当たって砕けろ!
「舞踏会でレオニス卿がどんな発言をしたのかは、新聞を読み、知っている。だが本人からもらった手紙で受けた印象と、新聞が伝える彼の言動は、あまりにも乖離していた。父さんは手紙で見たレオニス卿こそが、本当の彼だと思う」
そう言われると、短い時間ながら過ごしたレオニスの印象は……正直、判断が難しい。それでも初対面となった舞踏会で、彼が放った言葉。そして屋敷で見せる彼の言動。同一人物に思えないのは事実。
「一番いいのは、本人に真意を聞くことでは? 婚約したばかりだ。すぐに結婚にはならないだろう。そうであっても、いずれ夫婦になる二人だ。それに尋ねたところで、レオニス卿が答えてくれるかは分からない。だが答えてくれる可能性はゼロでもないだろう? それに聞かなければ何も始まらない」
父親のアドバイスは、まさにその通りだった。ひとまずスターフォード伯爵家の屋敷へ戻ったら、レオニスに当たって砕けろ!だ。
家族に見送られ、馬車に乗り込む。
エアリルが既に中で待機してくれている。
私はエアリルに、レオニスについて話すことにした。実はレオニスは、私を助けようとしてくれているのではないか。もし助けてくれたなら、助けてもらう理由が思い当たらないことを話した。
「助けるも何もないと思います! 私からすれば、最初からレオニス様は、お嬢様のことを大切にされていました。そこには愛があるようにしか思えませんが」
頬と耳が熱く感じる。
多分、赤くなっているわ!
「助けるというより、愛しているから当然した行動――というのが正解に思えます。でもそうなると、レオニス様はどうしてお嬢様を愛しているのだろう?と思うわけです。おっしゃる通り、レオニス様は騎士見習いとして、幼い頃から騎士団に入団しています。そして騎士になってからは、魔獣討伐に明け暮れていますよね。お嬢様との接点はどこに!?と思ってしまいます」
この世界、「どこそこの令嬢は大変美しいらしい」という噂だけで恋に落ちることは、なきにしもあらず。それでも一度は対面し、そこから恋は始まると思うのだ。
だがしかし。
私はレオニスに会ったのは昨晩の舞踏会が初めて。
噂だけで恋をして、いきなり求婚するものかしら?
彼が舞踏会の場で言った通りの打算で動いたなら、それもある。でも仮にエアリルの言う説が正解だとした場合、一度ぐらい会っているのではないかと思うのだけど……。
「お嬢様としては、会った認識がない。ですがレオニス様は、違うのかもしれません」
「レオニス様は、舞踏会には一度しか行ったことがないと言っていたわ。よってそこで会っていた可能性は低いわ。そうなると貴族が普段いそうな宮殿、庭園で、偶然見かけた……ということかしら?」
「そうですね。街中ですれ違った馬車で見かけた、なんて可能性も、あるのではないでしょうか」
そう言われると、そうなのかもしれない。ただそんな偶然、一瞬に近い出会いでは、まさに見た目で好きになったも同然だ。噂になるような令嬢は、どうしたって容姿が中心。
レオニスは、そんな見た目で心を動かされるタイプかしら?
「一つ気になったことがあります。レオニス様は、お嬢様のことをニックネームで呼ばれていますよね? それはお嬢様がそう呼んで欲しいと、お願いされたのですか?」
そうだ!
いきなりニックネームで呼ばれ、私、驚いたはず。
でもあの時は急に肩へ担がれたり、胸の触れ心地がどうのと言われたりで、ニックネームどころではなかった。その後も、あのキスをするかのような動作でポーションを飲まされた。ニックネームのことなんて、すっかり頭から吹き飛んだ。
以後、“ジェニー”とレオニスが呼ぶのが当たり前になり、そこを問うことはなかった。
ニックネームで呼ぶなんて、それだけ親しい間柄ということ。レオニスは、初対面とは思っていないのかもしれない。それでもいきなりニックネームで呼ぶなんて。お互いに貴族なのだから、「ニックネームで呼んでもいいだろうか?」と一言あってもいいと思う。
「ニックネームで呼んでください――とはお願いしていないわ。レオニス様が勝手に呼んでいると思うの。……婚約者だから、フレンドリーに呼ぶことにしたのかしら?」
「どうなのですかね。でもお嬢様をジェニーと呼ぶのは、レオニス様だけですよね。学園でも皆様、ジェニファー公爵令嬢と呼んでいましたよね?」
さすがエアリル。私のことはなんでも知っているわ。ジェニーなんて、両親でさえ呼ばないのに。
バチッ。
「えっ」
バチッ。バチッ。バチッ。
馬車に何かがぶつかる音が立て続けにして、何が起きたのかと目を丸くすることになる。破裂音のようなこの音は、馬車の後方から聞こえていた。今も聞こえている。
「お嬢様、後方の覗き窓から外の様子、見ることはできますか?」
「見てみるわ」
まさに座席の上の方にある、横長の小さなガラス窓から、外の様子を伺おうとした瞬間。