東方鋼魔伝 ストーリー011
ダム湖に身を投じた主人公、山田驍と女性軍人、小此木真凜。山田驍は意識を失い、その魂は過去と現在、元いた世界とこの世界を行き来する。
ストーリー011
六號手記 人魚姫と自分
~海の底~
ダム湖に落ちてまもなく、自分は意識を失ったようだ。薄れゆく記憶の中で、自分は人魚姫に抱かれて水中を浮遊していた。ダム湖の湖面を通して上弦の月がゆらゆら見えていた。雪解け水を含んだ湖水は身を切る冷たさのはずなのに、なぜか自分は冷たさ、寒さを感じなかった。 そう、泳ぐというよりも水の中を浮遊する感覚だった。
暖かい海の底、眩い緑の海藻からなる草原、色とりどりに舞い踊る魚たち。
自分は既に夢の中にいるのかもしれない。
・・・・・・・
そのまどろみから覚めて、なぜか職場の自分の机にいる。あの馬鹿々々しいコロナ時代以降、在宅ワークも増えたが、ここでしかできない作業に没頭することもある。ただ、今はその集中が途切れて卓上を眺めていた。そこにはゲームのキャラクターのポップイラストがあった。可愛らしくデフォルメされているが、元のキャラクターイラストは正統派彼女な美少女キャラクターだったはずだ。水色とも見えるシルバーヘアー、貝殻のデザインの服装などから、さながら人魚姫のようなビジュアルだ。名前はアクア。見た目年齢20歳、実年齢200歳。その正体は強力な海竜という設定だ。
自分が担当しているアーティファクツ・エンド・ドラゴニア(略称A・E・D)というゲームの看板ヒロイン的なキャラクターだ。天の作りしもの(アーティファクト)がドラゴンたちの楽園を終わらせる(変えていく)、という意味の題名だ。アーティファクトによる滅びの運命に抗う竜族たちとアーティファクトを使用して竜族を脅かす他種族。異色のストーリーをベースにしたシュミレーションゲームだ。
拠点攻略ともタワーディフェンス型ともいえるオンライン対戦も見ものだ。プレーヤーはキャラを育成し、そのキャラを組み合わせて拠点に配置したり、遠征させて自動戦闘をさせる。分かりやすく言うとそんな作りのゲームだ。
育成にはストーリー要素もふんだんに組み入れて好評だが、戦闘に関しては運頼みの部分もある。「運ゲー」と言われて、批判されてもいる。だが逆に言えば、弱いものが逆転勝利できる。そこにこそ醍醐味があると自分は思う。無課金者でも、運良ければ課金者に勝つことが出来る。強力な、ランクの高いキャラクターをより多く持っていることが勝利への近道であるのは間違いない。でも、「結局課金が全てか!」と諦めて欲しくはない。うちのゲームは番狂わせが十分期待できるのだ。課金額が自身のデッキの強さに比例する、どこぞの国のプラットホームを土台にしたゲーム。彼らのゲームはどこまでも課金を誘発して、どこまでも金を吸い取る。もちろんボランティアでやっている訳ではないが、うちはそんなに阿漕ではない。
さて、強力な水属性、重力属性の固有技や魔法で、攻撃も防御も優秀なアクアは有望株で、見た目にも人気が高い。自分だって推しているキャラのひとりだ。いや、見た目が人気だから自然と優秀なステータスを付与されるのか。それをイベントを立ち上げて、基本的には無課金で配布しようと考えていた。
あぁ、少し熱く語り過ぎたかもしれない。でも、このゲームに携わって、形にして、思う。
なんにせよ、アクアのような素敵な彼女とともに美しくて、みずみずしい活気にあふれた世界を生き抜いていく。そこに残酷な運命も見え隠れしつつ、甘酸っぱい恋愛も、絆もある。それこそは自分自身が夢見ている世界なのかもしれない。だが、近年シュミレーション要素を含んだゲームというものは他のジャンルに比べて厳しい。それでもしぶとくジャンル押しをして行きたいと思っている。この業界にかじりつく自分自身の姿にも似ているではないかと思うことがある。
才能のない自分がどうしてしぶとくこの業界に身を置いているのだろうか?
それには理由があった。学校に行かなくなり、家にこもった時期が自分にはあった。ひとたびは真っ暗な気持ちで自分の部屋に閉じこもった。でもそこは真っ暗闇ではなかった。ゲームのプレイ画面を入っていけば、そこには無数の世界が、宇宙があった。数々の物語が、ドラマが、趣向を凝らされたシステムが、音と光のファンタジアが、新たな世界へ連れてゆく。何年か過ぎたころ、自分はやはりこの不思議な力を持った世界の、作り手の一人になりたいと願った。
心のどこかに、高校2年の夏の、あの出来事が古傷となって残ってはいたが、その思いが実現に向かうにつれ、少しずつ自分が自分らしさを取り戻している気がした。
あの夏?そう、高校2年の夏に思い出したくない事件があったはずだった。いや、本当に思い出したくない出来事なのだから。忘れよう。記憶の海の底に沈めてしまおう。せっかく、人魚姫と、いや海竜だったか?素敵な彼女と海の底を浮遊したのだから。そんな思い出なんか、今更・・・。人魚姫。人魚姫はどこに?またしても海の底に戻っている。
美しい海の底と思っていた場所の風景が一変する。暗い、灰色の水の中だ。
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~タマヒメとは~
灰色に濁った冷たい水の中で、もがいている女性がいる。今回も助けることが出来ずに?今回?では前回助けられなかったのは、一体誰だ?頭の中が渦を巻いたようにぐるぐるする。と、女性は少しずつ濁った水の渦に飲み込まれていく、水色とも見えるシルバーヘアー。アクア?真凜?手を伸ばすが、届かない。どんどん離れていく。
だめだ、自分も溺れる。苦しい、ごぼごぼ。畜生。力が入らない。
「真凜さん!」
「はい!」
至近距離からの返事にびっくりして、目が覚める。
自分の左手を両手で包むようにして、すぐわきに正座している彼女を見た。深呼吸する。高揚感と安堵感を同時に与えてくれる、そんな甘い香りが自分を包む。手の感覚、彼女の香り、聞こえる息遣い。それでやっと現実に戻ってきたことが全身に感じられる。
自分だけでなく彼女も無事だった。無事だったんだ!!こみ上げる思い。目尻に一筋の涙がこぼれた。
「よかった。夢を見ていたんです。海の中を泳いでいると思ったら、自分のいた
世界に戻ってみたり。それで、最後はまた水の中で、真凜さんが渦に飲み込まれる夢を。」
自分の手を包む両手に少し力を入れて彼女は言った。
「大丈夫です。タケル君が力をくれたから、二人ともこうして無事にいます。」
その言葉を聞いて、なんだか、より切なくなって鼻をすすりながら泣いている。
「やめてよ。」
向こうももらい泣きをしている様子だ。二人はしばらくそうしていた。
「ごめんね。もう落ち着いたから。大丈夫だから。」
自分は大きく息を吐いて、やっと泣き止んだ。真凜さんは無言で頷いた。
でもここは一体どこだろう?不思議に思って周囲を見た。岩の天井。自分も乾いた砂利や土の混じった床(?)広げられた毛布の上に横になっている。入口はすぐそこに見える。大昔の人類が住んでいた横穴式住居を彷彿とさせる、小型の洞穴だった。パチッと入口付近の焚火が爆ぜる音がした。おかげで洞穴の中は暖かく、まさしく快適な太古の住居のようだった。快適な住居の中で、自分は介抱されていたらしい。
「ありがとう。僕は真凜さんに助けられたんですね?あの後どうなったの?」
あの後、ダムの湖面に落ちてからどうなったのか。彼女は説明してくれた。湖面に落ちた瞬間に彼女の能力が発動し、タマヒメとなった彼女はダム湖を遡上。水辺にこの洞穴を見つけて上陸、自分も一緒に引っ張り上げて、ここまで運んでくれたというのだ。タマヒメって何?あ、人魚みたいな・・・ふ~ん。
それじゃ、さっきまで見ていた夢は、一部現実が混じっているような感じなのか。そうなのか。
それにしても、女性ひとりにとんだ重労働をさせてしまったようだ。その後も彼女は自分の荷物を剥がして寝床を作ってくれたり、焚火を焚いてくれたりと奔走したようだ。焚火の種火には薬莢の火薬を少し使った。へええ。ガンナー真凜、頼もしすぎる。そして、一切体や服装が濡れていないのには驚いた。彼女もそうだ。そもそも冷たい水の中に落ちて、二人ともよくピンピンしているものだ。ショック、低体温、何とか生きている、ぐらいの状況を覚悟して飛び込んだのだ。先に落ちた敵兵のありさまを見ていただけに疑問に思う。
「あ、う~ん。それも能力のお蔭かな」
彼女の話によると、実際に普段の人間のまま泳ぐのと、タマヒメ(人魚姫バージョン)で水中浮遊するのとでは、まったく状況が違うのだそうだ。
「説明するよりも、やってしまった方が早いでしょうか。」
そう言うと自分の左手とつないでいた手を放し、両手で合掌するような形で念を込めた。・・・が何も起こらなかった。
「あれ?おかしいな。なんで出来ないんだろう?」
意外な結果に彼女自身がが焦っている。
自分はふと思うところがあって、左手をもう一度差し出した。彼女の右手がそれを掴む。と同時に眩い光が生じて、能力が発現した。光のベールが彼女を包み、そして、彼女の耳は光沢(?)を放つ物質に置き換わった。形も、ファンタジー作品に出てくるエルフやマーメイドのように高い耳に置き換わっている。一番特徴的なのはもちろん下半身で、腰から下が巨大な魚の尾の形に置き換わった。その部分も耳と同様に艶やかで滑らかな表面の、薄い金色の物質で構成されているようだ。間違いなく、彼女、小此木真凜なのに、どこか違う生物にも思えてしまう。そんな不思議な感覚と遭遇した。
そんな神秘感をそのまま継続したいのか、彼女はあえて無言のままで、自分の枕元近くに置いてあったコーヒーカップを手に取ると、得意げな表情をした。そして、中に入っていた水を自分に見せると、いきなり無造作にその水を浴びた。
いや、浴びたようで浴びていなかった。コーヒーカップから吐き出された水は、彼女には一切付着せず、彼女の表面を転がり落ちた。まるで多毛植物の葉の表面を水滴が転がるようだなと、以前テレビで見た科学番組を思い出していた。が、それで終わりではなかった。今度は彼女は少し悪戯っぽい表情でこちらを見た。コーヒーカップの水はまだ半分残っている。なんとなくその先が読めた気がして、「わっ、やめて」と自分が言うか言わないかのタイミングで、彼女が勢いよく水をぶっかけてきた。
げっ。目を細めながら、やはりとても奇妙な現象が自分にも起こっていた。
飛んできた水は、自分の周りを避けるように飛び、バラバラに飛び散った水滴が後ろの岩肌を濡らした。
「こんな感じでございますわ。」
おどけて、やけに馬鹿丁寧な言い方をする彼女。スカートの裾でも持ち上げて、お貴族様な挨拶でも繰り出しそうだ。
でも確かに今のショーというか実験ではっきりと理解できた。タマヒメ化した彼女やその影響下の物体は、水を寄せ付けないのだ。疎水性だ。
「驚きました。というか、素直に感動したといった方がいいでしょうか。」
「良かった。ひょっとしたら、異世界から来られたタケル君はこの姿を嫌がるかも?と心配でした。」
いやいや、大好物でしょうよ。と言う言葉は本音だが品がないので飲み込んだ。
「そんなことないさ。ありがとう。」
少し名残惜しいような気持で手を離すと、
再び彼女を光が包み、もとのノーマルな人間タイプの真凜さんに戻った。
「本当に何から何まで真凜さんのお蔭だよ。そういえば今何時ぐらい?」
「ちょうど日付が変わるころかしらね」
春の日の日没から夜半。6時間ぐらい、しっかり寝たということか。
「あとは火の番を変わりますから、今度は真凜さんが休んでください。」
「ありがとう。」
と今度は彼女が言った。そして嬉しそうに目を細めると、先ほど自分が寝ていた場所に体を横たえた。
疲れていただろう。じきにすーすーと寝息が聞こえ始める。
おやすみ、真凜さん。おやすみ、人魚姫。
しかし、今また手を繋いで思い出したことがある。いまだ十分な自信のない変身行為をしようとした彼女の手は緊張の汗でしっとりとしていた。先ほどのダムのことを思い出した。冷たい水に飛び込むという究極のタイミングで、決意に満ちた彼女の表情を。ひょっとしたら失敗する可能性だってあったはずだ。
それでも勇気を振り絞って、力を発揮してくれたのだ。気合の入った女性って本当に強いんだな。
ありがとう、真凜さん。安らかな寝顔にもう一度言った。
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~二人きりの戦争~
朝日が野山を照らすころ、二人は素敵な秘密基地をあとにした。3月末の早朝はまだ相当に寒かったが、自分の心はとても温かかった。最初は死んで地獄に来たのだと思ったりもした。ここが異世界だという事が分かり、多少救われた気持ちだったものの、地獄のような戦場跡にいるには違いなかった。そんな中で、彼女、小此木真凜の存在はかけがえのないものだった。
朝日の差す森の中は、昨日と打って変わって生気に満ちて感じた。二人の若い男女の生還を祝福するかのように、野鳥たちはさえずり、気温が増してきた陽だまりには蝶が飛んでいる。芽吹き始める花々。
彼女とはお互いにいろんなことを話した。思い出せる限りの記憶を引っ張り出して、自分のいた世界の事、自分自身の事。彼女も自分自身のことを、この世界のことをいろいろと教えてくれた。
彼女は青海という自分のいた「令和の日本国」には存在しないであろう都市の出身だ。話を聞く限りでは、それは西日本、山陰地方の都市で、概ね松江市に相当するあたり。ただ、北側に能登という地域(幕府時代には能登の国)が隣接していることから、日本列島の形自体も異なるのだろう。彼女の話す故郷、青海の話に思いを馳せた。
彼女のことを見ていて、正直軍人らしいとは思わない。呑気で優しい普通の女性だった。昨日は彼女の軍服姿を見て美しい、似合っていると思ったが、それは上っ面だけを見た感想となった。こうして生身の彼女を知るにつれ、その軍服は彼女の覚悟を形にしたものだと思うようになった。彼女は料理人になるために東京(こちらの世界でも現在の首都だ)に出ていた普通の女性だった。黒道によってユーラシア大陸と九州島が陸続きとなり、この戦争が始まった。それは彼女が東京にいた当時だったので、彼女自身は帝国人のまま過ごしていたものの、故郷にいた両親含めた家族は丸ごと、連邦軍に支配されることになってしまった。その故郷と家族を取り戻すことが彼女が入隊した本当の目的なのだ。彼女のように、青海を取り戻すことを目的に従軍している若者が、彼女の、そして自分が扮する大和一郎が所属する第11師団には多数いる。
般若山という秘湯のある山の脇を抜ける。豊かな森林・山岳地帯の中で、そこだけは硫黄を含んだ湯気が幾筋も立ち上り、酸性の風雨に焼かれた山頂から上部の山体は木々もまばらだ。やがて、その麓のすすき野原が遠目に見えた。般若山から遠ざかると、周囲の風景はまた豊かな緑へと戻っていく。なだらかな森林、飯森を抜けて、上石見という美しい農村の風景を横目に、ついに帝国の勢力圏に自分は踏み入った。そして小此木真凜伍長は無事に生きて戻ってきた。
とてつもなく長く感じた2日間はたった二人で、地球連邦軍の大軍を相手取った戦争だった。まさに、二人きりの戦争と呼ぶにふさわしいものだった。それが終わった先に、今度こそ本当の戦争が始まろうとしている。
自分たちを歓待するかのように、満開の桜、ソメイヨシノが、新見の駐屯地を彩っていた。
意識を取り戻した山田驍。そして、小此木真凜の無事も確認できたタケルは胸がいっぱいになる。幸運を噛み締める二人だが、タケルはその幸運の引き立て役となった彼女の能力を知る。翌朝、帝国軍の拠点を目指して出発する二人。二人きりの戦争は輝かしい生還で締め括られる。




