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ひずみ

※セイラン視点です。

 セイランは夢をみていた。


 *



「セイランは器量が良いねえ」


「ねえ、どこいくの?」

「偉い方々がね、セイランのことを気に入ったんだよ。儀式に出ておいでって。お前ももう、十を過ぎたから」


「ほかの子たちは?」

「醜女だからね。あなたは美しいから。神に選ばれたのよ」


「そうなんだ。あたし、美しいから選ばれたんだ」




 *




「こんなことしたくなかった! あんな汚くて痛いこと……いっそ殺して!」


「なら、死ぬしかないねぇ。神のために殺されるか、神のために交わるか、選ぶがいいさ。おまえはこのために生まれたんだから。いいじゃないか。おまえの身体も反応したんだろ? 気持ちよかったんだろう?」


「気持ちいい……? ()()が? なにを言っているの……? 」


「おまえに、神々の営みを拒否することなどできない。女の命なんて、神への捧げ物でしかないのだから」




 ***






「寝ちゃってたのか……」


 セイランは昔の記憶に目が覚めた。

 嫌な目覚めだ。


 幼き頃、儀式において()()()()()()()ときの記憶が蘇る。


 セイランは儀式のなかで、何も知らぬうちに、複数の人間と関係を持った。それは強烈な原体験となり、思い出すだけでセイランの身体は疼く。


 隣に居るべき男はいない。


 セイランは絹の寝具をかけ直した。

 布をはがせば、なにも纏わぬ姿でいる。

 吹き抜ける夜風が冷たい。


 セイランは透けた絹一枚を羽織り、幕舎から外へ出た。

 セイランは男の姿を見つけるや、月に向かって舞う。


「なにをしている」


「月に祈ってるの」


 若く神秘的な身体を求め、男はうす絹越しにセイランの裸体を抱きしめた。


「セイランは可愛いね」


 女の身体で男を惑わせる。

 経験上、この方法がいずれ限界を迎えることをセイランはよく理解していた。


「知ってるよ、そんなの」


 若い身体を使うのは、期限のある作戦である。だからこそ、短期間で成果をあげねばならない。


「昔を思い出してたの」

「昔?」

「うん、あたしね、育ての親に騙されて、処女を捨てたの」

「へぇ」

「信頼してる人に騙されるのって、つらかった。だから、絶対にあたしを裏切らないでね」


 男からの返事はない。

 裏切らないでなんて懇願して、従う者などいない。芝居である。


 敢えて意図することの逆を言う。

 相手を操るための呪詛。



 ──はやく、裏切れ。

 盛大な戦の炎を燃やせ。


 セイランが男を取り込んだのは、起爆のためである。

 巻き込む人が多いほど、良い。

 深ければ深いほど、良い。


 戦果を得るには、まず火をつけねばならない。


「みんな、戦を起こしたがってるんだよ」

 男に聞こえないような、小さな声で囁く。


「何か言った?」

「はやく触ってってこと」


 婦井軍はそこまで財力があるわけではない。

 婦好軍のように女だけで戦うのは、限界がある。

 ゆえに、兵もまた、現地で調達する。


 そして、従えるのは女に限らない。

 男も操る。

 そうでないと、他の軍と対等に戦ってゆくことはできないとセイランは計算していた。


 ──賭けにでる。

 危険をくぐらないと、見返りは少ない。





 ***





 男の口元に手をあてて、寝息を確認する。

 セイランは衣服を正して再び外へ出た。



「夜の警備、おつかれさまぁ!」


 その夜の警備の担当はセイラン軍であった。


 地下牢へと足を踏み入れる。


 セイランは数日前に戦った饕餮(とうてつ)の男の前に立った。


 彼は婦好軍の毒のために、活力を失っている。


「調子はどお?」


 目の前の男は、戦で見たような精悍なる顔ではない。無精髭を生やし、爛々たる瞳だけが飛び出す。



 襟元を露わにして、セイランは饕餮の男を挑発した。


 




「ね。取引しない? わたしの味方になるなら、ここから出してあげる」

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