3 空想と現実の交差/オルシア
朝食を終えると、ディーンは仕事へ出かけていった。
『いってらっしゃいませ』って言ったら
『うむ』だって。
……無視されなかった!
ちょっと嬉しい。
──さて、思い返すのは、今朝のこと。
私は湖畔の小さな神殿に連れていかれた。
この国での初めてのお祈り。
次に湖に行くと、小舟に乗った。
ここで悪役のレティー登場。
ストレートな黒髪でちょっと気が強そうな美人。
彼女は神殿の手伝いをしており、司祭様の信頼も厚い。
『私がご案内しますわ』
『宜しくお願いします』
慣れた手つきで、彼女が櫂を漕いでくれた。
湖に浮かぶ小島に着くと、古い祠があった。
そこで水龍様へ祈りを捧げたら――今日の儀式はおしまい。
ここからイベントが始まった。
帰りの小舟の中──足元に何かが動いた。
『きゃっ! 毒蜘蛛!』
レティーが叫んだ。
分かっていたのに、私は無意識に立ち上がっていた。その拍子に、突き飛ばされて水の中にドボーン。
恐るべき物語の強制力、避けられなかった……。
近くの漁師に助けられたけど、死ぬかと思った。
いや、自分の空想のせいって分かってる。
でも、これは危険過ぎた。
──レティー。
《治癒》という霊力があるのに、あえて神殿には入らなかった伯爵令嬢。
シビルになるかは親次第。
没落貴族だった私の親は、私を売って縁を切った。
神殿は子どもの霊力を育てて、国や貴族に嫁がせ、寄付を取る。
……まるで人身売買。
ちなみに私の力は、物を浮かせること。
神殿では「ごみスキル」って笑われた。
霊力が高くても役に立たないってことで、寄付額の低いこの国に嫁がされた。
つまり私もディーンも、ちょっと不遇同士ってわけ。
でも、私にはもう一つ《亜空間収納》という、隠しスキルがある。
これは、絶対に秘密にするって決めてるの。
だってね、知られたら兵士団の遠征時、荷物係にされちゃうから。
魔物は怖いし、いっぱい歩くの嫌。野宿も嫌。
だから封印して、使ったことない。
それにしても――
満腹。幸せ!
食べ過ぎた分を消費しようと、森林を散歩しようとしたら、なぜかミル君もついてきた。
「オルシアお姉様と仲良くなりたいです」
……やだ、可愛い。
九歳の彼は養子。
二年前にモンスター討伐で両親を亡くした。
私を見上げて、にこっと笑う。
……いい子!
さて。
第一章では、私を否定する噂が飛び交う。
<──ディーンにはレティーの方がお似合い>
おまけに私は大勢から “いらないシビル扱い”される。
言い出すのは、ケイト。
私が空想した話だもの、ここでは現実になるはずよ。
「シアお姉様、質問していいですか?」
急にミル君が聞いてきた。
「いいわよ」
「ディーン兄さんのこと好きですか?」
……うーん。
「素敵な方だし、嫌いではないです」
好きでもないけど。
だって彼には、愛する人がいる。
第一王女シャーロッテ殿下――騎士団長様。
「そうなんですか……」
ミル君はそれきり黙ってしまった。
あ、まずかった?
「結婚したからには、妻として努力はします」
……子ども相手に何言ってるの、私。
恥ずかしい。
三十分ほど歩いて帰るとミル君は、待っていたケイトのもとへ走っていった。
ケイト。
なんだかコソコソしてて怪しい。
……この家の人たち、時々挙動不審。
ディーンも空想の中と、なんか違うし。
まあ当然か。
生きてる人達なんだから、全てが物語通りにはいかないよね。
散歩のあと、メイドのナンシーに毛糸と編み棒を用意してもらった。
冬に向けて、ディーンにマフラーを編んであげるの。
でも。
渡したら、
「余計な事するな!」って怒鳴られて、
そのままゴミ箱行き。
……うん、未来見えてる。
傷つく私までセットで。
コンコン……
ん? ノック?
「お食事をお持ちしました!」
おお、サンドイッチ!
しかもホットミルク付き!
……優しい世界だ。
ナンシーは編みかけのマフラーを見て、にっこり。
「冬は、ここも冷えますから。若旦那様はお喜びになるでしょう」
「それだと嬉しいのですが」
――いやいや、捨てられるんよ。
「ところでここは雪は降るのですか?」
「めったに降らないですよ」
「よかった。寒いの苦手なの」
本神殿の冬は、雪の中を炊き出しして、何度も水を汲んで。
炊事、掃除に洗濯、毎日くたくた。
布団もペラペラで、夜は震えながら寝る。
……再確認。
ここ、天国!
そういえば、もうすぐ国王陛下へのご挨拶の日だ。
謁見用のドレスもちゃんと用意されてる。
……私、トランク一つで、無一文のまま嫁いできたんだよね。
なんだか、ちょっと申し訳ないな。
読んでいただいて、ありがとうございました。




