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みそびっちょ じょけじょけ  作者: 雨野 鉱
31/31

第一部 公現祭篇 終章

ぼくは自分の弱さによって、

ぼくの時代のネガティブな面をもくもくと掘り起こしてきた。

現代は、ぼくに非常に近い。だから、ぼくは時代を代表する権利を持っている。

ポジティブなものは、ほんのわずかでさえ身につけなかった。

ネガティブなものも、ポジティブと紙一重の、底の浅いものは身につけなかった。

どんな宗教によっても救われることはなかった。

ぼくは終末である。それとも始まりであろうか。

                        フランツ・カフカ

31. 切なき者へ


 アーキア超大陸(ちょうたいりく)南のイラクビル王国。その首都(しゅと)バルハチ。

 外敵(がいてき)侵入(しんにゅう)を防ぐ堅牢(けんろう)第三区画壁(くかくへき)がかろうじて残っているから、一応首都と呼んでいいかもね、今後も。

 でも中はもう何も残っていない。まともな構造物は一つもない。

 バルハチ。ここは言うなれば(やま)火事(かじ)の後の荒れ地。火種(ひだね)が音と煙を上げて未だくすぶっている。

 誰かが大地を冷まさないと。それには山火事を起こした張本人(オレ)が一番ふさわしい。

菜種(なたね)梅雨(づゆ)

 サー……

 長い細い糸のような雨を、語りかけるようにそっと()らせる。

 火が水を飲み、沈んでいく。(さくら)炭のような、(きり)炭のような、(くり)炭のような、炭焼きの時のほの甘い匂いが立ちのぼる。

 追放聖皇(ついほうせいおう)オパビニアを吸収した際、偶然(ぐうぜん)手に入れた「封印されし言葉」の解放によって感知(かんち)範囲(はんい)を大幅に上昇させられた俺の嗅覚(きゅうかく)が、区画壁(くかくへき)の内と外の世界を〝(かお)り〟で見せてくれる。シータル大森林の外にも関わらず、感知できる半径は三百キロ。ジブリール図書館長のような視覚情報とは異なるけれど、あれは間違いなく脳負担が大きい。別のことを考えながら使用するには向いていない。それに対してこちらはうすぼんやりゆっくりと情報が流れてくるから負担はそんなに大きくない。俺には好都合だ。悪くない。

「スゥー、フゥー」

 深呼吸(しんこきゅう)してあらゆるサイズの微粒子(びりゅうし)鼻腔(びこう)に取り込む。(きゅう)上皮(じょうひ)(きゅう)細胞(さいぼう)から(きゅう)神経(しんけい)を通じて脳内で情報を集約し、再構築していく。

 花におびえ、うずくまり、照りつけ続ける太陽に熱せられた人々の疲れ切った体臭(たいしゅう)呼気(こき)が見える。

 そこにひんやりした、穏やかな、ひそかな露を落とす。菜種梅雨。

 家畜(かちく)も人もそれを全身で受け、肺の中の重苦しい空気を吐き出す。かわりに熱い大地の湿り始めた空気を目いっぱい彼らは吸い込む。さらには細かい水滴を開けた口とひび割れた皮膚から摂取し続ける彼らの体に、少しずつ生気が戻ってくる。雨の歌に耳を澄ませる余裕が出てくる。

 天地に満ちる、しみじみと落ち着いた気配。

「今日のみの、雨を歩いて、仕舞(しま)いけり。なんてね」

(もう限界よ)

 そんな雨雲の下、バルハチの上空に(ドラゴン)が戻ってくる。凛々(りり)しい(いかずち)の匂い。

(何が?どったの?)

 竜の上には亜人族の女子が三人。

(ノンキンタン様!もう限界です!)

 双子の風人族(エルフ)は「限界」と言って目に涙をためている。イザベルとクリスティナ。甘酸(あまず)っぱい風の匂い。

(だからどったのさ?)

(心配しました~。ノンキンタン様の~本当のお名前~呼びたいで~す!)

 目をギュッとつむり、その目もとには(なみだ)。体を丸めてウズウズと震えている蛸人族(クラーケン)ソフィー。可愛い海の匂い。

(ああ、そんなことか。でも本当によくここまで我慢できたね。四人とも)

(はいマソラ殿!どうかお名前を叫ぶことをお許しください!ついでに(あに)(さま)大好きと言わせてください!はぁっ!とうとう言ってしまった!禁断(きんだん)(こい)が始まってしまった!!)

(モチカ静電(せいでん)()痛いってば!)

(雨で漏電(ろうでん)して私までアフロエルフになったわ。でもこれはこれでセクシーな気がするの)

(髪みんなポワポワ~雨気持ちいい~)

 もう叫んでるよモチカ。念話だけどね。まったく。

「う……」「……ん」

 第三区画壁の上、雨に濡れる朱莉(あかり)晴音(はるね)がゆっくりと目を覚ます。

 土から顔をのぞかせたばかりのか(よわ)()のように、二人は体を起こす。そのすぐ(そば)手摺(てすり)に立つ俺は二人に背を向けて「菜種(なたね)梅雨(づゆ)」を弱める。雨雲(あまぐも)が裂けていく。細い(あめ)(いと)の中に、太陽の光が差し込む。

「「………!」」

 二人の気づいて驚く様子を背中で知る。


ノンキンタン:Lv10(渦魔導魔(アルス・マグナ)窯胴魔(マグヌス・オプス)窩惑宇間(プリマ・マテリア)

 生命力: ???????? 魔力:??????????????????????????????

 攻撃力:500? 防御力:800? 

 敏捷性:60? 幸運値:25?

 魔法攻撃力: ―― 魔法防御力:―― 耐性:――

 特殊スキル:命食典儀(オブラティオ)魔蛆生贄(ネフレンカ)


 別に二人を見る必要も、触る必要も俺にはない。既に持ついくつもの「目」だけでなく「(オドール)」も手にした俺は、もう大抵(たいてい)のことは手に取るように分かる。それにこの二人(バカ)には……闇でもう()れた。

「マソラ君?」

 その(なつ)かしい声には答えず、俺はただ顔を上げる。()(じゅう)コマッチモと精霊(フルングニル)()きの鉱人族(ドワーフ)ギュイエンヌに完全(かんぜん)撤退(てったい)の合図をし、竜人族(ドラフン)のモチカに(むか)えに来てくれるよう(たの)む。

「マソラ君っ!!」

 川で(おぼ)れた人が救助に来た人を見つけたかのように、晴音がこっちに飛びつこうとする。それをスルリと(かわ)し、俺は区画壁の手摺(てすり)から前のめりに落下(らっか)する。ただちに「火車(かしゃ)」で高度を回復。日向(ひなた)に浮かぶ(ほこり)のようにフワリフワリと()いながら二人から(はな)れていく。四人の仲間の元へ飛んでいく。お腹減ったなぁ。

「マソラ君!マソラ君なんでしょ!?お願い答えてマソラ君っ!!こっちを向いてマソラ君っ!!!」

 一人の女にこんなに自分の名前が連呼(ラブコール)されるなんて、久しぶり。もしかして初めてかも。

(あの貧乳はいったい誰かしら?)

(お姉ちゃんより絶対おっきい)

(赤い髪の方は、私の方が勝っている気がするのだがどうだろう)

(パットは(だま)りなさい)

(なっ、どうしてそのことを!?)

(お風呂入っている時~イザベルはみんなの下着のサイズと色~チェックしてる~)

(お姉ちゃん、ひくわそれ)

(妹たちの日々の成長を観察(かんさつ)記録(きろく)するのは(あね)たる私の(つと)めよ)

(だれが姉だ!私はイザベルを姉様などと思ったことはない!)

(それよりあの黒い髪の人間族(マヌシア)、誰なんだろう?「マソラ君」って、マソラ様のことをさも(した)しげに……)

(くひひっ!真打(しんうち)登場。たぶん召喚者(しょうかんしゃ)。しかもおそらくマソラ様の昔の女)

((((え?))))

(オサナナジミデ、マソラサマノ、ハツコイノヒトデス。マソラサマ、ヨク、ハツコイノヒトヲオモイダシテ、ヨル、ゴソゴソシテマシタ)

((((………撤収(てっしゅう)))))

「あっ!?ちょっと待って!!」

 格好(かっこう)つけて(ドラゴン)のモチカの所へ戻ろうと思ったのにモチカは急旋回(きゅうせんかい)し、イザベルとクリスティナ、ソフィーを連れて飛び去っていく。事実を言っているだけのコマッチモにたぶん、悪意(あくい)はない。魔物だったコマッチモに俺の細胞を植え付け過ぎた俺自身の(むく)いであって、コマッチモはきっと悪くない。ギュイエンヌもたぶん。うん、たぶん。たぶ……


「えらかっつら!!」


 妹の、朱莉(ばか)の声がした。

 ……。

 ………ふっ。

 ………当たり前だろ。「大変だったでしょ!!」に決まってる。

 (らく)なことなんて何一つない。今までも、そしてたぶんこれからも……

「アカリちゃん!何て言ったの!?ねえ!何て言ったの!!」

 俺は自分の右手を見る。双刃剣(そうばけん)(つか)をまだ(にぎ)りしめているのを忘れていた。

 双刃剣ヤジウマフタリ。その柄を、

「……やれやれ」

 両手で再び持つ。

 ガキンッ!

 雨を吸って(ぎん)白色(はくしょく)湯気(ゆげ)をあげる大地を前に、ヤジウマフタリの長い(つか)の真ん中をへし折る。二人に背中を向けたまま、俺はノッペラボウを解除する。爽やかな湿り気を胸いっぱいに吸い込む。二人の若くて強くて(あや)うい(にお)いも、そこに混ざっている。

 (やかま)しい「火車(かしゃ)」を止める。ホバリング用の翅を銀の蔓で背中に(こしら)える。


「らっちもねえこんしてちょ!!」


「くだらないことをするな」。俺はそう叫び、振り返る。虹の走る乳白色(にゅうはくしょく)の顔に(すみれ)(いろ)の瞳を浮かべ、(いばら)(アカリ)眼帯(がんたい)幼馴染(ハルネ)を見下ろす。雲が走り、風が前髪をなびかせる。


永津朱莉(ながつあかり) Lv29(召喚者:風属性の魔法使い)茨海の呪印(スピーネプリンチェプス)所持。

 生命力:700/1000 魔力:60/400

 攻撃力:600 防御力:500 敏捷性:300 幸運値:110

 魔法攻撃力:400 魔法防御力:400 耐性:風属性

 特殊スキル:茨呪解放


赤荻晴音(あかおぎはるね) Lv29(召喚者:光属性の魔法使い)使役魔(アベル)所持。

 生命力:600/600 魔力:1200/1200

 攻撃力:300 防御力:400 敏捷性:100 幸運値:90

 魔法攻撃力:800 魔法防御力:1000 耐性:光属性

 特殊スキル:使役魔融合


「「……」」

 息が止まり、化石(かせき)のように固まる二人。

 やがて呼吸は戻り、鳥肌が立ち、その肩が激しく(ふる)え出す。


永津真天(ながつまそら):Lv10(ずっといちばんとおくにいたい。いちばんとおくにいてほしい)

 生命力: ???????? 魔力:??????????????????????????????

 攻撃力:500? 防御力:800? 

 敏捷性:60? 幸運値:25?

 魔法攻撃力: ―― 魔法防御力:―― 耐性:――

 特殊スキル:さようなら。ながいあいだ。めいわくでした。


 ()()めた表情(ひょうじょう)(くず)れて、赤子(あかご)のごとく(ほお)が赤みを()びていく。

 小刻みに体を震わせたまま、鼻水を大きくすする姿。

 どうしていいかわからない幼子(おさなご)のように、顔をクシャクシャにして落涙(らくるい)している。

 ダメだなぁ。

 二人ともせっかくの美人なんだから、そんなにわんわん泣くなよ。

 それにさ、そんなヤワじゃこれから先、生き残れないよ?

 ……。

 ……。

 ……まあでもその、あれだね。

 ……えへへ。

 泣いてくれる人がいるのは……俺としてはうれしいけどね。

 ……………っていうのは、俺らしくないか。


 ズゥゥーン。


「「?」」

 亜空間(ノモリガミ)の中で二人の魔力素類型(パターン)(すで)解析(かいせき)している俺は自分の魔力素の一部をそれらに合うように変換し、(かたまり)にして二人にぶつける。武術的に言うならば発勁(はっけい)

「あうっ!」「いたっ!」

 茨の刺青そのものに激痛を流す。眼窩の心臓そのものに激痛を流す。

「「はあ!はあ!はあ!はあ!………」」

 汗を浮かべ顔をゆがめ、やがて元の張り詰めた表情に戻る二人。

 そう。それでいい。

 きゅっと()めろ。

 気を抜いちゃだめだ。

 タフでないと奪われて殺されちゃうよ。あとはそう……


「こっちょおむいちょ!!」


 二本にしたばかりの刀を(かつ)いだ俺は、ぶん投げる。

 回転しながら放物線を描き、二人に迫る刃。

 シュウンッ!!!

 けれどそれは、二人を両断(りょうだん)できない。

 二人の足元のレンガを豆腐みたいに割き、鍔元(つばもと)まで突き刺さって止まる。殺す勢いでぶん投げたけれど、ちゃんと飛び退()いて(かわ)せた。

 悪くない。

 それでいい。

 武器(えもの)を見ろ。「こっちを見るな」。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…………お兄ちゃん」

 茨呪(しじゅ)舞姫(まいひめ)

 その武技(ぶぎ)じゃまだ遠い。遠い。

 か弱いお前には黒剣(こっけん)穢地(けがれち)」を餞別(せんべつ)(おく)ろう。はなむけだ。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…………マソラ君」

 隻眼(せきがん)(わし)(ひめ)

 その(ほう)()じゃまだ遠い。遠い。

 か弱いお前には白剣(はっけん)癒地(いやしろち)」を加護(かご)に贈ろう。お(まも)りだ。

 コツン。

「「?」」

 区画壁の外側に未だ(から)みついていた(つる)を使い頑丈(がんじょう)()んだ二本の(さや)花血(かち)」で、二人の後頭部を軽く小突(こづ)いて()り返らせる。剣の血を吸って育つよ、その鞘は。

 で、ノックして二人が振り返っている間に、再びノッペラボウに顔を戻した俺は消えつつある蜃気楼の結界(フェイタアルマータ)の外へと「火車」で飛ぶ。

「お兄ちゃん!」「マソラ君!」

 俺の所在がばれないようにしなくちゃいけないから、とりあえず魔王領(バルティア)の方へ出よう。そうすれば大馬鹿(おおばか)の二人でもきっと、(あきら)めがつくだろうから。

「にしてもあの四人、本当に俺を置いて帰っちゃったの?ひどすぎない?」

 ブウブウ文句を言いながら俺が飛んでいると、姉のモチカなんかよりもずっと素直で優しく真面目な弟の次期(じき)族長(ぞくちょう)ナユタ君が背中にコマッチモとギュイエンヌを乗せて近づいてきて、俺を回収してくれた。ありがとう。ナユタ君には後でお礼にシカ肉の油漬(あぶらづ)けをプレゼントしよう。マグロのシーチキンみたいな味がしてすっごく美味(おい)しいけど、あの薄情(はくじょう)で大食いの四人には絶対に分けてあげないもんね。

「さよなら(せつ)なき人よ。召喚者の(かせ)は外した。二人して風のように自由に生きろ。()王領(おうりょう)以外でね」

 炎竜にまたがった俺はロンシャーンを超えて、シータル大森林へと戻っていった。



 アルビジョワ迷宮地下138階。シギラリア要塞内、研究開発部(カーボン)管轄(かんかつ)階層(かいそう)

「本当の目的はお身内(みうち)旧友(きゅうゆう)をお(すく)いになられることだったと?」

 黒土(くろつち)(すき)()り返しているファラデーの手が止まる。

「そうです。すみません」

 その(となり)、黒土に混ざった石ころを取り除いている俺。現在、地下において畑づくりの真っ最中。

「……」

「……」

「というのは(うそ)でございましょう。花の禍王(かおう)オパビニアの存在はそれ自体が脅威(きょうい)にしてはた迷惑(めいわく)。神のごとき力有()る者が早々に()り取るのがやはり最善(さいぜん)(さく)でしょう。しかも刈り取るだけでなくその花皇(オパビニア)の能力を吸収までなさり、「封印されし言葉」をさらに会得(えとく)なさるとは。マソラ殿がこの超大陸アーキアにおいて並び立つ者のいない至高(しこう)存在(そんざい)であることはもはや自明(じめい)かと思います」

 ファラデーの体が再び(いそが)しく動き出す。

「至高かどうかはともかく、力を持つが何も仕掛けてこない。そんな奴が仮に隣の深い森の(しげ)みに(ひそ)んでいたら、周囲はさぞ怖いだろうね」

 (はな)れた所で堆肥(たいひ)のうず高い山にシャベルを突き入れるミソビッチョたちと、堆肥を食べて土を作るオオミミズ型チンダラガケを見ながら俺は答える。

「はい。怖すぎますマソラ殿。それで、妹君と旧友の方は何もせずによろしいのですか?」

「一応アイテムを渡してある。売れば都市一つくらい買えるカネが手に入るだろうし、斬れないものもないから護身用になるだろうし、所有者へのレベル補正で三倍の能力値になるよう渡す直前にいじり直したからまあ大丈夫でしょ。後は知らないよ。自分の運命も命も自分で何とかするものだよ」

「と言いつつ、マソラ殿の細胞片を使った位置測位(いちそくい)機構(システム)もそのチートアイテムに組み込まれているのではありませんか?」

 そう指摘するファラデーの(すき)はどんどん土を掘り返し、裏返し、砕いて(たい)らに(なら)していく。

「う……(するど)くなったねファラデーさんや」

「マソラ殿(どの)部下(ぶか)たる者、常にマソラ殿がどのようにお考えになるかを(さっ)し続けなければなりませぬ」

「そしていつか俺の代わりになってみんなを導いてくれると俺は引退(いんたい)できてありがたいんだけどね」

 言って俺は、温かい土くれを(ゆび)(つか)んでもみつぶす。土の香りが風に乗って鼻に届く。土木部(ペルム)の造った通気(つうき)装置(そうち)集光塔(しゅうこうとう)が、地下の(やみ)を風と光にあふれる空間に変えた。

(わたくし)めがマソラ殿の代行(かわり)などと絶対にありえません。そもそもマソラ殿の代わりなど何人(なんぴと)にも(つと)まりませぬ。万に一つ、仮に務まるとすれば、マソラ殿が血を分けた御子(みこ)くらいかと。ふう……あの元亜人族(あひとぞく)の魔獣娘たちは毎日毎日騒々(そうぞう)しい限りですが、マソラ殿の血を受ける聖杯(せいはい)であると思えば、この命続くまで()えてみせましょう」

「聖杯?あの()(いも)女子たちが?」

「ええ。聖杯(せいはい)でございます。たとえ焼き芋を一人九キロずつ平らげたとしても、です」

「子どもじゃなくて焼き芋が生まれてきそうだよ。それより東の動きはあった?」

「はい。マソラ殿のお読みになった通りです。魔王軍(まおうぐん)荒廃(こうはい)したイラクビル王国へ侵攻(しんこう)すると見せかけて、このシータル大森林に東接(とうせつ)するゲッシ王国の侵攻(しんこう)準備(じゅんび)を進めております」

「ゲッシ王国の南東で国境を接している魔王領バルティアは何地区だっけ?」

「第Ⅶ(7)地区です。管理官(かんりかん)はキリグア。二つ名は魔弾(まだん)射手(しゃしゅ)キリグアでございます」

「そうそう。それで欲深くて慎重なだけの魔物キリグア。そしてその南の第Ⅵ(6)地区の管理官はプールソン。〝哀斑(あいはん)のプールソン〟だったかな。(かしこ)すぎて世を悲観している聡明な魔物だよね。あの姑獲鳥(うぶめ)でちょっぴり(にが)い思いをした兵士たちの親玉だったけど、本当に見込みがあるよ、彼だけは」

「そのお話しぶりからして……既に、マソラ殿の中で彼らは〝()んでいる〟のですね?」

「どうだろうね。(いくさ)は生き物だから何が起きるか分からないよ」

 石だけでなく余分な雑草の()をついでに指で()き取りながら、俺は返す。

「今、(いくさ)と申されましたか?」

「うん。ゲッシ王国が魔王軍に取られたら、このシータルの森を守るのが大変になる。だから今回は打って出る。例えゲッシ王国がアントピウス聖皇国(せいおうこく)属国(ぞっこく)であったとしても」

 立ち上がり、俺は(こし)を伸ばす。

「承知いたしました。……マソラ殿が発見されたロンシャーンの金鉱山(きんこうざん)の件も()に落ちました」

 ファラデーの(すき)が止まる。

「ああ、あれか」

「おっしゃられた通り、我らミソビッチョが現地の鉱山で闇魔法によって水に黄金(おうごん)を溶かし、アントピウスから派遣(はけん)された鉱山(こうざん)奴隷(どれい)の飲料水に混ぜて飲ませたのも、黄金が浮腫(ふしゅ)として奴隷の体に浮き出、その黄金を巡り見張りの王国兵士と殺し合わせていた理由も今わかりました。血まみれの黄金に、死を運ぶ鳥。ロンシャーン山脈はスノードロップで死を()()らしたウブメといい、闇の呪いに満ちあふれている。ゆえに山を()えての進軍(しんぐん)は危険。そうアントピウスに思わせ、山越えによる北進(ほくしん)を防ぐための布石(ふせき)だったのですね」

 首に巻いたタオルで頭蓋骨(ずがいこつ)の黒い汗を()きながらファラデーが言う。

「あれはそこまで深い意味はないよ。黄金には不変の価値があり、それは人を狂気(きょうき)に駆り立てる。この世界でもそれが通じるのか実験しただけ。どうやら正しかったみたい。黄金で自由身分を買いたい奴隷も黄金の持ち逃げを許して死罪になりたくない兵士もみんな食べられない黄金のために死んじゃっただけのことさ」

 再びしゃがみ、俺は土をいじり始める。

「ですがその後、闇魔法を止めるようマソラ殿はご指示なさいました。おかげで山岳(さんがく)(みん)はアントピウスが設けた鉱山(こうざん)設備(せつび)をそのまま利用でき、順調(じゅんちょう)に黄金を()り起こしております。これでマソラ殿の軍資金(ぐんしきん)潤沢(じゅんたく)に……」

「黄金は山の人たちのもの。俺たちはこの〝鎮守(ちんじゅ)(もり)〟での自給自足(じきゅうじそく)殖産(しょくさん)興業(こうぎょう)が基本だよ」

 俺はピンと小石をファラデーの足めがけて指で飛ばす。

「そうでございました。そのための多くの知恵(ちえ)(さず)けてくださったマソラ殿への非礼(ひれい)、改めて深くお()び申し上げます」

「ところであれはもうできているのかな?」

「ジョケジョケでございますか?」

 再び鋤を動かそうとしていたファラデーがまた止まる。

「そう。あれがないとこれからは色々と困るからね」

教育部(ジュラ)医療部(クレタセオス)からゴーサインは既に出ております。一番隊(いちばんたい)から十番隊(じゅうばんたい)まで仕上がり、今はマソラ殿の下知(げち)を待っているはずです」

「それは上々。じゃあさっそく始めようか」

「あの、マソラ殿。一つ(たず)ねてもよろしいでしょうか」

「何?」

「あの者たちに名付けられたジョケジョケとは一体どういう意味なのでございましょう?」

「ジョケジョケのこと?ジョケジョケっていうのはね……」

「マソラ!」

「?」

 呼ぶ声がしたのでそっちを見てみると、どこぞの焼き芋女子が四人。風人族(エルフ)二人に蛸人族(クラーケン)一人、そして竜人族(ドラフン)一人。

「マソラ様!見てくださいこれ!」

「どう?ウサギの(ふん)みたいなのがいっぱいのっていてかわいいと思わない?」

「お姉ちゃん!」

 女子たちはそれぞれ大皿(おおざら)を持っていて、その中には黒い粒々(つぶつぶ)がちりばめられた茶色(ちゃいろ)洋菓子(ようがし)がたくさんある。

「この(にお)いは、チョコチップクッキーだね。コマッチモが作ったの?」

全然(ぜんぜん)(ちが)います!!私たちが作ったんですっ!!」

 ほっぺを(ふく)れさせる、キュートなクリスティナ。

「ほんとに?」

「ボウルにバター入れました~」

 ニコニコ幸せそうに言うソフィーの腰のタコ足がハートマークをつくる。

「聞いてください兄様!私がそのバターをヘラでクリーム状にしました!」

 真面目の上に溌溂(はつらつ)とした笑みを重ねるモチカ。

「へえ」

「言うまでもないけれどそこにキビ砂糖(ざとう)卵黄(らんおう)とバニラオイルを入れたのが私よ」

 得意そうに言うクールビューティーイザベルの口元には残念な味見の痕跡(こんせき)

「チョコレートと薄力粉(はくりきこ)重曹(じゅうそう)(しお)を加えたのはじゃあ誰なの?」

「「「「コマッチモ」」」」

生地(きじ)を手で丸めたのは?」

「「「「ギュイエンヌ」」」」

円形(えんけい)にして焼いたのは?」

「「「「コマッチモとギュイエンヌ」」」」

「そっか。みんな頑張ったね。いろいろツッコみたいことがあるけどありがとう。とりあえず休憩(きゅうけい)にしようか」

 ドリンクまで持ってきてくれた、眼鏡(めがね)の似合うギュイエンヌといつもプルプルンの(あか)いコマッチモも交えて、俺とファラデーはみんなの用意してくれたチョコチップクッキーとバナナアイスのスムージーで休憩(きゅうけい)をとることにした。


                            (第一部 完)



カミヲノロイシモノ


光 「〝風〟との交霊(こうれい)途絶(とだ)え、しかもナガツマソラは「封印(ふういん)されし言葉(ことば)」により、新たな力を得た……厄介(やっかい)(やつ)が召喚されたものじゃ」

水 「ペニエルの塔、ロンシャーン噴火、花人王(オパビニア)まで出したのに殺せなかったね」

闇 「〝風〟だけに任せたのが敗因(はいいん)でしょう」

土 「どうであろう。食えぬ〝風〟のこと、最初からこう(おさ)まるつもりだったのかもしれぬ」

闇 「ナガツマソラに取り入ったのはあくまで作戦(さくせん)だと言うの?」

土 「分からぬ。〝風〟はただ、時に我らの(およ)びもせぬことを考える」

水 「買いかぶり過ぎだよ。ただの負け。〝風〟はナガツマソラにもう取り込まれたんだよ」

光 「いずれにせよ、ナガツマソラが〝風〟を打ち破るほどの力を備えた適格者(てきかくしゃ)であることは間違(まちが)いない」

闇 「そしておそらく、役者(やくしゃ)はそろった」

光 「左様(さよう)。あの神の(うつわ)となる適格者はナガツマソラを含め、五基(ごき)

水 「三基(さんき)の間違いじゃないの?」

光 「人の王と魔物の王は(かざ)りではない。あの者たちもまた適格者の可能性を一応秘()めておる。少なくともそうであるからワシと〝火〟がそれぞれ見張(みは)っている」

水 「〝火〟は見張っているんじゃなくて、ずっと前から〝風〟よりもひどく食い物にされているだけなんじゃない?」

闇 「今はそうかもしれないけれど、時が来れば(すく)い出すのよ」

土 「我ら大精霊(だいせいれい)が力を()るって」

光 「左様(さよう)。ナガツマソラに(むしば)まれた〝風〟と同じ。時が来れば魔物の王から〝火〟は取り戻す」

水 「オッケー」

土 「()ければ今すぐにでも……」

光 「それは尚早(しょうそう)じゃ。よいか〝土〟よ。おぬしはあくまでも()(ふだ)。神に(もっと)(にく)まれし者。我ら五柱(ごちゅう)万一滅(ほろ)びし後には、生ある者一切(いっさい)を滅ぼし、ともに()てるのがぬしの使命」

土 「……肯定(こうてい)した。いざという時はものみな全て道連(みちづ)れようぞ」

光 「して、当面の問題は〝闇〟よ、おぬしじゃ」

闇 「分かっているわ。シズクイシヒトミね」

光 「おそらくはあれが〝()び水〟となって全てが始まった。地理的(ちりてき)に考えて、あの危険な魔女がまず狙うのはおそらくおぬしじゃ」

闇 「(おく)れはとらないわ。たとえ我らの知らぬ大精霊憑()きだとしても」

光 「油断(ゆだん)予断(よだん)(ゆる)されぬ。〝水〟よ。さっそくだが動いてほしい」

水 「分かった。シズクイシヒトミを殺せばいいんでしょ?」

光 「(いな)。おぬしが相手するのはナガツマソラ。ワシとともにあの者を()つ」

水 「聖皇(オファニエル)はどうするの?〝光〟が見張(みは)るって決まりなんでしょ?」

光 「ワシは人の王を使い、ナガツマソラを討つ。あれは多くの人形をもつからのう」

水 「なるほどね。さすが人形使いの人形使い」

土 「(われ)はどうすれば?まさか何一つせず傍観(ぼうかん)せよと?」

光 「〝土〟よ。おぬしは最後の一基(いっき)である、あの魔女に加勢(かせい)してほしい」

土・水・闇 「「「?」」」

光 「そも、神とは何か?」

闇 「力を集めさせて(みずか)らの顕現(けんげん)にふさわしい(うつわ)を作る存在。とはいえ意図(いと)不明(ふめい)

水 「だからそれにふさわしい候補(こうほ)聖皇(せいおう)召喚(しょうかん)させている。神の意図?たぶんゲーム感覚だと思うよ」

土 「であるからこそ(いど)むのであろう。力が全て一か所に集まる前に。我ら大精霊(だいせいれい)たる者が、遊戯(ゆうぎ)ではなく真剣(しんけん)で」

光 「(しか)り。だが(みな)(しゅう)。我らが一柱一殺(いっちゅういっさつ)(つらぬ)かねばならぬ道理(どうり)はない」

土・水・闇 「「「……」」」

土 「あくまで」

水 「力が一点に」

闇 「集まらないようにすればよいと?」

光 「その通りじゃ。マユズミアスカ。あの水獄(すいごく)の魔女にシズクイシヒトミを殺させる。おそらくあの者はナガツマソラとシズクイシヒトミを追ってこの世界に来た処刑人(しょけいにん)()動機(どうき)を用意せずに済む」

水 「だから〝土〟に加勢させるのかぁ。なるほどなるほど」

土 「して、どのようにすれば?」

光 「たいしたことではない。マユズミアスカが今進めていることを後押ししてやればよい。さすれば強大な力を得るとともに、シズクイシヒトミも討て、おのずと「封印されし言葉」も水獄の魔女に集まろう。〝闇〟よ。()り返すが、マユズミアスカが動くまで何としても耐えよ。ワシと〝水〟もナガツマソラを始末した後に加勢しよう」

闇 「無論(むろん)

水 「(どく)をもって毒を(せい)すかぁ。そう考えるとおっもしろいね!その(いきお)いでいっそのこと聖皇(オファニエル)魔王(ウェスパシア)もぶっ殺しちゃおう!」

闇 「落ち着きなさい〝水〟。我らはあくまで神の目的を(はば)むためにいるのよ」

土 「神の消滅(しょうめつ)悲願(ひがん)であるが、現実的ではない」

水 「ノリが悪いなぁ。そんなこと分かってるよ」

光 「人の王と魔物の王。あれらは最後の(こま)。マユズミアスカが力を集め増長(ぞうちょう)した最後、とどめを刺すのに用いる。あれら二基(にき)の持つ「封印されし言葉」は(かさ)()けができぬ代償(だいしょう)に最強である。適格者(てきかくしゃ)(とど)めを()すにはちょうど良い駒じゃ。それでいて両者の力は互いの弱点。ゆえにナガツマソラ、シズクイシヒトミ、マユズミアスカ亡き後は拮抗(きっこう)状態(じょうたい)に戻る。人の王は言葉を集めて自らの(ふところ)に隠そうとし、魔物の王は言葉を集めて誰も近寄れぬ地の底に封印(ふういん)しようとする」

水 「オッケー。最初から最後まで殺し合わせる。そうこなくっちゃ」

闇 「五基なんて多すぎるのよ。そもそも」

土 「殺し合い傷ついた適格者であればあるいは隙を突いて、我らが(たば)になり殺せるのではあるまいか?」

水 「〝風〟がいなくてよかったねぇ。いたらきっと「それこそ神の思うツボ」なんて言いそうだもん。あれさ、絶対(ぜったい)に考えなしで(しゃべ)ってるよ。思いつきだよ絶対」

闇 「できれば〝火〟を早く解放してあげたい。かわいそうな〝火〟」

光 「(あわ)てるでない。感情(かんじょう)に流され(とき)()くなど、我らに相応(ふさわ)しくなかろう」

土・水・闇 「「「……」」」

光 「(かみ)などという思いあがったケダモノに、この世界を好き勝手にはさせぬ。我らはそのために(つど)いし魔力素(まりょくそ)結晶(けっしょう)(ほろ)ぼされても何度でも立ち上がる反逆者(はんぎゃくしゃ)貴様(きさま)の思い通りにはさせぬぞ。神め」

土・水・闇 「「「(おう)」」」


                           (第二部へ続く)



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