第一部 公現祭篇 その二十六
二人でいると、
彼は一人のときよりも孤独を感じる。
誰かと二人でいると、相手が彼につかみかかり、彼はなすすべもない。
一人でいると、全人類が彼につかみかかりはするが、
その無数の腕がからまって、だれの手も彼に届かない。
フランツ・カフカ
26 姫と魔女「ポタージュ」
アーキア超大陸南西端。
「ちょっと!これはあたいが先に見つけたクエストだよ!」
「うるせぇ!俺の方が先だ!」
アントピウス聖皇国の西隣、パンノケル王国の都市マルシア。温暖でそれなりに湿度もある。草木の生育環境としては恵まれている。
「よそに行きなこのフケツ!」
「んだとっ!てめぇこそブタみてぇな貴族の腹の上でヒィヒィ泣いてやがれ!クソビッチが!!」
冒険者ギルド「メレヨン」が運営する大型店舗の中。
クエストが貼られたばかりの掲示板の前で、二人の男女が罵り合っている。
男の名はホサラーンと言い、Dランクの冒険者パーティー「リョーザンパク」の一人。女の指摘する通り、水浴びも湯浴みもしないため、垢まみれでニオイがひどい。
一方の女の名はドンドラ。Dランク冒険者パーティー「アマゾネスの露」の一人。男の指摘する通り、副業で身体を売っている売春婦。
冒険者ギルドはいつも通り、冒険者であふれている。けれど活気はない。みなテーブルの前でだらしなく酒を飲み、愚痴を言い、気だるそうにしている。
「表に出ろ!」
「上等だよ!」
ホサラーンとドンドラが外に出て行く。「リョーザンパク」の残りメンバー18人がトランプのポーカーをやめて追いかけ、「アマゾネスの露」の残りメンバー13人も水煙草を吸うのをやめて店の外に出て行く。ただし「リョーザンパク」のリーダーも「アマゾネスの露」のリーダーも椅子に腰かけたまま。
「ホサラーンが勝ったら、お前らの今週の夜の稼ぎ、全部よこせ」
「リョーザンパク」のリーダーであるグロートフォンテがウィスキーの瓶を傾けながら物憂げに言う。
「ドンドラが勝ったらアンタはアタシに何を差し出すんだい?」
爪を道具で磨きながら「アマゾネスの露」のリーダーテオフラが尋ね返す。
「テメェを抱いてやる」
「お断りだよ。代わりにその汚い一物を鉈でぶった切って口に突っ込んでやる」
「言うじゃねぇかアバズレ」
「ヘヘヘ」と笑い、耳を澄ませるグロートフォンテ。店の外では冒険者たちの乱闘騒ぎが起きている。
他の冒険者たちもそれをただぼんやり聞いている。聞きながらナイフを研いだり、カードゲームをしたり、魔導書を読んだり、酒を飲んだりしている。
要するに、仕事がない。
冒険者ギルドには通常、クエストと呼ばれる依頼が殺到する。その依頼のほとんどが魔物に関するもので、冒険者はそのクエストを達成することで依頼主がギルドに支払った金額の何割かを報酬として手にする。
しかしここのところ、その魔物に関する依頼がほとんど入ってこない。掲示板に新しい依頼書が貼られることはほぼなく、張られっぱなしのクエストはどれも遠方の地にいる強い魔物を採取してほしいという類のもので、冒険者の懐事情からすると割に合わないものばかりだった。
(なんでこう、平和なんだよ)
都市マルシアは、パンノケル王国の中央よりやや東にある。アントピウス聖皇国との国境からは、そう遠くはない。
そのアントピウスでは魔物が恒常的に出現しているのに、パンノケル王国、とくに中央より北の方では魔物の数が減っていた。
しかも、ものすごい勢いで。
「このままじゃ運送業者に鞍替えだな、俺たち」
魚の骨せんべいをポリポリかじりながら、Cランク冒険者「ヒクイドリ」の一人タラブルスがぼやく。パンノケル王国の元兵士集団で構成する「ヒクイドリ」の副業は商人の護衛、つまり傭兵。すなわち商人と荷物の運送。
「それだってままならねぇよ」
隣に座るリーダーのルネが、エロ本に目を向けたまま返す。
「どうしてだよ」
「荷物を運ぶ道中、魔物がいなくなって盗賊しか出てこないなら、値の張るCランクになんぞ頼まないでDランクに頼んだ方が安く済む。俺が商人ならそう考える」
「国内でランクの詐称はできないから、結局他所に行くしかないってわけかい」
「ヒクイドリ」のパーティーの一人ナクールが投げナイフに映る自分を見ながら聞く。
「他所の縄張りに行ってうまくいく保証もねぇさ。干されりゃ今と変わらねぇ」
そう答えたリーダーのエロ本をナクールが覗き見る。
「こんなムチムチ女のどこがいいのさ?」
「お前と違って痩せて筋肉質じゃねぇところが魅力なんだよ」
「だからしまりがいいってこの間言ってくれたろ?」
「んなことは酔ってたから忘れた」
「はいはい。二人ともいちゃつきすぎ。それよりどうしてこんなに魔物が減ったのかな?」
「んなこと俺が知るかよ。あの魔法使いのオタクさんたちなら知ってんじゃねぇのか」
「ヒクイドリ」で一番若い娘のセゲドはルネに言われて、別のテーブルを見る。「ヒクイドリ」と同じく冒険者パーティー「深淵の魔奥」がそこにいる。全部で8人。「ヒクイドリ」より一人多いこの集団は、魔法マニアで構成されている。その8人は相変わらず怪しげな魔導書を、なけなしの金をはたいて購入してきては、額を突き合わせてみなで読んでいる。
「あの人たち、怖いから話しかけたくないよ」
「じゃああいつらに聞いたらいい。こんな時だって充実した時間を過ごされていらっしゃる」
「ヒクイドリ」のリーダールネは店の隅のテーブルを指さす。
パシンッ!
「ううっ」
退屈しのぎに、ボンテージスーツの女がマッチョのマスク男に鞭を振るっている。その女は別のマッチョのマスク男を椅子にして座っている。プロレスラーのような黒のショートタイツのマッチョ二人はいつも鞭の傷だらけ。そしていつも血と汗を流し、そのことを上気して喜んでいる。
Bランク冒険者パーティー「ララナ様もっと踏んでください」の3人。
ドSのリーダーである女ララナと、ドMの男二人レデフィエル、ドロミテで構成される。
「あの人たちはもっと怖いし、生理的に無理です」
「おいララナお嬢!」
「ヒクイドリ」のルネが唐突に呼びかける。ララナの鞭が止まる。
「なに?」
「今更だけどよ、どうして魔物が減っているのか、お前知ってっか?」
「……」
ララナは一度ルネに向けた顔を再びレデフィエルに戻す。その背中に鞭を一発撃ちこむ。喜びの吐息と唾液がレデフィエルの口から洩れる。
「少し前に、森で何かがあったって、誰かから聞いた」
「森?森ってルバートのことか?」
バシンッ!ウフンッ!
「そう。あの魔の森。あそこで何かがあったから、魔物が減ったって、客を縛った時、聞いた」
ララナはそこまで言って、人間椅子をしているドロミテの尻を鞭打つ。予期せぬタイミングのせいで、歓喜のあまり打ち震えるドロミテ。ちなみにララナにも緊縛師としての副業があり、それで糊口をしのいでいる。
「ロンシャーンの山が噴火したかと思えば、今度はルバートの森かい」
「ヒクイドリ」の女二人ファルサラとスルークの戦うチェス盤に目を向けつつ、リーダーのルネは「二人ともちょっとごめんな」と言ってエロ本を閉じて丸める。テーブルの上に留まった二匹のハエを一撃で同時に叩き潰す。盤上のチェスのコマが揺れて床に落ちる。
「「……」」
ファルサラとスルークは無言のまま駒を床から拾い上げ、元の位置に戻す。試合を再開する。
(魔物を吸う森ってか)
潰れたハエの死骸を千切ったエロ本の一ページで拭い取り、灰皿に丸めて捨てるルネ。ナクールが靴の底でマッチを擦り、灰皿の中身をチリチリと燃やして消す。
ルバート大森林。
アーキア大陸の中央にそびえるロンシャーンから大陸の西端までを包む、超巨大森林地帯。
その大きさは、ナガツマソラが潜むシータル大森林のおよそ四倍。
この未開の大森林によってアントピウス聖皇国、つまりカディシン教はアーキア大陸の北西方面を支配できないでいる。大陸北西部はカディシン教の及ばない地であり、アントピウスやその属国であるパンノケル王国、イラクビル王国からしてみれば蛮族の治める秘境と思われていた。
その、人々の世界を南北に隔てる大森林で異変が起きたらしいとララナが言った時、店の外の罵声や怒声が短い悲鳴とともに止む。
代わりにギルド「メレヨン」の扉がゆっくりと開く。
見慣れない冒険者パーティー4人がのっそりと入ってくる。
「ここもやっぱり辛気臭いわね」
「まあ、そう言うな。美味いものが食えるかもしれない」
ローブを羽織った女のこぼした本音をフォローする男。そして品定めをするように自分たちを見てくる冒険者たちを逆に見回す残り2人。
「ご注文は?」
空いているテーブルに着いた4人に、ギルドスタッフの若い娘が声をかける。仕事がなさすぎるため、通常ならばクエストに関わる事務手続きに追われているはずのスタッフが、ホールの接客をしている。
「とりあえずビールを四つ。それと、この店で一番うまいものを四人分頼む。金ならちゃんと持ってる」
リーダーの男はそう言うと革のポーチから銀貨一枚を出してギルドスタッフに手渡す。
「釣銭は入らない。美人のあんたへのチップとギルドへのあいさつ代わりだ」
「あ、はい……あっ!」
戸惑っていたギルドスタッフが四人のうちの一人のネックレスを見て驚き、慌ててキッチンへと消えていく。キッチンが大騒ぎになる。
巻煙草に火をつける「アマゾネスの露」のリーダーテオフラ。
酒瓶を置き指をポキポキ鳴らす「リョーザンパク」のリーダーグロートフォンテ。
魔導書を閉じる「深淵の魔奥」8人。
鞭の柄で人間椅子のドロミテの肛門をグリグリする「ララナ様もっと踏んでください」のリーダーララナ。
エロ本を開き直して読むリーダーのルネ以外、作業を中断する「ヒクイドリ」6人。
彼らの注意は〝新参〟の4人に向く。正確には4人が首からぶら下げているであろうプレートの種類に。死亡した際にその冒険者が誰かを確認するためのネックレスに使われるプレートの素材は冒険者ランクによって素材が異なる。
Eランク:銅。
Dランク:鉄。
Cランク:銀。
Bランク:トパーズ。
Aランク:サファイア。
Sランク:ダイヤモンド。
これはアントピウス聖皇国及びその属国内では共通の識別票であるため、全国どこのギルド、どこの冒険者に対しても通用する。
(一人は少なくともダイヤモンドプレート)
そして今入ってきた4人の冒険者の一人、大剣を背負う女ドルミトルの胸に下がっているのはダイヤモンドプレート。すなわちSランク冒険者であることを意味していた。
「どっかに立てかけておく場所はございませんでしょうかねぇ」
二メートル近い大剣をおろしてキョロキョロするドルミトル。
大剣の名は、斬馬刀ザッハーク。戦場で使用すれば、兵士と馬を同時に叩き切れる獲物。滅多なことでは折れない。
「どこにだって置きゃいいだろ。そんな鉄板盗む奴なんていねぇよ」
言って、ふんっと鼻を鳴らす女ブリシュティナ。
椅子に矢筒と短弓をかけた彼女は、自分たちに近づいてくる三人の冒険者との距離を耳で測りながら、ナイフケースからナイフをそっと取り出す。同じく最初に店の扉を開けて入った魔法使いの女ノビサトも杖の仕込み刀をいつでも抜けるように構える。
「いいもんもってんじゃねぇか」
近づいてきた三人の一人の男リモニがドルミトルのダイヤモンドプレートを見ながら声をかける。リモニの胸にはサファイアプレート。Aランク冒険者「ジャックオーランタン」の一人。近づいてきた残り二人も胸にサファイアプレートをぶら下げている。
「私ですかぁ?よく言われます。大きな乳房だって」
〝天然〟のドルミトルが照れ笑いをする。それを馬鹿にされたと受け取ったリモニが特殊武器ショテルをいきなり抜いてドルミトルの首に切っ先を当てようとする。ショテルは敵の盾を無効化するためにつくられたS字状の湾曲剣。殺しが三度の飯よりも好きな彼らに使わせれば盾どころか首まで一撃で……
カンッ。
刎ねられないこともある。
湾曲剣ショテルはドルミトルが瞬時に動かした重量百キロ超の斬馬刀に弾かれる。鉄板のような剣はまるで姿見となってリモニの全身を鈍く映す。
(いつの間に!?)
顔面と首の皮がうっすら斬られ、流血していることをリモニは〝鏡〟で初めて知る。
「すまないが少しの間、居させてくれ。北部はどこの都市に行ってもここのようにギルドへの依頼が少ない。南部の漁港キネシンか学園都市にすぐ向かうよ」
シミだらけのメニュー表から顔を上げないリーダーの丹羽ナガチカが「ジャックオーランタン」の三人に謝罪する。
「アンタ、名前は?」
「ジャックオーランタン」のリーダーでやはり戦闘狂の女クラドニールがかすれた声で丹羽に問う。幼少期から「どうせ殺す相手と話しても仕方がない」と思っているこの女は滅多なことでは口を利かないため、声帯が委縮してしまっている。
「俺か?俺はニワナガチカ。「ホワイトジャガー」のリーダーだ」
((((ホワイトジャガーッ!?))))
パンノケル王国でSランク冒険者はごく少数。
ゆえにそのSランク冒険者で構成されるパーティー名は、パンノケルの冒険者なら大抵は知っている。ただし罪を犯したお尋ね者ではないためその容姿については口伝などでしか伝わらない。ゆえに、冒険者はダイヤモンドプレートと本人たちの名乗りをもって、初めて噂が本物であることを知る。
「お、お待たせいたしました~っ!」
ギルドスタッフ4人が同時に食事を「ホワイトジャガー」4人に運んでくる。
「待ってました!いただきます」
4人で既にビールを二十杯は呑んでいる「ホワイトジャガー」はパサパサだけれど大きく分厚いステーキをむしゃむしゃほおばり始める。ポテトを口に運ぶ。ベビーキャロットを咀嚼する。ブロッコリーを呑み込む。
「なんだなんだ~外でクセェ男とクセェ女が全員伸びていると思ったら、そういうことかい」
しばらくして、冒険者ギルド「メレヨン」のマスターであるブランドンが二階の執務室から出てきて階下の冒険者たちに声をかける。一同はギルドマスターの方を見る。
(ありゃあ斬馬刀ザッハーク。馬鹿力の女剣士ドルミトルが持ってるって聞いたことがある。……てことは隣に座っているあの男は魔剣トンボギリの使い手……)
「おめぇ、もしかして「ホワイトジャガー」のニワナガチカか?」
火のついた葉巻を咥えたまま、ブランドンが尋ねる。
「そうだ。ところでここのステーキはものすごく美味いな!」
明るく屈託のない笑顔で返す丹羽。
「そうか。そんな粗末でパルプみてぇな歯ごたえの肉が旨いなんて言っているようじゃ、テメェの舌もたいしたことねぇな!」
「ハハハハハハッ!その通りだ!」
「火が通っているお肉なんてめったに食べませんものね」
「ナガチカ、ドルミトル。馬鹿にされてるのが分からないの!?」
「あいつのキンタマ、撃ち抜いていい?」
「ナッハッハッハッハ」とギルドマスターは笑いながら今度、常連の冒険者の方へ目を向ける。
「知っての通り、現在ウチには仕事の依頼が全くこない。と思っていたが、喜べクソったれども!とんでもねぇ大仕事が入った!」
その言葉で一同色めき立つ。
「報酬は?」
「金貨五百枚」
「おお」という声が漏れる。ざわつき始める。
「クエストを受けられるのは?」
「なんと全員だ」
そこで一瞬声がはたと止む。
「全員でクエストを受ける?どういうことだ?」
「ヒクイドリ」のリーダー、ルネがエロ本を置いてブランドンに尋ねる。
「ふふ」
ギルドマスターは咥えていた葉巻の煙を口いっぱいに吸い込んで味わった後、鼻から噴射し、葉巻を手すりに置く。本来なら掲示板に張るはずの紙をわざわざ懐から取り出す。
「求む!魔物狩り!!」
「そりゃどこだい?イラクビルならアンタが一人で行きな!」
「アマゾネスの露」のリーダーテオフラが叫ぶ。一同失笑する。転移魔法陣の使用は国の許可した人物しか使えない。かといって馬で移動すれば一か月以上かかる。船ならもう少し早いが、船賃も決して安くない。
「あいにくとイラクビルでも魔王領でもない」
ギルドが再びざわつく。
「じゃあどこだって言うんだい。もったいぶらないでさっさと教えな!」
テオフラの言葉で、ブランドンはニヤリと笑みを浮かべる。
「ジペルテン」
その一言で完全に声が消える。代わりに全員の肌に鳥肌が立つ。
「今、なんつった?」
「ジペルテン!あのジペルテン監獄だ!!」
「ジペルテン……」
「深淵の魔奥」8人が額を寄せ合い、ヒソヒソと話し始める。
「ヒクイドリ」7人が互いの顔を見合わせる。
「リョーザンパク」のリーダーは酒瓶を懐にしまい、「アマゾネスの露」のリーダーは煙草の火を消す。
「ララナ様もっと踏んでください」のリーダーは興奮し、片方の手で鞭を振るい、もう片方の手で人間椅子の股間をつねる。二人の男から歓喜の悲鳴が溢れる。
「ジャックオーランタン」の三人は喜びに打ち震え、雄たけびを上げながらショテルを振り回し始める。
「ジペルテン監獄に住み着いている魔物を討伐し、死骸を回収してほしい。しかも魔物は一匹につき種類大きさを問わず銀貨一枚を支払う」
あまりに法外な報酬に、しばし呆気にとられる一同。
「どこの奇特なバカよそいつ」
「ララナ様もっと踏んでください」のララナがうれしすぎて両手の力が強まる。血まみれのレデフィエルも汗まみれのドロミテも限界が近づく。
「貴族専門に行商をしているワタリガラスって婆さんからの依頼だ。保証金ですでに金貨二百五十枚、正確には二百五十枚相当の金塊を受け取ってる!後は出来高で金塊を受け取り、銀貨に換金してお前らに支払う」
「魔物の死骸ってぇのは、剥製目当てか?」
「ジャックオーランタン」のリミニが尋ねる。剥製目当ての狩りの場合、相手に傷を負わせれば負わせるほど、商品価値は下がる。よって細心の注意を払い、負わせる傷は最小限にしないといけない。しかしそれは彼ら戦闘狂パーティーにとって面白くない。
「それについてだが、傷物でも構わないそうだ。ワタリガラスはとにかく魔物を素材として集めている貴族を相手にしている」
ギルドマスターの返答を受けて「ジャックオーランタン」のリミニとコペルは再び狂ったような絶叫を発する。
「ちょっと待ってくれ。あのジペルテンに入る許可なんてこの国の王から下りるわけ……買収かい」
質問した「ヒクイドリ」のリーダールネは自ら気づき、黙す。
「そういうこった。王国側にとってもあそこは重要な施設だから、魔物の好きにはさせたくねぇってことだ。それでいて実のところ、魔物に手を焼いている」
「で、ワタリガラスはそこに目を付けて、役人に金を握らせたってことかい」
「簡単に言えばそうだ。冒険者が犬死することを除けば、全員得をする話だ」
自虐ネタを織り交ぜここまで言うと、ギルドマスターのブランドンはSランク冒険者の丹羽ナガチカら4人をもう一度見る。目を細め、葉巻の煙を吸う。
(Sランク冒険者ってのは、どうやら〝持ってる〟らしいな)
カディシン教の神ではなく幸運の女神に感謝しつつ、「ホワイトジャガー」4人に目を向けたブランドンは煙を柔らかく吐く。
「どうだ、お前ら〝白猫ちゃん〟も参加するか?」
見下ろしながら笑みを浮かべるギルドマスター。
「「参加してください」だろうが。この素チン野郎」
「ホワイトタイガー」で二番目に沸点の低いブリシュティナが矢を持たず弓だけをブランドンに向け、弦を思い切り弾く。挑発したブランドンの葉巻の火がパッと消え、前髪が数本ハラリと落ちる。
「上等だ。参加したいクソ野郎どもは下の受付を済ませろ。ワタリガラスのババァの出した条件は一つ。期限は一週間。一週間で買えるだけ死骸を買い取るそうだ」
(ジペルテンまで距離にしておよそ百キロ……)
ギルドにいる冒険者たちは「一週間」の意味を考える。往復で最低でも六日はかかる。
「ぼうっとしてんじゃねぇクソども!さっさと手続き済ませて現場に行きやがれ!!」
壁が落ちるほどのギルドマスターの大声で、一同はあわただしく動き始める。ギルドが再び熱を帯びる。
「たぶんおたくらが一番乗りかもしれねぇが、その時は少し待っててもらえねぇか」
二階から静かに降りてきたギルドマスターのブランドンは「ホワイトタイガー」のリーダー丹羽の隣に立ち、小さな声で頼む。
「アンタは優しいんだな」
当座をしのぐための資金を冒険者たちに少しでも分け与えたいギルドマスターの親心に気づき、丹羽はにっこりと笑う。
「アンタらが最初に出てったら全部賞金を持っていかれちまう。それが面白くねぇだけだ」
「安心してくれ。他の冒険者とともに現地まで移動する。ジペルテン監獄でも、強い魔物が出た時は前面に出て戦うが、そうでない時は下がっているさ。俺たちはそこまでカネに困っていないからな」
「……すまねぇ」
既に現役を引退した元Aランク冒険者は丹羽に白髪頭を下げると、若いギルドスタッフたちの元へ戻り、てきぱきと指示を出し始めた。
ジペルテン監獄――。
三十メートルの外壁。八基の監視塔。
二重にめぐらされた堀。そして一か所しかない出入口と跳ね橋。
石とセメントで造られたそこは、パンノケル王国の民にとって恐怖の象徴。
とはいえ元々は、敵対するアントピウス聖皇国から人民を守るために建造された要塞だった。しかしアントピウス聖皇国の属国となってからはその役目が変わる。パンノケルの王政に楯突いた政治犯の収容施設へと変貌し、ついには重要犯罪者を社会から隔離する監獄となった。
外観だけでも恐ろしいが、ここのイメージをさらに悪くさせているのが、ジペルテン監獄が採用している徹底した秘密主義だった。収容者の名は市民には普通、明かされず、囚人は牢獄内で名を名乗ることを禁じられていた。さらに、政治犯などで稀に出所できる者がいても、出所の際に囚人は「監獄内のことは出所しても一切喋らない」という誓いを立てねばならなかった。
そのジペルテン監獄は今、もぬけの殻と化している。
つまり〝機能不全〟に陥っている。
跳ね橋は上げられたまま、中には誰も入れないようになっている。跳ね橋をおろす装置の管理所には兵士が置かれることになっているが、今は誰もおらず、時折小隊規模の集団で管理所が荒らされていないかを確認しに来るだけである。要するに常駐者はいない。跳ね橋をおろす者はいない。
(関わりたくない)
ジペルテン監獄のもつイメージゆえに王国兵士がそう思っているのではない。けれども兵士の中で関わりたいと思っている者は皆無に等しい。
(ジペルテンに関わった者は、ろくな目に合わない)
少し前に起きた奇怪な事件及びその後の怪奇現象が兵士たちの中の恐怖を増幅していた。
「所長に成りすました魔物が好き勝手やっていたっていうのは聞いたことがある」
元兵士だけあって、王国の兵士とのパイプを持っている「ヒクイドリ」のリーダールネがジペルテン監獄を見ながら、焚火の前で皆に伝える。
監獄より二キロ手前の廃村で冒険者ギルド「メレヨン」からやってきた冒険者たちは魔物討伐前最後のキャンプを皆で張っている。
全て、ギルドマスターのブランドンの采配によるものだった。
彼は出立前、貧乏冒険者たちに前貸しで銀貨3枚ずつを無理やり渡し、荷駄運び用の馬を各パーティーに与えている。これにより冒険者たちは荷駄の背負う負担が軽減し、徒歩ではあるが、急ぎ現地ジペルテンに到着することができた。想定より一日早い。
「所長の名前は確かヨツマ・イズライール。魔物のことだから〝やり口〟が小ぎれいになったせいで化けているのがばれて、召喚者を送り込まれたって話だ」
「どういうことですか?」
そう質問するのは駆け出し冒険者チームのリーダーパラケール。
冒険者ギルドに登録したばかりで、ギルドマスターが今回の討伐クエストを発表した時には堆肥作りと下草狩りで日銭を稼いでいた。そのEランク冒険者「ビックフット」のパラケールが「ヒクイドリ」のルネに尋ねる。なお、総勢9人の「ブックフット」に今回のクエストを持ち掛けたのはもちろんギルドマスターのブランドンだった。
「ジペルテンは確かに国民に畏れられていた。けれど中の生活は全部が全部、おっそろしいものでもなかったらしい。金のある貴族が世間でヤバイことやって逃げる場所がなくなった時には自分から入ってきてほとぼりが冷めるのを待つこともあった」
「えっ!そうなんですか!?」
「ああ。だから囚人の中には使用人まで抱えている奴もいたそうだ。そういう連中がムショの中で好き勝手にやるために、所長に金を握らせるんだ。要するに賄賂だ」
「その所長が賄賂を受け取らず、むしろ〝仕事熱心〟になったってわけかしら?」
「ビックフット」と同じくギルドマスターに連絡をもらい駆けつけたBランク冒険者「ダイヤモンドゲッター」のアンジェリカが言う。
魔物のハンティングよりも迷宮などでのトレジャーハンティングに力点を置くロマンチストの集団は都市マルチアから南西に三十キロあるブランフォディ遺跡を隈なく探索していたが結局何も見つからず、とぼとぼマルチアへ戻ってきたところでブランドンに捕まった。金欠であることと〝未知の迷宮〟ジペルテン監獄攻略に魅かれて9人の冒険者も討伐クエストに乗った。
「そういうこった。監獄に付き物の普通の拷問と普通の処刑が普通に横行するようになって、これを訝しんだパンノケルの上層部がアントピウスに頼んで召喚者を送り込んで正体が発覚したらしい。で、成敗ってオチだ」
そこまで話すと、「ヒクイドリ」のリーダーは黙り込む。
「よかっためでたしめでたし、じゃないって言うのは噂で聞いた」
「リョーザンパク」のリーダーグロートフォンテが白湯を飲みながら話に加わる。ちなみに残りの19名は近くの河原で石鹸を使い、二か月ぶりに身体を洗ってごっそりと垢を落としている。「魔物と同じ臭いだと間違って斬りそうだから洗ってこい」というリーダー命令だった。
「中にいた囚人も看守もみんな行方不明……あれって作り話じゃないのかい?」
「アマゾネスの露」のリーダーテオフラは鉈を丁寧に研ぎながら疑問をぶつける。「リョーザンパク」と違い普段から清潔を保っている15名の女たちは揃いも揃って鉈とナイフを砥石で熱心に研いでいる。
「作り話じゃない。みんないなくなった。そして吊り橋は上がったまま。だから吊り橋は上がったまま」
「ララナ様もっと踏んでください」のリーダーララナはめずらしく人ではなく小岩に腰を下ろしている。チームというより手下の男2人はその怪力で昼間仕留めたヌー九頭の解体と調理に忙しい。ギルドスタッフ13名と協力して91名分の夕食を準備している。
「そう言えば召喚者はどうなったんじゃ?」
珍しく話に参加する「深淵の魔奥」のリーダーディオファントス。異世界から召喚されるチート性能を秘めた人間たちに、多少の興味があった。
「詳しくは知らねぇ。けれどこっから二百キロ西のバインディン軍港で警備をやってるっていうのはツテで聞いた」
「とにかく、監獄に潜り込んで所長に成りせるほどの強い魔物を殺したのは召喚者なんだろ。……いつか殺り合いてぇ」
移動中に捕まえたクサリヘビの首を切り落とし、そこからこぼれる生血を啜る「ジャックオーランタン」のリーダークラドニールはそう言って、低く笑う。
「まあ、あくまで真相は闇の中、だけどな」
そこで一度話が閉じる。
リーダー一同はクラドニールが切り落として捨ててもまだ口を開閉するヘビの生首を見るともなく見る。
「召喚者って言うのはやっぱり強いな!」
動くヘビの生首から目線をあげる一同。みなSランク冒険者の丹羽を見る。
「そう言えばあんた、召喚者と一緒で、ステータスが見られるって言ってたな」
「ああ。俺は二世なんだ」
「二世?」
「親父が異世界から来た召喚者で、この世界で女性、つまり俺の母と関係をもち、俺が生まれた。だから召喚者の能力の一つ、相手のステータスを見るっていうのができる。おかげで戦う前にある程度余裕が生まれる。戦ってはいけない相手とそうでない相手が見極められるからな」
「なるほど、召喚者特権ってやつか。世の中不平等だな」
夕食が完成したギルドマスターのブランドンが、連れてきたスタッフ12名と「ララナ様踏んでください」の男2人とともに料理を皆に配る。
総勢91名にも及ぶ冒険者集団は胃の腑に飯を八分目まで詰め込み、休憩を取ったのち、魔物の出没が多い深夜に行動を開始した。
ガチャチャチャチャチャチャ……
跳ね橋が下ろされる。
シュルルルルルルルル……
「テレジナジャコ24匹。レベル20!ファルタクハンミョウ2匹。レベル13!」
橋が降りるのと同時に塀の向こう側から現れた魔物をSランク冒険者のリーダー丹羽が望遠鏡で見ながら全員に伝える。
「グロートフォンテ、テオフラ。お前らでテレジナジャコを殺れ。パラケール。初陣だ。ファルタクハンミョウを4人で1匹。死ぬなよ」
ウジャウジャ現れた蝦蛄型魔物の相手をするのはDランクの「リョーザンパク」と「アマゾネスの露」。「リョーザンパク」20名の平均レベルは18で、リーダーのグロートフォンテ以外魔法は使えないが、膂力はある。獲物は両手斧と止め刺し用のナイフ。
「ひゃっほう!」「ぶっ殺してやる!」「銀貨がこっちに走ってくるぜ!」
一方の「アマゾネスの露」15名の平均レベルは15。リーダーのテオフラも含め女全員魔法は使えず、獲物は鉈のみ。ただし毒の知識をもっているため、鉈には痺れ薬が塗ってある。
「全員、顔だけはやられんじゃないよ!傷物になったら夜の商売ができなくなるからね!」
甲殻は柔らかいが一撃必殺のジャブを放てる昆虫型魔物テレジナジャコとの乱闘が始まる一方、
「大丈夫。俺達ならやれる!」「がんばろ!」「回り込まれないよう気を付けろ!」
駆け出し冒険者で構成される平均レベル10のEランク「ビッグフット」9人は、動作こそ遅いが硬く鋭い顎を持つ昆虫型魔物ファルタクハンミョウ2匹と対峙する。リーダーのパラケール以外魔法は使えない。全員若くて体力こそあるが、資金がないため、獲物は棍棒。ただし副業の薬草とキノコ採取で使用している草刈り鎌を護身用として全員持っている。
「こいつらの子守はしてやるから、先に行きな」
岩に腰を下ろしたSランク「ホワイトジャガー」の弓使いプリシュティナがシッシと手でブランドンをはらう。ブランドンは礼を言い、「ホワイトジャガー」のリーダー丹羽は「任せたぞ」と声をかけ、残りは監獄の敷地内に突入する。
「ピンクマンバ7匹、レベル25!レイヤンオオトカゲ3匹……レベル40!!」
ギルドマスターブランドンの指示を待つまでもなく、ピンクマンバの前にCランク「深淵の魔奥」8名とCランク「ヒクイドリ」7名が当たる。
「分け前は半々。俺たちが前衛でアンタらが後衛!いいよな!?」
「承知した!」
平均レベル30の「ヒクイドリ」の元兵士集団7名が毒蛇型魔物ピンクマンバの囮となり、平均レベル25の「深淵の魔奥」の魔法使い集団が魔物の息の根を止めるべく魔法の詠唱に入る。
「やべぇ楽しすぎる。久々のタイマン勝負だぜぇ」
平均レベル40のAランク「ジャックオーランタン」3人はショテルを手に、一人一殺の覚悟で爬虫類型魔物レイヤンオオトカゲの相手を始める。
「ここは私が何かあったらナニするので、任せてください。それよりほらあれ」
Sランク「ホワイトジャガー」の斬馬刀持ちドルミトルが指をさす。
監獄の塔入口に立つ巨体。
「カラパンマンモス1匹。レベルは35だが、ちと厄介だな。中に入れさせないつもりか。ここは俺がやろう」
「どけ、チンカス」
「?」
「ホワイトジャガー」のリーダー丹羽ナガチカを「チンカス」呼ばわりするのは、平均レベル37のBランク「ララナ様もっと踏んでください」のリーダーララナ。ドSで魔法も使える鞭使いの鞭が空気を叩き、爆音を上げ始める。
ガキーン!
両手にメリケンサックを付けたドMのゴリマッチョ格闘家の男二人が拳同士をぶつけて金属音を鋭く響かせている。皮膚の血管が浮き立ち、鼻息は荒い。
「行くよブタども!」「「はい!ララナ様っ!!」」
水属性の魔法を帯びた鞭による牽制攻撃と弩級の正拳上段突きと下段突きが攻守ともに堅い象型魔物カラバンマンモスを追い詰めていく。
「ここは見張ってる。中に強ぇのいたら倒せ。弱かったら戻って来い」
あべこべなようでギルドマスターの理にかなったことを言うSランク「ホワイトジャガー」の魔法使いノビサトを残し、ギルドマスターのブランドンと「ホワイトジャガー」のリーダー丹羽はとうとう監獄の中に進入する。
暗黒に近い室内。
「うっ!?」
扉を開けてすぐ、ブランドンは異臭に耐えかねて声を漏らす。丹羽も表情を歪ませながら、襟巻をマスク代わりにする。
((腐臭、屎尿、どれだけの汚物を合わせたらこんなニオイになる?))
換気のため監獄入り口の扉は開け放ったままにしようと二人はしたが、監獄の性質上、扉は自動的に閉まるようになっていて、開けっ放しにはできなかった。
「後ろは任せろ」
「頼む」
魔剣トンボギリを構える丹羽が前、カンテラとボーガンを持つブランドンが後ろで進む。
キーッ!キーッ!キーッ!
鳴き声が辺り一帯からする。丹羽が目を凝らす。
「おいこれはもしかして」
先に声を上げたのはブランドンだった。
「ああ、アロガリアビーバーだ。どれもこれも、レベル2」
人のいないところを住処にする憶病な齧歯型魔物があちこちにいる。
「こりゃまいった。強すぎて俺の出る幕じゃないな」
丹羽が髪をポリポリ掻きながら苦笑する。
「ま、ある意味お宝だな。ちゃんと解体すりゃあそれなりの金になる」
言いながら、警戒心なく足下に近づいてきたアロガリアビーバーの首を踏みつぶすブランドン。頭部をいきなり失った死骸がピクピク痙攣するが、まもなく動かなくなる。何の変哲もなく死が訪れる。
「アロガリアビーバーの骨は工芸品として貴族界だと有名だと聞いたことがある。特に頭蓋骨が」
「ああ。一匹無駄にしちまったな」
二人は小さく笑うと、建物から出て行った。
命がけの戦闘を冒険者たちは各自切り抜ける。そして戦利品は、力自慢のギルドスタッフがその場で解体する。回復魔法の使えるギルドスタッフが治療を行い、ギルドマスターのブランドンが現時点での各冒険者たちへの報酬額を記録書にまとめていく。
「あとは楽勝だな」
Dランク「リョーザンパク」のリーダーが言うと、部下たちは調子に乗って騒ぎ出す。同じくDランク「アマゾネスの露」たちは、リーダーも含め手にしたカネで何をするか皮算用を始めている。その他の冒険者たちもいきなりのボス戦からようやく解放され気を楽にしている。ただし暴れたりない戦闘狂は滾った血を抑えきれず、Sランクに無駄なケンカを吹っ掛けてくる。
「おいニワ!俺と戦え!お前の剣技を見せてみろ!」
Aランク「ジャックオーランタン」の男リミニが血まみれのままSランク冒険者の丹羽に勝負を挑む。
「すまない。断る」
丹羽はリミニをまっすぐ見て言う。
「あぁ!?逃げんのかコラ!?」
「まだ中の様子を全部把握できたわけじゃない。アロガリアビーバーしかいないなんて保証はない。強い魔物が大勢出てきたら、俺とお前はその相手をしなきゃならないだろう。それが全部済んだらやろう」
まともに取り合わない丹羽に苛立ち、唾を吐き、パーティーのもとに戻るリミニ。
(マルシアのギルドに残って、俺の後継になってくれたら、どれだけ心強いか)
まだ会って日も浅いその丹羽を、葉巻をふかしながら観察するギルドマスターブランドン。彼は冒険者たちが十分な休憩をとり、傷がある程度回復したのを見計らって号令をかける。
「よし!それじゃあアロガリアビーバー狩りといこう!いいか!油断するな!ジペルテン監獄の地図なんてものは国王の枕元以外、世の中どこを探しても見つからん。つまり誰も中の仕掛けも間取りも知らん!どんな罠があるのか分からねぇ以上、無茶はするな!」
「それに亡霊も出るって噂だ」
「そいつぁちょうどいい。捕まえてワタリガラスのババァに魔物として売っ払おう」
「ヒクイドリ」のリーダールネの話にジョークで合わせ、一同の笑いを誘うブランドン。
(((亡霊……冗談で済めばいいが)))
召喚者の血を引く者としての勘。
冒険者として多くの場数を踏んできた者としての勘。
王国兵士をよく知る者としての勘。
丹羽、ブランドン、それとルネだけは、どうしても心から笑えなかった。
ギギギィ……
ギルドスタッフを含めた冒険者ギルドの91名全員が、とうとうジペルテン監獄の建物内に進入する。
「うっへぇ、くせぇ!」「おええっ!」
「いつものアンタらよりはましなニオイだよ」「んだとテメェ張り倒すぞ!」
バカを言いながら一同は光魔法とカンテラで暗い屋内を照らし、アロガリアビーバーを次々に仕留めていく。
「ほれほれ銀貨!逃げんのかぇ!?」「安全なところで生まれ育つと逃げることを知らないんだ」「人も魔物も一緒よのぉ」
「これで剣が買える」「弓も欲しいわ!」「僕は杖が欲しい!」
レベル2で、しかも逃げようとしないアロガリアビーバーはEランク冒険者であろうと、杖と魔導書しかもたない魔法使いであろうと、簡単に捕まり、殺されていく。
「早く歩きなブタ!」「はいララナ様!」
人間馬になって美女に鞭打たれながらはい回る男マッチョ。もう一人の男マッチョは一定数のアロガリアビーバーを捕まえると、ご褒美として人間馬になれる。マッチョたちは別目的でアロガリアビーバーを必死に殺しまくる。せっかく癒したのに鞭でまた傷が勝手に増えていくのを見てギルドスタッフがため息をつく。
「ああくそ!つまんねぇ!!出て来い亡霊!!ぶっ殺してやる!!」
Aランクの殺人狂たちはその一方で敵の弱さにイライラし始め、「隠し部屋に強敵が潜んでいる」と勝手な妄想を脳内で組み上げ、牢獄内の物品を次から次へと叩いたり壊したりして回る。その近くで文句言わずにせっせとアロガリアビーバーを手際よく紐で絞め殺す「ヒクイドリ」のメンバーたち。
「せっかくですので、私たちも参加しましょう」
斬馬刀をもった女剣士はアロガリアビーバーの集まる所に「はい」と剣を倒す。魔物はたちまちミンチになる。
「あのさ、ドルミトル。アンタはそのまま立ってるか、この臭い空気抜くための風穴でも開けてくんない?」
「え、どうしてですか?」
ため息をつきながら斬馬刀と同じパーティーの女が数匹ずつアロガリアビーバーを矢で仕留めていく。
「おい、あれ死体じゃねぇのか」
「リョーザンパク」の誰かの声で、皆の手が止まる。
どの部屋にも血痕や汚物はあっても、死体が一つとして見つからない。そのことに違和感を覚えていた全員は「死体」という言葉で作業を中断する。
「「「……」」」
すぐに動き出したのは三人。
ギルドマスターと「ホワイトジャガー」、「ヒクイドリ」のリーダー。
互いにパーティーメンバーに作業を続けろと言い残し、死体に近づいていく。
キキキキーッ!!
死体かどうか、それは一見すると分からない。
何せアロガリアビーバーがたかっているから。
「ここで死ぬとこうやって全部食われちまうから、死体が残らねぇってわけか」
第一発見者の「リョーザンパク」の一人の説明が魔法のように一同を納得させ、安堵させる。冒険者たちの頭が回り始める。「リョーザンパク」の数人が走り寄ってくる。
「おいおい!これは俺たちが最初に見つけた〝銀貨〟だぜ」
死体に向かっていたブランドンと丹羽、ルネを制止する「リョーザンパク」。そこまで銀貨に執着していないルネは「はぁ」と小さくため息をついて振り返り、アロガリアビーバーが監獄内で多い理由が分かったブランドンも背を向ける。
そして丹羽。既に警戒は解いている。
(こんな場所で魔物に貪られて、気の毒に……)
ただ、ホトケになって齧られている死者に憐憫の情が湧き、たまたま死体を見続けていた。
その時間、3秒。
死ズ悔イシ人身:Lv10(風ゾ区政ノ魔放ツ貝)
生命力:2#0/h1 魔力:?00/f9k
攻撃力:5y=2x 防御力:90s//m 敏捷性:c4 幸運値:70q
魔法攻撃力:-700 魔法防御力:&500 耐性:闇
「ん?」
丹羽の目の中で突如異変が起きる。ステータス画面が表示される。
つまり、齧られている人物は生きている。
「おい!そいつまだ生きてるぞ!!」
「「「「えっ!?」」」」
斧を振り上げていた「リョーザンパク」が驚いた顔を丹羽に向ける。ブランドンとルネもびっくりしてもう一度アロガリアビーバーの群がる場所を見る。
「まじかよ!」「ちっくしょう!」「このクソドブネズミども!どきやがれ!!」
斧を振り回して魔物を追っ払う「リョーザンパク」。アロガリアビーバーが離れる。
「……」
残された者。
「……」
服も皮膚も肉も齧られ、骨まで露出した女に、それは見えた。
タスケテ……
か細い声を聞き取った「リョーザンパク」の一人が無我夢中で女を抱き起こす。
「おい!しっかりしろ!大丈夫か!?」
涙目の男は大声で呼びかける。
「………」
虫の息の女は口を動かしている。それを聞き取ってやろうと、抱き起した男は耳を口元に近づける。
「管弦素、終着分岐」。
そこにいる誰もが聞こえる声で、抱き起こされた女が言った。
ドグシャッ!!
「「「「「!?」」」」」
女を抱き起こした男が女を落とすと同時に、膝をついていた男はひっくり返るようにしてのけぞり、割れた肋骨二十四本がすべて肉を破って飛びだす。
「骨管五重奏」
転がった女が続けて呪詞を吐く。
飛び出した二十四本の肋骨の断面から監獄内を震え割るほどの悲鳴が上がる。
オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!!!!
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
監獄内にいた生き残り90人全員が強烈な耳の痛みを覚えた後、体に違和感を抱く。
(?……動かない!?)
体の自由が利かない。
誰も彼もが無意識に、アロガリアビーバーを捨てる。
無意識に武器を捨てる。そして無意識に歩き出す。
(体が勝手に……どうなってる!?)
アロガリアビーバーに齧られていた女は既に立ち上がっている。露出していた骨は肉で塞がり、肌も再生していく。
茶髪のロング。
三つ編みと、カジュアルなねじりを加えた綱編み込み。
タイトロープ。
「てめぇ、何者だ!」
そういうブランドンの足は、一つの懲罰房へとゆっくり向かっていく。その後を他の冒険者やギルドスタッフがのろのろと追いかける。
『昔々、世界の片隅に、世界を征服できるほど強い力をもってしまった島国がありました』
呪いを叫び終えた肋骨の穴から、今度は女の声が響きだす。
それとは別に、口を動かさないタイトロープの女は紫色の眼球の白い瞳を一匹のアロガリアビーバーに向ける。するとアロガリアビーバーたちが蜘蛛の子を散らしたようにどこかへ消えていく。
『その島国は自らの持つ強い力を使い、世界を征服するべく様々な国を植民地に変えていきます』
ギルドマスターのブランドンが必死に抵抗を試みる。そのため歩みは若干遅くなり、ギルドスタッフ12人とEランク「ビックフット」9人がブランドンを抜かして、6メートル四方の懲罰房に先に入って行く。現在21人収監。
『ところがその植民地の一つで、反乱が発生しました』
(暗示魔法!?一度にこれほどの人数を、しかも一挙手一投足まで支配できる魔法など、あるはずがない!どうなっておる!?)
魔法のプロ集団「深淵の魔奥」8人ですら、抗えない。
彼らの歩みは無意識に進み、既に「リョーザンパク」19人と「アマゾネスの露」15人も入って行っている懲罰房へ、さらに進んでいく。現在63人収監。
『植民地を監督している方々(かたがた)も軍隊は持っていたのですが、身分の高い人々は植民地軍の反乱を恐れ、包囲の穴を突いて先に逃げてしまいました』
あまりの圧力で、冒険者ランクを表すプレートが喉にめり込む。気道が塞がる。鎖骨が折れる。
「やめろ押すな!!」「苦しいっ!」「入ってくんなバカ野郎!!」「体が勝手に動くんだ!誰か何とかしてくれ!」「痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!」
『残された監督軍の兵士70人は結局、植民地の反乱軍に捕まってしまいました』
「ヒクイドリ」7人も震えながら、同じ懲罰房に入っていく。幾多の敵の攻撃を防いできたはずの硬い甲冑が、ゆっくりとへし曲がり、肺を圧迫していく。現在70人収監。
「出ろ!このままじゃ圧死するぞ!!」「怖い!」「助けて!」「死にたくねぇ!」
『反乱軍の大将は、自分の国が植民地とされ、仲間が多数虐殺されていることに、ものすごく腹を立てていました。ですが、自分たちを征服している強国の兵士を〝そのまま〟虐殺するのは政治的に危険だと考えました』
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
(手も足も、出ないなんて……)
「ダイヤモンドゲッター」9人と「ララナ様踏んでください」の3人も懲罰房に入る。あばら骨のバキバキと砕ける音があちこちで聞こえ始める。「「ララナ様!」」と叫ぶ筋肉ダルマ二人の分厚い肉の壁に挟まれ、彼らのご主人様の女は首の骨が折れて死亡。現在82人収監。
「お願いっ!なんでもするから助けて!!」
『とはいえ、自国を蝕む植民地軍には腹が立つ。反乱軍もやられっぱなしはごめんです』
「ちくしょおおおおおっ!!!」「はあ、はあ、はあ、はあ……」
「ジャックオーランタン」3人とギルドマスターのブランドンの足が、とうとう懲罰房の中に入る。入りきらないのに脚は止まらず、中へ中へと進もうとする。背筋と腓腹筋が裂ける。腰椎が折れる。血しぶきが服を染める。現在86人収監。
『そこで反乱軍の大将は一計を講じました。それは「一晩、閉じ込める」です。捕まえた兵を、同じ部屋に、全員、一晩、閉じ込めるんです』
(こいつが、監獄の亡霊の正体か……)
最後まで抗う「ホワイトジャガー」のリーダーは、パーティーの三人を見る。
「ちくしょう、ちくしょう……」「ぶっ殺してやる。絶対に、ぶっ殺してやる」
弓兵と魔法使いは、ブランドンと「ジャックオーランタン」の背中にぶつかり、なお彼らを全身で押すようにして懲罰房に入って行く。Sランクとしての力をフルに使い、他の冒険者の骨と内臓を破壊しながら肉の地獄へ全身を突入させて逝く。現在88人収監。
「うう、ううっ、なんで、こんなことに……」
唯一武器を握らされていた「ホワイトジャガー」の斬馬刀の女が、物語りを続ける肋骨へと向かわされる。喋る肋骨を大剣で突き刺し、懲罰房の中にぶん投げて入れる。現在89人収監。
ガランガランッ!!
無意識に斬馬刀を手放し、女はそれから懲罰房へ向かう。今回のクエスト参加者のうちで最強の怪力の持ち主が入り、圧死者が続出する。血の噴水がそこかしこに上がる。現在90人収監。
『反乱軍が部屋に閉じ込めた人数は70人。閉じ込めた部屋の広さは6メートル四方。つまりこの部屋と同じ広さです。ただし今回の人数は91人』
懲罰房の中の肋骨が、超すし詰め状態の冒険者らの頭上で語り続ける。そこに、丹羽の足も向かっていた。
(無理だ。勝てる相手じゃない)
力なく動くその足は、ギルドスタッフや「ビックフット」のように軽かった。召喚者の血を継ぐ彼は懲罰房に入るのを抗っている際、タイトロープの女のステータスの一部を、見破ってしまった。
それは、見てはいけないものだった。
雫石瞳:Lv100(p98gtt$%y89ty6rbo6)
生命力:20000/20000 魔力:30000000/30000000
攻撃力:500 防御力:9000 敏捷性:400 幸運値:7000
魔法攻撃力:70000000 魔法防御力:50000000 耐性:――
(シズクイシヒトミ……名前からして、召喚者か。そして……レベル100)
斬馬刀の所有者のおかげで若干のスペースができてしまった懲罰房に、最後の一人として丹羽が入る。茶髪のタイトロープが軽く手を振る。
ギギギギギ……バダンッ!
扉が閉まる。
再びタイトロープが手を振ると、斬馬刀が宙に浮く。
ガゴオオンッ。
浮かせた斬馬刀が扉の閂となって冒険者を房内に封じる。
死骸を含め、91人を完全な暗闇が包み込む。
ミシミシッ!!
「ううっ!」
斬馬刀の女が窒息死したことで、女の作ってくれていた僅かなスペースが潰れる。丹羽の胸部が一気に圧迫され、胸骨が割れ、あばら骨がすべて折れる。そのうち三本が肺に突き刺さり、血を吐かせる。
キキキキ……
怨嗟の声、悲鳴、うめき声、泣き声。
キキキキキキキ……
その声が昇る暗い天から降ってくる、魔物の声。
アロガリアビーバー Lv2(魔物)
生命力:9/9 魔力:5/5
攻撃力:10 防御力:10 敏捷性:40 幸運値:2
魔法攻撃力:0 魔法防御力:10 耐性:土属性
特殊スキル:疾哮嗅
カサカサカサカサ……
『以上が御伽噺「ブラックホール」。私の大切な知人がある日、教えてくださいました』
息のある者、意識のある者にもはや、タイトロープの女の語る声を聞く余裕はない。
「「「「「!!」」」」」
ただし、身動きの取れない自分たちの顔の上をせわしなく這いまわり、肉と骨を齧り始めるアロガリアビーバーには、戦慄せざるを得なかった。
「ひっ!?」「やめろおおっ!」「助けて!助けて!」「痛いっ!」
『その知人は大変な博識で、何でも解体できて、何でも創造することができました』
暗闇の中でただ、鼻を齧りとられる。
暗闇の中でただ、眼球が、差し込まれた鋭い歯のせいで破裂する。
そのまま眼窩に潜り込み頭蓋を齧り、ついには脳を食らい始める、暗闇の魔物たち。
『ところで、私はある時、彼に問いました。なぜそんな話を私にするのかと』
アロガリアビーバーは顔面の肉を食い終わると、脳だけでなく、舌を食いちぎり、喉笛を噛み切り、食道へ向かう。
さらに身体の奥へ。奥へ。
魔物は冒険者の内臓をも食い始める。
『答えはこうでした。「〝そんなこと〟をされて〝どう感じるか〟は、人間にしか分からないでしょ?」』
空気が少なくて呼吸できない。
肺がつぶれて呼吸できない。
肺に骨が突き刺さって空気が抜けて呼吸できない。
血に満たされて呼吸できない。
とまらない汗。
とまらない血。
とまらない尿。
軋む骨。
折れる骨。
砕ける骨。
刺さる骨。
熱い。
寒い。
痛い。
『「命が否応なく圧縮される恐怖。その感情はきっと、ポタージュのように濃い。だから興味があって覚えていた。それを思い出したから〝今〟話したんだよ」って』
遥かに高い天窓から次々にアロガリアビーバーが入って降りてくる。
(ああ、そっか)
それで、まだ息のある、命の灯火が尽きていない冒険者たちは一様に願う。
絶望に筋繊維が齧られてつぶれる。
(もう、いい)
絶望に腱が齧られてぶち切られる。
(早く)
絶望に骨と神経が齧られて削れる。
(殺してくれ……)
『その〝今〟というのは、いつものように、私の好きな墨汁を作ってくださっている時でした……懐かしい』
ジペルテン監獄。
そこは人造魔物の養殖場。
雫石瞳の、硯箱。
「いつも通りです」
懲罰房の外。
雫石の後ろには既に三十名の人と一匹の白い大蛇が控えている。人々はローブをまとい、フードで頭部を隠し、いずれも俯いている。大蛇は雫石に眼を向け、舌をシュルシュル出して待機している。
「増えた分も含め、魔物の尻肉を切り取り神殿へ運んでください。残りは食べて構いません。金塊の回収もお願いします」
振り返らず雫石が指示を下す。
フードをかぶる者たちは何も言わず、腰に差していた短剣を抜き、その場から散っていく。冒険者たちが既に殺めたアロガリアビーバーの解体に取り掛かる。丸太のように太い白蛇だけが雫石に音もなく近づいてくる。左右に別れている顎の骨を外しながら、口を広げる。
「え?そのようなことがイラクビルで起きているのですか?」
ブツブツ言う雫石を、白蛇がゆっくりと丸呑みにする。呑み込んだ蛇は腹を膨らませたまま、顎を戻し、蛇腹を動かして、ジペルテン監獄を出て行く。
「ええ。私にはどうでもいいことです。同級生が北の海を凍らせようと、中央の山が火を吹こうと、南の邪帝が花を咲かせようと、〝西の〟私には何の関係もありません」
白蛇は主の独り言を腹の中で聞きながら、ルバート大森林の奥へと消えていった。
lacrimae diva




