2 厄介なシビル/ディーン
夜の寄宿舎の食堂。
俺は今日、挙式だった。でも行かなかった。
全く冗談じゃない。
勝手に押し付けられた婚姻だ。
神殿は各国に<シビル>を送り込み、多額の寄付を巻き上げる。
王家に王子がいないせいで、役目が俺に回ってきた。
こんな結婚、認めるものか。
国を守る?
そんなもの、騎士団の仕事だろう。
──祈りで守れるなら、俺たちは要らない。
それに、妹のケイトと幼なじみのレティーからも聞いている。
『<シビル>達の噂は最悪よ!』
『ええ、澄ました顔で一般人を見下す。高慢な人種ですって』
シビルなんて、さっさと離縁して追い返してやる。
食事を終えた頃、門番がやってきた。
「宰相様からご伝達です」
受け取ったメモには――
<妙なシビルが嫁いできた。早く戻れ! これは命令だ>
さらに母まで。
<怖いわ。早く戻ってちょうだい>
「チッ……」
仕方なく屋敷へ向かう。
帰宅すると、家族四人が揃って待っていた。
「妙なシビルって――」
「シーーーー!!」
全員に止められる。
「とにかく会え。分かるから」
「兄さん、怒らせちゃダメよ。呪われるかも」
「お前は式をすっぽかしたんだから、まず謝罪するんだ!」
意味が分からないまま、俺は追い立てられるように部屋へ向かった。
扉を開けると――
そこにいたのは、可憐な少女だった。
金色の髪に、ガーネットの瞳。
思わず見入った、その瞬間。
(え? なんで来たの? 話が違う)
俺の頭の中に、声が響いた。
何だこれは?
狼狽える俺に向かって、少女は澄ました顔で挨拶した。
「オルシアと申します、旦那様、どうぞよろしくお願いいたします」
(日焼けした肌に、青みを帯びた銀髪、青い目、高身長の細マッチョ、見た目は完璧!)
(でも性格に難あり。俺様気質で冷血、不愛想)
「……おい……」
(おかしいな、一か月は帰って来ないはずなのに)
(でも、私のこと睨んでる、怖い~!)
(「お前を愛することはない!」でしょ? 早く言いなさいよ)
「オルシア?」
「はい」
(冷血ソードマスターのディーン様、全部わかってるんだから!)
――これは。
彼女の心の声なのか?
「その、今日は式に出なくて申し訳ない」
「いえ」
(セリフを間違えてる! 「妻とは認めない!」でしょう!)
「……今日はゆっくり休むといい」
それだけ言って、俺は部屋を出た。
扉を閉める直前、
(ええっ? なんでぇー!)
……それはこっちの台詞だ。
廊下に出ると、声は聞こえなくなった。
階下では家族が待っている。
「どうだ? 聞こえたか?」
「ああ。心の声が、はっきりと」
そう答えると、妹は顔を覆った。
「無理……私なら恥ずかしくて生きていけないわ」
──だよな。
全員が頷いた。
どうやら、不思議な声は家族にしか聞こえないらしい。
――結論は一つ。
この事実は、オルシアには絶対に知られないようにする。
そう決まった。
***
翌朝。
焼き立てのパンが並ぶ食卓。
俺の隣の席にはオルシアがいた。
朝の祈りは無事終わったようだ。
彼女はツンと澄ました顔で座っていた。
――だが。
(美味しそう! うわぁ、スクランブルエッグ……泣きそう!)
内心は大はしゃぎだ。
妙に可愛くて、思わず笑いそうになる。
いや、待て。
心の声をわざと聞かせて、俺を洗脳するつもりでは?
そう疑ったが――
(お昼の軽食は何かなー、楽しみ!)
……食べることしか考えていない。
拍子抜けした、その時だった。
(レティ―、設定どおりやってくれたわね。怖かった、溺れて死ぬかと思った)
(次、また湖に突き落とされたら、湖底に沈むのよね)
「湖に落ちたのか!」
思わず口に出していた。
「はい、うっかりして……」
「可哀そうに、びしょ濡れで帰って来たのよ」
母は顔を顰めてそう言った。
(レティーは『ぶつかった』なんて、謝罪したけどね)
「気を付けるんだ。湖は深い」
「今後は気を付けます」
(あれ? ディーンったら優しい)
(おかしいな……どうなってるの?)
おかしいのはお前だろう。
第一レティーがそんな真似をするはずがない。
そう思った矢先――
(ま、『レティーがやった』と訴えても誰も信じないし)
(仕方ないわね。ディーンは目が節穴だから)
「なっ、お前!」
「はい?」
「ディーン! 妻に「お前」なんて呼び方はよくないわ」
「失敬した……」
(お母さま優しいわ。両親は割と公平なのよね。問題は義妹)
「ぶはっ!」
ケイトが水を吹き出した。
(ケイトは親友のレティーに利用されて、私を貶める駒にされる)
(単純な人だから、仕方ないけど)
「あ……貴方ね!」
「へ?」
オルシアはキョトンとしている。
「もう!」
ケイトも、オルシアの心の声が洩れているとは言えない。
……頭が痛い。
この厄介なシビルを、どう扱えばいい。
読んでいただいて、ありがとうございました。




