鼎談
婦好はセイラン軍を訪問した。
衆人の頭と会談のためである。
サクもまた婦好の後ろに続いた。
サクの靴底が砂土を踏む。セイランが布陣するのは乾いた山間部である。
「婦好ちん、ようこそ! さあさあ、おもてなしおもてなしぃ!」
「セイラン、戦いの前後はみな忙しい。自然体でよい」
「そういうわけにはいなかいよお。さあ、誰か案内して! もお! 気が利かないんだからぁ」
陣内を歩むと、眉目秀麗な者が多いことに気づく。
しかしセイラン軍は首領の性格に似合わず、陣内はどこか暗い。
サクは無意識に、その違いについて考えていた。
婦好軍は常に婦好が陣内を歩んで激励する。笑い声がそこかしこで聞こえる。
また、鍛錬のために声を発している。
とりまくのは陽の気である。
一方のセイラン軍は陰鬱たる気が流れていた。
サクはその士気の低さを憂いた。
セイラン軍の奥、幕舎へと進むと、衆人の頭が待っていた。
その男は商のものではない衣服にその身を包む。
瓜実顔に大きな瞳。身長は男性にしては低く、細い。飄々としていて掴み所がない。
「紹介するね! こっちは婦好ちん!」
セイランは男の側に駆け寄った。
婦好もまた、交渉に向けてすべてを受容するような、華やかな気を発していた。
「衆人の頭よ。我が名は婦好。以前、一度会っていたな。セイランと組んだとのこと、感謝しよう」
「そりゃあ、セイランはカワイイし。こんな可愛い女の子が懐に飛び込んできたら戦えないさ」
衆人の頭は、軽く応えた。
「やだぁ、可愛いなんて」とセイランは衆人の頭の背を叩く。「座って、座って」というセイランの勧めに、三人は卓前に用意された椅子へ腰を下ろす。
「我々は大邑商直属軍。商傘下の勢力に争いがあれば駆けつける者だ。以前会ったときは、銅の邑から貴殿が撤退するときであったか。あのときは逃げ足が速く、猿のようであった」
「あはは、まぁ、僕らも逃げるために必死だったからね」
婦好が瞳を覗きこむような笑みで問いかけた。
「貴殿らの出自に興味がある。貴殿らはいつからここにいる?」
「僕らは流浪の民さ。セイランは僕たちのことを『衆人』なんて呼ぶけど、そんなに良いものじゃない。たしかに、僕たちはかつて邑を守る『衆』だった。『衆』には守るべき場所がある。邑や故郷だ。いまの僕たちは、故郷を失くしたただのならず者さ」
「やーん、かっこいいん」
セイランが身をくねらせる。
「貴殿らの目的はなんだ? 失った邑の再興か」
「……。違うよ、僕らは好きに生きられればそれでいいのさ。目の前に欲しいものがあれば手に入れる。それだけだ」
「セイランの味方で居続けるのであれば、商の配下として衣食住は約束しよう。その代わり、味方となったからには、周辺の秩序を乱さないこと、それから、銅の邑から奪ったものを返還してほしい。代替物であれば渡そう」
「ああ、ごめん、もう人に渡しちゃったものもあるけど、手元にあるものなら返すよ。あの邑の銅は価値が高い。こちらも生きるためさ」
「可能な限りでよい。礼を言おう」
「ま、僕たちが奪ったものだけどね。かわりのものをくれるっていうなら、応じるよ」
会談は続いた。和やかながらも緊張感がある。遺品の返還──再び力づくで奪おうとすれば、血が流れる。それを、対話で済ませる。まるで、兵を用いない戦いのようだ。
「なにか聞きたいことはあるか」
婦好の目配せに、サクは意を決して衆人の頭へ問うた。
「あの……。お聞きしたいのです。あなたの故郷を追ったのは誰なのでしょう」
「あっは、誰だろうね。もう、忘れちゃった。僕たちはいま、生きるために戦ってるだけだからね」
***
婦好たちは銅の邑に帰還した。
「婦好さま。お待ちしていました」
婦好の到着に、ユイの父以下、工人が座して待つ。婦好はユイの父の肩を叩く。
「かしこまらなくてよい。わずかであるが、遺品を取り返してきた。なかには形見もあろう。気は晴れぬと思うが……どうか受け取って欲しい」
「あ、あ……、婦好さま、ありがたく頂戴します」
「我々も、婦好さまに武器を献上いたします。まだ新たな武具は時間がかかりますが、あるものを婦好軍の皆さまにお渡ししましょう」
「この邑の技術は、商のなかでも優れている。魂が宿り、強い。ありがたく受け取ろう」
陽は西へ傾き、サクは婦好の肩越しに光をみた。
お互いが拝礼した。
***
夜半。
切り立った山肌の頂に、他郷の刺繍を施した男が立つ。
婦好軍の駐屯する銅の邑を見下ろしていた。松明の炎にゆれる輪郭は冷たく、怨恨に満ちている。
「こういうことってさ、加害したほうは忘れるんだよね。大邑商のオヒメサマたち。僕たちの故郷を滅ぼしたのは、……商王。大邑商、おまえたちなのに、さ」




