過去の影
夜は、思ったよりも静かだった。
村の一件が落ち着き、用意された小さな部屋で、ルナは一人座っていた。
窓の外には、穏やかな月明かり。
あの騒ぎが嘘みたいに、静まり返っている。
「……」
ふと、昼間の光景を思い出す。
魔物の中にいた人間。
そして、それを助けようとしたルーク。
——普通じゃない。
そう思う。
あそこまで、迷いなく動ける理由が分からない。
ただの“優しさ”で片付けるには、どこか引っかかる。
小さく息を吐き、立ち上がる。
部屋を出ると、廊下の先に明かりが見えた。
その先にいるのが誰かは、なんとなく分かっていた。
外に出ると、ルークが一人で座っていた。
壁にもたれ、空を見上げている。
「……こんなところで何してるの」
声をかけると、ルークは少し驚いたように振り返った。
「ああ、ルナ」
いつものように笑う。
「ちょっと考え事」
「らしくないわね」
「そう?」
軽く返す。
そのまま隣に座ることもできた。
でも、少しだけ間を空けて腰を下ろした。
沈黙。
夜の空気が、ゆっくりと流れる。
「……昼のやつ」
ルナがぽつりと口を開く。
「なんで、あそこまでするの」
視線は向けない。
ただ、言葉だけが落ちる。
ルークは少しだけ考えるようにしてから、小さく息を吐いた。
「……昔さ」
ぽつりと、言葉が始まる。
「助けられなかったことがあるんだ」
その声は、いつもより少しだけ低かった。
ルナは何も言わない。
ただ、続きを待つ。
「目の前にいたのに」
視線は、夜のまま動かない。
「手を伸ばせば届いたのに、間に合わなかった」
短い言葉。
それだけで、十分だった。
「それ以来かな」
少しだけ笑う。
「後悔するの、嫌になってさ」
軽く言っているようで。
その奥にあるものは、軽くない。
ルナはわずかに眉を寄せた。
「……それで、全部助けるつもり?」
「全部は無理だよ」
あっさりと否定する。
「でも、できるならやりたい」
迷いのない答え。
「目の前にいるなら、なおさらね」
ルナは目を細める。
やっぱり、理解できない。
でも。
ほんの少しだけ、その考えが分かる気もした。
「……馬鹿ね」
小さく呟く。
「うん」
ルークは笑う。
「知ってる」
沈黙が落ちる。
けれど、さっきまでとは違う静けさだった。
少しだけ、重くて。
でも、どこか落ち着く。
「……あなたは」
ルナが、ゆっくりと口を開く。
「そういうの、全部背負うつもり?」
「背負うっていうより」
少し考えてから、
「置いていかないようにしてるだけかな」
そう言った。
ルナは一瞬、言葉を失う。
その表現が、妙に引っかかった。
「……変なひと」
「よく言われる」
いつもの返し。
でも、今は少しだけ違って聞こえた。
ルナは小さく息を吐く。
そして、ほんの少しだけ距離を詰めた。
無意識だった。
「……無理はしないで」
ぽつりと、言葉が落ちる。
自分でも驚くくらい自然に。
ルークは少し目を見開いてから、柔らかく笑った。
「うん、できるだけ」
「できるだけじゃ意味がないわ」
「でも、約束はできない」
困ったように言う。
ルナは眉をひそめた。
「……そういうところよ」
「そういうところ?」
「面倒だわ」
短く言い切る。
でも、その声は少しだけ弱い。
ルークはくすっと笑った。
「でも、放っておかないんでしょ?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……知らない」
視線を逸らす。
その反応に、ルークは少しだけ楽しそうに笑った。
それが、なぜか腹立たしくて。
でも——
完全には否定できなかった。
夜風が、静かに吹き抜ける。
その中で、ルナは小さく目を閉じた。
——理解できない。
それでも。
少しだけ、その背中を見ていたいと思ってしまう自分がいた。




