えるのだろう。


 あるいは、普通の少女だからこそ、こんなにも痛々しいのかもしれなかった。


「そのうち嫌でも全員覚える」


 リゼットが足を止めずに言った。


「そういうものですか」


「そういうもの。空を飛ぶ檻の鳥たちだもの」


 淡々とした口調だった。冗談にも皮肉にも聞こえたが、たぶんどちらでもあった。


 エレナはもう一度だけ、待機区画の方を振り返った。


 第十七号。

 第十八号。

 第十九号。

 第二十号。

 第二十一号。


 帝国が縫い込んだ数字は、確かにそこにあった。


 けれど、エレナの耳に残っていたのは数字ではなかった。


 ミリア。

 ノエル。

 フィオナ。

 セリナ。

 クラリス。


 それぞれの声と表情が、名前と一緒に胸の奥へ沈んでいく。


 やがて医療棟の端にある小さなバルコニーへ出た。金網はない。けれど自由を感じさせるような開放感もなかった。


 外の空は広いはずなのに、エレナには奇妙に低く見えた。


 灰色の雲が重く垂れ込め、その下を帝国の魔導飛行機が二機、無音に近い振動だけを残して横切っていく。遠くには高い塔と、白い大建築群。その中心に、他の建物よりも異様に冷たい白を放つ建物が見えた。


「あれが……?」


「見なくていい」


 リゼットが短く言った。


 けれどエレナは、目を逸らせなかった。


「あそこ、何ですか」


 少しの沈黙のあと、リゼットは空を見上げたまま答えた。


「帝国の心臓。あるいは、墓場」


 その意味を、エレナはまだ知らない。


 ただ、広いはずの空を見上げながら、どうしようもなく息苦しくなった。


 飛べるようになったはずなのに。


 どこまでも行ける力を与えられたはずなのに。


 目の前に広がる空は、自由ではなかった。


 巨大な檻の天井みたいに、ただ高く、冷たく、そこにあるだけだった。

本作はエブリスタ・カクヨムにも掲載しています。

現在はエブリスタ版が最も先行して進行しています。


制作過程ではAIを補助的に活用しています。

ただし、物語の核となる世界観・キャラクター設定・展開・構成・採否判断は作者自身が行っています。


AIで出力された文章をそのまま投稿するのではなく、必要に応じて加筆・修正・調整を行い、作者の作品として公開しています。

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