一体どうしちゃったの!?
これにはもうビックリ! フロイド、あなた、一体どうしちゃったの!?
捕えられているということだが、フロイドは一切拘束されていない。
当のフロイド本人は、外出用のグレーのトレンチコート姿で「お嬢様、申し訳ありません」という顔をしていた。
一方のグレーマンの方は、手枷をつけられ、足は裸足。腰に結わかれたロープは、二人の騎士がしっかり握りしめている。灰色クマの毛皮を着ており、顔には泥を塗り、目の周りは赤い縁取りをしている。筋骨隆々で腕も脚も丸太みたいだ。そしてメレディス王太子が言う通り、獣のような匂いがしている。父親と私の座る椅子からは距離があるのに、それでも匂いが漂ってきていた。
「捕らえたグレーマンの数が百になりましたから、一度連れ帰ることにしました。大勢のグレーマンを連れているので、いつも王都に入る際は、森の中にかかる第三の橋を利用しています。今回もそこへ向かったのですが、橋が破壊されており、修復している最中でした」
そこでメレディス王太子は移動用に使われる第二の橋まで移動し、部下に捕えたグレーマンを連れ、先に王都へ入るよう指示した。そして自身はあの修復中の第三の橋へと向かった。
というのも修復作業は王都側で行われており、工事をしている人間もそこにいたからだ。ひとまずなぜ橋がこのような状態なのか、現場の人間の話を聞いてみようと考えたのだが。その途中でフロイドのことを見つけたのだという。
どう見ても工事を請け負っている人間に見えない。
怪しい。
そう思い、問いただしたところ……。
「ハリス公爵家のリズ公爵令嬢に仕える専属バトラーのフロイドであると名乗った。さらにリズ公爵令嬢は稀に予知夢を見るという。フロイドの知る限り、その予知夢は百発百中。そして今回、あの第三の橋を使い、グレーマンの襲撃が行われることを予知夢で見ていた。だが、グレーマンの襲撃があると話したところで信じてもらえない可能性がある。よって橋を秘密裡に爆破したと、わたしに打ち明けました」
メレディス王太子が語る内容を聞いた国王陛下と私の父親が、本当にもう、分かりやすい表情で驚いている。
一方の私は軽くパニックだった。
どうしてフロイドは何もかもをメレディス王太子に話してしまったのかしら? これまでのあらゆることを完璧にこなすフロイドなら、こんな風に全てを話すなんてしないはず。上手に身分も、そこにいる理由も、誤魔化すはずだ。
ハンカチといい、そもそもメレディス王太子に捕まることといい、そしてその弁明も。いつもフロイドとは思えなかった。こんなに失策続きなんて、フロイドじゃない!
それに今、話した予知夢。グレーマンの襲撃。これは起きる予定だったこと。でも橋を爆破したことで、それは起きなかった。起きていないのに、それを理由に橋を爆破したと話し、信じてもらえるの……?
「グレーマンがあの橋を渡り、襲撃を行っていたら、大変なことになる。そもそもあの橋の存在は、ほとんど知られていないはずだ。ゆえにあの第三の橋を渡り、グレーマンが襲撃を仕掛ける可能性は、誰も想定していないと思う。よってその予知夢が現実に起きていたら、大変な悲劇が起きていただろう。貴族の屋敷から金品が奪われ、令嬢がさらわれ、平民の家には、火が放たれたかもしれない」
メレディス王太子がそう言うと、国王陛下が尋ねる。
「予知夢なのじゃろう? 本当にそれが起きることだったと、証明できないのでは?」
その通りです、国王陛下と心の中で答え、私は目をつむる。
「それができました」
私は目を開け、国王陛下と父親が「「えええっ」」と驚く。
「ここにいるグレーマンが、王都の襲撃計画があったことを明かしました。旅をしている貴族の馬車を襲撃した際、あの第三の橋の存在を聞き出したそうです、その襲った貴族から。他の二つの橋は厳重に警備されている上に、往来もひっきりなしにあります。対して森の中の橋は警備兵も日中しかいない。そこで商人に変装し、あの橋を渡り、王都への侵入計画を、まさに二日前、実行しようとしていたそうです」
メレディス王太子がグレーマン達の言葉で、問いかけると、その男は「そうだ」とばかりに頷いている。まさか起きなかった未来の出来事が、こんな形で証明されるなんて……!
「つまりリズ公爵令嬢の予知夢は間違っていなかったのです。橋が破壊されていたので、グレーマン達は襲撃を断念しました。断念し、別の場所へ移動しようとしているところを運悪く、わたしに見つかってしまいました。そこで多くのグレーマンを捕らえることに成功したのです」
そこでメレディス王太子がチラリと私を見た。銀粉を散らしたような紺碧の瞳は、とても美しい。吸い込まれそうだった。
「リズ公爵令嬢は今回、橋を爆破するよう、自身の専属バトラーに指示をだしたわけですが、おかげで多くの命が助かることになりました。王都が混乱に陥らずに済んだのです。多くの兵や騎士が動員されることなく、橋の爆破だけでグレーマンの侵攻を食い止めました。これは英雄的行為で、罰せられるべきことではないと思います」
「なるほど。それはメレディスの言う通りであるな。わしは……危うく間違った判断を下すところじゃった。これは罰ではなく、褒美を与えないとならんな」
この言葉を聞いて、ようやく国王陛下と視線があっても、「怖い!」と思わずに済む状態になった。