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フラグ8「想い、焦がれて」

 花見は順調に行われた。

 予想通り校舎の屋根の上で花見をすることになり、事情を知らなかった面々は最初は驚き躊躇していたが、実際に上に登り、目の高さと同じ位置の満開の桜を目にすると、感嘆の声を上げて見入っていた。しかもスタンドライトとバッテリーまで用意してあり、暗くて弁当が食べられないということもなかった。

 ライトアップされた桜を眺めながら弁当を食べる。なんて贅沢な花見だろう。

「それにしても、今さらだけど。桜と同じ高さでお花見をするのなら、二階教室前の廊下でもよかったんじゃないかしら」

一美(ひとみ)ちゃん。それじゃダメなのよ。ほら」

 よく考えればそれもそうだと頷いてしまいそうな一美の一言に、涼香(すずか)は指をピンと一本立てて答える。

「あ……」

 見上げると、清太(せいた)たちを淡く照らしてくれる、天然のライト。

 ――満天の、星空。

 清太と一美は、二人してその星空を、ぼうっと眺めてしまう。

 都会では決して見ることの出来ない星々。その数に、圧倒された。

 何故だろう、縁側で見たこともあったはずなのに。屋上に上がっただけで、こんなにも雰囲気が変わるものだろうか。まるで、空に近づけたような錯覚。

「周りになにもないところで見る星空って、すごいでしょ?」

「ああ……そうだな」

「そうね……」

 他のみんなも星空を見ていたが、やはり都会から引っ越してきた清太と一美にとってそれは、より圧巻だった。

「なるほど。これは、校舎の中では味わえないものね」

「でしょ? 花見をしながら星まで見られる、最高の場所なのよ」

「だな。……確かに絶好の場所だ」

 こんなにも綺麗な桜を見ることができて。本当に、良かった。

 やっぱりまだ、自分がこんなに楽しくしていていいのかなと、心のどこかで考えてしまっている。でもそうだ、前に涼香が言っていた。

『だから、普通に生活すればいーの! 食べて、寝て、遊んで、学校行って、勉強して、恋愛だってしたっていい! 自由なことができないなんて、絶対にだめ! わかった?!』

 今きっと、自分は自由に楽しんでいる。窮屈さから解放されて、自由に笑っている。

 だけど――清太は、まだ夜空を見上げたままの一美を見る。

 ――わかっている。楽しんでもいいけれど、それでも……忘れることだけはできない。

 例え色んな理由があったとしても、自分がしたことは、変わらないのだから。

 だから――。


「解散になったあと、下で待っていて」


 ――こっそり耳打ちされた一美の言葉に、従うしかなかった。


                         *


 解散後、一旦外に出てから清太は校舎裏に戻ってきていた。

 瑠流子(るるこ)七枝(ななえ)、それから何故か麻由(まゆ)も一美の家に泊まることになっているから、三人を部屋に案内したあとに抜け出してくるのだろう。少し待つことになるかもしれない。

 清太はこの間涼香に教えてもらった岩の所まで歩き、腰を下ろす。

 さっきまでのライトアップほどではないが、満天の星空と、それから満月の明かりが桜を仄かに照らしてくれている。薄紅色ではなく、灰色に近い白に見える花びら。これはこれで綺麗だな、と清太は思った。

 みんなで騒ぐ花見もいいけど、こうして一人静かに見る桜も、気分が落ち着いていい。


 ……もっともここは校舎裏。後ろには真っ暗な廊下がある。

 夜の学校は不気味だ。あまり後ろは見たくない。清太は努めて桜を見続けた。


 ――ガササッ。


 とそこで、物音がして清太はビクリと立ち上がる。清太から見て左奥、清太が入ってきたのとは反対側から聞こえたような気がする。

「日鷹……か?」

 声をかけるが、反応はない。ちらっと廊下の方にも目を向けてみるが、もちろん誰もいなかった。……気のせい、かな?

「清太君」

「っ……!!」

 そこへ後ろから声がかかり、飛び上がりそうになるのを必死に堪えて振り返る。

 後ろ、つまり清太が入ってきた方と同じ側から、一美がこちらに歩いてきていた。

「待たせてしまってごめんなさい。抜け出すのに少し手間取ってしまって。……? なにかあったの? 清太君」

「なな、なんでもない」

 心臓がばくばくしているが、平静を装ってそう答える。

「えーっとそれで……日鷹、話って?」

「無粋ね。女の子が校舎裏に呼び出してるのよ? わかっているでしょ」

「それは……いや、そうだけどさ……」

 一美は月明かりの下、微笑む。

 花見の最後に、一美はそっと近寄ってきて清太にここで待つように指示した。一美はわかるでしょと言うが、やはり……彼女の真意は読めない。

「清太君。私の行動が不可解?」

「う、それは……ええと」

 そして一美は、いつも鋭いのだ。思ってることを言い当てられてしまう。

 確かに、一美の行動は不可解というか、不思議だった。

 清太を追いかけて転校してきて、前の学校でのことをみんなにバラした。

 一方で、瑠流子の自転車の件は黙っていてくれて、花見の提案をしてきたり、瑠流子の外泊をフォローしてくれたり。正直、一美がいったいなにをしたいのか、わからない。

「そうよね。追ってきて、あっさり前の学校でのことをバラして。でもその後、これといった行動を起こさない。清太君としては、私がなにをしたいのか不思議でしょうがないわよね」

「まぁ……それは……」

「さっきから、『それは』ばっかりね」

「そ……っぐむ」

 また言いそうになり、慌てて押さえ込む。結局ロクな受け答えができていないのだが。

「私が追ってきた理由は、わかっていると思うけど清太君を逃がさないため。でもだからと言って前の学校に連れ戻したいわけじゃない。というのも、わかるわよね?」

「まぁ……それだったら転校まではしてこない、よな」

「そう。学校休んでこの町に来るだけでいい。でもそうしなかったのは、無理だからよ」

「無理?」

「そうでしょう? 清太君はもう住んでいたマンションを引き払っていて、前の街には住む所がない。お祖父様のお家にお世話になると決まったのに、今さら元の街に戻りたい、前の学校にもう一度編入し直す、なんてことは非現実的でしょう」

「…………」

 半日で引っ越しと転校の手続き、編入試験を済ませた一美も十分非現実的だと思うのだけど、そこは黙っておいた。

「清太君は、私にどうしてほしい?」

「どうしてほしいって……」

「あなたを見付けた私は、前の学校のみんなに今住んでるこの町のこと、従妹の子と一緒に住んでいて、クラスメイトのお嬢様や先輩、後輩の女の子と仲良くやっていると、教えてあげればいいかしら?」

「なっ……!」

「この学校のみんなに、告白をした他の女の子の写真を見せて回って、どれだけ清太君が彼女たちを傷つけたか言いふらせばいいかしら?」

「や……やめ――」

 やめてくれ、と言おうとして言葉を止める。

 そうだ……。そうして欲しいわけではないが、心のどこかで一美がそういう行動に出るんじゃないかって、恐れていた。むしろ、どうしてそういうことをしないのだろうと、不思議に思っていた。彼女には……清太が傷つけた女の子の一人である彼女には、その権利がある。

「する……のか? 今言ったこと……」

「……清太君」

 一美は清太に近寄り、右手をすっと挙げる。清太はビクッと身をすくめる。平手打ちが来ると思ったからだ。

 しかし一美はその手で、そっと清太の頬に触れる。

「しないわよ、そんなこと。だって――」

 その時清太は、真っ直ぐに、至近距離で一美の顔を見た。清太の目を見つめてくる、一美の愁眉。悲しげで、儚げな一美のその表情を、この先清太は忘れることはないだろう。

 一美は、そっと続きを口にする。


「――そんなことしたら、清太君に嫌われちゃうじゃない」


「日鷹……」

「清太君が、答えを出さずに逃げ出した意味、私なりにわかっているつもり。だからこそ追いかけて、私がどれだけ清太君のことが好きなのか、わかって欲しかった。みんなに清太君の過去をバラして、それでも私は清太君が好きだということを伝えたかった。そして私のことを好きになって……私を選んで欲しかったのよ」

 一美はそこで手を下ろし、一度だけ俯く。そして顔を上げた時には、いつもの毅然とした表情に戻っていた。


「どう? これで、謎は解決したかしら?」

「まぁ……」

「本当はまだ黙っていようと思ったんだけど。思ったより、ライバルが多そうだから」

「ライバル?」

「はぁ……。こんなに早く奥の手出しちゃうなんて。でもここでリードしておかないと」

「えーと……?」

「本当は……泣きじゃくりながら清太君を責めて、なにがなんでも答えを出せって迫るべきなのかもしれないけど」

「………」

「とにかくね。これで三回目よ?」

「な、なにが?」

「告白よ。前の学校で二回。今回で三回目。三回もしたんだし、そろそろちゃんとした返事が欲しいところよね」

「あ、ああ……けど」

「いいわよ。まだ。あんまり待たせすぎないでねって、言いたいだけだから」

「日鷹……」

「それじゃ、私はそろそろ戻らないとだから」

 さっき間近で一美の儚げな顔を見たせいだろう。いつもと変わらないその一美の態度が、逆に清太の胸を突き刺す。自分は……。


「ええー!? いいの? それでいいの?」


「え?」

「なっ……!? 涼香ぁ?!」

 突然後ろからそんな声があがり、清太は慌てて振り返る。

 一美も状況を把握して体をずらし、清太の横に立つ。

 いつからいたのだろう。桜の木の裏から、涼香が顔を出していた。

「一美ちゃん! ダメだよそこはぐいぐい行かなきゃ!」

「あ、あの、聞いていたんですか? 涼香先輩」

「涼香、いったいどこから聞いて……」

 そう言えば最初に聞こえた物音。あれはもしかしたら涼香だったのかもしれない。だとすると……最初から?

「そんなこと今はいいの! 一美ちゃん。ちゃんと清太から聞き出さないとだめだよ!」

「涼香先輩……。だ、だけど」

「涼香、頼む。話をややこしくしないでくれ」

「清太は黙ってなさい! ねぇ一美ちゃん。こいつ、さっきからなにも話してないよ?」

「う……」

 涼香に指摘され、清太は言葉に詰まる。……確かに、一美が一方的に話しただけで、清太はほとんどそれに相づちを打っていただけだ。

「嫌われたくないっていうのはわかるよ。でもちゃんとした答えじゃなくても、今の清太の気持ちを確認するべきよ!」

「涼香先輩……あなたは……」

 一美は目を見開き、そして清太と涼香を見比べて、軽く首を振る。

「確かに。私らしくないというのは、自分でも理解しています」

 一美はしっかりと、真っ直ぐに清太を見つめ、話を続ける。

「でも、今清太君に答えを迫っても、決していい答えは聞けない」

「そんなの、わかんないじゃない!」

「いいえ。わかります。だって……私は、五人の中で唯一、フラれているんですから」

「え……?」

 今度は涼香が言葉に詰まる番だった。清太は思わず口を挟もうとする。

「日鷹、でもそれは――」

「でももなにもない。そうでしょう? 一番最初に告白した時に、私は友だちならと、言われた。まだほとんど知らないから、とりあえず友だちにって」

「それって、フラれたって言わないんじゃない?」

「そうかもしれませんが、やんわりと断られたとも言えます。……そもそも、私は一番後ろからのスタートだった。一番最初に告白したから、他の四人と対等に見られていたけど、私はそれまで清太君と話をしたのは数えるほど。それも委員の事務的なことばかりで、友だちですらなかった。だからこそ、真っ先に告白した。リードされた分を取り返すために」

 一美の話は、清太にはすんなり納得ができた。突然現れた日鷹一美という少女は、真っ先に清太に告白することで――他の女の子の気持ちに気付いていなかったこともあり――清太の中で彼女の存在が一気に大きくなった。それは一美の狙い通りだったというわけだ。

「正直、清太君が転校し、チャンスだと思った。私なら、追いかけることができる。他の女の子には無理でも、私なら可能。一番後ろからスタートした私が、一気に追い抜いて一位になれると思った。……でも、実際はそんな簡単な話では、なかった」

「…………」

「さっきも言ったように、清太君が逃げ出した理由、私なりにわかっているから。答えを出せないのは、それは――」

 一美はそこで一瞬だけ言葉を止めて、清太をじっと見る。


「――五人の中に、清太君が本気で好きだと思える相手が、いなかったから」

「――――!」


 そんなことはないと言おうとして、声が喉に詰まる。

 五人の中に、本気で好きだと思える相手が、いない――。


『じゃ、キミは五人共にそれなりに好意を抱いていて、だから選べなかったってこと?』


 涼香と出会った時に、言われた台詞。反対の言葉だけど、意味的には同じだ。

 それなりに好意を抱いていたのに、それでも選べなかったのは、本気で好きだと思える相手がいなかったから。そういうことに、なるのかもしれない。

 だから一美の言葉を否定することができない。その通りかもしれないし、違うかもしれない。

 どちらにしろ、安易に返事などできなかった。特に、ただの反射的な否定など以ての外。

 自分の好きな相手は、自分のことを好きではない、なんて口にした彼女の心境を思えば、いい加減な答えは返せなかった。

「本気で好きな子じゃないんだから、それは選べないわよね。わかってるわ、清太君は真面目な人だから。いい加減な答えなんて出せないんだって。……だから」

 一美はそこで、一歩後ろに下がる。

「今はまだ、待つと決めたんです。もちろん、ただ待つだけじゃない。清太君に、好きになってもらえるように、頑張りながら待つ。道のりは長いでしょうけど」

「一美ちゃん……」

「涼香先輩。だから、いいんです。清太君がなにも言えなくても。今はしょうがないんです。……ふふ、これはいつか、七枝さんが言っていたのと同じですね。本当に、しょうがないんですよ」

「そうかもしれないけど、でも……」


「待って、涼香」


「ん? 清太?」

「清太君……?」

 清太は一美の方に真っ直ぐ体を向けて、しっかりとその目を見る。

「日鷹……ありがとう。そこまで話してくれて」

「……清太君? なにを」

「やっぱり、はっきり言わないとダメだよな。僕の……気持ちを」

「ま、待って、清太君。い、いいのよ。そんな急がなくても……!」

「ひ、一美ちゃん?」

 一美は身をよじり、恐がるように校舎の方に後ずさりする。しかし清太は気にせず、追いかけるように、一歩前へ。

「この町に来て……みんなから逃げ出して、ようやく見えてきたことがあるんだ。それはたぶん、日鷹が考えている通りのことで……。僕はあの頃、みんなのことをどういう風に好きだったのか、わからなくなっていたんだと思う」

 前の学校、自分の噂で渦巻くあの環境では、そんなことにも気付くことができなかった。

「本気で好きだと思える相手がいない。うん、日鷹の言う通りかもしれない。でも、勘違いしないで欲しいんだ。僕は五人のこと好きだし、みんな魅力的で可愛い女の子だと思っている。問題があるとすれば、それは僕の方なんだから」

「せ、清太君……もう、いいから」

「よくないよ! 日鷹は、ちゃんと話してくれているのに。僕だけ自分の気持ちを隠しておくなんて、そんなことできない! だから、ちゃんと話すよ。日鷹に聞いてほしいんだ!」

「……うぅ!!」

 ますます身をよじる一美。ここでようやく、清太も一美の様子がおかしいなと思う。月明かりだけのこの校舎裏ではわかりにくいけど、なんだか、苦しそうな……? でもここで言葉を止めることもできず、清太は話を続ける。

「……あの頃僕は、みんなを恋愛対象として好きなのかどうか、よく考えようとしていなかったと思う。どうしてこんな風になってしまったんだろうって、ちょっと前までは楽しく話していたのに、どうしてって、そんなことばかり考えていた。だから告白を受けることも、断ることも、できなかった。ここへやってきて、あの場所から離れてみて、やっと気が付いた。あの渦中で、自分の感情を、心を、しっかり見ることができていなかったんだ。離れてみてやっとそれがわかったんだ!」

 がんじがらめにされ、窮屈だったから――。自分を、見失ってしまっていた。後ろばかり見て、楽しかった頃のことばかり思い出して、今の自分と向き合う余裕すらなかったのだ。

「僕は、告白してくれたみんなのことを……その後、避けていた。これ以上噂が大きくならないように、窮屈にならないように、大変にならないように。大変だなんて言うのは相手に失礼だ、なんて言いながら、結局はそんなことを考えていたんだ!」

「でも清太、それは……わたしは実際には見てないけど、仕方なかったんでしょ?」

 涼香の言葉に、清太は首を振る。

「……そもそも、大変だということを否定するのが、間違いだったんだ」

 この間涼香の家族の話を聞いた時、自分の悩みなんてちっぽけだと思ってしまった。でもどんなにちっぽけな悩みだとしても、自分にとっては世界の危機と同じくらいに悩み苦しんだことは、間違いない。小さな、くだらない悩みだったなんて思うのは、まず告白をしてくれた彼女たちに失礼だ。だから。

「僕だけじゃない。彼女たちも、とても大変で、すごく思い悩んでいたはずなんだ。それなのに僕が大変じゃないなんて、そういう風に言う方が、思う方が、よっぽど失礼だ」

 モテる男はツライ。その言葉を否定し嫌うあまり、そんなこともわからなかった。

「僕は、自分のことだけじゃない、相手の女の子のことすらも、よく見ていなかったんだ」

 その上、この町に逃げてしまったのだから……本当に、最低だ。

 でもそれがわかったなら。やり直さなければいけない。

 よく考えて、中途半端な気持ちではなく、きちんとした答えを出さないといけない。

 自分自身の気持ちで、相手自身をしっかり見て、みんなに応えなくてはいけない。

「だから……ごめん、日鷹。追いかけてきてくれたのに申し訳ないけど、時間が欲しいんだ。気持ちを整理する時間を。もっとよく考えたいんだ。みんなのことを。自分の気持ちを。そしてちゃんとした答えを僕は出したい。周りの声に左右されず、自分で誰かを好きになりたいんだ!」


「――ああもう、清太君!!」


 清太の言葉に、一美が身をよじり堪えきれなくなり、ちょうど後ろにあった岩に座り込む。

「ひ、日鷹?」

「一美ちゃん、大丈夫?!」

 さすがにハッとなり、慌てて日鷹に駆け寄ろうとする。

「こ、こないで! 大丈夫だから……はぁ、はぁ」

 何故か息が荒く、それでも一人でゆっくり立ち上がる。

「まったく……清太君は……はぁ、はぁ」

「だ、大丈夫か? 本当に……」

「……前に、言ったこと覚えてる? 清太君の良いところ、三つ」

「覚えてるけど……なんで急にそんなこと?」

「お節介、聞き上手。そして――」

 一美は顔を上げ、清太の顔を見て微笑を浮かべる。


「――熱い。私が惚れ込んだ清太君は、とても熱いのよ」


 熱い。一美の言う、清太の三つ目の良いところ。

「……それ、前も言ったけど、僕にはよくわからない」

「何度でも言うわ。清太君は、熱いのよ。見かけによらずね。清太君の行動は、自分が思っている以上に熱いのよ? 私が惚れ込んだ、清太君の一番の長所。神楽坂さんの自転車のことや、七枝さんとの喧嘩の時のこと。ベンツと競走なんて、清太君自身絶対に否定できないはずよ? そして、今の言葉――ああもう、ますます惚れちゃったじゃない。かっこいいわ、清太君」

「え? ひ、日鷹?」

「……今日は本当、お腹いっぱいよ。昼間の競争の後も、危なかったのよね。私も清太君に一言、かっこよかったわよって、言いたかったけど、口を開いたらそのまま崩れ落ちちゃいそうでなにも言えなかったのよ」

「……えぇ?」

 去り際に、黙って清太のことを見ていたのは……あれは、批難の意でもなんでもなく、ただ単に今と同じようになってしまうのを堪えるため?

 でも、どうしてそうなるのかが清太にはまったくわからない。が、涼香にはなにかわかったのか、一美に問いかける。

「一美ちゃん、もしかして……清太がかっこ良すぎてずきゅーん! って感じで身をよじってたの?」

「ふふ……当たり前じゃないですか……ふふふふふふふ」

「な、なかなか激しいのね……一美ちゃんって」

 涼香の言っている意味がよくわからない……そしてそれを確認するのもなんだか怖かった。

「清太君の熱に当てられてるんですもの。当然です。……ふふ、それにしても、七枝さんが警戒するのも頷けますね」

「七枝ちゃんが? それってわたしのことよね。警戒って、どういう意味?」

「涼香先輩は、お節介で、聞き上手。そして熱い。……一緒なんですよ、清太君と。七枝さんは、それにすぐに気が付いた。その危険性に。……いえ、前から気付いていたのかしら?」

「ええ? わたしが? そんなことないでしょー? 買いかぶり過ぎ。それに、危険ってどういうことよ」

「……ふふ。本当に。チャンスどころか、前の街以上に危険な場所ね、この町は……」

「日鷹……? さすがに、なんのことだかわからないんだが」

「清太君。それでも私は負けないわ。絶対に振り向かせてみせる。清太君に好きになってもらう。他の子たちには、負けない」

 日鷹は背を向け、歩き出す。

「そろそろ私は家に戻るわ。あんまり遅いと、七枝さんたちが心配するから。また、学校で会いましょう」

 清太と涼香は、その背を呆然と見送るのだった。

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