反則だと思う。
「王宮の私室から引き取った荷物は、この部屋に搬入させる。ドレスもちゃんと自分の物を着て、実家に顔を出せる」
「……! 重ねて御礼申し上げます。ありがとうございます!」
なんて気遣いができるのだろうか。これには感動で胸が熱くなる。
第二王子の婚約者となり、その後は妃教育に追われ、それが終わるとパトリックとヒロインであるティアラ、攻略対象トリオによる私の追い込みが始まった。エアリル以外は味方がいない――そんな時間を長く過ごしてきたのだ。レオニスの気遣い。これは傷だらけの私には、優しくしみてしまう。
同時に……苦しい。そう感じる。
気遣いの先に愛情があればと願う自分がいて、でもそれは叶わないものだと分かっていた。
「それで実家に顔を出すなら、少しでも元気な姿を見せたいだろう」
ハッとしてレオニスに意識を戻し、彼を見る。その手には丸薬の入った小さな瓶。
「錬金術師に依頼した回復薬が今朝届いた。飲むタイミングは毎朝一粒。水なしでも飲める。昨晩のように苦くはない。安心しろ」
もう何度目になるか分からない御礼の言葉を伝え、小瓶を受け取ろうとした。だがレオニスは、小瓶のコルク栓を抜き、丸薬を一粒、自身の手の平へと取り出した。そう思ったら、そのままその手を口に運び、くいっともう片方の手で、私の顎を持ち上げている。
「!?」
昨晩の馬車の中の出来事を思い出し、心臓がドクンと高鳴る。
口を開かされた状態で、レオニスの整った顔が近づく。
これはキスではなく――。
閉じそうになる瞼を開け、そこで理解する。
レオニスの唇には、丸薬が挟まれていた。
キス寸前の距離まで近づいた彼の唇から、ポロッと私の口の中へ、丸薬が落ちる。
そうか、昨晩も今のようにして、薬を飲ませたんだ……!
口の中に入った丸薬は、甘い蜂蜜の味がする。
苦さなどなく、そのままごくりと飲み込めた。
もうポーションは飲み終えているのに、レオニスの顔は遠ざからない。
体の芯の部分が、キュンと疼く。
清涼感のあるレオニスの香水を吸い込み、吐息が漏れてしまう。
なんで、こんな飲ませた方をするのか。
昨晩のポーションは、苦いもの。私が吐き出したりしないよう、そうするしかなかったのだろう。しかしこれなら、ちゃんと一人でも飲める。
キスをするつもりなんてないだろうに。
こんな風に顔を近づけるのは……反則だと思う。
切ない気持ちにブランケットをぎゅっと握りしめる。
そこでようやくレオニスの顔が離れ、爆発しそうになる鼓動が、少しだけ弱まった。
「これはジェニーの香水か? フレッシュな甘い香りがした……」
レオニスの頬がハッキリ赤くなっているので、再び心臓が反応した。
それを沈めるために、指摘された甘い香りについて考える。
香油だ。
みずみずしい桃のようなにおいの香油を、エアリルが薄くのばし、つけてくれたのだと思う。毎晩寝る前につけているものだ。それを伝えるとレオニスは、実に新鮮な反応をする。
「……そうか。女性は野郎どもと違い、こんなにも甘い香りがするのか」
「令嬢とダンスされたこと、ありますよね? 皆さん、素晴らしい香水をつけていたのでは?」
「社交界デビューのため、十五歳の時に一度、舞踏会へ行った。でもその一度だけだ。ダンスは……踊ったが、誰とダンスしたかなんて覚えていない。当然だが、香りなんて……どうだろうな。香水はつけていたのかもしれない。だが自分の印象には残っていないな」
二十三歳にて、舞踏会に出たのが一度だけ!?
「あ、昨晩、顔を出したな。二度目の舞踏会だ」
「え、あれは舞踏会に本当に一瞬足を運んだだけですよね? 誰ともダンスもせず、これといった社交もされていないので、ノーカウントでいいと思います」
そう答えながらも、不思議な気持ちになる。
これだけの容姿と戦歴と性格……(エロをのぞいた)気遣いができれば、舞踏会でもモテるだろう。だが浮いた話一つなく、ひたすら魔獣討伐で二十三歳になった。そして弱点にならないような私と婚約し、結婚する。これでレオニスの人生はいいのだろうか?
私は、一度詰んだ元悪役令嬢だ。首の皮一枚でつながった命だと思う。よって昨晩からの人生は、まさにボーナスタイム。たとえお飾りで、そこに愛はなく、いつ魔獣に害されるか分からない身だとしても。文句など言えまい……とは思うけれど、レオニスは違う。
「こほん」とレオニスは咳ばらいをすると「とりあえず今日の分のポーションは終了だ」と告げる。
「着替えが終わる頃には、足首の痛みもかなり緩和されているだろう。だからまずは着替えだ。様子を見て、明日もポーションは自分が飲ませるから」
レオニスはベストのポケットに、あの小瓶をしまっている。
「!? 今のポーションでしたら、自力で飲めます。その小瓶を預けていただければ……」
私の言葉にレオニスは腕を組み、首を振った。
「その提案には、承服しかねるな」
「えっ!?」
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