第一部 公現祭篇 終章
ぼくは自分の弱さによって、
ぼくの時代のネガティブな面をもくもくと掘り起こしてきた。
現代は、ぼくに非常に近い。だから、ぼくは時代を代表する権利を持っている。
ポジティブなものは、ほんのわずかでさえ身につけなかった。
ネガティブなものも、ポジティブと紙一重の、底の浅いものは身につけなかった。
どんな宗教によっても救われることはなかった。
ぼくは終末である。それとも始まりであろうか。
フランツ・カフカ
31. 切なき者へ
アーキア超大陸南のイラクビル王国。その首都バルハチ。
外敵の侵入を防ぐ堅牢な第三区画壁がかろうじて残っているから、一応首都と呼んでいいかもね、今後も。
でも中はもう何も残っていない。まともな構造物は一つもない。
バルハチ。ここは言うなれば山火事の後の荒れ地。火種が音と煙を上げて未だくすぶっている。
誰かが大地を冷まさないと。それには山火事を起こした張本人が一番ふさわしい。
「菜種梅雨」
サー……
長い細い糸のような雨を、語りかけるようにそっと降らせる。
火が水を飲み、沈んでいく。桜炭のような、桐炭のような、栗炭のような、炭焼きの時のほの甘い匂いが立ちのぼる。
追放聖皇オパビニアを吸収した際、偶然手に入れた「封印されし言葉」の解放によって感知範囲を大幅に上昇させられた俺の嗅覚が、区画壁の内と外の世界を〝香り〟で見せてくれる。シータル大森林の外にも関わらず、感知できる半径は三百キロ。ジブリール図書館長のような視覚情報とは異なるけれど、あれは間違いなく脳負担が大きい。別のことを考えながら使用するには向いていない。それに対してこちらはうすぼんやりゆっくりと情報が流れてくるから負担はそんなに大きくない。俺には好都合だ。悪くない。
「スゥー、フゥー」
深呼吸してあらゆるサイズの微粒子を鼻腔に取り込む。嗅上皮の嗅細胞から嗅神経を通じて脳内で情報を集約し、再構築していく。
花におびえ、うずくまり、照りつけ続ける太陽に熱せられた人々の疲れ切った体臭と呼気が見える。
そこにひんやりした、穏やかな、ひそかな露を落とす。菜種梅雨。
家畜も人もそれを全身で受け、肺の中の重苦しい空気を吐き出す。かわりに熱い大地の湿り始めた空気を目いっぱい彼らは吸い込む。さらには細かい水滴を開けた口とひび割れた皮膚から摂取し続ける彼らの体に、少しずつ生気が戻ってくる。雨の歌に耳を澄ませる余裕が出てくる。
天地に満ちる、しみじみと落ち着いた気配。
「今日のみの、雨を歩いて、仕舞いけり。なんてね」
(もう限界よ)
そんな雨雲の下、バルハチの上空に竜が戻ってくる。凛々(りり)しい雷の匂い。
(何が?どったの?)
竜の上には亜人族の女子が三人。
(ノンキンタン様!もう限界です!)
双子の風人族は「限界」と言って目に涙をためている。イザベルとクリスティナ。甘酸っぱい風の匂い。
(だからどったのさ?)
(心配しました~。ノンキンタン様の~本当のお名前~呼びたいで~す!)
目をギュッとつむり、その目もとには涙。体を丸めてウズウズと震えている蛸人族ソフィー。可愛い海の匂い。
(ああ、そんなことか。でも本当によくここまで我慢できたね。四人とも)
(はいマソラ殿!どうかお名前を叫ぶことをお許しください!ついでに兄様大好きと言わせてください!はぁっ!とうとう言ってしまった!禁断の恋が始まってしまった!!)
(モチカ静電気痛いってば!)
(雨で漏電して私までアフロエルフになったわ。でもこれはこれでセクシーな気がするの)
(髪みんなポワポワ~雨気持ちいい~)
もう叫んでるよモチカ。念話だけどね。まったく。
「う……」「……ん」
第三区画壁の上、雨に濡れる朱莉と晴音がゆっくりと目を覚ます。
土から顔をのぞかせたばかりのか弱い芽のように、二人は体を起こす。そのすぐ傍の手摺に立つ俺は二人に背を向けて「菜種梅雨」を弱める。雨雲が裂けていく。細い雨糸の中に、太陽の光が差し込む。
「「………!」」
二人の気づいて驚く様子を背中で知る。
ノンキンタン:Lv10(渦魔導魔・窯胴魔・窩惑宇間)
生命力: ???????? 魔力:??????????????????????????????
攻撃力:500? 防御力:800?
敏捷性:60? 幸運値:25?
魔法攻撃力: ―― 魔法防御力:―― 耐性:――
特殊スキル:命食典儀、魔蛆生贄
別に二人を見る必要も、触る必要も俺にはない。既に持ついくつもの「目」だけでなく「花」も手にした俺は、もう大抵のことは手に取るように分かる。それにこの二人には……闇でもう触れた。
「マソラ君?」
その懐かしい声には答えず、俺はただ顔を上げる。魔獣コマッチモと精霊憑きの鉱人族ギュイエンヌに完全撤退の合図をし、竜人族のモチカに迎えに来てくれるよう頼む。
「マソラ君っ!!」
川で溺れた人が救助に来た人を見つけたかのように、晴音がこっちに飛びつこうとする。それをスルリと躱し、俺は区画壁の手摺から前のめりに落下する。ただちに「火車」で高度を回復。日向に浮かぶ埃のようにフワリフワリと舞いながら二人から離れていく。四人の仲間の元へ飛んでいく。お腹減ったなぁ。
「マソラ君!マソラ君なんでしょ!?お願い答えてマソラ君っ!!こっちを向いてマソラ君っ!!!」
一人の女にこんなに自分の名前が連呼されるなんて、久しぶり。もしかして初めてかも。
(あの貧乳はいったい誰かしら?)
(お姉ちゃんより絶対おっきい)
(赤い髪の方は、私の方が勝っている気がするのだがどうだろう)
(パットは黙りなさい)
(なっ、どうしてそのことを!?)
(お風呂入っている時~イザベルはみんなの下着のサイズと色~チェックしてる~)
(お姉ちゃん、ひくわそれ)
(妹たちの日々の成長を観察記録するのは姉たる私の務めよ)
(だれが姉だ!私はイザベルを姉様などと思ったことはない!)
(それよりあの黒い髪の人間族、誰なんだろう?「マソラ君」って、マソラ様のことをさも親しげに……)
(くひひっ!真打登場。たぶん召喚者。しかもおそらくマソラ様の昔の女)
((((え?))))
(オサナナジミデ、マソラサマノ、ハツコイノヒトデス。マソラサマ、ヨク、ハツコイノヒトヲオモイダシテ、ヨル、ゴソゴソシテマシタ)
((((………撤収))))
「あっ!?ちょっと待って!!」
格好つけて竜のモチカの所へ戻ろうと思ったのにモチカは急旋回し、イザベルとクリスティナ、ソフィーを連れて飛び去っていく。事実を言っているだけのコマッチモにたぶん、悪意はない。魔物だったコマッチモに俺の細胞を植え付け過ぎた俺自身の報いであって、コマッチモはきっと悪くない。ギュイエンヌもたぶん。うん、たぶん。たぶ……
「えらかっつら!!」
妹の、朱莉の声がした。
……。
………ふっ。
………当たり前だろ。「大変だったでしょ!!」に決まってる。
楽なことなんて何一つない。今までも、そしてたぶんこれからも……
「アカリちゃん!何て言ったの!?ねえ!何て言ったの!!」
俺は自分の右手を見る。双刃剣の柄をまだ握りしめているのを忘れていた。
双刃剣ヤジウマフタリ。その柄を、
「……やれやれ」
両手で再び持つ。
ガキンッ!
雨を吸って銀白色の湯気をあげる大地を前に、ヤジウマフタリの長い柄の真ん中をへし折る。二人に背中を向けたまま、俺はノッペラボウを解除する。爽やかな湿り気を胸いっぱいに吸い込む。二人の若くて強くて危うい匂いも、そこに混ざっている。
喧しい「火車」を止める。ホバリング用の翅を銀の蔓で背中に拵える。
「らっちもねえこんしてちょ!!」
「くだらないことをするな」。俺はそう叫び、振り返る。虹の走る乳白色の顔に菫色の瞳を浮かべ、茨の妹と眼帯の幼馴染を見下ろす。雲が走り、風が前髪をなびかせる。
永津朱莉 Lv29(召喚者:風属性の魔法使い)茨海の呪印所持。
生命力:700/1000 魔力:60/400
攻撃力:600 防御力:500 敏捷性:300 幸運値:110
魔法攻撃力:400 魔法防御力:400 耐性:風属性
特殊スキル:茨呪解放
赤荻晴音 Lv29(召喚者:光属性の魔法使い)使役魔所持。
生命力:600/600 魔力:1200/1200
攻撃力:300 防御力:400 敏捷性:100 幸運値:90
魔法攻撃力:800 魔法防御力:1000 耐性:光属性
特殊スキル:使役魔融合
「「……」」
息が止まり、化石のように固まる二人。
やがて呼吸は戻り、鳥肌が立ち、その肩が激しく震え出す。
永津真天:Lv10(ずっといちばんとおくにいたい。いちばんとおくにいてほしい)
生命力: ???????? 魔力:??????????????????????????????
攻撃力:500? 防御力:800?
敏捷性:60? 幸運値:25?
魔法攻撃力: ―― 魔法防御力:―― 耐性:――
特殊スキル:さようなら。ながいあいだ。めいわくでした。
張り詰めた表情が崩れて、赤子のごとく頬が赤みを帯びていく。
小刻みに体を震わせたまま、鼻水を大きくすする姿。
どうしていいかわからない幼子のように、顔をクシャクシャにして落涙している。
ダメだなぁ。
二人ともせっかくの美人なんだから、そんなにわんわん泣くなよ。
それにさ、そんなヤワじゃこれから先、生き残れないよ?
……。
……。
……まあでもその、あれだね。
……えへへ。
泣いてくれる人がいるのは……俺としてはうれしいけどね。
……………っていうのは、俺らしくないか。
ズゥゥーン。
「「?」」
亜空間の中で二人の魔力素類型を既に解析している俺は自分の魔力素の一部をそれらに合うように変換し、塊にして二人にぶつける。武術的に言うならば発勁。
「あうっ!」「いたっ!」
茨の刺青そのものに激痛を流す。眼窩の心臓そのものに激痛を流す。
「「はあ!はあ!はあ!はあ!………」」
汗を浮かべ顔をゆがめ、やがて元の張り詰めた表情に戻る二人。
そう。それでいい。
きゅっと締めろ。
気を抜いちゃだめだ。
タフでないと奪われて殺されちゃうよ。あとはそう……
「こっちょおむいちょ!!」
二本にしたばかりの刀を担いだ俺は、ぶん投げる。
回転しながら放物線を描き、二人に迫る刃。
シュウンッ!!!
けれどそれは、二人を両断できない。
二人の足元のレンガを豆腐みたいに割き、鍔元まで突き刺さって止まる。殺す勢いでぶん投げたけれど、ちゃんと飛び退いて躱せた。
悪くない。
それでいい。
武器を見ろ。「こっちを見るな」。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…………お兄ちゃん」
茨呪の舞姫。
その武技じゃまだ遠い。遠い。
か弱いお前には黒剣「穢地」を餞別に贈ろう。はなむけだ。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…………マソラ君」
隻眼の鷲姫。
その法技じゃまだ遠い。遠い。
か弱いお前には白剣「癒地」を加護に贈ろう。お守りだ。
コツン。
「「?」」
区画壁の外側に未だ絡みついていた蔓を使い頑丈に編んだ二本の鞘「花血」で、二人の後頭部を軽く小突いて振り返らせる。剣の血を吸って育つよ、その鞘は。
で、ノックして二人が振り返っている間に、再びノッペラボウに顔を戻した俺は消えつつある蜃気楼の結界の外へと「火車」で飛ぶ。
「お兄ちゃん!」「マソラ君!」
俺の所在がばれないようにしなくちゃいけないから、とりあえず魔王領の方へ出よう。そうすれば大馬鹿の二人でもきっと、諦めがつくだろうから。
「にしてもあの四人、本当に俺を置いて帰っちゃったの?ひどすぎない?」
ブウブウ文句を言いながら俺が飛んでいると、姉のモチカなんかよりもずっと素直で優しく真面目な弟の次期族長ナユタ君が背中にコマッチモとギュイエンヌを乗せて近づいてきて、俺を回収してくれた。ありがとう。ナユタ君には後でお礼にシカ肉の油漬けをプレゼントしよう。マグロのシーチキンみたいな味がしてすっごく美味しいけど、あの薄情で大食いの四人には絶対に分けてあげないもんね。
「さよなら切なき人よ。召喚者の枷は外した。二人して風のように自由に生きろ。魔王領以外でね」
炎竜にまたがった俺はロンシャーンを超えて、シータル大森林へと戻っていった。
アルビジョワ迷宮地下138階。シギラリア要塞内、研究開発部管轄階層。
「本当の目的はお身内と旧友をお救いになられることだったと?」
黒土を鋤で掘り返しているファラデーの手が止まる。
「そうです。すみません」
その隣、黒土に混ざった石ころを取り除いている俺。現在、地下において畑づくりの真っ最中。
「……」
「……」
「というのは嘘でございましょう。花の禍王オパビニアの存在はそれ自体が脅威にしてはた迷惑。神のごとき力有る者が早々に刈り取るのがやはり最善の策でしょう。しかも刈り取るだけでなくその花皇の能力を吸収までなさり、「封印されし言葉」をさらに会得なさるとは。マソラ殿がこの超大陸アーキアにおいて並び立つ者のいない至高の存在であることはもはや自明かと思います」
ファラデーの体が再び忙しく動き出す。
「至高かどうかはともかく、力を持つが何も仕掛けてこない。そんな奴が仮に隣の深い森の茂みに潜んでいたら、周囲はさぞ怖いだろうね」
離れた所で堆肥のうず高い山にシャベルを突き入れるミソビッチョたちと、堆肥を食べて土を作るオオミミズ型チンダラガケを見ながら俺は答える。
「はい。怖すぎますマソラ殿。それで、妹君と旧友の方は何もせずによろしいのですか?」
「一応アイテムを渡してある。売れば都市一つくらい買えるカネが手に入るだろうし、斬れないものもないから護身用になるだろうし、所有者へのレベル補正で三倍の能力値になるよう渡す直前にいじり直したからまあ大丈夫でしょ。後は知らないよ。自分の運命も命も自分で何とかするものだよ」
「と言いつつ、マソラ殿の細胞片を使った位置測位機構もそのチートアイテムに組み込まれているのではありませんか?」
そう指摘するファラデーの鋤はどんどん土を掘り返し、裏返し、砕いて平らに均していく。
「う……鋭くなったねファラデーさんや」
「マソラ殿の部下たる者、常にマソラ殿がどのようにお考えになるかを察し続けなければなりませぬ」
「そしていつか俺の代わりになってみんなを導いてくれると俺は引退できてありがたいんだけどね」
言って俺は、温かい土くれを指で掴んでもみつぶす。土の香りが風に乗って鼻に届く。土木部の造った通気装置と集光塔が、地下の闇を風と光にあふれる空間に変えた。
「私めがマソラ殿の代行などと絶対にありえません。そもそもマソラ殿の代わりなど何人にも務まりませぬ。万に一つ、仮に務まるとすれば、マソラ殿が血を分けた御子くらいかと。ふう……あの元亜人族の魔獣娘たちは毎日毎日騒々(そうぞう)しい限りですが、マソラ殿の血を受ける聖杯であると思えば、この命続くまで耐えてみせましょう」
「聖杯?あの焼き芋女子たちが?」
「ええ。聖杯でございます。たとえ焼き芋を一人九キロずつ平らげたとしても、です」
「子どもじゃなくて焼き芋が生まれてきそうだよ。それより東の動きはあった?」
「はい。マソラ殿のお読みになった通りです。魔王軍は荒廃したイラクビル王国へ侵攻すると見せかけて、このシータル大森林に東接するゲッシ王国の侵攻準備を進めております」
「ゲッシ王国の南東で国境を接している魔王領バルティアは何地区だっけ?」
「第Ⅶ(7)地区です。管理官はキリグア。二つ名は魔弾の射手キリグアでございます」
「そうそう。それで欲深くて慎重なだけの魔物キリグア。そしてその南の第Ⅵ(6)地区の管理官はプールソン。〝哀斑のプールソン〟だったかな。賢すぎて世を悲観している聡明な魔物だよね。あの姑獲鳥でちょっぴり苦い思いをした兵士たちの親玉だったけど、本当に見込みがあるよ、彼だけは」
「そのお話しぶりからして……既に、マソラ殿の中で彼らは〝詰んでいる〟のですね?」
「どうだろうね。戦は生き物だから何が起きるか分からないよ」
石だけでなく余分な雑草の芽をついでに指で抜き取りながら、俺は返す。
「今、戦と申されましたか?」
「うん。ゲッシ王国が魔王軍に取られたら、このシータルの森を守るのが大変になる。だから今回は打って出る。例えゲッシ王国がアントピウス聖皇国の属国であったとしても」
立ち上がり、俺は腰を伸ばす。
「承知いたしました。……マソラ殿が発見されたロンシャーンの金鉱山の件も腑に落ちました」
ファラデーの鋤が止まる。
「ああ、あれか」
「おっしゃられた通り、我らミソビッチョが現地の鉱山で闇魔法によって水に黄金を溶かし、アントピウスから派遣された鉱山奴隷の飲料水に混ぜて飲ませたのも、黄金が浮腫として奴隷の体に浮き出、その黄金を巡り見張りの王国兵士と殺し合わせていた理由も今わかりました。血まみれの黄金に、死を運ぶ鳥。ロンシャーン山脈はスノードロップで死を撒き散らしたウブメといい、闇の呪いに満ちあふれている。ゆえに山を越えての進軍は危険。そうアントピウスに思わせ、山越えによる北進を防ぐための布石だったのですね」
首に巻いたタオルで頭蓋骨の黒い汗を拭きながらファラデーが言う。
「あれはそこまで深い意味はないよ。黄金には不変の価値があり、それは人を狂気に駆り立てる。この世界でもそれが通じるのか実験しただけ。どうやら正しかったみたい。黄金で自由身分を買いたい奴隷も黄金の持ち逃げを許して死罪になりたくない兵士もみんな食べられない黄金のために死んじゃっただけのことさ」
再びしゃがみ、俺は土をいじり始める。
「ですがその後、闇魔法を止めるようマソラ殿はご指示なさいました。おかげで山岳民はアントピウスが設けた鉱山設備をそのまま利用でき、順調に黄金を掘り起こしております。これでマソラ殿の軍資金は潤沢に……」
「黄金は山の人たちのもの。俺たちはこの〝鎮守の森〟での自給自足と殖産興業が基本だよ」
俺はピンと小石をファラデーの足めがけて指で飛ばす。
「そうでございました。そのための多くの知恵を授けてくださったマソラ殿への非礼、改めて深くお詫び申し上げます」
「ところであれはもうできているのかな?」
「ジョケジョケでございますか?」
再び鋤を動かそうとしていたファラデーがまた止まる。
「そう。あれがないとこれからは色々と困るからね」
「教育部と医療部からゴーサインは既に出ております。一番隊から十番隊まで仕上がり、今はマソラ殿の下知を待っているはずです」
「それは上々。じゃあさっそく始めようか」
「あの、マソラ殿。一つ尋ねてもよろしいでしょうか」
「何?」
「あの者たちに名付けられたジョケジョケとは一体どういう意味なのでございましょう?」
「ジョケジョケのこと?ジョケジョケっていうのはね……」
「マソラ!」
「?」
呼ぶ声がしたのでそっちを見てみると、どこぞの焼き芋女子が四人。風人族二人に蛸人族一人、そして竜人族一人。
「マソラ様!見てくださいこれ!」
「どう?ウサギの糞みたいなのがいっぱいのっていてかわいいと思わない?」
「お姉ちゃん!」
女子たちはそれぞれ大皿を持っていて、その中には黒い粒々(つぶつぶ)がちりばめられた茶色い洋菓子がたくさんある。
「この匂いは、チョコチップクッキーだね。コマッチモが作ったの?」
「全然違います!!私たちが作ったんですっ!!」
ほっぺを膨れさせる、キュートなクリスティナ。
「ほんとに?」
「ボウルにバター入れました~」
ニコニコ幸せそうに言うソフィーの腰のタコ足がハートマークをつくる。
「聞いてください兄様!私がそのバターをヘラでクリーム状にしました!」
真面目の上に溌溂とした笑みを重ねるモチカ。
「へえ」
「言うまでもないけれどそこにキビ砂糖と卵黄とバニラオイルを入れたのが私よ」
得意そうに言うクールビューティーイザベルの口元には残念な味見の痕跡。
「チョコレートと薄力粉と重曹と塩を加えたのはじゃあ誰なの?」
「「「「コマッチモ」」」」
「生地を手で丸めたのは?」
「「「「ギュイエンヌ」」」」
「円形にして焼いたのは?」
「「「「コマッチモとギュイエンヌ」」」」
「そっか。みんな頑張ったね。いろいろツッコみたいことがあるけどありがとう。とりあえず休憩にしようか」
ドリンクまで持ってきてくれた、眼鏡の似合うギュイエンヌといつもプルプルンの紅いコマッチモも交えて、俺とファラデーはみんなの用意してくれたチョコチップクッキーとバナナアイスのスムージーで休憩をとることにした。
(第一部 完)
カミヲノロイシモノ
光 「〝風〟との交霊が途絶え、しかもナガツマソラは「封印されし言葉」により、新たな力を得た……厄介な奴が召喚されたものじゃ」
水 「ペニエルの塔、ロンシャーン噴火、花人王まで出したのに殺せなかったね」
闇 「〝風〟だけに任せたのが敗因でしょう」
土 「どうであろう。食えぬ〝風〟のこと、最初からこう収まるつもりだったのかもしれぬ」
闇 「ナガツマソラに取り入ったのはあくまで作戦だと言うの?」
土 「分からぬ。〝風〟はただ、時に我らの及びもせぬことを考える」
水 「買いかぶり過ぎだよ。ただの負け。〝風〟はナガツマソラにもう取り込まれたんだよ」
光 「いずれにせよ、ナガツマソラが〝風〟を打ち破るほどの力を備えた適格者であることは間違いない」
闇 「そしておそらく、役者はそろった」
光 「左様。あの神の器となる適格者はナガツマソラを含め、五基」
水 「三基の間違いじゃないの?」
光 「人の王と魔物の王は飾りではない。あの者たちもまた適格者の可能性を一応秘めておる。少なくともそうであるからワシと〝火〟がそれぞれ見張っている」
水 「〝火〟は見張っているんじゃなくて、ずっと前から〝風〟よりもひどく食い物にされているだけなんじゃない?」
闇 「今はそうかもしれないけれど、時が来れば救い出すのよ」
土 「我ら大精霊が力を振るって」
光 「左様。ナガツマソラに蝕まれた〝風〟と同じ。時が来れば魔物の王から〝火〟は取り戻す」
水 「オッケー」
土 「良ければ今すぐにでも……」
光 「それは尚早じゃ。よいか〝土〟よ。おぬしはあくまでも切り札。神に最も憎まれし者。我ら五柱が万一滅びし後には、生ある者一切を滅ぼし、ともに果てるのがぬしの使命」
土 「……肯定した。いざという時はものみな全て道連れようぞ」
光 「して、当面の問題は〝闇〟よ、おぬしじゃ」
闇 「分かっているわ。シズクイシヒトミね」
光 「おそらくはあれが〝呼び水〟となって全てが始まった。地理的に考えて、あの危険な魔女がまず狙うのはおそらくおぬしじゃ」
闇 「遅れはとらないわ。たとえ我らの知らぬ大精霊憑きだとしても」
光 「油断も予断も許されぬ。〝水〟よ。さっそくだが動いてほしい」
水 「分かった。シズクイシヒトミを殺せばいいんでしょ?」
光 「否。おぬしが相手するのはナガツマソラ。ワシとともにあの者を討つ」
水 「聖皇はどうするの?〝光〟が見張るって決まりなんでしょ?」
光 「ワシは人の王を使い、ナガツマソラを討つ。あれは多くの人形をもつからのう」
水 「なるほどね。さすが人形使いの人形使い」
土 「我はどうすれば?まさか何一つせず傍観せよと?」
光 「〝土〟よ。おぬしは最後の一基である、あの魔女に加勢してほしい」
土・水・闇 「「「?」」」
光 「そも、神とは何か?」
闇 「力を集めさせて自らの顕現にふさわしい器を作る存在。とはいえ意図は不明」
水 「だからそれにふさわしい候補を聖皇に召喚させている。神の意図?たぶんゲーム感覚だと思うよ」
土 「であるからこそ挑むのであろう。力が全て一か所に集まる前に。我ら大精霊たる者が、遊戯ではなく真剣で」
光 「然り。だが皆の衆。我らが一柱一殺を貫かねばならぬ道理はない」
土・水・闇 「「「……」」」
土 「あくまで」
水 「力が一点に」
闇 「集まらないようにすればよいと?」
光 「その通りじゃ。マユズミアスカ。あの水獄の魔女にシズクイシヒトミを殺させる。おそらくあの者はナガツマソラとシズクイシヒトミを追ってこの世界に来た処刑人。討つ動機を用意せずに済む」
水 「だから〝土〟に加勢させるのかぁ。なるほどなるほど」
土 「して、どのようにすれば?」
光 「たいしたことではない。マユズミアスカが今進めていることを後押ししてやればよい。さすれば強大な力を得るとともに、シズクイシヒトミも討て、おのずと「封印されし言葉」も水獄の魔女に集まろう。〝闇〟よ。繰り返すが、マユズミアスカが動くまで何としても耐えよ。ワシと〝水〟もナガツマソラを始末した後に加勢しよう」
闇 「無論」
水 「毒をもって毒を制すかぁ。そう考えるとおっもしろいね!その勢いでいっそのこと聖皇と魔王もぶっ殺しちゃおう!」
闇 「落ち着きなさい〝水〟。我らはあくまで神の目的を阻むためにいるのよ」
土 「神の消滅は悲願であるが、現実的ではない」
水 「ノリが悪いなぁ。そんなこと分かってるよ」
光 「人の王と魔物の王。あれらは最後の駒。マユズミアスカが力を集め増長した最後、とどめを刺すのに用いる。あれら二基の持つ「封印されし言葉」は重ね掛けができぬ代償に最強である。適格者の止めを刺すにはちょうど良い駒じゃ。それでいて両者の力は互いの弱点。ゆえにナガツマソラ、シズクイシヒトミ、マユズミアスカ亡き後は拮抗状態に戻る。人の王は言葉を集めて自らの懐に隠そうとし、魔物の王は言葉を集めて誰も近寄れぬ地の底に封印しようとする」
水 「オッケー。最初から最後まで殺し合わせる。そうこなくっちゃ」
闇 「五基なんて多すぎるのよ。そもそも」
土 「殺し合い傷ついた適格者であればあるいは隙を突いて、我らが束になり殺せるのではあるまいか?」
水 「〝風〟がいなくてよかったねぇ。いたらきっと「それこそ神の思うツボ」なんて言いそうだもん。あれさ、絶対に考えなしで喋ってるよ。思いつきだよ絶対」
闇 「できれば〝火〟を早く解放してあげたい。かわいそうな〝火〟」
光 「慌てるでない。感情に流され時を急くなど、我らに相応しくなかろう」
土・水・闇 「「「……」」」
光 「神などという思いあがったケダモノに、この世界を好き勝手にはさせぬ。我らはそのために集いし魔力素の結晶。滅ぼされても何度でも立ち上がる反逆者。貴様の思い通りにはさせぬぞ。神め」
土・水・闇 「「「応」」」
(第二部へ続く)




