076 佐助 その4
無謀にも一人で暗闇の渓谷に踏み入るおゆき。果たして彼女は佐助を見つける事が出来るのか?
私は、足元をランタンで照らしながら慎重に進んだ。幸い川は殆ど増水しておらず川原は歩くに問題なかった。
それにしてもこんなに歩いたのは生まれて初めてでは無いだろうか。
師匠に教わったあの不思議な呼吸法を只管続けながら、歩くリズムも其れに合わせると、不思議に体がいつもより楽に感じる気がした。
だが流石に寒い。陽が落ちたからというのもあるだろうが、気のせいか白い物がチラチラ舞っている様な感じすらする。
このままでは下手すると翌朝私は真っ白な骸で見つかりかねない。
まずは佐助と合流しないといけない。こんな状況だし、恐らく佐助も何処かで火を焚いて夜の寒さに備えている筈だ。
呼吸は何とか持っているが寒さが体力を奪う。最早雪が舞っているのは確実で、おまけに風まで強くなっている。これは佐助との合流を待っていられないかもしれない。自分で焚き火の用意をするかと考え始めた丁度その時、少し向こうの山の麓付近に灯りが見えた。やった佐助だ!私の直感にびびっと来た。
少しだけ、歩を早める私。川が蛇行している関係で、一瞬死角になったが大丈夫だ。凡その位置は私の頭の中にあるこの辺一帯の地図と照合して把握している。
ところが、歩を進め再び見える筈の位置に戻った時には、灯りが消えている。まさか勘違い?何か見間違えたのだろうか?だが、今夜は、月はおろか星すらも出ていない。何かに光が反射して、間違える事など無いはずだ。
自分の感覚を信じて、当たりをつけた場所に向かう私。
その場所の周辺に達した私は、川原から少し山側へ踏み入る。私が見た灯りは、この辺の筈だ。いずれにしても、もう限界だ。ここで佐助を見つけられないなら、一旦諦めて火を起こすしかない。
その時である。
「動くな」
背後で聞き覚えの有る声がした。喉元に何かを当てられた様な気がしたが、私は喜び余り、その声を無視して振り返った。
「佐助!」
其処には頭から毛皮をかぶった佐助が居た。
「佐助!佐助!佐助!」
私は感情を爆発させて、佐助に抱きついた。
「お前?おゆきか?」
佐助が戸惑いの表情を見せる。私は防寒で顔を覆っていた布を少しずらして、顔を見せる。
「お前一体こんな所で何をしてるんだ?」
驚き呆れの感情がない交ぜになった声で、佐助が聞いてくる。こいつ何言ってるんだ?お前を追って来たに決まってるだろう!
「佐助こそこんな所で何しているの?!帰るわよ!」
佐助の口がへの字になる。
「俺は帰らない。郷を出るんだ」
佐助は予想された決意を語った。
「駄目よ。郷を出てどうするの?五つにもならない子が一人で生きていける程、甘くは無いわよ!この山を降りるまでに死んでしまうわ!」
私は必死に訴えた。
「郷に残っても俺は忍びにはなれない!忍びになれないなら生きていてもしょうがないじゃないか!!」
遂に佐助が感情を爆発させた。暗くて良く判らないが泣いているのかもしれない。
「そんな事はない!貴方はきっと忍びに成れるわ!だってあんな毎日必死で訓練していたじゃない!。」
私は彼にしがみついて胸元をグイグイ揺すった。
「・・・それでも俺は駄目だと言われたんだ。忍びの訓練所の選抜で選ばれなかった。」
私は「そんな事はない」と力なく繰り返した。
「お前に何がわかる?お前は郷のお姫様だ。皆から大事にされ、望んだ様に生きられる。だが俺は親無し子だ。忍びに成れなければ、最早郷では不要の存在なんだ!生きている意味なんか無いんだ!」
私は唖然とした。そんな風に思ってたんだ・・。だけど私には忍びに成れなくても不要な存在などでは無い等と間違っても彼には言えない。其れは彼にとっては死ぬ事よりつらい事なのだ。
「でも、死んだら忍びにはなれないよ?」
私は少し声音を優しくして言った。彼は少し意表をつかれた様な顔をしたが、直ぐに表情を引き締め。
「だから、郷に残っても俺は忍びにはなれないと・・・」
彼の返事は弱々しい。
「そんな事誰が決めたの?忍びの先生達?貴方は其れを信じたの?少なくとも私は信じないわ!貴方だって、信じないから郷を出て自分で忍びに成ろうと決めたんでしょ?だったら郷に残った方が忍びに成れる可能性が大きいとは思わない?」
この年頃の子供の感覚では、大人たちの言う事が間違っている等と言う発想は出来ないのが普通だ。佐助がそう思い込むのもある種当たり前の事なのだ。だが私は幸か不幸かめちゃくちゃ我儘に育てられたお嬢様だ。もともとそんな発想は無い。だからこんな生死に関わるような大冒険だって、平気で出来てしまうのだ。
押し黙る佐助。私は佐助とグッと睨み付ける。
もう一押しだ。もう一押しで佐助を郷に連れ戻せる。いや彼を忍びにしてあげる事が出来る。ここは彼の人生にとっての巨大な分水嶺だ。
頑張れ私!考えるんだ!彼を救う魔法の言葉を!
夜の山間部って本当に怖いですよね。日本の場合、車が通る様な道路は大体電灯が有りますが、一歩外れると本当に真っ暗です。前に四国の祖谷で泊まった宿は、渓谷に降りた所に露天風呂があって、夜入りにいったんです。もちろんお風呂周辺こそ電灯が灯っていますが、ちょっと渓谷を覗き込むと真の闇が広がっています。あんな所一歩だって踏み込みたくないと思いました。今の軟弱な現代人とは違うとは言え、おゆきの勇気に拍手です(無謀なだけかもですが(笑))




