●●の練習!?
「理由は二つある。まず一つ目。この小瓶には丸薬が七十粒入っている。これはジェニー一人分の量ではない。二つ目の理由。これは錬金術師に調合させた、特別なポーションだ。値段もそれなりにする。時にポーションは金より高いと言うだろう? よってこれは自分が管理する」
実に明朗な回答で、異論を挟む余地はなしだ。ここは素直に「分かりました」と返事をすることになる。ただ、自力で飲む件は……?
私はレオニスをじっと見た。
するとレオニスは腕組みをして、とんでもない言葉を発する。
「魔獣討伐では仲間を助けるため、人工呼吸を行うこともある。だがそれは人命救助を目的としたもの。自分に男女間の口づけの経験などない。だが結婚式でいきなり口づけでは、失敗するかもしれないだろう? 角度や向きなど練習する必要がある。ポーションを飲ませるのは、いい練習になる」
「えええっ、れ、練習ですか!?」
「そうだ。自分は練習が必要だと思う。……婚約していた経験があり、悪女と言われるジェニーには、練習は不要か?」
ヒドイ!
私は確かにパトリックと婚約していた。しかし彼とはエスコートとダンスぐらいで、手をつないだこともキスもしたことがないのに! それにここで悪女のことを持ち出すなんて。私が経験豊富だと思っているわけ!? 前世でも非モテであり、経験値ゼロで終わっているのに……。
その瞬間、公爵令嬢であり、悪役令嬢であるジェニファーの勝気な性格が、再び前面に出た。
「練習! あんな寸止めで練習と言えるのですか、レオニス様。きちんと唇を重ねないと、練習にはならないのでは?」
「無理をするな、ジェニー。勝気な言葉と泣きそうな表情。言動が一致していないぞ」
「そんなことありません! レオニス様こそ、本当はキスするのが怖いのでしょう?」
レオニスの碧眼と私のタンザナイトの瞳で、睨み合いになった。まさに火花を散らすような状況だ。
「口づけは、婚姻の儀式の場で行う神聖なものだ。例え婚約者であっても、式までは口づけをしない」
「お堅いことですね。キスぐらい、皆様、舞踏会で親密になったお相手と、柱の影や庭園でなさっていますわよ?」
「ほう……。ジェニー、君は悪女だ。そうやって殿下という婚約者がいながら、口づけを楽しんでいたと言うのか? あの三人の令息達と」
表情を硬くしたレオニスが私の方へと歩み寄ったかと思うと、それはもう瞬きしている間の出来事。
気づけば私はベッドに押し倒され、レオニスは両腕をベッドについている。
そうやって上から私を覗き込むレオニスは、夢で見た時と同じ姿勢だった。
夢の中のレオニスはこの状態で『ジェニーは媚薬なんて使っていない。俺は君を信じる』と優しく言ってくれた。その上で『愛しているよ、ジェニー』と囁いた。
でも現実のレオニスは……。
「口づけを軽々しく捉え、誰とでもするというのなら、遠慮などする必要ないよな?」
優しさとは無縁の冷たい声で、突き放すように告げる。
「だ、誰とでもなんて、そんなことはありません!」
ムキになって言い返すと、レオニスは皮肉な顔つきになる。
「口づけなんて、誰としたかなんて分からない。なにせ証拠なんて残らないからな」
意地悪な言い方をしているが、レオニスの碧眼の瞳はなんだか悲しそうに思えた。
ヒドイ言葉をかけたのは、レオニスだ。でも挑発したのは、私。そして今、実際にキスをされそうな状況になると……。激しく後悔していた。
レオニスは、キスを神聖なものと考えている。私とのきちんとしたキスは、結婚式の時にと考えてくれていた。
ファーストキス。
それは一生の思い出になると思う。
例え愛のない結婚だとしても。
キスを神聖と考え、私とのファーストキスは、結婚式まで温存しようと考えているレオニスとだったら。間違いなく感動的なものになっただろう。しかも国民的英雄であるレオニスとの、ファーストキス。お互いの人生においても、ファーストキスになるのに。
それなのに売り言葉に買い言葉で、喧嘩腰でファーストキスをするなんて。
「……本当にいいんだな?」
既にぎゅっと目を閉じていた私は、体をビクッと震わせ、瞼を開ける。
私の瞳に映るのは、真摯な表情のレオニスの顔だ。
今なら、間に合う。
「言い過ぎました、ごめんなさい」と謝ろう、私!
だが、緊張しすぎた私は、口の中がカラカラで、声が出ない。
返事をしない=キスをするならすればいい、そうレオニスは捉えたようだ。
瞼を閉じた彼の端正な顔が近づき――。




















